第40話
僕も地面を蹴り飛び出し、一気に距離を詰め、レビスドッグを背後から斬り付ける。
刃から皮膚と肉を切り裂く感触が伝わる。父を切ってしまったという想いが頭に浮かぶが、その思いを無理やり頭から振り払い、刀を振り切った。
レビスドックの傷口からピンク色の肉が見え、そこから血が滴る。傷は深い。
そう思ったのも束の間、肉が蠢き瞬く間に傷口が塞がっていった。
「なっ!」
「痒いな」
レビスドッグは両手を広げ、体を回し僕たちをいっぺんに薙ぎ払おうとする。
僕もMも刀を立てその攻撃を防ぐが、レビスドッグは腕に刀が刺さる事も気にもせず、強引に振り払う。
僕は吹き飛ばされ、モルタルの壁を突き破りそれでも勢いが止まらずに廊下側の壁に叩きつけられる。
背中に激痛が走り、「うぅっ」と呻くと体の上に壁の破片がパラパラと振り落ちてきた。
Mも反対側の壁に飛ばされたが、経験の違いか当たる瞬間に体を反転し、足で壁に着地すると、すとんと床に降り立った。
「英雄そんなもんかぁ? 弱すぎて食前の運動にもならないなぁ」
レビスドッグは僕に向き直り近づいてくる。
僕は慌てて起き上がろうとしたが、ズキンと背中に痛みが走り思うように起き上がれなかった。
そんな……。腕を払った、たったそれだけの動作で、僕はハイエナの怪人の全速力のタックルを食らった時以上のダメージを受けていた。
これが第一世代と第二世代の怪人の実力の違いだというのか。
「これで俺を殺そうなんて笑わせるねぇ。お前よりもよっぽど……こっちの姉ちゃんの方が面白いなぁ!」
レビスドッグは室内に無数に散らばった木片もお構いなしに踏み付けながら壁の穴の前まで近づくと……急に背後に向き直る。
背後からMが二刀で斬り掛かっていた。
Mは刀を交差させ首を切り落とさんと迫るが、レビスドッグは右腕一本でその攻撃をガードした。
刃が腕を挟みこみんだが、そこでピタッと止まった。
Mの動きが止まると、空いた左腕を振りかぶり突き出した。拳は握っておらず、鋭い爪がむき出しの手刀だ。
Mは拳が届くよりも早く飛び上がり、足で胸を蹴り、反動で後方回転し攻撃を躱す。着地すると、また一本の切っ先を敵に向け、一本を地面に垂らす独特の構えを取る。
「……英雄君なら斬れるみたいだけど、私には硬くてこのままじゃ切れそうにないわね」
Mは刀が刃こぼれしていないかを目配せし構えを解かずに確認する。
「やっぱり第一世代の防御力は段違いね。私の二刀でかすり傷も作れなかった敵は初め……いえ、二度目ね」
Mが戦っているというのに僕だけ寝ている訳にはいかない。背中の痛みに耐え僕は起き上がる。
僕の攻撃なら多少の傷は負わせる事が出来た。Mを助けるためにも、僕が加勢しなければならない。
「あら英雄君もう起きたの? まだ休んでいていいわよ」
「……そう言われても、休んでるわけにはいきませんよ。そもそも斬る事も出来ないんじゃ、Mさん一人で倒す事は無理ですよ」
「黙りなさい」
事実を口にしただけの僕に、Mは一喝する。
「確かに、今のままじゃかすり傷一つ付けられないでしょうね。それならどうする? 今のままじゃ斬れないなら……光学式化して斬れる刀にしちゃえば良いのよ」
Mの口調は自信に満ちていた。刀の光学式化は未だ見た事はなく、その効果によりどの程度強くなるかは分からなかったが、Mの様子から察するに、効果は絶大……レビスドッグの皮膚でも切り裂く事が出来るのだろう。
「英雄君はまだ刀の光学式化を見たことなかったわよね? さあ、お勉強の時間よ。ハイエナの怪人と戦い銃の撃ち方を覚え、蟷螂の怪人と戦い刀の使い方を覚えた。そして今から私がスーツと刀の光学式化を見せるから、しっかりその使い方、戦い方を覚えるのよ」
僕に向い言うと、視線をレビスドッグに戻す。
「お待たせしましたお父様」
昨日の戦いがまるで今日のための予習のようにMは言うと、微笑みをレビスドッグに向けた。
「何か面白い事するみたいだから待っていてやったんだよ。さあ斬れるもんなら斬ってみろ、殺せるもんなら殺してみろよぉ」
レビスドッグは手を前に出し、クイクイと曲げ挑発する。
「ええ斬って……魅せます」
次の瞬間刀が眩いほど青白く輝く。目を瞑りそうになったが、僕は必死に見開き耐えた。Mが体を張って僕に戦い方を教えてくれるのなら、瞬き一つするのも惜しかった。
輝きが収まると、二本の刀の刀身が、サファイアのような青に変っていた。
「英雄君これが光学式化した刀よ。刀を握り、頭の中で刀身から強く電流を迸らせるイメージを持つと光学式化出来るわ。見とれるくらい綺麗な色になるでしょ? でも見とれちゃダメよ。光学式化の持続時間は約十分。一秒たりとも無駄にしては……いけないわッ!」
Mは駆け出し、右手の刀で突きを繰り出す。
レビスドッグは両手を交差させガードする。さっきまでの刀ならばそれで防がれてしまっていただろうが、光学式化した刀は両腕を貫通し、勢いをそのままに肩にまで突き刺さった。
「ぐうっ」
と、短い悲鳴が上がる。
Mは刺さった刀を放し、左手の刀で胴を薙ぎ払った。刀は脇腹の皮膚、肉、内臓を切り裂き、背骨に当たる事で止まった。Mは肩に刺さった刀の柄を掴み、引き抜くと共に後ろに飛び退いた。
刺された腕と肩、半分まで切断された胴から血が噴出す。
「一本じゃ肉は斬れても、骨は断てないわね」
血が噴出した傷口はぐちゃぐちゃと言う音を立て再生していく。
「どうやらすぐに再生しちゃうみたいね。それなら再生も出来ないほど斬って斬って斬って魅せるわ」
「それはどうかなぁ? こっちも加減はしねぇよ」
レビスドッグはMの顔を目掛け手刀を繰り出す。
Mは上体を逸らすスウェーバックで避けると、頭上を通り過ぎるレビスドッグの手首目掛け、二刀をクロスさせ斬りつける。
一本じゃ骨を断てなかったが交差した刀の切断力は凄まじく、骨ごと手首を斬り落とした。
血飛沫と共に切断された手首が宙を舞う。僕とレビスドックはその行方を追ったが、Mはその一瞬を見逃さずに追撃に動いていた。
細かいステップを繰り返し、右に左に動き、顔を斬り裂き、胸を斬り上げ、太腿を突き刺し、腹を裂く。瞬きをし終えるほどの刹那の時間でレビスドックの体は血に染まっていた。
「痛てぇなぁぁぁぁぁ」
レビスドッグは斬り落とされていない手を握りこみ、拳を振るった。速い!
けれど、それよりもMの動きが勝っていた。風で舞う木の葉のようにその拳をひらりと躱と、二刀をレビスドッグの首に突き立てる。
刀が刺さると、「カハッ」と乾いた息と共に口からは血が零れ落ちた。
レビスドッグが引き抜こうと刀に手を添える。
「隙が出来ましたね」
Mは呟き、脇差を二本抜き取り、瞬時に光学式化し無防備になった左右の肋骨の隙間から心臓に突き刺した。首に刀を突き刺したのは、刀を引き抜かせ、ガードする時間を与えないためだったのか。
これが技能。これが経験。これが……本当の力!
決った! そう思うと室内にキンッという音が響いた。
キンッ?
Mは音が聞こえると、「チッ」っと舌打ちし、胸に刺さった脇差を抜き取り後ろに飛ぶ。
今の音はなんだ? 金属と金属がぶつかるような音は?
「やっぱり電極を壊すのは難しそうね……」
先程のキンッという音は刀が電極に当たった音なのか。
「……なるほど……多少は刀が鋭くはなったが……所詮この程度。俺を殺すどころか……切り刻むのも無理そうだなぁ!」
首に刺さった刀を両手で握ると、血を吹き出しながらも力任せに抜き取りMに投げ返した。
斬り落とされたはずの手首がいつの間にか再生している。
手首が飛んだ辺りに目をやっても、斬り落とされた手首を見つける事は出来ず、それどころか、飛散した血の跡も見られなかった。
どうやら体から離れたら程なくして消えるようだった。
Mは脇差を腰に差し込むと、投げ返された刀をキャッチし、長刀二本を再び構えた。
「英雄君、今の攻防はちゃんと見ていたかしら?」
Mが不意に話しかける。
「はい、見ていました」
「それなら刀の光学式化の威力は分かったかしら?」
僕が切り傷を付けるのが精一杯だった強靭な体も容易に突き刺すことが出来た。
確かに光学式化は強力だった。けれど……その力を持ってしても第一世代の怪人を倒す事が出来ない事も分かってしまった。
「分かりました。けれど……」
その先は口籠ってしまった。なぜならその先を言う事は、僕らにはレビスドッグを倒せないと言うことを認めてしまう事になるからだ。
「けれど……それじゃ倒せないかしら?」
Mは僕の言えなかったことを代わりに口にした。
「そうね、これじゃ斬って魅せられないわね。だったらどうすれば斬って魅せる事が出来ると思う?」
Mの口ぶりからするとまだ倒す手があるようだった。まだ見せていない力と言うと……。
「スーツの光学式化ですか?」
「そう、ご名答よ」
正解を言い当てた僕にMは向け笑みを見せる。
「スーツを光学式化して、力、速度を強化して刀を振るったらどうなると思う?」
ブルーがスーツを光学式化した時は圧倒的に強くなっていた。スーツの力とMの技術が組み合わされば、レビスドッグを倒せるんじゃないかとすら思えた。
「答えはしっかり見ていてね……これが私の最高の力よ」
すると、Mの体が青白く発光し、体の周りにはバチバチッと放電現象が見て取れた。ブルーの光学式化を見た事があるが、Mのそれはブルー以上に眩しく思えた。
レビスドッグはそんなMを眩しそうに薄めで見る。するとMが軽やかに駆けだした。動作はゆっくりとしたもののように見えたが、数歩の間合いを一瞬で詰める。
レビスドッグは驚きの表情を見せた。離れた距離にいる僕でも目で追うのがやっとの動きだ、対峙しているレビスドッグには消えたように見えたんだろう。
Mは間合いを詰めると、左の刀を振りあげた。
レビルドッグの目線が上に向き、防御しようと両腕で頭を庇った。
僕とカマキリの怪人が戦った時の再現のようだった。ガードごと断ち切ろうという動きだ。あの時は防がれてしまったが、スーツと刀の光学式化の組み合わせだ、丸太のような太い腕を骨ごと断ち切ってしまうはず。
僕がそう思うと、レビスドッグもそう考えたのか、腕に力をこめ筋肉を膨れ上がらせ、その一撃を迎え入れる準備をした。
けれどMは怪人との戦闘経験が豊富なヒーロー。僕に読まれるような攻撃などしなかった。
振り上げた刀は囮だった。
Mは右の刀で、視線もそれ、ガードもなく無防備になったレビスドッグの胴を切り払った。すると刀は脇腹から入り込み、背骨で止まる事無く体を上半身と下半身の二つのパーツに切り分ける。
「がぁっ!」
レビスドッグが声をあげながら斬られた腹部を見る。
けれど怪人は傷など見るべきではなかった。
その時にはMは左の刀を振り降ろした。
レビルドッグの頭に刃が触れると、そのまま体を縦に真っ二つに切り裂く。
刀を振り下ろし腕がクロスに止まると、レビルドッグの体が四つのパーツに別れ床にどたどたと落ちた。
圧倒的な力だった。僕らが苦戦した怪人を一瞬で肉の塊に変えた。勝利を確信した僕の表情は笑みに変っていた。
「英雄君見ていたかしら? こんな風に強力な斬撃を繰り出すことができるわ。けれど……やっぱりこれでも殺す事は無理みたいね」
僕は、はっとし四つのパーツになったレビスドッグを見る。
パーツ一つ一つが蠢き、触手のようなものが生え結び合う。
まず上半身と下半身同士が結びつく。右半身と左半身に分かれたままだが、脳から発生した触手が絡み合うと立ち上がった。
「おあたへひまひは」
レビスドッグは何か話したが、頭頂部がまだ切り裂かれたままで、なんと言ったかは分からなかった。
手で頭を押さえ、顔のずれを治す。
「お待たせしましたってかぁ。おいおいおい、脳みそ真っ二つにされたのなんか久しぶりで驚いたぞぉ。死ぬほど痛くて、びっくりしたよ。まあ俺は死ねねえんだけどなぁ」
と言うと、にっと笑った。
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