5
「最後にもう一つだけ聞いてもいいですか?」
「なんで私を助けてくれたんですかって?」
「え?なんでわかったんです?」
心が読まれたようなおかしな感覚がミストラルを包み込む。けれど、不思議と嫌ではない。
「それとも、その『なんでわかったんです?』ってのが最後の質問?」
トウヤはわざと意地悪く、口元を緩ませてみせた。
三つの願いを叶えてくれるランプの魔人のような問答に、ミストラルはトウヤのおふざけを察して口を膨らませる。
「それは意地悪ですよトーヤさん!」
「ははは、ミストラルはいじり甲斐があって楽しいな。きっとウチのギルメンに会ったら、もっといじられるぜ」
「そ……それはちょっと遠慮させていただきたいですね」
「なんで助けたのか、か。ミストラルは答えにくい質問ばっかり気にするなぁ」
「ごめんなさい……」
「困ってる人を助けるのなんて当たり前だろって、のが率直なところなんだけど、ミストラル的にはそんな答えを聞きたいわけじゃないんだよなー」
「いや、無理に考えなくても大丈夫ですよ。トーヤさんなら、助けるのが当然だ!ドンッ!って言っても納得できますし」
「……じゃあ正直に言っていい?」
そう言って、真面目な顔をしてからミストラルをまじまじと見つめるトウヤ。
「は……はい」
ミストラルは急なトウヤの態度の変化に生唾を飲み、応じた。
ただならぬ雰囲気。きっとなにか重大なワケがあるのかもしれない。トウヤの過去に関係する、深い理由が。
静寂が長らく続いた後に、トウヤは低く落ちついた声で件の理由を告げる。
「モンスターに人が食われてるの見ちゃったら……もう寝れなくね?トラウマじゃね?」
水をうったようにしんとなった。
彼方上空に羽ばたく鳥類の鳴き声が聞こえてくる。
決してミストラルは驚愕して、声を詰まらせているのではない。
わざと沈黙して、トウヤを睨みつけていた。セルフレーム越しにあった丸く大きな瞳が、今では細く鋭利になって、トウヤを突き刺す。
「……」
「あれ、なにこの空気……」
「トーヤさん、ふざけ過ぎです」
「いや、実際そうじゃん!人がさ、食われてたらさ!もう俺だったらゲロ吐いちゃって、一週間は寝込んじゃうぜきっと!言っとくが、俺はそれくらいにはメンタル弱いぜ!?」
「私の反応が悪かったからって、真面目に言ったよって方にシフトするには無理がありますよ」
「やっぱダメ?」
「はい」
「んだよー!つまんないなー!アンバーみたいなこと言うなよなー!アンタレスだったら、もっと面白い反応したぜ?」
ミストラルの返答を聞くと、トウヤは不満気に口を尖らせた。
口調から想像するに、人名らしい単語はギルドメンバーの名前なのだろう。名前からは男とも女とも取れて、人物像は全く想像がつかない。わかるのは、トウヤと日常的にふざけあっている仲だということだけである。
「もっと真面目に答えてくださいよ!!」
「……なんかさ、聞こえてきたんだよ」
おちゃらけた振る舞いをやめて、深く一息ついて落ち着く。
なにやら謎めいたことを口にしている。
ミストラルは半信半疑な気持ちで、その言葉について問い掛けた。
「なにがですか?」
「今思えば、ミストラルの声だったのかな。『助けて!』って、声が」
「またそんな冗談を……」
「本当だってば!耳で聞こえたって感じじゃなくて、頭の中でさ。はっきりと。」
「本当ですかねぇ……?」
「うわ、俺はミストラルのこと信じたのに……」
トウヤはいじけたように肩を落とした。
あわわと、慌ててミストラルは近寄り慰める。
その際に、ミストラルは自身がいた場所になにやら長方形の形をした物体を見つけた。ミストラルが横たわった時に、制服のポケットから抜け落ちていた携帯端末である。
「……?!」
電話、最悪でもインターネットが使えたらと、すぐさま飛びつくようにして拾い上げ起動を確認する。
しかし、充電こそあれどやはり電波は圏外。おおよそそれは、ここが砂漠だからではない。
限りなくゼロに近かった淡い期待が、水泡となった。
電話だけでなく、インターネット、さらにはアプリによって様々な高機能を兼ね備える科学の英知である近代を代表する文明の利器が、ことに電波がないだけでガラクタに成り下がってしまった。
この端末でできることといえば、写真を撮ることくらいである。
「どうした?なにそれ?」
「コレ、私の世界の電話機なんです。今は電波がないんで、電話じゃなくて写真撮るくらいしかできませんが……」
トウヤの物珍しそうな顔を見て、ミストラルは再度トウヤの近くに寄って、スマートフォンを手渡した。
トウヤはそれを受け取り、興味津々に細部をじっくり注視する。
「ミストラルの世界ではこんな小さい機械で電話ができるのか。持ち運びできる電話なんて聞いたら、ハントリー目輝かせるだろうなぁ。しかもフィルムなしで写真まで撮れるとは」
「これが私が異世界から来たっていう証明書代わりにはなるかもですね。トーヤさんに確固たる理由を提示できて良かったです」
良かったです、と言いながらミストラルの落胆した肩は中々戻りそうもない。
一瞬だけ期待してしまった自分が馬鹿としか言いようがないのだが。
「記念に一枚撮ろうぜ。どんな感じに撮れるのか見てみたいな」
「は、はい。いいですよ。ちょっと待ってください」
トウヤの手からスマートフォンを預かると、慣れた手つきで画面をタッチ、スワイプをしてカメラ機能を起動する。たまたま内側カメラになっていたせいで、映し出された画面には汚れた自分の顔が表示された。
映った自分の姿は、髪はぼさぼさに撥ね、顔中汗で砂がついてしまっている。いくらオシャレや美容に疎いミストラルでも、同年代の異性の前に対するには相応しくない無様な格好だった。
応急処置として手ぐしで髪を整えたり、頬の砂を取り払ったりしていると、トウヤがミストラルの視界に割って入って画面を覗き込んでくる。
「すげぇ!鏡みたいに映ってる!これで写真撮る瞬間がわかるってこと?はやく撮ろうぜ!」
「いや、これは内側カメラなんで、トーヤさんを撮るには撮りづらくて――」
ミストラルの手からひょいとスマートフォンを奪い取り、ミストラルの肩を強引に引っ張る。
されるがままになったミストラルは、トウヤの胸元に位置付けられた。
こんなに異性に近づいたことがあっただろうか。そういった類いの免疫がまるでないミストラルにとっては、本人に他意はなくとも意識してしまう。
「トーヤさん?!」
「せっかく撮るなら一緒に映るだろ?」
そんな「当然です」みたいに言われても、全く想定してなかった事態に、動揺を隠しきれない。頭がくらくらしてきた気すら、ミストラルはしていた。
トウヤはそんなミストラルの心境など気にかけることもなく、さらに身を寄せ顔を近づけると、ちょうど画面に二人の顔がすっぽり収まった。
「よしっ いい感じ。ところでどうやって撮るの?」
「画面の下の方にある……丸いボタンに……軽く触れればいいんです……」
暴れたり、逃げ出したり、あるいは撮影方法を黙秘し続ければ、この状況を打開できただろうが、完全にトウヤのペースに乗せられてしまったミストラルは、小さな抵抗することすらも諦めた。
こういう押しに弱い自分を恨んだ。
「はい、クロノグーラフ!」
謎めいたことを言って、撮影ボタンを押すトウヤ。
彼にとっての「はい、チーズ」に相当する言葉なのだろうか。ミストラルはそんなどうでもいいことを、沸騰寸前の頭で考えていた。
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