第9話 「そんな独善的なギブアンドテイク聞いたことないわ!」

うわぁベッタベタ。


サトウは眉をひそめて自分の半身を濡らす液体を眺めた。

刺殺は嫌いだ。なぜって、刺せば死ぬのは当たり前だから。そんな当たり前の現象を見るために、サトウは殺人鬼をやっているわけではない。

イライラと首を振ると、そのわずかな動きさえ濡れた衣服が邪魔をした。べったりと赤く皮膚に張り付くシャツを見下ろし、サトウはやれやれと溜息をつく。

刺殺は嫌いだ。

汚れるし。



珍しく、今回はサトウに不手際があった。かれの理想とする『不思議な死』を再現すべく、かねてより目をつけていた相手に(強制的に)窒息死に挑戦していただいたのだが、相手の拘束が足りなかったせいで返り討ちにあいかけたのだ。

サトウはこういうときのために持っていた刃物で応戦し、結局、相手はサトウのプランとは違った姿で動かなくなった。


正直、ちょっと驚く気持ちもあった。

まさか、あんな必死の形相で襲い掛かってくると思わなかったからだ。

相手が相手だけに。



サトウが相手を選ぶ基準はいくつかある。住んでいる場所や行動範囲だったり、影響力だったり、体格だったり、その時の犯行プランによっていろいろだ。

その中で、常にきちんと確立されている基準がひとつだけ、ある。


それは、『生きていたくないもの』。


もとより生への執着がない相手なら、犯行がしやすい。


技術が進歩しきったこんなご時世だ。

人が手に負えないものなんていくらでもある。


サトウの前でもう動かない、今回の被害者もそういうヤツだった。人間オリジンにこき使われるだけ使われて、自分の感情なんかないに等しいヤツで。

それが土壇場で、ああも生きることに執着するなんて。


ふしぎだ。


想いながら、サトウは赤く血塗れたシャツを裾からめくって脱ぎ、それを不透明の袋に突っ込む。


瞬間、夜の闇のむこうから、けたたましいシャッター音とフラッシュが連続した。

すわ警察か目撃者かと……身構えるまでもなく、また焦ることもなく、国家元首の囲み会見並のフラッシュに照らされたサトウはげんなりと死んだ目になる。


「……」半眼でパパラッチの方を振り向き、「出てこいこのクソストーカー」


スタン! と、元気よくトホが姿を現す。電柱の上から飛び降りてきたように見えるのはきっと錯覚だろう。

本日、彼女はすっぽりとカメラをかぶっていた。もう一度言おう。カメラをかぶっていた。悲しいかな、登場時から目を驚かせてくれる彼女のフルフェイスシリーズにサトウはもはや慣れつつあった。こんな慣れいらない。


しかし、今までのぬいぐるみシリーズと比べるとかなり精巧な作りだ。レンズ部分は黒く曇った本物のガラスだし、その他の部分もプラスチックでできている。頭頂部にはご丁寧にシャッターボタンが……


サトウの目線を追ってか、彼女は自分の頭に手を伸ばしてシャッターボタンを押してみせた。


「はい、チーズ!」


バシッ! という音とともに、サトウの視界が白く染まる。


「……おお~。マジで撮影できるんだ」

ぶんぶんうなずいて胸をはるトホ改め、カメラ少女。「フラッシュつきです」

「なにその無駄な高性能っぷり」

「無駄じゃありません。まさかサトウさんの上半身ヌードを拝めるなんておもいませんでした。パンツと並べて家宝にします」

「絶対やめて」


代わりの衣服をかぶるサトウに近付き、カメラはかれの背後をのぞきこむ。


「あーあーあ。今回はまた派手にやりましたなぁ」

サトウは黙々と、胸の前でボタンを留めた。「地味になる予定だったんだけどねぇ……どうせ全部見てたんだろ」

「なんなら録画してました」

「え、録画もできんの?」

「今日の~↑わたしは~↑ハイスペック~↑♪」

「歌わんでいい」とツッコんだところで、話がズレていることに気づくサトウ。


ひとつ咳払いして気持ちを入れ替える。


「最後のは、バグか?」

「はい?」

「あらぽー」意味不明な声をあげ、カメラがレンズ部分に手を当てる。「仮にも立派に生きてたものに対してバグだなんて非常識ですわん、サト……ダーリン」

「サトウでいいだろ、何で言い直した。生きてるってのはな、自分の脳で自由に思考する奴のことを言うの」

カメラは肩をすくめた。「サトウさん、旧時代のペット型ロボット、アイボを知ってます? 今とは比べ物にならない超お粗末な人工知能でしたけど、ユーザーは本物のペットと同じように愛し、心がある生き物同様に扱ったそうですよ」

「技術が進歩して人工生命体の質も格段に上がったから、つまりこいつらには心があると? 論点がおかしいだろう。どれだけ技術が進歩しようと人間は神様になれないし、結局工場で作りだすものは命じゃなく道具にすぎないよ」

「感情が制限されているからですか?」

「制限できるような点で、もはや人間オリジンの道具の域を出ないって言ってるの」


一理ある、と腕を組み、カメラは何やら考えている。

彼女はおもむろに二人の前で赤く転がっている青年に歩み寄ると、じっとその顔を覗き込んだ。よくもまあ死にたての遺体と間近に対面できるものだとサトウは呆れる。


「サトウさん」ややあって、レンズの顔が振り返った。「やっぱり道具には見えません」

「そりゃそうだろ」サトウはさらに呆れる。「素体はヒトだもん」

「工場でつくられたようには見えません」

「でも大量生産品だぞ。頬のナンバー確認してみな」

「生まれ方は人間オリジンと全く同じなんですよね」

「そうでもない。今はドリーみたいに受精卵を母体に戻すなんてことしてないし……工場見学とか行ったことないのか?」

「あいにくと風邪をひきましたもので」

「クローンの中にも用途別に、ヒトと全く遜色のない”生きてる”シリーズもいるけどな。不妊夫婦やセレブなんかが買うような、チャイルドセレクトシリーズなんかがまさにそれで」

「ああ、先日サトウさんが毒殺したご一家のパターンですね」

「(無視)軍事用シリーズもそうだな。アメリカが作った『コンバット』、ロシアの『サルダート』、日本の『ゼロ』……ま、量産型は未だに歩兵だけで、司令官はすべて人間オリジンがやってるけど」

「七年前にドイツの『ハルトマン』シリーズ一体がバラバラにされた事件、あれサトウさんですよね。世間には出てませんけど」

「(無視)逆に素体だけ作られて、脳が眠らされたまま意識さえ与えられないのが臓器提供用の医療シリーズ」

「ああ、二年前にサトウさんが部屋の電源落として素体が全滅したのが病院側のミスと報じられたあの事件のパターンですね」

「(無視)あとは一番流通してるやつ、労働用シリーズ『エンジョイジョブ』だな」

「ネーミングからブラック企業のにおいがぷんぷんしますナ。これは過去の大多数で、今回もサトウさんが刺殺なさったパターンですね」

「エンジョブシリーズは業務上、ある程度の自意識は認められる。ま、本当に”ある程度”ではあるけれど」

「あ、知ってます。首についてる器具で思考を制限するんですよね。人工知能とほぼ変わらないレベルまで落として、自分ではなく他人の意見を優先するようになっているとCMで見ました」

「旧時代の終わりごろに『ペッパー』つう人工知能が出たの、知ってるか? アレはロボットにしちゃ普及したみたいだが、結局のところマスコットにはなれても本来人間オリジンが欲する接客の水準は全く満たせていなかった。旧時代ヒトの時代から現代クローン時代へ転換するに至った理由は、まさにそれだ……てのが教科書の受け売り」


言いながら、すでにサトウは死体の処理に取り掛かっている。


「サトウさん、ちゃんとお勉強されてたんですね。意外です」

「きみは義務教育を受けていないようだから教えてあげるけど、コレは勉強するまでもなく小学校の必修だから。歴史の授業でやるし、テストに出るから」

「わわわ私は知ってたし! 知ってたし! むしろサトウさんが知ってたことにびっくりしたんだし!」

「俺、義務教育は終わってるから」

「ぐう」

「だから、『ロスリン欠陥事件』も……」


言いかけて、サトウは口をつぐむ。

カメラは頬……にあたるレンズの側面に指をあて、小首を傾げた。


「……。」サトウは自分を見上げてくるカメラ女を見下ろした。こいつがどこまでサトウのことを知っているかは未知数だ。義務教育後に起こした事件についてはおそらく、ほぼ網羅されている。


けれど、『最初の事件』については?


サトウの沈黙をどうとらえたか、カメラはまた小首をかしげて見せた。

そのまま自分のスイッチに手をやり、


ぱしゃん。


一枚、サトウの写真を撮影。


「……息するように写真撮らないでもらえる? あとで全部消せよ、データ」

「ええ~。ロケットにいれていつも持ち歩こうと思ったのに」

「却下。なんで得体のしれないヤツに写真持ち歩かれなきゃいけないんだ、せっかく今まで一枚の写真も残さず生きてきたのに」

「だから貴重なんじゃないですか~~卒業アルバムにも載ってないサトウさんのしゃ・し・ん!」

「消せよ」

「BOOOOOOOOOOO!!!」


盛大なブーイングの中、サトウはぽん、と手を叩いた。


「よし」

「え」

「そんなに俺が好きか」

パッ! とカメラの背景に花が散った。「そりゃもう!」

「俺の役に立ちたいか」

パパパッ! とさらに花が広がる。「そりゃあもう!!」

「じゃ、お前今から警察署に出頭」

少女漫画の背景が瞬時に色をなくした。「……え?」

「コレ、やったのはお前だ」と、目の前の惨状を指さすサトウ。

血だまりを見て、「フェッ」と気の抜けた声を漏らすカメラ。


「え? あの、わたし?」

「ヤダ今どきのキレる子供ってコワイわぁ。てことで、あとはよろしく!」

「えっちょちょちょちょ」

「お前はしばらく刑務所で頭を冷やせる。俺はストーカーから解放されて心穏やかに過ごせる。最高じゃね?」

早くも歩み去ろうとするサトウに必死に追いすがるカメラ少女。「そんな独善的なギブアンドテイク聞いたことないわ!」

サトウは少女に微笑みかける。「俺のこと好きなんだろ」

たやすく撃ち抜かれる少女。「あああああああああああん! 卑怯者ォ! 好き!!」わめきながらも彼女の指は驚異的なスピードでシャッターボタンを連打している。「今の角度もう一度下さい!」


サトウはそれを無視して家路をたどりはじめた。

振り返らずにほくそ笑む。



チョロい。











「あのーーーーー!!!!」


サトウは足を止めた。


「この恋情が暴発して警察署でサトウさんの住所と身体的特徴と前科を全部ぶちまけちゃっても私のこと嫌いにならないでねーーーー!!!」





チョロくなかった。

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