第12話

「でもMさん、本当に危険じゃないんですか? それにその情報が他の怪人を守るための嘘だったり、出現場所を偽るという事はないんですか?」


「それはないよ~」

「それはないわ」

 僕の質問に二人――いや一人と一匹か――は同時に答えた。


「音ちゃんが嘘ついたりしたら~Mちゃんが生かしておくはずないじゃ~ん」


「音ちゃんと一緒に暮らして三年になるわ。その間に九十二体の怪人と戦ったけれど、一度もその情報に誤りはなかった。それに彼女を生かしておいた方が敵を倒しやすいし、費用対効果を考えても、殺す以上に生かしておく理由の方が大きいわね」


 二人の理由はどちらも納得のいくものだった。Mだったら利益を優先させるだろうし、裏切ったものを簡単に切り捨てる選択をするだろうから。


「音ちゃんは死にたくないから裏切ったりしないよ~。それにここにいれば、シーチキンマヨネーズにホットミルクにアイスミルク、ミルクココアとか美味しいのいっぱい食べれるから~、今では好んでここにいたいって思ってるんだ~。Mちゃんのおかげで快適な捕虜生活を楽しんでいるよ~」


「……捕虜?」


「ええ音ちゃんは捕虜よ。捕らえた怪人に情報をもらう代わりに手厚くもてなす。これが捕虜以外の何になるのかしら?」


「……仲間じゃないんですか?」


「にゃははは。英雄っち、仲間になるのは無理だよ。だって音ちゃんは怪人なんだから、利用する事は出来ても心を許しあう事は出来ないよ。信頼し合う事は無理無理~。音ちゃんは仲間の情報を売る替わりに命を繋いでいる。これは捕虜以外の何者でもないよね~」


 音ちゃんは自分の置かれている状態を捕虜とはっきり言い切った。


 捕虜。それは敵兵を捉え拘束すること。つまり音ちゃんの仲間は怪人であり、敵は僕らヒーロー。


「あら、音ちゃんが敵でも情報が真実なら何も問題はないわ。音ちゃんは私達を裏切る気はあるのかしら?」


 Mは率直な質問をぶつけた。


「裏切る気~? ないな~い。音ちゃん死にたくないし~、もっとMちゃんの作るシーチキンマヨネーズを堪能したいもん」


 肉球のついた手をぶんぶん振り、否定の意志を示しながら音ちゃんは答えた。それが本心から出た言葉だから明るい声なのか、偽りを覆い隠すために明るくしているのか僕には分からなかったが、死にたくない。


 その言葉に僕はリアリティを感じた。


「この三年間、裏切る素振りなど微塵も感じなかったから、今の言葉は本心としてみて間違いないわ。音ちゃんは信用できる存在よ。英雄君も信用してもらえるかしら?」


「……はい」

 Mの問いかけに答える。

「疑ったりしてしまってすいませんでした」


 音ちゃんに向かい深々と頭を下げた。猫にしか見えない怪人に向って。仲間ではなく捕虜といわれた怪人に向って。


「いいよ~。怪人を疑うのは当たり前の事だも~ん。正義感があっていい事だよ~。音ちゃん、英雄っちのために怪人を探すから、これからよろしくね~」


 彼女は僕に手をさし伸ばしてきた。握手を求めてきているらしい。


「音さんよろしくお願いします」


 僕はその手をそっと握った。

 肉球が気持ちよかった。プニプニだ。


「英雄っち、私にはタメ口でいいよ~。それにさん付けなんかせずに、音ちゃんって呼んで~。私の名前は墓守音子はかもりおとこ。だから音ちゃんなんだ~」


 タメ口でいいと分かると少し気が楽になった。Mと二人だけならば日々ビクついて過ごしていただろうが、気軽に話せる相手がいれば、それも大分緩和されるだろう。

 例えそれが人でなかったとしても。


「じゃあ音ちゃんって呼ばせてもらうよ。でも怪人にも苗字と名前があるんだね。昨日のタコハーフは、いかにも怪人って名前だったから、みんなそうなのかと思っていたよ」


「私たちみたいな第一世代は人型でいる時間が長いから~、自分で名前つけたりするよ~。でも第二世代の子は産まれたばかりだし、人間の世界に馴染んだりできないから~、名前をつけていない子や、変な名前の子が多いんだよね~」


 第一世代や第二世代といった初めて耳にする言葉があったが、それ以上に気になることがあった。


 ……人型。そのままの意味で捉えれば人の形と取れるだろう。怪人は人間の姿で街にまぎれているのだろうか……。


「英雄君、その辺の話も今から詳しく話してあげる。ちなみに一度しか話さないし、メモとかとるのも禁止よ。機密事項だからね。長くなると思うから、お茶でも入れるけど、コーヒーでいいかしら? それともカフェオレがいい?」


「コーヒーでお願いします!」


 昨日の怪人のせいで、カフェオレは飲みたくなかった。

 その事が分かっているのだろう、Mは的確にウィークポイントを狙って毒を吐くとキッチンに立ち、やかんに水を入れ、コンロを火にかけた。


 けれど、なぜMがその事を知っているのだろうか? あの場には僕とブルーと怪人しかいなかったはずなのに……どこかで見ていたのだろうか?


「あのMさん……もしかして昨日のブルーの戦いをどこかで見ていましたか?」


「半分正解で半分外れね」


「それってどういう事ですか?」


「近くにはいたけれど、音声のみ聞いていたのよ。わかったら少し黙っていてね。今火を使っているから、話す余裕なんてないわ」


 火を使っているって、ただお湯を沸かしているだけじゃないか……。もしかしてMは自炊をほとんどしていないのか? 


 僕は文句をぐっと堪え、静かにMが戻ってくるのを待った。


 程なくしてコーヒーカップとグラスを持ってMが戻ってきた。


「音ちゃんにはミルクで英雄君にはコーヒー、そして私は……カフェオレね」


 カップとグラスをテーブルに置き、僕に嫌らしい笑みを向けた。自分用にカフェオレを作ったのは、間違いなく僕に対する嫌がらせだろう。


「いただきます」


 Mはカップを手に取り、フーフーと息を吹きかけ、カフェオレを冷ましカップを傾ける。唇をカップに付けると目を瞑った。

 目を瞑ると睫が長いことが分かった。


 カップから口から放すと、唇にはうっすらと泡がついていて、その様子がとても色っぽく見えた。僕はMの唇に釘付けになった。


「英雄君じろじろ見てどうしたの? やっぱりカフェオレが飲みたいのかしら? それにそんなに見られると……とても不愉快な気分になるわ」

 Mは僕のことを怪訝そうな目で見た。


「えっ、いやっ、なんでもないです! いただきます」

 僕はしどろもどろに答えながら、コーヒーを一気にあおった。

「熱っ!」


 焦っていた僕は、コーヒーを冷ますことも忘れ、勢いよく飲んでしまったので、舌を火傷してしまった。


「馬鹿みたいに飲むからよ、大丈夫?」


「英雄っち大丈夫~? 英雄っちは猫舌なのかな~? 猫舌って大変だよね~」


 Mも音ちゃんも心配してくれた。猫の姿をした音ちゃんに猫舌の心配をされるとは……。


 僕は息を深く吸って口の中を冷やした。ひりひりと痛みはするが、耐えられないほどではない。


「猫舌なら私みたいにミルクを入れれば良いのに」


「ミルクって言うか牛乳が苦手なんですよ……」


「え~ミルク苦手な人なんてこの世界にいるの~? こんなに美味しいのに! 音ちゃんにゃんて一日二杯は飲まないと手の震えが止まらないくらいだよ~」


 なぜ牛乳を飲まないだけでアルコール依存症の患者のような反応が起きるんだろうか?


「昔から牛乳を飲むと熱が出て下痢しちゃうんですよ……」


「あら、それじゃ苦手ってよりアレルギーかしら? 今後食事を一緒に取る事も増えると思うから、アレルギーとか苦手な食べ物教えてもらえる? 一緒に食事してる時に、いきなり吐かれたり、具合悪そうにされても迷惑だから」


 理由が心配だからではなく迷惑だと言うことに気分が害されたが、僕は苦手な食べ物を思い出してみる。


「えっと、アレルギーはないと思うんですけど、ねぎとか玉ねぎとかは臭いがきつくて苦手ですね。あとチョコレートを食べると甘すぎるのか気持ち悪くなります」


「チョコレート食べると気持ち悪くなるというのは、バレンタインにチョコがもらえないひがみ根性から作った設定じゃないの?」


「違いますよ! これでも僕、多少はもてるのでバレンタインにはクッキーとか代わりに貰っていますよ!」


「それは夢の中で? それとも妄想でかしら?」


「現実で、です!」


 Mはそう突っ込む僕を、段ボール箱の中で鳴いている、捨てられた子犬を見つめる、ペット禁止のマンションに住む少女のように哀れんだ目で見る。

「空想と現実の区別が付かない……これがネット社会が生んだ弊害って物なのね」


 小さな声で呟いた。いや、本当に貰っているよ! これでも僕はもてる方なんだよ!


「英雄君これ以上話を聞いていると哀れ……いいえ、可哀想に思えるから本題に入りましょうか」


 言い直したが哀れも可哀想も同じ意味だろ。けれどこれ以上Mに言葉の暴力を投げつけられるのも哀れだと思い、僕は頷いた。

「……お願いします」


「そう。じゃあ早速話をさせてもらうわ。もし途中で気になる事や、分からない事があっても質問はしてこないでね。私、話の腰を折られるのが大嫌いなの。音ちゃんもなるべく黙っていてね。質問は一区切りしたら受け付けるから、その時聞いてきて」


 僕はまた、こくんと頷く。音ちゃんはミルクを一心不乱に舐め続けていたので、了承したかどうかは分からなかった。


 彼女はもう一口カフェオレを飲み、ふうーと一息つき語り始めた。


「まず、怪人について話すわ。怪人は人が作り出したものよ」

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