第16話
まだ説明しか受けていない、戦い方や武器の使い方もわからない状態だ。そんな自分が怪人を倒せるとは思えない。
「あの~、僕はまだ戦い方も知らないのですし、怪人と戦うのは早いんじゃ………。まずは訓練とかするんじゃないんですか?」
「訓練とかする人もいるけれど、英雄君は実践で戦った方が覚えると思うの。安心して、最初の怪人はなるべく弱いやつを選ぶわ」
なるべく弱いやつって言われても、怪人は怪人だ。命の危険があるというのに、ぶっつけ本番で挑む勇気は僕にはなかった。
このピンチを打開する、なるべく最もらしい言い訳を考えた。
「あっ、でも戦いたくても、僕用のスーツもありませんし、いくらMさんがいると言っても、銃と刀だけで戦うのは心もとないですよ」
完璧な理由だ。昨日の今日ではスーツは作れないだろう。
「いや~残念だな、早く戦いたかったんですけどね。ほんとスーツがないのが悔やまれますね~」
調子に乗り言った。
けれど僕は『チャーチ』の技術力と、Mの行動力を舐めていた。
「英雄君安心して、スーツは昨日のうちに用意しといたわ」
もう作っているなんて予想だにしていなかった……。
ヒーローのスーツってそんな簡単に作れるものなのか……?
調子に乗って早く戦いたいとまで言ってしまった……もう言い逃れする道は絶たれた。
「青のスーツを、君用に作り直したのよ。音ちゃん、ベットの下に入っている紙袋を取って貰ってもいいかな?」
「いいよ~」
音ちゃんはベットの下に潜っていった。どうやらこのベットの下は、Mの収納スペースになっているらしい。
「Mちゃんこれだよね~。はい英雄っちのスーツだよ」
音ちゃんは大きめの紙袋を咥えて出てくると、僕に渡した。
ついにあの青い全身タイツみたいな服を着るのか……そう思いつつ中に入っているスーツを取り出した。
「……あれっ?」
青い全身タイツを想像していたが、中に入っていたのは、黒のジャケットに、黒のスラックス、黒のネクタイ、黒のレザーのグローブそして無線用のインカムらしきものだった。
音ちゃんが取り出す袋を間違えたんだろうか?
「あのMさん、中身がヒーローのスーツじゃないんですけれど………」
「あら、気に入らなかったかしら? 青の着ていたスーツとはデザインが違うからスーツに見えないだけで、それも全部『メシア』の皮からできた、立派なスーツよ。ジャケットとパンツとグローブの表皮には染め上げたメシアの皮を貼り付けてあるから、帯電もするし、人体の活性もしてくれるわ」
これがスーツ。
ヒーローのスーツと言うんだから、ブルーのようなぴったりとした、全身タイツみたいなものを想像していた分、驚きは大きかった。
「ヒーローのスーツって、ブルーみたいな、タイツの様な物だけだと思っていましたよ」
「青みたいな格好のスーツの人は多いけど、英雄君もあんな忘年会の出し物のようなダサい格好をしたかったの?」
Mは小首を傾げ聞いた。
確かにあのスーツはダサかったけれど………。自分がブルーのようなスーツを着るところを想像してみた………めっちゃダサい!
「いえ、このスーツでいいです! と言うよりこのスーツがいいです! ………あれっ、でもスーツは百六十センチ以下の人には大きくて着れないんじゃなかったんですか? これなら誰にでも着れるような気がするんですけど?」
「私は一度も大きくて着れないなんて言ってないわよ。一番の理由は加工が大変だからよ。服を加工するにも技術がいるの。大きい分には伸縮してくれるから、そのままの状態で渡すことができるから楽でいいのよ。けれど百六十センチ以下の場合、裁断や縫い合わせが多くて大変なの。それに莫大なお金がかかるしね。ちなみにヒーローになる場合初期投資代、この場合、銃弾の補填代金や光学式化の費用として、百万入るんだけど、英雄君の支度金はほぼ全額スーツ代に消えたわ」
今、僕のお金が勝手に使われたことが判明した。それって僕の許可なしにしていいことなんだろうか?
そのせいで生存率が物凄く減ったような気がするのだが………。
「十五歳で百万円近くのスーツを着ている人なんてなかなかいないんだから、もっと喜んでいいのよ。それに余ったお金で、ライフルの銃弾も二発分補充したから安心してね」
「あははは」
もう疲れた笑い声しか出てこない。
二発の銃弾で怪人を倒せるかは分からないが、もうやるしかなかった。
「じゃあ、お風呂場に行って着替えてきてちょうだい。脱いだ服はその紙袋に入れておいてね。シャツとか下着は着たまま上から着ていいから」
彼女は僕をお風呂場に誘導した。僕が別室だと思っていた場所はユニットバスになっていた。
「あの着替えるって事は、もう怪人と戦うってことですよね?」
「ええ、そうよ。英雄君怖気づいちゃったかしら?」
その通りだった。
心の準備もできていない状態で怪人と戦うのが怖かった。
自分が戦う場面を想像してみても負ける場面、殺される場面しか頭に浮かばない。普段は決してマイナス志向という訳ではないが、昨日、怪人タコハーフの強さを目にしていた。
あの腕から放たれる威力も知っている。
スーツを着ていたとしても内臓を破裂させ、背骨を砕く威力を持っていると知っていた。そんな怪人に格闘経験もなく、運動神経も人並みの自分が勝てるイメージなんて湧くはずなかった。
いつの間にかスーツを持つ手が震えていた。
震えを止めようとしても、止まるどころかより激しく震えだし鼓動が高鳴っていった。
戦うと決めていたが、心が……折れそうだった。
そんな僕にMは近づく。
「大丈夫よ」
そう言うと僕の手をそっと掴んだ。
その手はとても温かかった。
「Mさん……僕は戦うのが怖いです」
「そう……それは良かった」
「よかった? どういうことですか……」
「あなたがスーツを着るだけで怪人よりも強くなれると思っている馬鹿じゃないからよ。英雄君は弱さを認められる強さを持っているのね」
「弱さを認められる強さ……? 僕は戦うのが怖いんですよ……そんな僕が本当に強いと言えるんですか……?」
「言えるわ。英雄君は戦うのが怖いと言ったけれど、それはどうしてなの? 負けるのが怖いの? 死ぬのが怖いの? それとも別の理由で怖いのかしら?」
僕はどうして怖いんだろうか……。
負けるのは怖かった。
死ぬのも怖かった。
どちらも間違いないだろう。けれど本当に怖いのは……。
僕は昨日怪人に捕らえられ、殺されかけた。そんな僕を前にブルーが何を思ったのか。もしも僕とブルーの立場が逆だったら何を思ったのだろうか、考えていると答えが出た。
「僕が……負けたら……目の前の命を助けられないんじゃないかって……怖いんです」
「あなたが負ければ、犠牲者は出るわね。あなたが死んだら、犠牲者が出るわね。それならあなたは勝ちなさい。どんな手を使っても勝ちなさい。その為にあなたは生きなさい。どんなに惨めでも死に物狂いで生き残りなさい」
生き残れ。それが彼女の答えだった。
「Mさん……僕は怪人に勝てますか……? ぼくは……生き残れますか……? 僕のこの手で誰かを救うことは出来ますか?」
「出来るわ。英雄君は私が認めたヒーローよ。私の目に狂いはないわ」
Mの手に力がぐっとこもる。
自然と震えは止まっていった。鼓動の高鳴りは収まらなかったが、それはもう恐怖によるものではなくなっていった。
「震えは納まったみたいね。それじゃ急いで着替えてちょうだい。すぐに移動するわよ」
彼女は手を放すと扉を閉めた。
やるしかない。僕にはMさんが付いている。彼女と一緒ならきっと勝てる。今の僕は自分が怪人に勝つ場面をしっかりとイメージする事が出来た。
「……よし。頑張ろう」
ユニットバスで自分を鼓舞し、着替えを始める。
スラックスに穿き替え、ジャケットをはおり、僕は手を止めた。中学高校と制服が学ランと言うこともあり、人生でネクタイを結んだ経験なんて無かった。
結び方は以前父親から聞いた事があったので、なんとなくは覚えていたが、ネクタイはなんとなくでは結べるような代物ではなかった。
僕はネクタイを巻くのを諦めて、備え付けの鏡で一度、スーツ姿の自分を確認してみた。その姿は今までの自分ではないように見え、妙に大人っぽかった。
スーツが着丈、袖丈、股下まで全てがぴったりだったこともあり、自分で言うのもなんだが、似合っているように思えた。
この時、頭にはなぜ股下の長さまで僕も知らないと言うのに、分かるのだろうかという疑問が浮かんだが、事実を知るのも怖かったので、無理やり偶然だろうと言う答えに辿り着かせた。
そっとスーツに触れてみると、手触りは普通のスーツのようにしか思えず、特殊な素材を使っているようにも、電流が流れているなんて信じられなかった。
この格好をMと音ちゃんに見せるのは気恥ずかしかったが、僕は意を決してバスルームを出た。
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