第24話

「そう。じゃあ続けるわ。今日、英雄君は三体の怪人と戦ったけれど、苦戦したわよね。どうしてだと思う?」


 ほんの数十分前まで戦っていたアインス、ツヴァイ、ドライの三体の事を思い出す。

 どうして苦戦したのか思い浮かぶ事は多々あった。自分の格闘技術が未熟だったことや、武器を持たずに挑んだこと、止めを刺さなかったこと。

 その中で一番可能性のありそうだった事を口にする。


「やっぱり僕の格闘技術が未熟だからじゃないでしょうか?」


 Mは首を左右に振る。

「英雄君の格闘技術はそれほど悪くないわ。スーツで運動能力の底上げは出来ているから、どのヒーローでも、ある程度以上は戦えるのよ」


 たしかに戦っていた時の僕は、自分でも驚くほど動けていた。イメージした動きをどんなものでも再現する事が可能だった。


「苦戦した原因は……一人で戦ったからよ。英雄君は無線の使い方も聞かずに一人で怪人の元へ向ったわよね。今日、怪人の不意打ちを避けることが出来なかったのは、目の前の怪人に集中していたため、他の怪人の存在に気づけなかったからよ。もし無線の使い方を知っていれば、怪人の不意打ちも私が知らせる事ができたでしょうし、怪人に情けをかけようとしていたあなたを止める事ができたわ」


 Mの言う事は正論だった。僕は一人で戦おうとしてこの怪我を負った。


 Mが駆けつけてくれなかったら、怪我ではすまなかったかもしれない。今日勝てたのは本当に運がよかっただけだ。


「…………」


 僕は帰す言葉もなく、俯き黙ることで算定の意を表す事しか出来なかった。


「分かってくれたみたいね。でもそんなに落ち込まなくてもいいわよ。今日は一人では戦わないということを知って貰いたくて、私はギリギリまで英雄君を一人で戦わせていたんだもん」


「……えっ? とどういうことですか?」


「英雄君には口で言っても分からないと思って、今日はわざと無線の使い方も、敵が複数いるという事も言わなかったのよ。おかげで身をもって、一人で戦わないことの大事さを知ることができたでしょう?」


 身をもって知れたけれど、その代償が大怪我って、割に合わなかった。

 と言うよりも口で言ってくれても十分理解できる内容のような気がする。


「お陰さまで十二分に知ることができました」


 怒りは抑えることができず、嫌味交じりの発言になった。


「分かればいいのよ。ちなみに、イヤホン横の白い小さなボタンを一度押せば通信開始で、もう一度押せば通信終了になるわ。次からは私が指示を出すから、しっかり戦うのよ」


 僕はスーツのポケットに入れっぱなしになっていたイヤホンを取り出して見る。形状は携帯用のイヤホンと大して変わらないものだ。


「今日だって道中でイヤホンの使い方を説明しようと思っていたのに、付けずに駆け出すんだからほんと困ったものよね。音ちゃんなんてキャリーケースの中で、英雄君大丈夫かな? 大丈夫かな? って心配して何度も言っていたのよ」


 それは果たして本当なんだろうか? 

 だって音ちゃん僕が戦い終わった時寝ていたし、信憑性としては低いような気がするな。


「音ちゃんだけじゃなく私だって心配したのよ。英雄君が犠牲者……まあ今日は死体だったけれど、それでも怪人にただ喰われる遺体を守ろうと戦おうとしたのは分かるわ。けれどその結果、ろくに指示も受けず、作戦も立てずに挑み、自分の身を危険に晒したわよね。私はその事を全否定するつもりはないのよ。ヒーローが慈善事業ではないとは言え、正義感を持つ事は悪いとは言えないしね。ヒーローの中には仕事だと割り切り、一般人の犠牲も厭わずに戦う人もいるわ。それは怪人の駆除でしかなく、正義もヒーローとしての教示などない、戦いとすら言えない、ただの狩りでしかないわね。英雄君はそんなヒーローをどう思う?」


「そんなのヒーローじゃないと思います」


「そうね。テレビの世界や漫画の世界のヒーローとは違うもんね。けれど、テレビや漫画の世界のヒーローと私達『チャーチ』のヒーローと呼ばれる存在には大きな違いがあるの。英雄君は五人で戦う戦隊モノのテレビを見たことある?」


 小さい頃は好きでよく見ていたので、僕は縦に頷く。


「じゃあ、そのテレビで、ヒーローが一人殉職して四人で戦うところを見たことある?」


「……ないです」

 今度は口に出し返答する。言いたい事が分かってきた。


「私達はヒーローと呼ばれる存在ではあるけれど、アニメの世界のヒーローとは違うのよ。私たちは『チャーチ』の科学力で武装した兵士でしかないの。だから怪人に負けもするし、怪人に殺されもする。英雄君、頭にちゃんと入れておきなさい。ヒーローは死ぬのよ。ヒーローでも……死ぬのよ」


 ヒーローは死ぬ。


 僕も死ぬ。


 頭にアインスに喰われかけた時の映像が浮かんでくる。息を荒くし僕を切り裂こうと爪を掲げた影像が。


 そうだ僕はあの時……死にかけたんだ。


「人間を越えた、食物連鎖のピラミッドの頂点に位置する怪人に比べれば、武装した兵士なんて弱く脆い存在なの。だからヒーローは知恵を絞って戦うの。餌を喰らっている所を不意打ちで打ち抜く。手足を捥ぎ頭を砕く。命乞いをし足を舐めに近づいていき、首を切り落とす。強い敵だと分かったら、犠牲者に目もくれずに逃げ出す。世間の想像するヒーロー像とは違うだろうけれど、みんなそうやって戦うのよ。だって皆……死にたくないんだから」


 僕らは自殺志願者なんかじゃない。死にたくないんだ。


 けれど……その為に誰かが死ぬなんて、僕はごめんだ。


「だから僕にもそうやって戦えってことですか? 他人を犠牲にしてでも、不意打ちで怪人を殺していけって。僕は言いましたよね。ヒーローになる条件として、人命を最優先にするって!」


 Mは僕を言い包め様としている。

 実際に怪人と戦い、死の恐怖をリアルに体験した今ならば、甘い考えを捨てさせられる。そういうつもりで話しているんだろう。


「私は何年もこの世界にいるから言えることなんだけれど、仕事と割り切っているヒーローと青や英雄君みたいな正義感で戦うヒーローでは、殉職率が違うのも確かな事実なのよ。命を助けるために戦えば、必ず一般人が足を引っ張る時が来るわ。きっと英雄君もその選択を迫られる日が来る。人命か自分の命か。その時の為に覚えておいて欲しい事があるの。ヒーローはみんな何十体もの怪人を殺している事を。きっと英雄君もこれから何十体もの怪人を殺すでしょうね。逆に言えば、ヒーローが一人死ねば殺せるはずの何十体もの怪人が野放しにされるということよ。今回戦ったハイエナの怪人くらいの敵なら、スーツを食い千切れなく、残して中身だけ食べるんだろうけど、討伐報酬が百万近いような強大な怪人や第一世代の怪人はスーツを容易に食い千切れるわ。スーツを失えば新たなヒーローを作り出す事も出来なくなるのよ。メシアが脱皮するのは一年に一度だけですからね。分かる英雄君? あなたが死ねば何十体もの怪人が、何百何千もの人間を食い殺すかもしれないのよ」


 僕はMを失わないために怪人と戦った。僕が死ねばMも一緒に死んでしまうと思ったからだ。

 けれど、そうじゃなかった。

 僕が死ねば何百、何千もの命が失われる。ブルーの借金を返すためだけにヒーローになった僕の肩にはそれだけ多くの命が圧し掛かっているなんて思いもしなかった。


 背中が……重い。


「私が言いたい事は分かった?」


「……」

 言葉が出なかった。


「……返事をしなさい。分かったの? 分からないの?」


 無言の僕に強い口調で言ってきた。その語気から、この質問の答えが大事なことが伝わってきた。


「……はい。僕は……Mさんの指示通り戦います」


 もう言い包められるしかなかった。Mが言う事は間違いなく事実なんだろうし、僕が我を通せば被害がでる。


 僕が死に一般人が死ぬ。


 だったら反論の余地など無かった。


 人命最優先と言ったのに、その為には誰かを犠牲にしなければならないこの矛盾に僕は打ちのめされ、ただただ唇を噛み締める事しか出来なかった。

 

 そんな僕にMは、「はぁー」っと、ため息をついた。どうしてため息が出るんだ?


「やっぱりあなたも青と一緒なのね。良いわ。これからは私の指示に従い、勝てる怪人に、リスクの少ない戦法で戦ってもらうわ。そうすれば目先の命に縛られずに大勢の命を助けることが出来るわね。良かったわね英雄君。いっぱい稼げて、尚且つ大勢の命も助けることが出来るわよ」


 僕を見つめながらそう言ったMの目は、まるで興味を失ったものでも見るかのように輝きを無くしていた。


 どうしてそんな目をするんだ? 


 どうして、そんな棘のある言い方をするんだ?


「……なにが言いたいんですか」


「なにが言いたい? あら私が言った言葉の意味が分からないの? 義務教育を終えていると言うのに、日本語を理解する頭脳もないのかしら? これだから餓鬼は嫌いなのよ! 頭の悪いあなたに分かるように言ってあげるわ。あなたは他のヒーロー同様に一般人の命を犠牲に怪人退治に励みなさい。百人の命を守るために一人の命を犠牲にする。凄くいい方法よ。だって差し引き九十九人の命が助かるんですからね。死んだ一人はごめんなさーい。けれどお陰で多くの命が助かりました。本当に良かった良かった」


「なんですかその言い方は! 確かにMさんの言うとおり九十九人は助かりますが、一人は死ぬんです! どこがいい方法なんですか! こんな方法間違っていますよ……けど……それ以外にどんな方法があるというんですか? 今日、三体の怪人と戦う前までは僕も犠牲の上での勝利なんて臨まないと言いましたが、もう怪人の強さを知ってしまったんです。自分が死なないなんて確証がどこにもない事が分かってしまったんです。それなら犠牲を減らすために……一人を見捨てるしかない……あなたの指示に従うしかないじゃないですか! 生半可な決意で出した答えじゃないんですよ。だって人が死ぬんですよ。悔やんで悔やんで悔やんで出した答えを。あなたが望む答えを出した僕を……どうしてあなたは否定するんですか!」


「あら、否定しているわけじゃないわ。さっきも言ったように、他のヒーローはみんなその考えで怪人を殺しているわ。だから否定はしない。私はあなたを見下しているだけよ。ヒーローになるため、私に誰かが犠牲になるような作戦を立てないなんて条件を出したあなたが、たった一度死に掛けたくらいで意見を変えるなんて、あなたの覚悟はそんなものかと思い、急速に冷めただけよ。なにが誰かの命を奪って自分が助かっても、僕の心が死んでしまいますよ。馬鹿らしい。あなたは他の誰かが死んでもきっと自分が助かったって喜ぶような人なのね」


「違う! 僕は喜んだりしない!」


「違わないわ! あなたははっきり自分の口で一人の犠牲の上に助かる百の命を選んだのよ。そう、一人を捨てると言ったのよ。一人捨てた人間は生きるために二人、三人と捨てるのを躊躇わなくなるわ。私はそんな人間何度も見てきたもの」


「……違う。僕はそんな人間じゃ……」


 『ない』と言う言葉を口から発することが出来なかった。


 Mの言った言葉に間違いはない。僕は自分が助かるために一人失う事を許可したんだ。それにより百人助かるという言葉を言い訳にして。


「……僕はどうすれば良いのさ。助けたいよ。一人残らず。でも……僕が死ねば、沢山の人の命が失われるんだろ? じゃあ僕はなんて答えれば良いのさ!」


 狭い部屋で叫ぶように言うと、Mは立ち上がり大またで僕の前まで来ると、肩を押しのけ僕に馬乗りになり、胸倉を掴み上げた。


「一人残らず助けたい? そんなことできると思っているの? たかだか三体の怪人にこんなに痛めつけられたあなたが、第二世代の怪人に敗れかけたあなたが一人残らず助けたい? 初め、ヒーローは誰もが正義感を持ち、スーツの力で怪人を凌駕し人助けに励むものよ。けれど、強い怪人や第一世代の怪人に出会い、自分の無力さを知り、細々と弱い怪人を殺す事しかしないようになるのよ。英雄君だって自信の無力さを痛感したでしょ? それでも一人残らず助けたいなんて言える?」


「……じゃあどうすれば……どんな答えを出せばMさんは納得するって言うんだよ! 犠牲を出すのもダメ犠牲を出さないのもダメ。何を言おうがダメじゃないか!」


「私がいつ犠牲を出さない戦いをするのがダメと言ったの? 私はあなたに犠牲を最も少なくする、他のヒーローが取っている策を教えただけよ。その方法に間違いはないし、実際にヒーローの殉職率が下がったのも確かよ。けれどね、私はあなたがそんなヒーローのあり方を否定してくれると思ったのよ! 死ぬその時まで誰も死なないように戦う。あなたならそんな選択をしてくれると思っていたから……がっかりしたのよ!」


 胸倉を掴む力が強くなる。気管が圧迫され息苦しさを感じるが、それよりもずっとずっと胸が苦しかった。


 Mは待っていたんだ。


 僕が自分の身を犠牲にしてでも誰も命を失わせないという選択をするのを。けれど僕は恐怖に負けた。


「死なせたくないです。本当は誰も死なせたくないんです。でも……僕が負ければ……何百、何千人もの人が死ぬのが……恐いんです」

 この言葉は言い訳なんかじゃなく本音だった。


「……あなたが死んだ後に人々が怪人に殺されるのが恐い? だったら死ななければいいのよ。どんな怪人に出会っても負けなければいい。あなたが強くなれば、どんな怪人にも勝てる存在になれば、誰も失わずに済むわ。私はね……今の言葉を英雄君の口から聞きたかったのよ。馬鹿みたいな正義を振りかざすあなたの口からね」


「……ッ! でも……僕は三体の怪人に負けそうになったんですよ。そんな僕がどんな怪人にも勝つことなんて出来るんですか?」


「出来るわ。だって、あなたにはマネージャーである私が付いているんだから」

 そう言ったMの目は何の濁りもなく、今の言葉が嘘偽りのない本音だと語っていた。


「……僕は強くなれますか?」


「なれるわ。私が付いているんだから」


「……僕は皆を……怪人の犠牲になる人をすべて救うことが出来ますか?」


「出来るわ。あなたは私が見込んだヒーローなんだから」


 どこにも確証のない言葉だったけれど、Mの目が僕に自信とやる気を授けてくれたように感じた。

 僕なら出来る。

 僕なら救えると。


 今にも泣き出しそうに揺れる心は激しい火が灯ったかのように、燃え滾った。多少の風じゃ消えないくらいに。


「いい目になったわね。それじゃ英雄君もう一度聞くわ。私が言いたいこと分かった?」


「……はい。強くなれば人命最優先で戦うことも出来る。違いますか?」


 僕の答えにMはクスッと笑う。

「正解よ」

 と言うと、僕の上からどいた。


「強くなると口で言うのは簡単だけど、それなりの覚悟はいるわよ。厳しい試練が待っているけど乗り切れるかしら?」


「乗り切って見せます。それで命を守れるなら。僕の命も、怪人に奪われようとしている全ての人の命が守れるなら、どんな試練でも乗り切って見せます」


「いい言葉ね。まあその為にはもっともっと怪人と戦い経験を積んで、血反吐を吐いて血尿出して泣き叫んで、死んだほうがマシだ、Mさん殺してくれって喚き散らすくらい厳しい訓練をする事になるけど、その覚悟も英雄君にはあるようだから安心よ」


「はい……って、えっ?」

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