第42話

 試しに触手を振り払ってみると、触手は瓦礫を薙ぎ払いながら吹き飛んでいった。


 力負けしていない……いや、圧倒的に僕が勝っている。勝機が……見えた!


 地面を軽く蹴り、吹き飛ばした触手を追う。速度も速くなっていて、地面を蹴るたびに車で走っているかのように、景色が瞬時に後方に流れていく。


 吹飛ばした触手に簡単に追いつくと、僕は刀を上段から振り下ろす。


 刀を光学式化していなかったためか、刃に骨が当たると抵抗を感じたが、力任せに振り下ろすと、触手が切断され、断面から血が吹き出た。


 体中にその血が付着したが、レビスドッグの血なら何れ消えるだろう。


 斬られた痛みを感じているのだろうか、地面に落ちた触手はバタバタと暴れ、ガラガラと音を立てながら辺りの瓦礫を崩しまくった。


 効いているのか? 

 と、思うと、次の瞬間、横からまた触手が飛び出してくる。瓦礫を崩し続けたのも、この触手の接近音を誤魔化すためか!


「小賢しいよ!」

 僕はとっさに後方に飛び刀を振りかぶり、僕の眼前を触手が通過すると上段から振り下ろす。二本目の触手も切断され血が噴出した。


 根元からではないものの、これで両腕を封じる事は出来た。


 後は再生されるよりも早く本体を攻撃すれば……僕の勝ちだ!

触手を片手で掴み、「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」っと雄たけびをあげながら、力づくでレビスドッグを瓦礫の中から引きずり出すと、本体が宙に舞った。


 後は胸を裂いて電極を取り出すだけだ。勝てる。


「……ッ!」


 その時、浮かび上がりつつあった勝利の確信が無残にも消え去った。

 レビスドッグの胴体から四本の触手が生えているのが見えたからだ。相手は無限の名を持つ怪人。どこにも腕が二本しかないなんて確証はなかった。


 怪人の腕が増える可能性など全く考えてもいなかった。

 いや、ヒーローになって三日目の僕じゃあ考える事なんて出来ない事なのかも知れない。


 たった三日前まで怪人の出る国に住んでいるとは言え日常世界で暮らしていたんだ。そんな僕の日常では生き物の手は二本でしか有り得なかったんだから。


 レビスドッグと目が合う。


「驚いた顔をしてどうしたぁ?」

 嫌らしく笑う。


 その言い方から二本の腕を斬らせたのは誘いだったと言う事が分かった。僕の意識から反撃されるという考えを消すために、再生する事が出来る腕を差し出したんだ。


 斬り落とされていない二本の触手が振るわれる。左右から触手が迫って来る。迎撃態勢なんか取れていない。

 いや、取れていたとしても左右から迫り来る触手に一本の脇差でどう対処すればいいんだ。


 躱しかない! 


 掴んでいた触手を離し、後方に飛ぶと目の前で二本の触手がぶつか……らなかった。二本の触手はぶつかる瞬間に手を繋ぎ合わせ、巨大な拳を作ると、僕目掛け一直線に飛んで来た。

 

 速い! 


 その動きは、今までの触手の動きよりも速かった。

 避けようにも今度は後ろに飛んで足が宙に浮いている。いくら光学式化して身体能力が上がっているとはいえ、体の構造は人のままだ。

 空中で方向転換が出来るはずもなかった。


 避けられないならと、僕は巨大な拳を目掛け、刀を振り下ろす。避けられないならモーゼの十戒のように斬り裂けばいいんだ。攻撃は最大の防御と言うだろう。


 けれど刀は拳を裂き、指を何本か切り落とすとその動きを止めた。後方に飛んだ状態では力を込めることもできず、拳の勢いを止めるには至らなかった。


 海を割ろうとしたモーゼの杖は波にぶつかり飛沫を上げると……そのまま大波に飲み込まれた。


 光学式化して圧倒した力もスピードも全てがこの展開を作るための撒餌でしかなかったんだ。


 そうだ。こうも簡単に圧倒出来るのならば、この世界に怪人は蔓延ってなんかいない。


 第一世代の怪人と第一世代の怪人の皮膚を身に纏っただけの人間とは、秤に掛けるまでもないほどの差があったんだ。


 拳は刀ごと僕の体を殴り飛ばす。すると視界が一瞬で真っ白に染まった。


 なんだろう、この後ろ向きでジェットコースターに乗っているような感覚は? 風を感じるな……ああそうか、僕は今吹き飛ばされているんだ。

 そう認識すると視界が開けた。僕の体はハンマー投げのハンマーのように猛スピードで宙を舞っていた。


「がはぁっ」

 墜落の衝撃で咳き込むと、唾と共に血が飛散するのが見えた。アスファルトは衝撃も吸収せず、ただ僕の体に無機物の硬さを教えた。


 背中と両腕に意識が飛びそうなほどの激痛が走る。貧血の時みたいに頭がくらくらして、視界がぼやける。

 ああ、起き上がりたくないな。このまま横になっていたい気分だ。


 今にも途切れそうな意識の中、レビスドッグの触手が迫ってくるのが見えた。握りこんだ拳が道路に大の字に倒れた僕を殴りつける。


 巨大な拳の一撃は胴体全てに衝撃を与えるとアスファルトに大きな皹を入れた。


「んぐぁ」

 痛みで呻くと更に二本の触手が迫って来るのが見えた。斬り落としたはずの触手はもう再生していた。


 巨大な拳と二本の触手は僕を何度も何度も殴りつけた。

 その度に体に衝撃が走り、ゴキゴキゴキと耳ざわりな音が響いた。


 肺か胃がやられたのかもしれない。それに肋骨も折れたのだろうか、呼吸をするたびに胸がズキズキと痛んだ。

 また何度も衝撃が体を襲った。すると、あんなに痛かった手の感覚がほとんど無くなり、もう腕は千切れてないんじゃないのかとすら思えた。


「……英雄……立って……」


 遠くからMの呼び掛ける声が聞えた。


 いや遠くから話している訳ではなさそうだ、ぼんやりとだが眼前にMの顔が見えた。


 どうやら遠のいているのは僕の意識のようだ。


「……はっ……ふっ……」

 何か答えようとしたが、僕の口からは乾いた息が洩れるだけだった。


「……音ちゃ……来て……」

 横を向き何か叫ぶ。


 僕もMの見ている方向に目をやると、辺りはバケツいっぱいの赤いペンキを撒き散らしたかのような有様だった。早い話が血だらけになっていた。


 ……これは僕の血なのか……。


 人間ってこんなに血が出るものなのか? いや、こんなに血が出て……人間は生きていられるのか?


 あれ? 可笑しいな? こんなに血が出ているのに……痛いところがどこにもないよ……。


 ああ、これが――死を迎えるということか。


 僕は死ぬのか?


 嫌だ。まだ死ねない。

 死にたくない。助けを求めるように手を奮わせ伸ばすと僕はギョッとした。


 指も腕も不自然に折れ曲がっていた。手首付近からは赤と白い物体が飛び出している。

 骨? 


 これが僕の腕なのか? そう思っていると、不気味な手だと言うのにMは優しく握ってくれた。Mは目に涙を浮かべてはいたが、僕に微笑を向けてくれた。


「大丈夫。今音ちゃんが助け――」


 Mが言い終える前にビュンっという風きり音と共にその姿が視界から消えた。


 触手がMを薙ぎ払ったんだ。


 そして少しの間の後どこからかガシャッという音がした。


「……Mさん……?」

 力を振り絞り、なんとかか細い声を出しMを呼んでみるが返事はなかった。


 Mの無事を確認したく、僕は折れた腕で立ち上がろうとする。


 けれどその行為はレビスドッグの攻撃により邪魔された。触手が僕を突き、体勢が崩れる。


「おいおいおい、お前は寝てろよぉ。あのお譲ちゃん俺に何しやがったと思う? お前を喰おうと肉を叩いて柔らかくしていたら、頭にこのちっちゃい刀を投げつけやがったんだよぉ。脳みそがぐちゃぐちゃにされて痛かったぜぇ」


 そう言うとレビスドッグはこめかみに突き刺さった青く輝いた小刀を引き抜いた。小刀にはピンク色の肉片――脳みそが付着していた。


「こんなおもちゃみたいな刀で俺が殺せるかよぉ」


 そう言うと握った小刀を放り捨て僕を殴りつける。ゴシャっと、スイカを落としたような音が僕の体からした。

 もうその音が何の音なのか考えたくもなかった。


「英雄悪いなぁ。ぶっ刺したのはお前じゃなくて、あのお譲ちゃんだったな。当て付けしちまって悪いなぁ」


 そう言うとレビスドッグは又僕を触手で殴りつけたが、もう痛みはしなくなっていて、体のどこを殴られているのかも分からなかった。今の僕の体はどうなっているのだろう。ちゃんと人の形を成しているんだろうか?


「英雄ぉ、せっかく殴ってやってんだから、痛がれよぉ。面白くねえなぁ。もっと泣き叫べよぉ」


 レビスドッグは喋りながらも何度も僕を殴ってくる。


「泣き叫んで命乞いするヤツを喰うからこそ旨いんだろぉが。泣き叫べよぉ、命乞いしろよぉ!」


「おっ……ぐっ…………ど……け…………よぉ……」


 震える腕を付き立ち上がろうとするが、レビスドッグの攻撃を受け、再び地面に叩きつけられる。


「お前は寝てろって言っただろう。んっ? おいおい、お前まだあの女を助けようとしてんのかぁ?」


「……あは……りま…………だ……ろ……」

 僕が声にも鳴らない音を出すとレビスドッグは僕の体をじろじろと見回す。


「じゃあ、お前より先にお譲ちゃんから喰ってやるよ」


 Mから……喰う?


「あのお譲ちゃん、さっき腕でガードしやがったから、生きていると思うぞ。今連れて来て、お前の目の前で喰ってやるよぉ。そうすればちったぁ泣き叫んでくれるかぁ?」


 レビスドッグは僕に背を向け、Mの飛ばされたであろう場所に向い歩き出した。


「……や……へろ…………行くな……」

 僕の呼び止めを無視して歩いて行く。


 止めてくれ。Mを喰うなよ。

 だってMは……Mは……僕の恋人なんだ。


 一緒に生きて帰るって約束した女なんだ。ここから生きて帰ったら……キスしようって約束したんだ。


 だから……だから………………………………………………………………………………。


「行くな…………行くんじゃねえよ!」


 そう叫ぶと視界が青く染め上げられた。今まで街灯の心細い光しかなかったというのに太陽の光が降り注いできているかのように明るかった。

 けれど、視界にはどこにも光源になりそうな物がなかった。そう、視界には。


 けれど僕はこの光を知っている。この光は……光学式化したときの光だ。


 タコハーフと戦ったときのブルーが出した光。

 レビスドッグと戦った時にMと僕が出した光。


 そして光学式化も出来ないスーツでハイエナの怪人達と戦った時に出した僕の光と似ていた。


 これは僕のスーツが輝き出した光だ。その光は、どんどん青白い輝きを増していき、激しく放電し始めた。


 ああそうか。僕は間違いなく怪人の子供――怪人の血が混じっているんだ。怪人の電流が僕の体の中を巡っているんだな。


 タコハーフの時もこの電流が僕に引き金を引かせてくれた。


 ハイエナの怪人の時も、光学式化も出来ないスーツを着ていたというのに、光り輝き、僕に力を与えてくれた。


 今も光学式化したスーツに、さらに電流を纏わせレビスドッグを倒す力を与えてくれた。


 眩しさのあまり目を覆いながらもレビスドッグは振り返った。


「そうだ……お前の相手は僕だ。だからそれ以上――Mに近づくな!」

 僕は立ち上がった。


不思議な事に折れ曲がっていたはずの腕は、元のまっすぐな腕に戻り、攻撃を受け続けた体も、今は全く傷まなかった。


これじゃまるでレビスドッグの様に再生しているようだ。

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