第43話
「くっくっく。やっぱり俺のガキだぁ、細胞の増殖能力を引きついてるみたいだなぁ。おめでとう、これでお前もはれて化け物の仲間入りだぁ!」
そう言うと勢い良く触手を突き出した。
さっきまでとは違い、触手の速度はやけにゆっくりに感じられた。避けることも容易に出来たが、僕は微動だにせず、指と指を絡めるように片手で触手を受け止める。
「なっ!」
レビスドッグは驚愕の色を顔に出した。まるで化け物を見るような表情だ。
僕は触手を掴み、力任せに握り潰す。
ぶちゅっと肉が潰れる音がする。
「……化け物がどうした。Mを守る事が出来るなら、喜んで化け物にでもなってやるよ!」
握りつぶした触手を力任せに引っ張り、レビスドッグを引き寄せ、飛んできた顔面目掛け拳を叩きつける。
「があっ!」
拳はレビスドッグの下顎に当たると、抵抗が消えた。
レビスドッグの下顎が吹き飛んだ。
拳を引き、顎のあったであろう箇所を狙い、拳を突き上げる。拳に歯が当たるのが分かったが、僕は構わず突き上げると、今度はレビスドッグの鼻の辺りまでが吹き飛んだ。
触手から手を離し、右のミドルキックを放つと足に肉を潰したようなニチニチと言う感触が伝わるが振り抜くと、レビスドッグは瓦礫の中に吹き飛んで行った。
体を真っ二つにしても再生するくらいの怪人だが、これでしばらく時間は稼げるだろう。
僕はMが飛ばされたであろう場所を目指し駆け出し、瓦礫を押しのけ進むと倒れているMを見つけた。慌てて抱き起こし、「Mさん」と呼び掛けるとMは目を覚ました。
「Mさん大丈夫ですか?」
「ごめんね、油断しちゃった。……英雄君は……無事みたいね、良かったわ」
Mは口の端から血は流していたが、他に外傷は無さそうだった。
Mは自分の身の事よりも先に僕の心配をしてくれた。その言葉は嬉しかったが、僕はそれよりもMが無事だったことが嬉しく、涙ぐんだ。
「Mさん僕は大丈夫ですよ。もうすぐ終りますから、待っていて下さいね」
涙を拭き振り返ると、瓦礫の山を崩しながらレビスドッグが立ち上がった。
顔の傷はやはり綺麗に治っていた。
「ガキがぁやってくれたなぁ……ぶっ殺してやるよぉ!」
レビスドッグは四本の触手を縮め、体の前に持ってくると、手を重ね捻り合わせる。全ての指先の鋭い爪が全て僕に向く。その様子は巨大な茶色い蕾を思わせた。
僕は腰から小刀を抜き出す。良かった。あれだけの衝撃を受けても小刀は折れるどころか刃こぼれ一つしていなかった。
僕は小刀を両手で握り胸の前に突き出す。
「あんたはMを傷つけた。それは万死に値するよ……だから死ねよ!」
僕はレビスドッグ目掛け駆け出した。
走りながら小刀を光学式化させる。
小刀からは電流が迸り、周囲を青く照らした。
小刀の周囲では電流が弾けていた。
僕は走る速度を徐々に上げていく。刀の残光が切っ先から広がって行き、まるで巨大な鳥の嘴のようになった。
レビスドッグが、「がぁぁぁぁぁ!」と、絶叫を上げ、腕を伸ばした。四本の腕の二十の鋭い爪が猛スピードで迫ってくる。
「うあぁぁぁぁぁぁぁ!」
僕は雄叫びをあげ構わずに突っ込んだ。
刀の切っ先と爪がぶつかり合うと触れた瞬間爪は砕け散った。刀はそのまま指先、手首と粉々に吹き飛ばしていく。
僕の駆けるスピードも更に上がる。
放電に触れた腕がボロボロと消し炭みたいに崩れ落ちると、レビスドッグの歪んだ顔がふっと笑った。
刀の切っ先が胸に突き刺さり、手には固い感触が伝わる。
電極だろう。
スーツと刀の光学式化の合わせ技だというのに、電極は硬く突き刺す事も砕く事も出来そうになかった。
僕の足は止まった。
「ぐぅぅぅぅっぅ壊れろおよぉぉぉぉ――!」
電極は予想をはるかに上回る硬度だった。
電極は。
だったら……壊せないのだったら……無限の怪物を、有限の生物に変えてやる。
僕は片手で刀を押し込む。
「取れろよ取れろよ取れろよ取れろぉ取れて――死ねよぉぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉっぉぉぉぉぉ!」
体から眩い青い光が発せられると、ブチブチブチと言う音がレビスドッグの胸から聞えてくる。
電極が心臓から引き千切られる音だ。
レビスドッグの口からごばっと、血が吹き出る。
どんなに硬く破壊が不可能な電極だろうと、埋め込まれているだけであり、周りはただの怪人の肉でしかない。
肉ならば――引き千切れる!
歯を食い縛り右腕に全力を注ぎ込む。
ブチブチッ。
「うっ、ぐっ」
歯を食い縛ったような呻き声と共に、また血が吹き出てくるが僕は血に染まる事も気にせずに押し込む。
もう少しだ。もう少しで――殺せる!
死ねよ。
死ねよ。
死んでくれ。
死んで――Mに詫びろ!
傷つけた事を。
殺そうとした事を。
喰おうとした事を!
「らぁぁあぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁっぁぁあぁぁあぁ!」
絶叫と共に光が僕らを包み込む。
怪人の血が生んだ電流は、透き通るような海の青さよりも、どこまでも続くような空の青さよりも、青々として綺麗だった。
光は僕とレビスドッグを包むように瞬くと、プッチという音と共に心臓から電極を刳り貫いた。
電極が消えた体は途端に脆くなり、分解されたかのように胸の周辺の肉がボロボロと崩れ大きな穴を開けた。
レビスドッグは目を見開くと、僕の腕を掴み膝から崩れ落ちた。
腕を掴む力はとても弱々しく、呼吸も荒く速いものになり、レビスドッグの死が近い事が感じられた。
僕は引き離そうと手を掴むと、レビスドッグは口を開いた。
「……ありが……と……う」
呟くと地面にどさりと倒れた。
胸に大穴を開けて。
血を噴出しながら。
終ったんだろうか……レビスドッグを見下ろすと辛うじて息はしていたが、傷が再生する様子はなかった。広がっていく血も消える様子はない。
もう戦う事は出来ないだろう。
もう……人間を喰う事も無いだろう。
無限の怪人の有限の生が尽きようとしていた。
「終わったわね」
後ろから声を掛けられた。
振り返ると、Mが肩を押さえ歩いて来た。
「はい……。終わりました……けど……今怪人が僕にありがとうって言いました……。どういうことだと思いますか?」
「そのままの意味よ」
僕の質問に対しMはさらっと答えた。
「英雄君……あなたは一つだけ勘違いしているわ。お父様……『無限の狂犬』は確かに狂っているけれど、どう狂っていると思う?」
僕が勘違いしている事? 何だろう……。
僕は思いついた事を言っていく。
「人を殺すことですか?」
「人間を殺すから? それなら全ての怪人が狂っているわね」
怪人は人を殺すものだ。
「じゃあ人を喰うからですか?」
「人間を食べるから? それなら全ての怪人が狂っているわね」
怪人は人を喰らうものだ。
「じゃあ気が狂っているって事ですか?」
「それじゃ答えにはならないわ。でも確かに気は狂っているわね。あんな狂った怪人を演じようと思ったくらいですしね」
気が狂った怪人を演じる……?
言っている意味が分からなかった。
Mの口ぶりでは……まるでわざとあんな振る舞いをしていたと言っているようだった。
「英雄君、怪人が人を殺したくないと思っていたらどうかしら? それは怪人からしたら気が狂っていることにならないかしら?」
「……」
「そもそも、狂犬病とは脳の神経組織がウイルスによって侵され、不安感や恐水症状や興奮性、精神錯乱と言う症状が出るものなのよ。その様子は、昔は悪魔付きと言われるくらいの物だったけれど、別人格が生まれる物じゃないわ」
「……ッ!」
「狂犬病は別人格が生まれる分裂病とは違い、狂った一つの人格があるだけなのよ」
Mの言いたい事が分かった。僕は父をレビスドッグと呼んだが、Mはずっと……お父様と呼び、一度も怪人とは呼ばなかった。
Mは初めから気づいていたのだ、父さんが……演技しているという事を。
「怪人なのに人を喰いたくないと思っていたらどうかしら?」
もうそれ以上言って欲しくなかった。
全てが分かった。
「……Mさん……もうわかりました……」
「いいえ、最後まで言うわ」
Mの目には強い意志を感じた。
「お父様は人を殺したくない、人を喰らいたくないと思っていた。けれど人を喰わないと生きてはいけない……まるで水を飲まないといけないのに、怯えて飲めなくなる恐水症の症状みたいよね」
人を喰わないと生きていけない……その血は僕にも流れていた。いつかは人を喰らわなければ生きていけないようになるんだろうか……。
「きっとそんな自分が嫌で、お父様は死にたいと思っていたのよ」
だから父は、僕らに殺してもらおうとあんな真似をしたんだろう。僕はそんな父の気持も知らず、憎しみに呑まれ殺した。
手には父の体を貫いた感触がまだ残っていた。
両手が震え出し小刀が落ちる。
僕はこの手で実の父親を殺した。父の気持も知ろうとせずに、理解しようともせず、ただ怒りに任せ、父を刺し殺した。
血はもう消えさってはいるが……僕の手は汚れていた。
震える僕の両手にMの手がそっと添えられた。
Mの手は温かく、心が落ち着いて行く。不思議と手の震えは治まっていた。
Mの顔を覗くと、そっと笑みを返した。
「英雄君、あなたは悪くない。ただ怪人を倒しただけよ……なんて私は言わないわ」
彼女の笑みは崩れなかったが、辛辣な言葉が返ってきた。
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