第37話
「わかりました」
Mは即答した。
けれど僕は父の願いに応じる事はできなかった。
「僕にはできません。Mさん、父さんも音ちゃんみたいに、『チャーチ』に協力してもらう事は出来ないんですか?」
父を殺す事なんか想像したくもなかった。父が怪人だろうと、僕の親だ。親を殺そうなんて思えるはずがなかった。
「……」
Mは答えなかった。替わりに音ちゃんが口を開いた。
「それは無理だよ~。音ちゃんは怪人を見つける力があるからMちゃんに生かされているけど~、レビちゃんは再生、増殖能力しかないもん」
「能力がなかったとしても、一緒に戦うことはできますよね? 父さんは第一世代の怪人で強いんですし、力を借りれば怪人の殲滅もできるんじゃないですか?」
「英雄っちは残酷なこと言うね~。お父さんに仲間を殺せって言ってるんだよ~。英雄っちはクラスメートをその手で抹殺してって言われたら殺せるの~?」
音ちゃんの言葉は胸に突き刺さった。
頭の中に今日の学校の風景が甦る。
下らない事で虎彦や兎貴と笑いあった景色、会話に混ざって来たクラスメイト達。楽しかった学校での一日。僕の失いたくない風景。
その風景を……この手で赤く染める。
虎彦を切り裂き、兎貴を撃ち殺し、クラスメイトを殺して周る。血で机を汚し、臓物で教室を穢す。僕にそんな事は出来なかった。
父さんにそんな事をさせたくなかった。
けれど……僕は答えが出たというのに、音ちゃんの質問に答える事が出来ず、唇を噛み締め、俯く事しか出来なかった。
「ねっ、出来ないでしょ~? まあそもそも、音ちゃん達第一世代の怪人は、ボスの力で仲間に危害を加える事は出来なくなっているから、それは無理なんだけどね~」
父が一緒に戦えなくても、共に歩む道があるはずだ。僕はその道を必死に考えた。
けれどその考えは音ちゃんの一言で霧散した。
「そもそもレビちゃんは人を食べるよ~。それでも生かして置けるの~?」
僕はハイエナの怪人に人を喰ったその時点でお前に生きる権利はないと言った。けれど、それが父ならば話は別だ。
「それなら音ちゃんはどうなの? 音ちゃんだって怪人だ……人を喰っているんじゃないの?」
僕は音ちゃんを睨みつけた。仲間にこんな事を言うべきじゃないとは思ったけれど、それでも僕は父を助けるために、引く事は出来なかった。
「英雄君、お父様を守りたい気持は分かるわ。けれどそれでも助ける事はできないのよ。人を食べる時点で共存するなんて事は出来ないわ」
「だったらなんで音ちゃんを生かしてるんですか? 戦いが有利になるから? 費用対効果? そんなちっぽけな理由で生かしているなら、父さんを生かしても良いんじゃないんですか!」
こんの当て付けだとは分かっている。音ちゃんに悪い事をしているとも分かっている。
「生かしている理由は戦いに有利になるからに他ならないわ。そもそも、音ちゃんは人を食べないからこの議論は成り立たないのよ。音ちゃんが食べるのは人を食べた怪人の肉のみよ。胃の中に残った死肉を食べる事によって生きていけるの」
そんな……。
「音ちゃん意外の怪人はみんな人を食べるんだよ~。食べないと死んじゃうんだ~。でも音ちゃんだけは燃費が良いから死肉で良いんだ~。弱すぎる音ちゃんだからこそ、この力があるんだ~」
「分かったかしら? この違いが音ちゃんを生かしておいて、お父様を殺さなければならない理由よ」
「じゃあ父さんも怪人の死肉を食べていけば殺さなくて済むんじゃないんですか? 父さんは死肉じゃ生きていけないの?」
けれど父は俯いたまま首を横に振るだけだった。
「Mさん何とかならないんですか? 僕には父を殺すことなんて出来ません!」
「ならないわ。英雄君、お父様を助ける代わりに毎日人間が食べられるのを許容することができる?」
「それは……」
答える事は出来なかった。
自分の言っている事がただの我がままでしかない事は分かっている。けれど、この我がままだけは押し通すしかなかった。
「あなたのお父様を助けたい気持は分かるわ。けれど今日一人の犠牲――正しくは一体の犠牲で明日からの百人の命が助かるなら、どちらを選べばいいかくらい分かるわよね」
Mの言葉は僕の胸に深く突き刺さった。
「けれど……父さんの命を……そんな秤にかけて計算することなんか出来ません」
自分の発言が詭弁でしかない事も分かっていた。
父はまだ頭を上げていなかったが、肩が微かに揺れていた。まるで泣いている様だった。
「じゃあ今、あなたのお父さんを生かす変りに私が死ぬとしたらどうする? 明日はあなたの友人たちが死んでいくとしたらどうする? 明後日にはあなたが会った事ある人が死んでいくとしたらどうする? それでもあなたはお父様を生かす道を選べるの!」
Mの語気は強くなった。
Mの語った事は正論だった。そんなの僕には耐えられない。
けれど、僕には父を殺す道を選ぶなんて事出来なかった。僕と父には十五年の思い出がある。僕と父には……切っても切れない血の繋がりがあり、おいそれと怪人だから倒しましょうなんて言えるはずもない。
「僕は誰かの犠牲の元に生きていく道なんて選びたくないんです。その犠牲になるのが父ならなおさらです!」
「英雄君のその考えには私も賛成よ」
「なら、父さんを生かして良いですか?」
「いいえダメよ。それは人であるなら成り立つけれど、お父様は怪人……議論の余地はないわ」
Mは百人救うために一人助ける道を選ぶな。全員助ける道を選べと言ったが。死ぬのは一人ではなく一体。差し引き九十九人ではなく百人とマイナス一体。誰も……人間は死なない。
「……Mさんの言っている事は分かります。ヒーローとして、僕が間違っている事も分かります。けれど、僕には父さんを殺す事など出来ません!」
テーブルを叩き僕は立ち上がり、Mを睨みつける。
Mは下から僕を睨みつける。
「そう……どこまで行っても平行線のようね。それならお父様は私が殺すわ。音ちゃん車から武器を持って来てくれる?」
Mは僕から目を離すことなく言った。
「わかったよ~」
音ちゃんはテーブルから飛び降り部屋を出て行った。
「Mさん、ヒーローでもないあなたがどうやって父を倒すんですか? 武器だってスーツを着ないと使えないんじゃないのですか?」
「そうね。武器はスーツを着ないと使えないわ……あなた以外はね」
その言葉には棘があった
Mはもう、意見の食い違う僕を人間とは見做していない気がした。
「……」
「……」
無言で睨み合っているとMはスリッパを蹴り飛ばし、靴下を脱ぎだした。何のためにかは直ぐに理解した。スリッパや靴下はこのフローリングで戦う上で滑って機動力を失う原因になる。僕も習い靴下を脱ぎ裸足になる。
しばらく裸足で睨み合うと、音ちゃんが大きなゴルフバックを咥え戻ってきた。
「Mちゃんと英雄っちの武器持ってきたよ~」
音ちゃんが前足でファスナーを開けると中から刀の柄が覗いた。それも一本ではなく何本もだ。
どういうことだ……僕の刀は一本しかないはずなのに……。
音ちゃんは脇差サイズの刀を一本咥えると、僕に投げ渡した。
僕はそれをキャッチし、イスから飛びのき父の前に移った。父を守るために。
父はまだ下を向いたままだったが、肩の揺れはさっきよりも激しくなっているように思えた。けれど今は父の様子を気にしている余裕はない。
鋭い眼光のMから目を離すのは危険だ。
音ちゃんはゴルフケースに首を突っ込み、幾つもの、ホルスターの付いた黒のベルトのようなものを取り出すと、Mに投げ渡した。
Mは僕から目を離さずにそれを受け取ると、両足の太ももあたりに一本ずつ付け、腰にも一本はめた。
太もものベルトにはホルスターは一つずつ付き、腰のベルトには、両サイドに一つずつと、背面にクロスになるように二つの穴の開いたホルスターが付いていた。
Mがベルトをはめ終えると、音ちゃんはゴルフケースを咥え振り回した。
空中に刀が撒かれた。
どの刀も僕の脇差と同じ作りの唾のない無骨なデザインだったが、サイズは微妙に違かった。
撒かれた刀は全部で六本。二本が短い小太刀で、二本が僕と同じ脇差の長さ、二本が長刀だった。
Mは空中でそれをキャッチすると、小刀を太もものホルスターに納め、脇差を腰に納め、長刀二本を背中に差した。
一連の動作は素早く絵になっていた。
「さっき、スーツも着ていないのに、武器が使えるはず無いって言ったわよね?」
Mは背中に差した長刀を抜きながら話し始めた。
そう、スーツを着ていないと武器を使えないどころか……触れられもしないはずだ! じゃあこの刀が帯電していないただの日本刀と言うことか?
いや待てよ。ハイエナの怪人と戦ったときにMは僕に……刀とライフルを手渡した!
「その答えは簡単よ。私もスーツを着ているから武器を使えるのよ。この制服が私用のスーツなの」
Mは長刀を抜ききると一本を父に向け、一本をだらりと床に垂らした。
「じゃあ、あなたもヒーローなんですか? マネージャーじゃなかったんですか?」
僕も刀を抜き、鞘を脇に放ると構えた。
「私の場合、元ヒーローね。今はマネージャーが本業よ」
Mはクスッと笑い言った。けれどその笑顔はどこか寂しげだった。
「英雄っち、Mちゃんと戦うんなら、死ぬ気でやらないと死んじゃうよ~。Mちゃんは英雄っちが戦ってきたどの怪人よりも、ずっとずっと強いんだから~」
ずっとって、そんな……。僕の戦った怪人は全五体。どの怪人にも苦戦していた僕が勝てるのか。
「Mちゃんの今までの討伐数は全部で百八十七体。全ヒーロー中歴代二位の戦績だよ~。気をつけて戦ってね~」
百八十七体!
僕の倒した怪人の数とは雲泥の差だった。
経験地はMの方が断然上だった。
M程の戦果をあげたヒーローなら、第一世代の父をも殺せるかもしれない。
「Mさんそんなに強かったんですか……。じゃあなぜヒーローを辞めたんですか?」
話しながらも僕は集中を欠く事はしなかった。
Mの構えは一見空きだらけに思えたが、切っ先からは恐ろしいほどの殺気を感じられた。
「音ちゃんお喋りはそれくらいにしてね。英雄君の質問は、お父様を殺した後に教えてあげるわ」
音ちゃんは、「は~い」と言うと、ゴルフバックを咥え僕らから距離をとった。
戦いが近いと判断したのだろう。
「さあ英雄君、どいてちょうだい。お父様を守るつもりなら、あなたも敵と見なすわよ」
「……」
僕は口では答えずに、Mを睨み続けることで、答えを返した。退けません。
「退くつもりはないのね……残念だわ。ならお父様……そして英雄君、『悪夢(ナイトメア)の女(ガール)』が夢を魅させてあげるわ」
そうキメ台詞を言うとMから発せられる殺気が一気に膨らんだ。
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