第8話 逆転への系譜

 意識が戻ると、そこは暗い部屋だった。

 手を動かそうとしてみたが動かない、どうやら鎖かなにかで縛られているようだ、同様に足も動かない。

 暗い部屋だと認識出来たことから、目は塞がれていないようだ。

「近くに信長さんはいるのか…?」

 ぼそりと、呟くも反応する声は無い、恐らく信長さんは別の部屋で俺と同じように拘束されているのだろう。

 一応左手に、SCCの感触もあるので奪われてはいないようだ、もっとも一度装着したら外れないらしいが。

「さて、どうしたもんかな」

 そう一人ごちてみたものの、やはりなんの反応もない、静寂──その一言に尽きる。

 と、脱出の試行錯誤もしないうちに足音がした、恐らく俺をこうした張本人、真砂だろう。

 ガチャッと、ドアのノブが回る音がした。

 仄かな光が部屋に差し込むと、ぼんやりとだが人の輪郭が見える、少し髪はボサボサだがどうやら真砂で間違い無いようだ。

「どういうつもりなんだ」

 俺は、努めて冷静にそう言った。

 怒りや恐怖を声ににじませたら、相手に付け入る隙を与えることになる。

「…………」

 無言だ、無言でカツカツとこちらに向かってくる。

 恐らく、この部屋は石畳か何かなのだろう、そしてカツカツという音がした、ということは真砂はヒールを履いている、つまりさっきの家とはまた別の場所という可能性がある。

 遠くに運ばれてたら、流石に香菜や長政さんでも追ってこれないだろう。

 すると、真砂が数歩歩いたところでパチン……と、指をならした。

 その音が合図だったかのように、俺を囲うように円形に紫の炎が灯った。

「目が覚めたみたいだね」

 声色は変わらない、間違いなく真砂の声だ。

 しかし、先ほどと違うところを挙げるとしたら真砂の服装だろう。

 真砂の格好は、変則的なボンテージドレスのようだった。

 下から見ていくと、レオタードのようになっていて、へそから鳩尾みぞおちの辺りが編み込みになっている。

 そこからさらに視線を上げると胸の辺りは革のベルトが右と左で3本ずつ、ちょうど胸の頂点の辺りでアスタリスクになってかろうじで隠れる程度の露出だ。

 そして首にはチョーカー、足には網タイツ、ガーターベルト、右と左で2挺ずつセットできる銃のホルスター、そしてピンヒールのブーツ、腰には鞭という完全に女王様スタイルだった。

「お前はSMプレイが趣味なのか……?」

 と、冗談を言える雰囲気でも無いのに思わずそんな言葉が、口を突いて出てきた。

「趣味……というより生き甲斐だよ…ボクのね」

「そっちが本性か、大層厚い面の皮だな」

「そんなこと、言ってられる立場なのかな?」

「……そりゃごもっとも」

 これは、会話で時間を稼ぐ余裕も無いな、どうにかすれば霊体になった信長さんが来てくれるかも、と思ったが……中々に手強そうだ。

「で、目的はなんだ」

「目的……?強いていうならキミに興味が有るんだ」

「俺に……?」

「だってキミ、ボクたちみたいな霊が見えるんでしょ?」

「……!」

 やはり、真砂は武将の霊らしい。

「お前は、誰なんだ!」

「ボク?ボクは雑賀孫市、この娘の体をんだ」

「なん……だ…と?」

「だから、生きてるこの娘の体を貰ってるんだ」

「ふざ…けるなっ!」

「使える力を使って何が悪いの?」

 こいつは、何を言っているんだ、意識のある、生きた人間の意識を乗っ取った…そう言ったのか?

 乗っ取っている側は良い、自由に体を使えるのだから、しかし乗っ取られてる側はどうなる?

 意識を押し込められ、自由に動けず勝手に振る舞われ、あまつさえ人間関係を、自分の周囲の環境を変えられてしまう、それは想像することもできない。

「だってキミだって似たようなことやってるでしょ?」

「な…に?」

「だってそうでしょ?キミだってその肉体に織田信長や浅井長政を憑依させて戦ってる。ボクと何が違うの?」

「ッ…!」

 確かに真砂の──孫市の言うことにも一理はある。

 だが、俺の中の何かがそれは否である、そう訴えかけてくる。

 そう、俺と孫市の決定的違いそれは──。

「俺とお前は違うよ」

「……へえ、根拠は?」

「俺は……守るために、彼女達を守るためにその力を借りてるに過ぎない。お前はどうなんだ、雑賀孫市」

「…………」

 俺の問いに沈黙する孫市、しばらくすると辺りに高周波のキィィィィィン……と言う音が響いた。

 すると、突然孫市がうめき声を上げ苦しみ始めた。

「お、おい大丈夫か?」

 敵なのに心配してしまうあたり、俺も大概お人好しだと思う。

「ぅぅぅ、まさか、干渉してきた……?もしかして、風魔の長でも連れてきたっての…?」

 風魔の長って言うと、風魔小太郎か……!

 もしかしたら、孫市は知らないだけで何者かに利用されているだけって可能性もあるのか、ならもしかすると……。

「孫市……いや、一華!お前はなにがしたい!」

「ボクが……したいこと?」

「あぁ、そうだ!お前がしたいこと何でも付き合ってやる!」

「……ホントに?」

「あぁ、お前が望んでくれるなら守ってやる!」

 暫しの逡巡、沈黙そして彼女は……。

「ボク……普通に生きたい…普通の女の子として生きたい!」

 涙を流しながら、そう言った。

 途端、体中の血液が沸騰したようになり、一気に左手首のSCCの付近に集中した。

 直後、聞いたことのない音声がSCCから聞こえた。

『ブーストアップ!パワーブースト!』

 音声とともに、体中に力がみなぎった、これならこの拘束を破れる!

「うおぉぉぉぉぉ!」

 裂帛の気合いとともに、俺は拘束を打ち破った。

 そして、孫市の元に歩み寄ると手を差し伸べた。

「ほら、行くぞやられっぱなしは嫌だろ?」

「……うん!」


 ▽▽▽


 一方その頃、信長は……。

「ねえ、なんで誰も助けに来ないのよ」

 一人別の部屋に拘束され、暗闇のなかで泣きそうになっていた。

「あぁ……可哀想なお義姉さま……」

「あの人は良いからりょーちゃん探すよ」

「まあ、最悪幽体離脱で脱出していただきましょう」

 そして、同居人と義妹に冷たく見放されているのだった……。

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