第15話
「えっ、あっ、まだ頭がこんがらがっていて、何を聞いていいか……。あっ、じゃあ一つだけ。スーツは誰でも着る事が出来るんですか?」
「誰でもわ無理ね。まず、そのスーツは身長百六十センチ以下の人には着れないわ」
そう言うと彼女はクスッと笑った。
「………じゃあ僕には関係ないですね! 僕余裕で百六十センチ以上ありますしね!」
身長制限は余裕で大丈夫、突破していた。規定の身長よりも大分…いや少し…ほんのちょっと高いので問題ないはずだ。
なんでだろう無性に泣けてくる。
Mは突然立ち上がりベットの下から、『マル秘見ちゃダメ!』と大きく書かれた茶封筒を取り出し、封を開けると、中から何枚かの用紙を取り出し眺めだした。
「そうね、英雄君の身長はえっと……百六十一センチで問題なしね」
「……何ばらしちゃってるんですか! その用紙に何が書いてあるんですか!」
ばらされた。できれば成長期を向かえ、高身長になったら公表したかった。補足だが、この時僕は敬語でのツッコミを覚えた。
「あっこれは極秘文書なんだから、英雄君は見ちゃダメなやつよ」
「表紙に『マル秘見ちゃダメ!』なんて書かれた、極秘文書なんか見たことないですよ! 悪ふざけもいいところです」
怒りは沸点ギリギリだがまだ抑えられる。まだ敬語は維持できていた。
「あっ体重四十五キロって……私より軽いなんてズルイ!」
「あんたの体重なんて知らねえよ!」
そう言った瞬間、僕の視界は謎の白い物体により覆い隠された。
ガシャン。コーヒーカップが額に当たり砕けた。
中に入っていたカフェオレが顔に掛かったが、幸いにもカフェオレは冷めていたので、火傷するという事はなく、ただ顔がベトベトして気持ち悪いだけに終った。
「タメ口聞くなって言ったでしょ! あなたみたいな、身長も知能指数も器も服のセンスも人並み以下なガキが、年上にタメ口聞かないでくれる!」
Mは腕を組みぷいっとソッポを向いた。
小学生のような反応だった。
そこまで言われる筋合いはない。
身長の件は置いとくとして、学校の成績は悪くないし、服のセンスだって悪いとは思えない。Mにはまだ、制服姿しか見せていないので、そんな事判断できるはずがない。
そしてコーヒーカップを投げつけてくるなんて、理不尽なことに腹を立てていない僕は、器は大きいといえるはずだ。
「英雄っちの制服袖がぶかぶかだから、確かに服のセンス悪そうだよね~」
音ちゃんの追い討ちが止めを刺した。一週間前に衣替えをし、今は冬服の制服になっていた。
夏服ならスラックスにワイシャツなのでこんな馬鹿にされなかったのに……。
「これはその……背が伸びると思って、大き目のサイズを買ったから……今は合っていないだけで、そのうち丁度良くなる……」
「ならないわ。机の中のタイムマシンに乗って、あなたの未来を見てきたけれど、全国民から文字通りの上から目線をされていたわ」
「なんでドラえもんと同居してるんですか! まずこの部屋に机ないでしょ! そして僕の身長はそこまで低くないですよ!」
「英雄君、例え机がなかろうが、青狸は居てくれるわ。そう彼を愛するみんなの心の中に」
遠い目をしながら彼女は微笑んだ。
「いいこと言ったみたいな顔しないでください! もし心の中にいたとしても、青狸って言っている、あなたの中には百パーセントいないですよ!」
「失礼しちゃう。私、声優が替わる前の映画版の青狸は全部見ているのよ、きっと、居てくれるはずよ」
「替わった後も見ろよ!」
声のボリュームが上がっていく。
「うるさいわね。縮め殺すわよ」
どうやって!
けれど、具体的な内容を聞くのは恐ろしいし、Mならやりかねないと思い、僕は謝るという選択肢を取った。
「すいませんでした」
謝ると、音ちゃんがタオルを持って来てくれた。カフェオレまみれの顔を早く拭きたかったので、嬉しかったが、そのタオルには音ちゃんの毛が大量に付いていたらしくチクチクして不快だった。
「あっ……ありがとう……」
「どういたまして~」
苦笑いをする僕に、無邪気な笑顔を返してくれた。悪意はないらしい。
「英雄君、顔が綺麗になったら……あっごめん顔の造りじゃなくて汚れの話よ。造りが汚いのはしょうがない事、治しようがないわね。言葉が足りなくてごめんなさい。あなたの汚した、カップを片付けてちょうだい」
ピキッと血管の浮き出る音が聞えた気がした。
どうやら僕は怪人の前に倒さなきゃならない人がいるみたいだ。けれど、縮め殺すという未知の恐怖が今の僕を支配していた。とりあえず刃向かわずに、割れたコーヒーカップを拾った。
音ちゃんも雑巾を使い、カーペットにこぼれたカフェオレを拭いていた。
間違いであって欲しいが、その雑巾は僕の顔を拭いたタオルにしか見えなかった。頼むよ音ちゃん。
片づけが終るとMが話を切り出した。
「そう言えばスーツは誰でも着ることが出来るのかっていう、質問だったわね。スーツは誰でも着られる訳ではないわ。スーツに流れる電流に耐えられなきゃダメね。電流は微弱だけど、ほとんどの人は痺れてしまう。けれど、中にはほとんど動じない人がいるのよ。その人だけがスーツを着ることを認められるわ」
何事もなかったかのように話すMの切り替えの速さに驚きながらも、僕は話を合わせるため頭を真面目モードに切り替える。
「じゃあ僕もスーツを着てみるまでは、ヒーローになれるかどうか分からないんですね」
意気込んでこのマンションまで着たわいいけど、場合によってはすごすごと帰らなければならないのか。
もしヒーローになれなければ、二百九十九万五千円の損失をどうやって返して行けばいいのだろうか………。
「いいえ、英雄君なら大丈夫よ。昨日銃を撃つことができたわよね。あの銃にも微弱な電流が流れているのよ。耐性がなければ、撃つ事は出来ないわ。だから、英雄君は大丈夫よ」
確かに昨日マシンガンを撃った時、何も感じなかった。
少しほっとした。これで借金の返済が出来る。
「それに、昨日握手した時、念のために強い電流を浴びせてみたけれど、痺れるだけで死んだりしなかったでしょ? だから適正は間違いなくあるわ」
昨日の電流はテストみたいなものだったのか……もし死んでいたらどうしていたのだろうか……? 知るのが怖い僕は黙っていた。
「じゃあ、質問は以上でいい? もしいいなら、最後に『チャーチ』の説明をするけれど?」
「大丈夫です。お願いします」
最後だと言う事もあり、気合を入れるため、僕は正座をして話を聞くことにした。
「『チャーチ』は科学者とヒーローの集まりなんだけれど、今経営難に陥っているわ」
予想外の出だしだった。まさかヒーローのいる組織がお金に困っているなんて………。
「さっきも言ったけれど、『チャーチ』は政府の組織じゃないわ。それどころか、政府の援助を受けることもできない。そのために『チャーチ』が取ったのは、パトロンを見つけ援助してもらうと言う道よ。パトロンを見つける事は容易かったわ。怪人の被害にあった人で金銭に余裕のある人物を当たってみたところ、いい返事をもらえたの。けれど、企業もシビアなものね。初めはどんどん研究費の援助をしてくれたけれど、なかなか怪人を撲滅できない『チャーチ』に、見切りをつけかけているのよね。今では第一世代の怪人を倒したらいくら、第二世代を倒したらいくらと言うシステムになってしまったわ。例えるならヒーローは歩合制で働く契約社員って所かしら」
話を聞き、僕は漫画の世界の賞金稼ぎを思い起こされたが、Mの言った契約社員の方が的を射てるように感じた。
賞金稼ぎとは違い、契約社員には契約破棄と言うものがある。つまり討伐無し――成績不振――の場合はいつ首を切られてもおかしくないのだろう。僕も頑張らないとな……。
「ちなみに、怪人討伐の報奨金の額は、その怪人の強さを元に出した額から、『チャーチ』の維持費を引いた金額になっているわ。それと、どうして光学式化や銃弾にお金が掛かるかって言うと、メシアから電流を取る時に使う機材の額や維持費の額が恐ろしい程かかるからよ。恐ろしいほど。『チャーチ』の説明はこんな所かしら。英雄君なにか質問はある?」
協会の説明はとても短かった。
「……あの、ヒーローは今何人いるんですか?」
彼女は考え込むような表情を見せ、一本一本指を折り始めた。どうやらヒーローの数を数えているらしい。
六回指を折った所で彼女は一度手を止め、ゆっくりともう一度指を折った。
「今のところヒーローは英雄君を含めて……七人いるわ。ちなみに無事に残っているスーツの数は八個よ。今年の脱皮はもう終ったようだから、来年までヒーローの数が減る事はあっても、増えることはないわね。英雄君も減る側に入らないように気をつけてね」
七人しかいないという現実は僕に重くのしかかった。怪人の数が二百体以上いるというのに全滅させることは可能なのだろうか。
「あら英雄君、不安そうな顔をしているわね。大丈夫よあなたは死なないわ。私がついているもの」
僕が思っていた事はそっちではなかったのだが、彼女の言葉はとても嬉しかった。
「そうですね」
いつの間にか僕は不思議と怪人に破れ、殺されるという考えは持たないようになっていた。それはMが一緒に戦ってくれるからかもしれない。Mがいればきっとどんな怪人にも勝てるだろう僕は思った。
根拠はどこにもないが。
不思議とそう思った。
「私の指示に完璧に従って、馬車馬のごとく働いてくれれば、青の借金も、治療費もすんなり払えるわ。それに、あなたが支払うこのマンションの維持費も、私の生活費である五十万も容易に稼げるわ。だから、一緒に頑張りましょうね」
Mの生活費を支払うなんて初耳だった。それに五十万って、この家具も何もない部屋でそんなに必要なのか?
前言撤回だ。僕は死ぬかもしれない。怪人に殺されるのではなく、過労死するだろう。
「あっ英雄っち~、私のご飯代とか~、エステ代とかも払ってね~」
猫にエステが必要かどうかは分からなかったが、駒野英雄十五歳、扶養家族が二人増えました。
「じゃあ英雄君、怪人倒しに行こうか」
長い説明が終ると彼女は立ち上がり、然も当然のように言った。
まるでコンビニにでも行こうかと言うほどの気軽さで。
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