第6話  動くの?動かないの?

「未読のままだよ。パパなにしてるんだろう。」自治会からの連絡で、近くの小学校への避難をするようにとのお達しがあったのだが、子供二人を連れてこの雨の中移動するのが不安なのでどうすべきか一応相談したかった。電話もメールもラ●ンも折り返しがこない。「ママ、レオの家はもう行ったみたいだよ。うちはどうするの?早く行こうよ」お兄ちゃんは行く気満々である。ここは20階だから、万が一隣の●川が氾濫しても水没することはありえないのだから避難しなくてもいいのではないか?と私は考えていた。最悪のケース電気ガス水道すべて途絶えても2・3日凌ぐ水や食料も確保できている。買い置きの単一電池もあるから明かりにも困らないはずだ。へたに外へ出て怪我でもしたら病院へどうやっていけばいいのか。雨でびしょびしょになり風邪をひくことも避けなければならない。うちは行かない、そう決心した。直感的にいかないほうがいいと感じたからなのだが、リスクを想定してもこの選択は間違っていないと思えた。「ママまだ行かないの。じゃあゲームしていい?」尚登はこんな状況でも退屈な時間は嫌らしい「いいけど。沙衣と仲良くして遊ぶこと。沙衣を泣かさないこと。泣かしたらゲームは終わりね。それが約束よ。」いつもより少しきつめの口調になったためか、尚登は怒られたと感じたのか無言で子供部屋へと入っていった。少しきつかったかしら…そんなことを気にしている時間はない、できる限りの情報を集めなければ。テレビでは首都圏の交通網が全面的に麻痺!、外出は控えてください!、避難勧告の地域は速やかに非難を!とどのチャンネルのアナウンサーも繰り返し同じことを伝えているだけでざっくりとした情報だけで進展はない。パパは地下鉄の中なのだろうか、いつもよりだいぶ早く家を出たタイミングが悪かったのかしら…。

 20階の窓から見える川面に眼をやると、今までに見たことのない水位で茶色の水が恐ろしいくらいうねっている、いつ氾濫してもおかしくないように見える。雨は強くなったり弱くなったりを繰り返しているが、やむ気配はなく空は見渡す限りどす黒い鼠色である。レオママが小学校に到着したようでラ●ンで、どんな様子かレポートしてくれていた。比較的濡れずに到着できたようである。ただ足元はぐちゃぐちゃで、替えの靴下をもってきて正解などと呑気なコメントである。体育館に集められて運動用のマットを拡げて座っているとのこと。まだ30人くらいしかきていないが、少しずつ増えてきているらしい。非常用の水や乾パンを自治会の役員さん達が運んでいる写メも添付されてきた。横に小さくレオが笑顔で写り込んでいる。この親子はいつもこんな調子で笑いを誘ってくれる。

 「なんで泣くんだよ!」尚登が急に大きな声で怒鳴った「お兄ちゃん泣かしちゃったの?あ~ぁゲーム終了だね~」といいながら子供部屋に入っていくと「違うよ!急に泣いたんだよ。おれじゃないよ。」「沙衣ちゃんどうしたの?お兄ちゃんに泣かされたの?」沙衣は泣きながら自分の防犯ブザー兼用の携帯電話を私に渡してきた「パパが…」と言うとメールの画面には【いまパパけっこうピンチたすけだ】15文字しか表示できないモードのため文章が途中で終わっている。「パパがピンチだって助けてって…」あっ…沙衣が怪我をしたときや病気になるとパパがいつも沙衣ピンチだねって言っているからか。パパが怪我をしていると思って泣いているようだ。「沙衣ちゃん、大丈夫パパはいつも強いでしょ。ちゃんと帰ってくるから」沙衣を膝の上に抱き寄せてギュッとしてあげた。尚登も近づいてきて私の手を握ってきた「パパたいへんなの?」「大丈夫!パパがいない間はお兄ちゃんもしっかりしてね」尚登が小さくうなずくと沙衣の頭を軽くぽんぽんと撫でた。

 雨だけでも恐怖を感じていた次の瞬間体が恐怖感とともに凍てついた、テレビの画面とスマートフォン、携帯電話から一斉にあの嫌な音が鳴り響いたためだ。緊急地震速報のあの不気味で耳障りなビービー音である。無機質なアナウンスがテレビ画面から流れる【緊急地震速報です。このあと大きな地震が発生します。身の安全を確保してください。】「まじ…」頭は真っ白になりその場に3人で手をつなぎ身をかがめた…

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