第27話
三日目。
ヒーローとして初めて怪人と戦った翌日、僕は普段通り学校に来ていた。
今日も怪人と戦う予定ではあるが、それは放課後からで、日中は学校に行ってきていいとの事だった。
当分学校に行く事は出来ないと考えていたので、それはとても嬉しいことだったが、昨日の怪人との戦いで負傷していて、足からはシップの臭いを発し、顔には何枚もの絆創膏を貼っていた。
そんな姿で登校してみたところ、クラス中の注目の的となり視線が注がれていた。
いたるところから、「いじめ?」や、「かつあげにあったんじゃない?」との声が聞えてくる。
ある意味虐めにもあっていたし、僕の稼いだお金を取られていたので、かつあげに合ったとも言えるな。
クラスのざわつきを背に席に座ると、仲のいい川本虎彦(かわもととらひこ)と星上兎貴(ほしかみうき)がやってきた。
「駒―、昨日学校休んでたけど、どったの?」
虎彦が心配半分好奇心半分と言う目をしながら声をかけてくる。
虎彦は名前が古風で男らしい感じなのだが、本人は進学校には珍しい茶髪にピアス、シャツを第四ボタンまで開けていて、世間一般で言うチャライ男と言う感じの風貌をしている。
ちなみに彼女が三人いると言う逸話を持っている。
「駒ちゃん怪我しているけど、それが原因なの? 大丈夫?」
兎貴も心配しているようだ。
兎貴はこげ茶色の長い髪を真ん中で分けにしていて、女顔もあいまってか、女子からはうさちゃんと言われ、ペットのように可愛がられている。
僕もそれなりに可愛い系男子としてクラスでは言われているが、兎貴は学校中から愛されていて、休み時間には兎貴を一目見ようと廊下に行列が出来るくらいだ。ちなみに兎貴は僕よりも……背が低い!
僕たちは小学校から高校までずっと同じ学校、同じクラスの腐れ縁で、よく三人で行動していた。
二人から、昨日学校を休んだ事を心配して何通もメールが届いていたが、怪人との戦いの連続で返信する暇がなく、家に帰ってからもお風呂に入り倒れこむように寝てしまったので、いまだ何の返信も出来ていない状態だった。
「昨日の朝、寝ぼけて自転車で転んじゃってさ、このざまだよ。しかもついていないことにその時携帯も壊れちゃってさ、二人に何の連絡も出来なくてごめんな」
仲のいい二人とは言え、ヒーローになった事は言えなかった。彼らを巻き込みたくなかったし、心配もさせたくなかったから。
「自転車で転んだって痛そうだね」
どうやら兎貴はそのあからさまな嘘を信じたようで、瞳を潤ませながら言った。
うっ。罪悪感で胸が痛んだ。
そんないたいけな瞳で僕を見ないでくれ、自分が汚い人間だと思ってしまうよ。
「ふーん、まあ言いたくないならいいけどさ。もし、うちらの助けが必要な時はすぐに言えよな」
虎彦はそう言うと、それ以上は怪我のことを聞いてこなかった。
「僕も駒ちゃんのためなら助けになるからさ、なんでも言ってね」
僕は本当にいい友達を持ったもんだ。それも二人も。
殺伐とした戦いを経験した今、温かい友情が心に染みた。
僕も二人が困っていれば助けになろう。
そう心の中誓うと、虎彦がさっそく助けを求めてきた。
「ところで駒、俺は今すぐに助けてもらいたい事があるんだが」
そう言うと、虎彦は数学の教科書を開き、僕の机に置いた。
「今日補修があって、このページの問題が出るみたいなんだけどさ、さっぱりわからないんだ……。兎貴の馬鹿に聞いても、意味不明な説明しかしなくて分からないしさ、教えてくんない?」
「虎ちゃん酷いよ。僕は虎ちゃんみたいに補修も受けないし、馬鹿じゃないもん」
兎貴は頬を膨らませて怒った。高校生にもなって頬を膨らませる男は、日本広しと言っても兎貴くらいだろう。
ちなみに兎貴の成績はクラスでも上位に位置している。
数学だけなら僕よりも上かもしれないな。
けれど、兎貴は感性が独特なのか、説明するときに、「ここをぐ―んとやって」や、「ここがズバッと入れ替わって」など、擬音交じりに説明してくる。
しかもその際ノートに謎のウサギのキャラクターを描き入れてくる。
本人曰くこの方が分かりやすいというが、僕からすれば目が散ってしまい分かりにくさを何倍にも増しているような気さえした。
それもあってか、虎彦は兎貴に勉強を教わろうとはしなかった。
「いいよ虎、教えてあげるよ。教科書だけじゃなくて、ノートとペンも持ってきて」
虎彦は、「サンキュー」と言うと、自分の席に駆けていった。
平和な一日だった。この平和な日々を守るためにも僕は戦おう。そう心に誓い、僕は虎彦に数学を教えた。
普段と変わらぬ日常だが、その時間は本当に楽しく、いつまでも続いて欲しいとすら思ったが、楽しい時間はあっという間に過ぎ去り放課後になった。
昼食に購買部名物のキムチコロッケパンを一口くれと言ってきた虎彦に全部食べられたり、兎貴が缶ジュースを倒し、制服がベトベトになったりしたが、平和な一日だった。
放課後、虎彦の補修の応援に行こうという、兎貴の意味不明な誘いを用事があると言って断わり、僕は約束通りMのマンションを目指した。
僕の家からMの部屋までは十キロほど離れていたので昨日は電車を使い、近くの駅で降りて歩いていったが、学校からならマンションは自転車で二十分ほどの距離にあるので、節約のためにも僕は自転車で向かった。
節約は大切だ。
だって僕は今、約三百万の借金をしているのだから。
今日も頑張って稼がなくちゃいけないな……怪人を殺して……。
そう思うとペダルを漕ぐ足が重くなったように感じた。怪人をこの手で殺すのか……。
怪人。
怪しい……人を。
僕は昨日知ってしまった。第二世代の怪人とは何なのかを。
重いペダルを必死に漕ぎ、前に進みながら昨日の事を思い返した。
ハイエナの怪人との戦いの後、僕とMと音ちゃんの三人は、Mの運転のもとファミリーレストランの駐車場に来ていた。
二十歳と言うこともあり、Mは免許も車も持っていたのだ。車はシルバーの普通車で、新車で購入したばかりらしくワックスが夕日を反射し、ピカピカと輝いていた。ちなみに土足禁止だ。
移動の道中、後部座席に座った人型の音ちゃんが、次に戦う怪人の情報を僕に伝えてくれた。
次に戦うのは一体のカマキリの怪人のようだ。
『チャーチ』のデータバンクにも情報がなく、どうやら生まれたばかりの怪人らしい。生まれたばかりならタコハーフやドライと同程度の強さで、アインスよりは弱いだろうと安心すると、Mが油断しないようにと釘を刺してきた。
第二世代の怪人は、動物型と昆虫方に分けられるようだ。
動物型は力の強さ、俊敏性も高く、現存する怪人の大部分を占めるスタンダードな怪人らしい。
逆に昆虫方は確認されている生存数も少ない希少な種類のようだ。戦闘力は動物型よりも低いようだが、体の強度は動物型より高く倒すのが困難なため、ヒーローには敬遠されがちらしい。
弱いのに倒すのが困難だと費用対効果の面で損失が出やすいのがその理由のようだ。
本当ならMも率先して戦いたい相手ではないらしいが、音ちゃんの情報では、相手は昆虫型ではあるが、モチーフがカマキリの為に体の強度はそう高くはないらしく、光学式化のできないスーツと刀でも倒せると踏んだようだ。
僕は剣道の経験もないから刀を使える自信がなかったので、素手でも倒せるか音ちゃんに聞いてみると、それはお勧めしないと言われた。カマキリの怪人は体の強度は低いが、腕が鎌の様に変化させることが出来るようで、その斬れ味は素手で受け止めた場合、腕ごとスーツを切り裂くほど強いとの事だった。
つまり受け止めるのなら刀を使えという事だ。
僕は怪人が腕を変化させることができるなら、羽も生やし空を飛ぶのじゃないのかと聞いたが、その怪人は腕だけしか変化させられないと、音ちゃんが答えてくれた。
Mも空を飛べる怪人は今まで数体の目撃例しかないらしく、心配はないと言ってくれた。
いくら怪人といえど物理法則に囚われているらしく、空を飛ぶためには自重が重すぎるから無理との事だった。
それなら音ちゃんはどうなんだ? 猫が大人の女性に変化するなんて質量保存の法則を無視しすぎだろとも思ったが、Mがカマキリの怪人を討伐する作戦を話し始めたので、僕は音ちゃんの不思議を胸にしまいこみ、耳を傾けた。
Mの作戦ではカマキリの怪人は雑魚敵なので、スーツも武器も光学式化をせずに、刀だけで戦い圧倒すると言うものだった。果たしてそれは作戦なんだろうかという思いが、頭に浮かんでいたが、僕は口には出さずその作戦に従うことにした。
駐車場に着くと僕はイヤホンを挿し無線のスイッチを入れ、刀を持ち音ちゃんと共に車を降りた。
Mは怪人に見つからないぎりぎりの位置に車を動かし、双眼鏡と僕の無線から得られる音の情報を頼りに車の中から指示を出すとのことだった。
まだ夕方と言うこともあり、駐車場は閑散としていて、数台の車が止まっているだけだった。入り口にある看板に視線を移すと、開店時間PM6時と表記があったので、今は開店準備中だから客がいないようだ。あるのは従業員の車と言うところか。
音ちゃんは、ソールでコンクリートをカツンカツンと打ち付けながら無人の駐車場を大股で進んでいく。
足を怪我していた僕は、やや引きずるような感じで後を追い走った。少しは良くなったと思っていたが走るたびに鈍い痛みが体を駆け巡った。
コンディションは最悪だ。
音ちゃんはそんな僕にお構いなしで進むと、建物の裏手側に止められた車の陰に体を隠した。
僕も習うように隠れる。
「英雄っち、怪人さん発見したよ。ほらあれ~」
見つからないように顎で指し示したので、僕は車から顔を出し覗き込んでみる。
すると縁石に座っている、半袖姿の線が細く髪が胸までの長さの長髪の男性を見つけた。
「あれが……怪人? どう見ても人にしか見えないけど……」
僕は男性に聞こえないように声を潜めて言った。
「怪人はみんな音ちゃんみたいに人型になれるんだよ~」
そうギャルにしか見えない、人型になった猫の怪人である音ちゃんは、僕に合わせ、声のボリュームを落とし言った。
「そう言っていたね。昨日まで怪人なんて見たことなかったら忘れていたよ」
「今まで怪人見たことなかったんだ~。珍しいね~」
「珍しいかな? 僕の住んでいる地区にはあんまり怪人が出ないから、見たことない人は多いと思うよ」
「え~そんなとこあるんだ~。いいな~。安全そうだから音ちゃん達もそこに引っ越したいよ~」
いやいや、音ちゃんが引っ越してきたら怪人のいない地区から怪人の住む地区になるじゃないか。本末転倒だ。
「あっ、Mちゃんに怪人発見の報告するの忘れてた~。英雄っち連絡、連絡~」
僕は音ちゃんに、「うん」と返事をする。
「Mさん聴こえますか? 怪人を発見しました」
無線機に小声で話しかける。
『了解。それじゃ英雄君、コストパフォーマンスよく、さくっと退治しましょうか。準備はいいかしら?』
僕は深呼吸し気持ちを落ち着かせ、「はい」と返事をする。
僕と音ちゃんは怪人に向かいゆっくりと歩を進めていくと、うなだれる様に下を向いていた怪人は音ちゃんのソールの奏でる音に気づき、ゆっくりと顔を上げた。
顔はやせ細っていて、手足も細いを通り越し今にも折れそうな枯れ枝を思い起こされた。
「……何か……用かな……」
怪人はボソボソッと呟くように喋った。
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