残酷な世界で

くると

第1話 終わってしまった世界


 僕には好きな人がいた。 

 1学年上の先輩だ。高校2年生。

 好きになった理由はとても単純な物だった。

 入学式の日、彼女は僕に微笑んでくれた。それだけだ。ただ、それだけの事が嬉しくて、舞い上がって、帰りには1人でカラオケに突撃してしまった。恋愛ソングを歌うのに夢中になりすぎて、気づけば夜だった。自分の事ながら呆れてしまう。両親には「馬鹿なの?」と罵倒され、妹には「きもいっ」と一刀両断された。


 ま、まぁそんな話はどうでもいい事だ。どうせ、終わってしまった事だ。――幸せの後には不幸が訪れる。こんな言葉、いったい誰が残したのだろうか……。あまりのも残酷すぎて、酷すぎる。悲しい言葉だ。





 先輩と仲良くなる為に、僕は色々な努力をしたんですよ、知ってました? 友人の力を借りて、先輩の家がやっている美容院に行ったり、イメチェンをしたり。時々、リーゼントにされたりモヒカンにされた時は本気でぶち切れて、先輩が笑っていた。……笑う、というか爆笑して地面を転がってたけども。


 それでも、それでも、楽しかった、楽しかったんですっ。


 あぁ、楽しかった! 

 自身をもって言えますよ、あの時が最高に輝いていた。

 きっと――この1年が、僕の中に残った先輩との最後の思い出なんだ。

 輝かない訳がないですよ。


 でもね、楽しすぎたから……先輩の居なくなってしまった世界で――――僕は生きていけないよ。

 それほどまでにあなたが好きでした。胸の奥から気持ちが溢れて、どうしようもないほどにあなたが好きだったんです………あなたの事ですから――たぶん、知ってましたよね?

 知った上で、僕をからかっていたのだから、たちが悪いです。まぁ僕も楽しかった訳ですが。あなたの笑顔が見れて、嬉しくもありました。


 でも、あまりに楽しすぎた。楽しすぎてしまったから――――



 気づけば、目蓋から熱いものが零れ落ちていく。



 ――――止められない。止める事が、できないんですっ。……わかっています、僕が泣いたって、なんの意味もない事くらい。でもっ、理解は出来ても感情では納得出来ないんですっ。


 ……僕が……僕、が……どんなに馬鹿をしたって、あなたが隣で笑ってくれないのなら、なんの意味もないじゃないですか……っ。


 頬を伝い、ぽたぽたと地面に落ちていく雫――それを拭うことすら、今の僕にはできない。

 本心では――あなたを自殺に追いやった奴らを、この手で八つ裂きにしてやりたいのに、あなたの書いた手紙がそれを止めてしまいます。……僕は、どうすればいいのですか? いつもっみたいに……笑って、笑って、教えてくださいよっ、お願いですからっっ。僕は、僕はっ。


 

『まもなく、――――行きの電車が参ります。お待ちのお客様は、黄色い線の内側までお下がりください。繰り返します――』



 アナウンスが電車の到達を告げる。

 壊れかけていた理性の枷が、元に戻る。戻って、しまう……。


 先輩は復讐なんて望んじゃいない。そんな事はわかっていますっ。

 あなたがくれた――最後の手紙、手書きの手紙、涙でぼやけて滲み、所々赤い液体が付いていた手紙。

 あなたがどんな思いでこの手紙を書いたのか、僕にはわかりません。女性の身体を傷付けられた悲しみは、男の僕では一生理解できない事です。


 ――ただ、この手紙に残った数々の跡、悔しかったのでしょう、悲しかったのでしょう、世界すら――いいえ神ですら恨んだのだと思います。憎んだのだと思います。それでも、それでもこの手紙には――書いてなかった!

 あなたがくれたこの手紙には――僕へのお礼と、死んだ事の理由、それだけしか書かれていませんでした……。いいえ、わかっています。この手紙には千切り取った跡があるんですよ……たぶん、書いたのでしょう。奴らの名前をっ。ですが、あなたはそれを僕に言えなかった! ――伝えられなかった!!

 

 たぶん、名前を書いてしまったら、僕が行動を起こすと考えたのでしょうね。あなたは優しい人です。僕を人殺しになど、させたくはなかったのでしょう――実際、この手紙がなければ――僕は奴らを殺していました。


 犯人の目星もつけたんですよ。この手紙がなければ間違いなく奴らをっ……だから、あなたの予想は正しい物でした。

 まぁ、見つけて証拠を集めるのに三日も掛かるとは思っていませんでしたから、ここに来るのが遅れてしまいましたけど。


 奴らが、先輩の話をしているところをビデオで録画して、ここに来る前に警察に届けておきました。僕の遺書と先輩の遺書も一緒に。あぁ、破れた部分は見つけていません。ですから、残っていた部分だけです。





 ――三日前、先輩はここで死んだ。この時間、この電車に轢かれて。だから、僕も行くんです。あなたの元に。

 行ける訳がないなんて、わかっていますよ。

 

 それでも――この残酷な世界で――終わってしまった世界で――生きて居たくはないのですっ。


 もし、もしも天国があって。そこで会えたとしても、あなたはきっと僕を殴り飛ばすのでしょうね。そして――「馬鹿やってないで、早く帰りなさいっ!」――と泣きながら笑い、僕を追い返そうとするのでしょう。




 ――でも、僕は、あなたから二度と離れたくないんですよ。

 


 迫りくる――ライト――白い巨体――轟音――悲鳴――様々な音が入り混じり、最後の呟きを残して、僕の意識は消えた。



(世界はいつだって、僕の理解できないところで回っている――――)

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