第13話
それは予想だにしなかった事だった。
人が作り出した?
どうやって作ったのかと疑問はあったが、彼女の真剣な眼差しを見て口をつぐみ、拳をぐっと握り話に耳を傾ける。
「ことの始まりは冷戦時に遡るわ。1979年にソ連がアフガニスタンに侵攻した時、世界中が第三次世界大戦の勃発を意識したわ。日本も例外ではなく、世界大戦を意識し、それに備える事にしたのよ。その時国の上層部は他国にない兵器を求め、武器の性能向上を図ったわ。けれどその分野では日本は諸外国を越える成果を上げる事は出来なかった。国は軍備強化を諦めかけたけれど、一人の学者が現れて、兵士の性能を向上させる事を提案したのよ。その提案はまさに夢物語の内容だった。その内容って言うのが怪人を作り出すものよ。具体的には人体を動物や虫の体構造を模したものに作り直し、そこに動物や虫の細胞を人体の細胞に注入すると言うものよ。初めは馬鹿馬鹿しいと相手にしていなかった上層部も、その学者の研究書を見るにつれ、現実味が湧いてきて、すぐに研究費用と施設を提供したそうよ」
怪人は、元は人間だった。じゃあ僕が撃ち殺したタコハーフも元は人間だったのだろう。僕は……人間を殺してしまった……。握った拳が震えるのがわかった。
「けれど、研究は中々上手くいかなかったわ。三年を費やし、何体もの被検体を使い実験を繰り返し、体構造を組み込む事には成功したけれど、細胞を組み込んだところ、その活性に心臓や血管が耐える事が出来なかったのよ。どんな天才学者が揃っていても、体構造を変える事が出来ても、無数にある血管までは全て作り直す事は出来なかったみたいね。けれど、その学者は諦めなかった。それから七年の歳月を費やし、血管は作れなくても流れる血液の成分を変えることによって、細胞を組み込むことに成功したのよ。心臓に特殊な電気信号を送り出す電極を着けることにより、心臓の強化、血液成分を変えて、動物や虫の能力を扱う事が出来る十三体の兵士を作り出したの。それが第一世代と呼ばれる怪人達。けれど、彼らは二つの理由によって、軍隊として投入される事はなかった。一つ目は冷戦が終ったこと。もう一つは彼らが自我を保つ事が出来なかったからよ。電極が発する電気信号によって、脳の回路に異変をきたして、破壊衝動が増し、施設の関係者を襲い捕食するようになったのよ。そりゃそうよね、彼らは食物連鎖の頂点に立ったんだから、人が牛や豚を食べるように、怪人が人間を食べるのも肯けるわ。けれどね、国の上層部はそんな存在を公表する事も認める事もしなかったわ。彼らを極秘裏に処分する事を決めたのよ。政府は一個大隊を派遣し、怪人十三体、研究者、施設関係者百八十人を施設もろとも駆除する事に決めたの。けれど結果は失敗。迫撃砲だろうが、ミサイルだろうが、彼らに多少の傷を負わせる事は出来ても、致命傷を負わせる事は出来なかった。まあ施設の研究者と施設はミサイルによって粉々にされたみたいだけどね。そして、怪人たちは逃げ出して今に至る……と言うわけよ」
彼女はそこで一息を着いた。
「ちなみにその時の話は音ちゃんの方が詳しいと思うわ。音ちゃん話て貰ってもいいかしら?」
音ちゃんは飲んでいたコップをテーブルに置き、顔の周りについたミルクを舐め取ると語りだした。
「うんとね~、急にミサイルが飛んできたんだよね~。ドカーンって。それまで音ちゃん達第一世代は、自力で施設を抜け出すことができたんだけど、ボスの命令でなるべく大人しくしてたんだ~。どうして大人しくしてたかって言うと~、仲間が欲しかったんだよね~。音ちゃん達は人間でも動物達でもないし~、仲間と呼べるのは同じ怪人達だけだから、研究者さん達に仲間を作ってもらえるように謀反も起こさずに耐えてたんだよ~。仲間が増えても人の手で対処出来ると思わせるように、痛覚のテストの時に銃で撃たれたら痛がる振りまでしてたんだ~。でも何人かの仲間は食欲を抑えられなくて、人間を襲っちゃったから危険視されて、結局仲間は十三体しか揃わなかったけどね~」
音ちゃんの話し方には緊張感と言うものが含まれていなかったが、第一世代の中にはボスがいるという事が分かった。
「ミサイルが飛んできても仲間はみんなへっちゃらで、ばんばん兵隊さんを倒していったんだよね~。ちなみに音ちゃんは~、怖くてずっと逃げ続けてたんだ~。音ちゃんは脳をいっぱいいじっている分、体の強化は全然されてないから、ミサイルなんて受けたら死んじゃうもん。でもそんな強い仲間も一体だけやられちゃったんだ~。みんなすごく怒って、今すぐに全ての人間に報復しようって言ってたな~。けどね、ボスが、今は自由を満喫しよう。報復するのはそれからだって言ったから、みんな報復せずに人型に戻ってばらばらに旅立ったんだ~。以上が音ちゃんの体験した話だよ~。御清聴ありがとうございま~す」
そこまで話すと音ちゃんはぺこりと頭を下げた。
「音ちゃんありがとう。英雄君、これで怪人の話は一区切り着いたけど、何か質問はあるかしら?」
質問したい事はたくさんあった。僕は一つ一つ聞いていった。
「まず、第一世代の事は分かりました。けれど第二世代の事についての話はしなかったですよね。第二世代の怪人ってなんですか?」
さっき彼女は三年間で九十二体の怪人と戦ったと言った。その数は第一世代の十三体よりも多い。つまり第二世代の数の方が圧倒的に第一世代よりも多い事になる。
「第二世代の怪人は第一世代の怪人が作り出した怪人よ。昨日のタコの怪人がそうね。音ちゃんが言うには第一世代の怪人の中に一体だけ、動物を基に怪人を作り出せるやつがいるみたい」
その言葉に僕は良かったと安堵の息を漏らした。
僕は人を殺していないとい事実に。
タコハーフを殺したこの手は、人を殺した血塗られた手だと思ってしまったが、動物を基に作られたと知り、幾分気が楽になった。もちろん動物を殺す事は悪い事ではないと思った訳ではないが、それでも人に危害を加える害獣を処分した程度に思えることが出来た。
しかし、良かったという思いは直ぐに消え去った。Mの続けた説明によって。
「ちなみに第二世代の怪人は第一世代に比べて、体構造も電極もずさんで、力も弱いわ。まあ力が弱いって言っても、軍隊の兵器では倒すことは不可能なんだけどね。第二世代の怪人は今も、二百体はいると見て間違いないわよ」
二百体!
怪人がそんなにいるなんて。体に震えが走った。一体二体の怪人と戦う覚悟はしていた。十体二十体の怪人と戦う覚悟も出来るだろう。けれど、百体二百体の怪人と戦う覚悟は出来そうになかった。
「英雄君、怪人と戦うのが怖くなったかしら?」
「……いいえ。全く」
僕は強がりを言うとコーヒーを一息に飲み干した。あんなに熱かったコーヒーはもうすっかり冷めていた。その熱量では僕の心を落ち着かせるには十分だった。
「Mさんもう一つ質問していいですか?」
「何かしら」
「Mさん達が倒した第一世代の数は何体ですか?」
「……」
その質問にMは押し黙った。数秒の沈黙の後、彼女は口を開いた。
「ゼロよ。私たちだけでなく、第一世代を倒したヒーローはいないわ」
「………ッ!」
予想だにしなかった答えに、僕の表情はみるみる曇っていった。
そんなに強いのか……。二百体以上の第二世代の怪人に、それよりも強い第一世代の怪人。……はたして怪人を全滅させるなんて事が出来るのだろうか。
「英雄っち~、第一世代は強くて誰も倒せないってわけじゃないよ~。確かに第二世代よりも第一世代はずっと強いけど、音ちゃんが思うには、ヒーローの武器なら倒せると思うな~。問題は第一世代の怪人は凄く身を隠すのが上手いから、見つけられないことにあるんだ~。でもね、でもね。昨日偶然にも音ちゃん一体見つけたんだよ~。ねっMちゃん」
音ちゃんはMの膝の上に乗りMを見上げた。
「ええ、そうよ。だから英雄君も悲観的にならないでね。それに、今すぐに第一世代と戦えって言うわけではないわ。今の英雄君では実力も未知数だし、倒せる確証がないから、何体か第二世代を倒して、実力を確認してから挑むわ。英雄君、他に質問はあるかしら?」
膝の上に座っている音ちゃんを撫でながら彼女が言った。音ちゃんは気持よさそうに喉を鳴らした。
「いえ、大丈夫です」
「そう。じゃあ次に武器の説明をするわね。……けど、その前にコーヒーのおかわりを持ってきましょうか」
Mは音ちゃんを優しく絨毯に置き、僕のコーヒーカップを持ち立ち上がった。
カップに粉を入れお湯を注ぐと、また室内にコーヒーのいい匂いが漂った。
彼女からカップを受け取り口に含むと、コーヒーの苦味が口の中に広がる。ブラックで飲むのは好きではなかったが、子ども扱いはされたくなかったので、無理をして喉の奥に流し込んだ。
「じゃあ、武器の説明をするわね。ベーシックな武器には刀、ライフル、マシンガン、そしてスーツがあるわ。刀は接近戦用の武器、マシンガンは連発も出来る中距離用の武器、ライフルは連発は出来ないけれど、遠距離攻撃可能な武器よ。費用対効果を考えて、マシンガンの使用はあまりお勧め出来ないわね。青が使っていたから分かると思うけど、スーツは光学式化する事によって、運動能力、耐久力をあげる事が出来るわ。ライフルとマシンガンは一見軍隊で使用している銃火器に見えるけれど銃弾に違いがあるわ。銃弾はなく、弾倉に火薬入りの弾丸ではなく、光学式化に使用する電気エネルギーが込められているわ。引き金を引くと弾丸の変りにその電力が放出される造りになっているの。イメージしやすいように言うと、レールガンが近いかしら」
レールガンと言うとあのSF小説などにでてくる、光線を発射する銃のことかな?
「ちなみに刀、ライフル、マシンガン、スーツはヒーローになった時点で、一点ずつ支給されるわ。刀とスーツを光学式化する場合は十万。マシンガン、ライフルの銃弾は一発三万よ。これは前払いと後払いのどちらでも支払い可能なんだけれど、青は使用した分後払いする契約を結んでいたわ。ちなみに使用した場合、その弾数分の支払いがされないと次の充電は出来ない事になっているから、英雄君も気をつけてね。私としてはある程度貯蓄をし、金銭面で余裕が出来るまでは前払いの方がいいと思うわね。もし後払いにして、弾数に余裕があると思って、昨日みたいに滅多打ちしたら即破産だからね。これが武器の説明よ。質問はあるかしら」
今度の説明は怪人の説明に比べとても短かった。
けれど、何かが引っかかった。
僕はそれがとても大事なことのような気がして必死に考え込んだ。彼女の話したことを思い出していき、その疑問が何なのか分かった。
ミサイルにも耐える第一世代の怪人よりも第二世代の怪人がずっと弱いとはいえ、ブルーは素手で倒すことが出来た。
そんな事が人に可能とは思えなかった。可能にしているのは……。
「……このスーツの材料ってなんですか?」
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