第22話
喰われてたまるか。
反撃に打って出て、今度こそ殺してやる。
僕は決意を胸に、視線を投げ捨てられた刀に移す。刀はアインスから二メートルほど後方に転がっていた。
あの何かを吐き出す遠距離攻撃を避けて、刀に飛びつき拾うと同時に斬りかかる。これしかない。僕は頭の中でその動きを何度もシミュレートし、いざ行動に移そうとした瞬間、肩をがしっと掴まれた。
Mは掴んだ肩を引き、顔を近づけさせると耳元で呟く。
「その足で刀まで駆けても狙い撃ちにされるだけよ」
今にも飛び掛ろうとする僕を制止した。
確かに足の痛みは引くどころかどんどん増してきて、今では痛みだけではなく燃えるような熱さすら感じていた。走れるかどうかと言えば自信はなかったが、他にアインスを殺す手立てがない以上、行くしかなかった。
「今のままじゃ殺されるのを待つだけです。行かせてください」
「行ったところで無駄死によ。自殺志願者だって言うのならば私は止めないけれど、英雄君は死ぬのは嫌でしょ?」
「……はい」
「それなら、私の話しに耳を傾けなさい」
僕はその言葉に頷きこくんと首を振った。
「いい子ね」
Mは聞き分けの良い子供を褒めるみたいに言うと、作戦を語りだした。
「まずはペレットの事を教えるわ。ペレットは、胃の中にある異物、つまり骨や歯を吐き出すハイエナ特有の行為よ。普通のハイエナならば足元に吐き出すくらいなんだけれど、怪人の肺活量で吐き出しているから、銃弾のような威力を生んでいるようね」
Mは足元に転がる骨に視線を送り言うと、チッと舌打ちした。
「あんな強力な技だなんて聞いてなかったわ」
吐き捨てるように言い、チラリとフェンスの方に視線を向けた。僕も釣られるように視線を一瞬だけ送ると、フェンスの上に置かれたキャリーバックが見えた。
あれは音ちゃんを入れていたバックか?
Mの話でペレットの正体は分かったが、解決策を見出すことは出来なかった。ペレットは胃の中の骨を吐き出しているという事は、怪人の死体がある以上弾切れを待つことは出来そうにない。
二体の二メートルを越える怪人の死体は食い散らかされているとは言え、まだまだ残っているのだから。
「つまり相手は銃を持っているようなものと言う事ですよね? やっぱり避けて刀を奪う以外に手立てはないんじゃないですか?」
僕の足の回復を待つという選択肢も考えてみたが、痛みが引く様子はなかった。
しかし、そんな僕とは逆に、下僕を貪り喰うアインスの方はと言うと、ダメージが引いてきているようで、上体を起こすのがやっとと言った様子から、今では片膝を立て、時折握力の回復具合を確かめているのか、拳を握っては閉じを繰り返していた。
アインスが動けるようになるまでそう時間は掛からなさそうだった。
「光学式化が出来れば痛みも関係なしに動けるから、問題ないんでしょうけれど、英雄君のスーツは帯電させてないから、その手は使えないわね。そうなると今打てる手はたった一つ。こっちも長距離攻撃をしましょう」
「長距離攻撃というと、ライフルですか?」
僕は聞き返したが、今の僕は徒手空拳。つまり武器など何も持っていなかった。もちろんライフルもない。Mの手にもライフルは握られていないので、どこにあると言うんだ?
「私の背中に差し込んできているわ。怪人に見えないように隠しているから気づかれていないはずよ」
背を預けている今の位置からでは確認することが出来なかったが、どうやらMは脇差を隠していたように、ライフルも仕込んでいたようだった。
「弾丸は二発分しかないからチャンスは二度よ。英雄君出来るかしら?」
二回しかチャンスがないのか。ただ当てるだけではなく、アインスも骨を発射してくる。その中で確実に当てるのは至難の技だ。
そして最も難易度を挙げる問題が一点あった。
僕は銃を一度しか撃った事がないという点だ。つまり何の訓練もなく狙いを定めて撃たなければならない。
ゲームセンターのシューティングゲームはやった事はあるが、あれはゲームだ。実弾が発射されるような銃を撃つ機会など、この日本ではまずない。
昨日は命の危機が迫り、無我夢中でブルーのマシンガンを連射し怪人を倒したが、あれは下手な鉄砲数撃ちゃ当たるを実践しただけの話だ。
今回は撃てる弾数はたったの二発しかないんだ。
二発とも外せばゲームオーバー。僕の命はない。
いや、僕だけじゃない。背中を支えてくれているMだって死ぬ。外せば死ぬ。
けれど……ライフルを使わずに、このまま座り込んでいたところで事態が好転するわけでもない。ピンチだからといって颯爽とヒーローが助けに来てくれる訳無いのだから。
なぜなら、ヒーローは僕だから。
たった二発に命を欠ける決意をするが、心とは裏腹に体は緊張で冷や汗を掻いてきた。
けれど、やるしかない。怪人をライフルで撃ち抜くしか道はないんだ。
「………。はい、やれます。二発もいりません……一撃で決めますよ」
二発あると安心してはいけない。弾はたった二発だけ。一発たりとも無駄には出来ない。
「Mさんは僕にライフルを渡したらすぐに逃げてください。もしもって可能性もありますからね」
もしも。それは二発とも外し、怪人の反撃に合うということだ。
「この足でも体を張ってMさんを逃がす事くらいは出来ますから、安心して逃げてください」
二人揃って死ぬことはない。
「それは出来ないわ。私はあなたのマネージャーよ」
逃げるように言った僕の提案を拒否した。
「あなたとは一蓮托生。あなたが失敗して怪人に殺される時は………一緒に死んであげるくらいの事はしてあげるわ。だから逃げたりなんかしない」
彼女は少し笑い、優しい声で僕の耳元で囁いた。
その言葉で僕の中の緊張が嘘みたいに消え去った。
僕は一人じゃない。
それが分かっただけで、僕は覚悟を固める事が出来た。
それは殺す覚悟でも、死ぬ覚悟でもなく、生きる覚悟だ。
生きてやる。生きてMと二人で無事にあのマンションの一室に帰ってやる。
「その一言は反則ですよ。Mさんっていい女だったんですね」
「あら今頃気づいたの? でも人生経験の浅い子供に言われても、あんまり嬉しくないわね」
そう毒づくと、Mは楽しそうにフフフと笑った。
「子供扱いしないでくださいよ。それに人生経験はこれからしますよ――ここから生きて帰ってね!」
その言葉が合図のように僕は背後に手を伸ばすと、Mも動きを合わせるかのように瞬時に背中に仕込んだ――細長い形状をした五、六十センチほどの漆黒の銃――ライフルを取り出し、僕に手渡す。
「何動いてるのよ!」
アインスは不審な動きをした僕らに向けプッと骨を吐き出す。その反応は予想していたよりもずっと速く、僕が銃を構えるよりも先に胸に直撃した。
ミシッと骨がきしむ音がし、衝撃で体が吹き飛びそうになる。
内臓のどこかを傷めたんだろうか、口の中に血の味が広がるが、僕は必死に歯を食い縛り、足の踏ん張りを利かせ衝撃と痛みの両方に耐える。
Mも僕の体が吹き飛ばないように両肩を押さえ支えてくれた。
咳き込みそうなる喉を必死に堪え、僕はライフルの銃口をアインスの胸に向け、引き金を引く。
「ダーンッ」という音と共に蒼い閃光が銃口から射出される。
手には以前撃ったとき以上の反動が返ってくるが、僕は気にせずに閃光の行く末を見届けた。
閃光がアインスの胸に突き刺さり、バシュッという音と共にアインスの肉が爆散する。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁ」
絶叫を上げるとアインスは胸を両手で押さえる。その指の間からは、泉のように沸き立つ血液と血に塗れた剥き出しの肋骨が見えた。
やったのか………?
「英雄君まだよ!」
勝利を過信し、銃口を下げた僕にMが怒声を浴びせた。
口からは涎と血を滴り落としながらも、アインスの目は怒りに燃えていた。
まだヤツは生きている!
そんな! 命中したというのに、ライフルでもこの怪人は殺せないのか!
その時僕は怪人の言った言葉を思い出した。『この間のヒーローは遠くから銃で二、三発私のことを撃って効かないと見るや』と言う言葉を。
そんな……銃じゃこの怪人を殺せないのか?
追撃を撃たないといけないというのに、僕はトリガーにかけた指を引くことが出来なかった。この一撃が効かなければ、この一撃で殺せなければ、僕らの命はない。
このトリガーを引けば運命が決る。
そう思うと恐ろしくなり、僕の指はプルプルと振るえ、引け引けと言う脳の命令に従い連動する事が出来なかった。
指先の震えは体にもうつり、銃身が震えだした。ダメだ。これじゃ当たらない。
「しっかりしなさい! ここから生きて帰るんでしょ!」
僕の震えに気づいたMは背中をバシンと叩き耳元で大声を発した。
そうだ。撃たないと。
撃って怪人を殺して……僕は帰るんだ!
僕らは帰るんだ!
もう一発しかない? 違うもう一発残っているんだ。この一発でアインスを殺してみせる。剥き出しの肋骨目掛け打ち込めば、きっと殺せるはずだ。
僕はこの閃光でタコハーフを殺しているんだ。
きっとアインスだって殺してみせる。
「次で決めます!」
僕は息荒く叫んだ。
「もっと電流を放出するイメージを持って! そして怪人を貫くところを想像して撃つのよ!」
Mも叫ぶようにアドバイスを贈ってきた。
アインスは強く息を吸い込み、骨を吹き出そうと胸をどんどん膨らませた。膨らむごとに剥き出しの肋骨からは血がボタボタと滴る。
今までは頬を膨らませ直ぐに噴出していたが、今度のためは長かった。
あそこまでためて撃てば、今まで以上の威力を持つだろう。吹き出された骨は、このスーツをも貫通する威力かもしれない。
なぜこんなに貯めて撃つ?
それはアインスも次の一撃で決めなければならないと思っているんだろう。
必死なのは一緒だ。決死なのは一緒だ。
負けられない。
そう思い僕はアインスを貫くイメージをしようとした。
けれどいくら撃ち抜くイメージを頭に浮かべようとしても、浮かんでくる映像は、僕がアインスの発する骨の固まりに胸を貫かれるイメージだった。
違う。
死ぬ所なんか考えるな。怪人を殺す事だけを考えろ。
自分ではなく相手が撃ち抜かれて死ぬところを考えようとしても、早く撃たないとと言う焦りは、僕の心を負の方面にどんどん誘っていく。
ダメだ……死ぬ。
僕じゃこの怪人を殺す事なんか出来ない。
心の戸惑いが手にまでうつり、銃身が又ぶるぶると震えだす。
何でこんなに弱いんだ、僕の心は。
なんでこんな……死を恐れるんだ。
自分の弱い心に僕は無意識に涙した。冷たい涙が頬を伝う。
生きるために引き金を引く決意をしたというのに、なんでこんなにも簡単に僕の心は揺れてしまうんだ。
恐い。
死ぬのが恐いよ。
殺す思いよりもずっとずっと強い死への恐怖が僕に襲い掛かり、固い決意を恐怖と言う名の鎌がずたずたに切り裂いていった。
死なないためにも撃たないと。
でも外したら死ぬんだ。
撃たれる前に撃たないと。でも外したら僕は死ぬんだ。
鎌が深く切り刻んでいく。
死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない。
僕の心の隅から隅まで恐怖が刃を突きたてていく。
ダメだ。撃つのが……恐い。
そう思った時、僕の肩をMがギュッと掴んだ。
……ああ、そうだ。僕が死ねば、Mも死んでしまうんだ。
そんなことはさせない。
必死なのは一緒、決死なのは一緒だけれど、アインスは自分のためだけだ。
僕は自分のためだけでははない。死にたくないという思いだけで戦っている訳じゃないんだ。
僕は……死なせたくないんだ。
自然と体の震えは止まった。銃口がアインスの胸を向く。
「死にたく…………死なせたくねえよぉぉぉぉぉおぉぉぉぉ!」
僕はトリガーを引いた。一切の躊躇いもなく。
恐怖はあった。
それは死ぬ恐怖ではなく失う恐怖。
僕に決意をもたらす恐怖が。
閃光が轟音と共に、銃口から放出される。
同時にアインスも骨を吹き出す。
閃光と骨の軌道が重なる。
僕の胸をも貫きそうなその弾丸は光の奔流に触れるとちりちりと消し飛んだ。閃光は骨を消し飛ばしても止まらずにそのまま土煙を巻き起こしながらアインスの胸目掛け飛んでいく。
「馬鹿なぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ――――――」
絶叫を挙げるアインスの胸に蒼い閃光が直撃する。
さっきと同じ位置、肋骨が剥き出しとなった胸に直撃するが、今度は胸が爆散することはなかった。
爆散したのではなくアインスの胸から複部にかけ大きな穴が開き、肉体は消滅していたからだ。
アインスは目をこれでもかと大きく見開くと、紐で引っ張られたかのように、後ろに倒れて行き……そのまま動かなくなった。
「………勝ったのか?」
生き物なら必ず死ぬような大穴が開きはしたが、何度も立ち上がる怪人に僕は勝利を確信する事が出来ずにいた。
するとそんな僕の不安を読み取ったのか、背後からMが答えた。
「ええ、あなたの勝ちよ」
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