第3話 無理しないで

 「ママ、今日は学校いかなくていいの?」小学5年生になるお兄ちゃんが、目を輝かせながら聞いてくる「まだ先生からのメールが来てないからちょっとまってよ」昨日はこの時間の30分前には連絡が来ていたのに今日はまだ連絡が来ない、昨日と同じような雨なのだから今日もお休みのはずなんだけど…。学校が休みなら私もパート先のコンビニへお休みの連絡しないといけないのに…先生寝坊かしら。

「ママ見て、あれじゃ歩いて学校いけないよ。今日は休みじゃないの?」、マンション20階の出窓の下に拡がる公園は全面薄茶色だ。公園の中央にある池の水があふれてしまったようである。小学校はその公園の中を通ると近道なのでそこをいつもは通るのだが、公園の中はどこが道なのかほぼわからない、公園に面した道路までがひとつの大きな池のように見える。「公園の中を通らないで、堤防のほうをまわればまだ行けるわよ」堤防側の道路は約5メートルほど高台になっているため傘をさして歩いている人もちらほら見える。「え~わかった、じゃあいつもより時間かかるからもう家をでないと間に合わないから行くね」冒険にでるわくわく感が湧いたのか、さっきまでは家でスマホゲームしたいオーラ全開だったのに、もう玄関でお気に入りの長靴を履いている。「ちょっと待ちなさい。まだ先生から連絡きていないからダメよ」「じゃあ下のレオの家の前で待っているから、OKになったら下にきてよ。じゃあね~」私が言葉を発する間もなく玄関の扉はバタンと勢いよく閉じられた。

 「お兄ちゃん、行っちゃったの?」黄色い帽子をかぶり幼稚園へ行く準備をしっかり整えて、リカちゃんハウスで遊んでいた下の娘も玄関にやってきた。「私も行きたい💛」お兄ちゃん以上にキラキラした目を輝かせている。「まだ駄目よ」幼稚園バスが走らない連絡は来ているのだが、お兄ちゃんがどうなるかまだ決まっていないので、今日の幼稚園休みはまだ伝えていなかった。仲良しのお兄ちゃんだけ行ってしまうと私も一緒に行きたいと泣き叫ぶからである、2か月前にも半日ぐずつかれた。「お兄ちゃんもすぐ戻ってくるからママと一緒に朝ご飯のお片付けしようよ」いつもは台所をびしょびしょにしてくれるので遠慮してもらっているのだが、すでにカッパも着ているから今日は気を逸らすためにお手伝いしてもらおう(私の仕事が増えるだけなんだが)。「は~い💛」リビングにあったプラスチック製の3段あがれる踏み台を手慣れた感じで台所に運び入れてきた。最近少し高いところに置いてあるものが度々行方不明になるのだが、この手慣れた感じはきっと彼女の仕業に違いないと確信を持った。後ほど娘のおもちゃ箱の中をチェックしよう。「ママ何をすればいいの?」やる気満々の表情で3段目の台の上からこちらに目線を送ってくる。「あなた達の使ったお皿とコップをお水で綺麗にしてくれるかな」割れない素材の食器たちをシンクに運ぶと、眼を輝かせ鼻をふくらませた顔でジャブジャブ水との格闘をはじめる。お皿に残っていたケチャップやマヨネーズはあっと言う間にきれいに流されるとともに、台所の床は晴れた日のベランダのようにきれいに打ち水された状態になった。「もうないの?」2人分の食器では満足していない様子だが「ありがとうね。また今度おねがいするから今日は終わりにしようね。お駄賃こっちに置いておくからね。」口をすこしとがらせて不満気だが台から降りてきた。靴下はしっかりと濡れているため、足あとがリビング中にうっすらとスタンプされていく。さすがに足元が気持ち悪いのか、お駄賃の30分ゲームOKチケットを手にするとお風呂場の脱衣スペースへと消えていった。

 ガチャ!お兄ちゃんが戻ってきた「ママ大変、1階の玄関プールみたいになってエレベーターも動かないよ」「はぁはぁ」と息を切らせ、顎から汗を滴らせて初めて見た一大事の光景の大変さを伝えてくれている。階段で1階までおりて20階まであがって来たとしたら結構なスピードである。毎日少年野球チームの練習で鍛えられていることもあり体力も増したようだ。(こんな時に感心している場合ではないがあんなに小さくおとなしかったお兄ちゃんに頼もしさを感じ、少し嬉しくなった)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る