第14話

 彼女の眼光が徐々に鋭くなっていく。


 この質問はしてはいけないものだったのだろうか。早まった事をしてしまったと思い僕は自分の発言を悔やんだ。


「聞いちゃうのね。まあいずれ話す事だし教えてあげる。さっき、音ちゃんが第一世代の怪人が一体やられたって言ったわよね。その怪人はトカゲとクラゲを模した体構造の怪人だったのよ。ちなみに第一世代は皆二種類の体構造を模しているわ」


 勝手に怪人はタコハーフのように一種類の生物で出来ていると思ったが、どうやらそうではないらしい。と言うことは、音ちゃんも猫以外に他の生物も入っているのだろうか。僕は音ちゃんに目線を送った。


 音ちゃんは金と銀に輝く瞳で僕を見返す。


「まだ内緒~」

 僕の思惑を察したのか、そう言った。


「その死体を回収した政府は、研究施設も破壊され研究データもなくなり、唯一あるのは定期連絡で送られてきた、簡単な怪人の生態の報告書だけという事もあり、解剖し研究しようと考えたらしいんだけど、そこで思わぬ事実が発覚したのよ。その怪人の外傷は激しいけれど生きていると言う事がね。それから、政府はその怪人を、以前は核シェルターとして開発された特別な研究施設に送り、観察する事にしたらしいわ。けれど、施設に怪人を送って一週間経っても起きる様子は無かった。人間で言うところの脳死状態っていうのかしら? その怪人を使い半年ほど痛みに対する反応実験や解剖実験を試みたそうだけれど、全てが失敗に終ったみたい。怪人の皮膚が硬すぎて、メスでは傷一つ付けられず、のこぎりやダイヤモンドカッターまで持ち出したみたいだけど、結局何を使おうが傷や外傷を与える事は出来なかったのよ。政府はその時点で全ての怪人を倒すことを諦めたらしいわ」


 諦めたってどう言うことだろう……。じゃあヒーローは何なのだろう。どうして戦っているんだ。


「政府は怪人の討伐を諦めた理由としては、倒せないと言う事が分かった事と、もう一つあるわ。一体の怪人が人型で自分が生まれた研究施設に舞い戻り、事故収束に当たっていた政府関係者の中の、その場での最高責任者以外の人間を皆殺しにし、その人物に政府との交渉を持ちかけたのよ。政府は受諾し、防衛大臣が現地に訪れたらしいわ。その交渉内容というのは、自分達の生まれたこの県をくれれば、他の都市には手を出す事はしないと言うものよ。その要求を政府は飲んだわ。当たり前よね。費用対効果。この県を怪人にくれれば他の都市が守られるのだからね。そして何よりも政府高官は自分の身の保身が一番だ――」


 話の腰を折らないと言う約束をしていたが、もう耐えることはできなかった。僕は勢い良く立ち上がった。その時膝がテーブルに当たり、乗っていたコーヒーカップがガチャンと音を立てた。


「僕たちは国に捨てられたんですか!」


「質問は最後にって言ったわよね」


 冷たい目を僕に向け、Mはカフェオレをゆっくりと口に含んだ。今度は唇に付いた泡を見ることなく、Mの目を見続ける。


「………」

「………」

 沈黙が続く。僕もMも目を逸らす事はしなかった。


「………いいわ。今回だけは答えてあげる。その代わり座って頂戴。あなたみたいに小さな人でも、見下されているみたいでいい気はしないわ」


 Mが先に折れた。僕は肯き静かに腰を下ろすとMが口を開いた。


「私達は国に捨てられたわ。それは間違いない。けれどそのおかげで今の協会が出来上がったのよ。国は交渉役の怪人と、怪人に関わる事全てに不可侵でいるという条約を設けたわ。逆に言えば政府に関わらずに怪人と戦う協会、私たち『チャーチ』を咎めることが出来なくなったのよ。『チャーチ』の創設者は、その条約が結ばれた時点で、脳死状態の怪人を連れ出すと共に、怪人の生態の報告書を持ち出したのよ。そして、何とか怪人を殺す手立てを見つけ出そうとしたわ。同じような考えを持つ仲間を集め、パトロンを見つけ出し、研究を続けた。ちなみに怪人を連れ出しても、追っては来なかったそうよ。政府もその怪人の処分には困っていたのでしょうね。条約もあるから、研究をしているのがばれたらまずいでしょうし、破棄する事も出来なかったでしょうしね。質問の答えにはなったかしら?」


「はい。ありがとうございます」


 考えてみれば怪人の事件に軍隊が投入されたや、警察が出動したというニュースを聞いた事はなかったが、理由はこんな簡単な事だったのか。捨てた物がどうなろうと国には関係のない事……それが理由だ。


 僕らは捨て犬みたいなもんだろう……。


 怪人と言う雨から身を守る屋根を持たない犬。

 それなら僕は、捨て犬達に毛布を与える人になろう。

 平和と言う名の温かい毛布を。


「じゃあ、武器の話の続きをさせてもらうわ。ちょうど『チャーチ』の話が出たから、その続きから話させてもらうわね。『チャーチ』でも始めは、ほとんど何の研究成果を上げる事は出来なかったわ。分かったのは、その怪人が、皮膚から微弱な電流を発していると言うことだけ。でも、その電流は蓄えることは出来ず、なぜ発生しているかも分からなかった。けれど、半年たったある日、怪人に異変が起きたのよ。怪人は目覚める事はなかったけれど、入れられた培養液の中で、脱皮を始めたの。持ち出した報告書から怪人がトカゲとクラゲの体構造していることは知っていたけれど、まさか脱皮するとは思わなかったでしょうね。そしてその脱皮が『チャーチ』に思わぬ成果をもたらしたのよ。一つは、脱皮後の皮膚の外皮強度は以前よりは弱くなっているものの、内側からなら切り裂き加工できることが判明した。もう一つはその皮膚が、その怪人に触れる事によって、怪人から発せられる微弱な電気を吸収し、帯電させることができることよ。英雄君ここで問題、ヒーローのスーツは何でできているでしょうか?」


「………ッ!」

 ブルーの着ていた全身スーツは何か特別なものだとは分かっていた。けれど、まさかあのスーツが……。

「……その怪人の皮膚ですか」


「そう、正解よ。どう? 着るのが嫌になったかしら?」


 正直嫌だった。怪人を身に纏うようで、寒気がした。

 けれど、ここで嫌と言ったら、ヒーローになる事は出来ないだろう。僕はそう自分に言い聞かせ答えた。


「いえ、問題ありません」


 がっかりしたように彼女は肩をくすめた。


「もっと嫌がると思ったんだけど、残念ね。じゃあ続きを話すわね。初め脱皮した皮膚をスーツにするという発想はチャーチの科学者には無かったらしいの。しかも、脱皮は一年に一回のみしかしないと言うことが分かったのよ。脱皮をして一年目、二年目、三年目は研究のため、無駄にバラバラにして終ったわ。けれど四年目に、その皮膚をそのまま、『チャーチ』の会員に着せてみるという実験をしてみた所、着用者のサイズに収縮し、発している微弱な電気が脳の電気信号と合わさり、人体を活性化させる事が分かったの。活性化には個人差もあるけれど、スーツに適応した者は素手でコンクリートを粉砕するくらいの力が出せるわ。この時初めて人類に一縷の希望が見えたのよ。その日から、脳死の怪人を救世主『メシア』と呼ぶようになったわ。『メシア』はそれから毎年脱皮して、今までに十八着のスーツを作り出してくれたわ。けれど英雄君も知っての通り、スーツの力だけでは怪人を必ずしも倒す事が出来ないのよ。初代のヒーローは、第二世代の怪人を、苦戦しつつも素手で二体倒したわ。けれど、三体目に無残にも殺されてしまったのよ。この時『チャーチ』は素手だけで戦う事の限界を知ったわ。そして生まれたのが刀よ」


 知らず知らずの間に手がじっとりと湿っていた。汗を制服のズボンで拭うと、水分でよれっとしわが寄った。


「刀の表面には、怪人の皮膚を何重にも貼り付けてあって、そこに電流を帯電させる事により、信じられない強度と、切れ味を誇るようになったわ。ただ、これには一つ問題があって、帯電した刀は……鞘に収めた状態じゃないと、普通の人には持てなくなったの。つまりこの武器を使えるのはヒーローだけなのよ。ここでまたまた英雄君に問題よ。その切れ味抜群の刀で、ヒーローは何を切ったでしょうか?」


 またクイズ? 

 ヒーローが斬ったものは怪人じゃないのか? 他の何を斬るって言うんだ。


「怪人じゃないんですか?」


 彼女はニヤッと笑った。

「半分正解で、半分は外れね」


 半分外れってどう言う事だろう? 僕が考えていると彼女がその答えを語った。


「ヒーローが斬ったのは、第二世代の怪人と『メシア』よ」


『メシア』……? 

 言っている意味が分からなかった、なぜ『メシア』を斬る必要があるのだろうか。


「どうして『メシア』を斬ったか分からないって顔をしているわね。別に憎くて斬ったわけじゃないわ。帯電した刀だったら、第一世代の怪人を斬れるか確認したかったのよ。はじめは指先に少しの傷を付けられるか試したんだけど、帯電した刀よりも、第一世代の皮膚の方が硬くて傷を付けられなかったわ。けれど、たった一日だけ、斬れる日があったの。それは、脱皮をした日よ。脱皮後の怪人の皮膚は第二世代の皮膚以下の強度になって、帯電した刀でも傷を付ける事が出来たの。けれど、『メシア』に傷をつけられても、他の第一世代の怪人を斬る事が出来なきゃ意味がないわ。過去の報告書を見ても、脱皮する第一世代はこの『メシア』以外には一体しかいないようだし、第一世代を全て倒す事は無理なんじゃないかと研究者達は思ったみたい。けれど、その状態を打開する案が飛び出したの。それは、帯電させる電流の量をもっと増やしてみたらどうだというものよ。どうやって電流の量を増やすかって言うと、『メシア』の胸を開いて、直接電極から電流を引き出すのよ」


 彼女はそこで一息つき、僕を見つめた。僕はそこではっとした。知らず知らずのうちに表情が曇っていたのだ。


「非人道的な行いだと思う? 人間は動物の胸を開くなんかよりも、もっと酷い事をしてきたわ。動物だけじゃない、戦時中には人間に対しても、様々な人体実験をしてきたのよ。怪人を作ったのも、人体実験によってですしね。ちなみに怪人を作るために費やした人の数は軽く見積もっても千はくだらないわよ」


「………ッ!」

 怪人を作るための実験で何人もの犠牲者が出たとは思っていたが、まさか千人以上もの人が犠牲になっていたなんて思いもよらなかった………。


「千体もの犠牲者が出ているなんて思わなかったかしら? けれど怪人の犠牲者の数はその何十倍にも及ぶわ。犠牲者を減らすためにも、『メシア』を使い実験する事が必要だったのよ。その結果、実験は成功。スーツを直接電極に触れさせると、それまでの何倍もの電力を帯電させることに成功したわ。それが光学式化の正体よ。帯電した電流はスーツの表面を循環しているだけなんだけど、着用する事によって、脳の電気信号と交わり、その人の意思により解放――光学式化する事が出来るの。ちなみに、光学式化してられる時間は電流を放出しきる時間の約十分よ。それを越えるとスーツは通常時の性能に戻るわ。あと、今回のブルーみたいに自信の意志で空中に放電させる事で光学式化を終らせる事も可能よ。そして、電極からの電流が電気信号に交わることを利用して、刀の光学式化、銃口から電流を射出することにも成功したわ。これが武器の説明の全てよ。何か質問はあるかしら?」

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