第2話 まじか…

 まもなく会社の最寄り駅の●の内駅に着くかなってところで電車が止まった、すでに約20分車内に缶詰め状態である。いつもは1駅前で降りて健康のためのウォーキングをしているのだが、今日は雨が強そうだからとさぼった私への罰なのだろうか(朝からズボンの裾が濡れると1日憂鬱になる。それが大嫌いなのだから仕方ない…)。

 それにしても20分はちと長い、車内アナウンスは繰り返し「現在原因を調査中です。お忙しいところ大変ご迷惑をおかけして申し訳ありません…」と状況に進展はない。空調は止まっていないが、周囲のイライラと熱気の高まりが車内の温度をあげはじめているように感じる。私の額にもじんわりと汗がにじんできた、心の中は少しだがあせりと動揺も感じ始めているようだ。会社のメンバーにはラ●ンで状況を共有したが、反応のあるメンバーもほぼ同じように電車内や駅で足止めされている。

 「あっ」私の右斜め前に立っていた女性が急にしゃがみこんだ、さっきから顔色が青ざめていたので気にはなっていたのだが。すぐに近くに座っていた女性が座席から立ち上がりそこに座るよう促したが、反応はない。数人で抱え上げようとしても立ち上がることを拒んでいる様にも見える。車内の緊急連絡ボタンを押して急病人ですと車掌に通報し、状況を伝えているが電車が動かないのだから良い回答を得られてはいないようだ。ざわざわと不安な空気感が拡がる中で、少し離れた場所にいた青年がミネラルウォーターのペットボトルを手にその女性の近くへ分け入ってきた、ペットボトルを女性の手にあてるとその冷たさになのか反応を示してくれた、周囲に若干安堵の空気が流れる。青年はそのペットボトルの水で自分のハンドタオルを湿らせて、女性の手の甲の上に置いた。女性は小さな声で『ありがとうございます』と言うと顔を少し上げて首筋にそのタオルをまわし、「フーッ」と大きく息を吐いた。青年はさわやかな笑顔でペットボトルを差し出し「飲みますか?」と問いかけると女性は小さくうなずいて、その水を少し口に運ぶと1、2分後には落ち着いたのか顔色も戻り今は座席へと移り座っている。この間約10分、電車が止ってから計約30分、軟禁されている状況に変化はない。時間が止まっているかと思えるくらい時計の秒針の動きが遅く感じてしまう、そんな空間の中では具合の悪い人が増殖しそうである、殺気立つとはこのような雰囲気なのだろう。

 さらに次の瞬間悪いことが連鎖する、…停電だ。急な暗闇はパニック空間を作り出す。「キャー」「ワー」「イャア~」とさまざまな悲鳴声が交差する。停電により車内アナウンスも不能になった模様で、何もアナウンスがない。そのことがさらに不安を掻き立てる。ただ暗闇はすぐに解消された、各所でスマホの明かりが蛍のように光りはじめた。薄明るい程度なので人々の不安はまだ増幅していくのだが泣き叫ぶほどの混乱にはならないのはせめてもの救いである。

 空調は止まり、あっという間に額や首筋に汗が噴き出してきた。酸欠も進んでいるようで息苦しくもなってきた、この車両は最新式で私はこの形式の車両の窓を開けた経験がないので窓を開けられない、「誰か窓を開けられませんか」と問いかけてみたが、開けたことがある方は私と同じようにこの車両にはいないようである。この暗がりの中では窓の開け方を調べるのも一苦労だ。受け入れ難い状況の中、冷静になれと自分自身に言い聞かせようとしても心臓のバクバク感はどんどん大きくなり、しばらくの間心が落ち着ける状況にはなりそうにない。額から流れてきた汗が顎からぽたぽたと滴り落ちる。やはり電車通勤は好きになれない、無理してでも自転車通勤をすればよかったのか…びしょ濡れになっても会社で着替えているほうが今の時点よりは快適に違いない。

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