第11話
僕も崩した足を正座に変えMに挨拶をする事にした。
「Mさんおはよう。ここまでは携帯のナビを使って何とか来ることができた――うがぁッ!」
僕の挨拶は素っ頓狂な声で終えた。
話の途中でMの投げつけてきたビニール袋によって遮られたからだ。
袋が当たると鼻に衝撃が走った。鼻骨が折れたんじゃないかと言う程の衝撃が。
白猫も驚いたのか、僕が呻くと膝の上から飛びのき、僕の背後に隠れた。怯えているのか、「シャーシャー」と、威嚇の声をだしている。
僕の鼻と言う的に当たると袋の中身がガンッガンッと言う音と共に、テーブル上にばら撒かれた。
中身はツナ缶やサバ缶と言った缶詰だった。もちろん缶詰は食べるものであり、人に投げつけるものではない。
「英雄君、タメ口は禁止だという約束を忘れたのかな? 挨拶はおはようではなく、おはようございますって言わないとね」
彼女は笑顔を浮かべ、散らかった缶詰を拾いながら言った。タメ口を注意はすれど、ひとの顔面目掛け缶詰と言う硬い物質を投げつけた事を謝りはしなかった。タメ口よりもずっと問題行為でしょ!
心の中で怒りがふつふつ湧いてきた。
「おっ、おはようございます」
鼻を押さえながら正しい挨拶をMに返してやった。怒りは湧けど、異論を唱えられない力関係がここにはもう生まれていた。
正しい挨拶を終えた僕は、痛む鼻を触り怪我をしていないか確認して見る。うん、どうやら鼻骨は折れていないし、鼻血も出ていないようだ。丈夫な体に産んでくれた親に感謝した。
僕がホッと胸を撫で下ろすと、Mが口を開いた。
「ところで英雄君、中に入っているって事は、もう音ちゃんとは話はしたのかしら?」
彼女は喋りながら拾った缶詰を積み重ね、五重の缶詰の塔を作り上げた。ちなみになぜ積み上げたかは僕には理解できなかったし、音ちゃんと言う名前も初耳だった。
しかし初耳だが誰の事なのか、なんとなく予想は付いた。インターホンで応対してくれた先程の女性の事だろう。
「音ちゃんって言うんですか。さっき鍵を開けてもらって中に入れてもらいましたけど、その後すぐ、別室に行ったみたいで、まだ会っていないですね」
口調がタメ口にならないよう気をつけながら話し、僕は横の扉に目線を送る。
「あらこのマンションは1Kだからこの部屋意外に部屋はないわよ。あの扉の先にはお風呂とトイレがあるだけよ」
「そうなんですか。じゃあ今お風呂かトイレに行っているんですね」
「え~英雄っち、音ちゃんトイレにもお風呂にも行ってないよ~」
Mに向かい話す僕の背後から返事が返ってきた。
「……えっ!」
僕は焦って背後を振り返った。背後には絨毯の端にちょこんと白猫が座っていて、その後ろは玄関があるだけだった。つまり背後には誰もいなかった。
「……?」
どうして背後から声がするんだ?
まさかこの白猫が喋った……? いやいや、猫が喋るなんて、そんな馬鹿な話があるはずがない。そう思いながらも僕は白猫の顔をじっと見た。
「音ちゃんの顔に何かついてる~?」
白猫が小さな口を動かしながら喋った。
「……」
白猫が喋った。なるほど、どうやらこの白猫は喋るみたいだ。
さっきの声もこの白猫らしい。それなら部屋に誰もいなかったのも頷けるな。誰もいなかったが、ちゃんと一匹はいた。
そうか、お風呂やトイレに行っていたんじゃなく、絨毯で寝ていただけのことか……って、猫が喋った!
僕は驚き後ろに飛びのいた。机に背中が当たり、衝撃でMが積み上げた五重の塔が崩れる。
「あっ、もう! 崩れちゃったじゃない!」
Mの声が聞えたが、今の僕にそれに答える余裕などなかった。
「いやいやいや、猫は喋らないだろ! 猫が喋ったら大問題だよ! どう大変かというと上手く言えないけど、きっと大変なはずだよ! 犬が喋るよりも大変なはずだ! いや、犬が喋ろうが、猫が喋ろうが、鳥が喋ろうが、猿が喋ろうが、どれが起きても大問題だけど!」
パニックのせいか支離滅裂になったが、しょうがない事だ。だって猫が喋ったんだもん!
「英雄君、喋る鳥はいるわよ。九官鳥とかオウムとかね。あと訓練すれば、鴉も喋るみたいよ」
Mが冷静に言う。
「英雄っち~、猿も喋るよ~。コーネリアスとか、ジーラとか喋ってたよ~」
白猫が笑顔で言った。
微笑んでいるように見えるとかではなく、口角が釣り上がった笑顔だ。猫の笑顔というものをはじめて見た。
「それはこの間見た映画の話よ。猿は喋らないわ」
「あっ、そっか~。ねえ英雄っち。私は昔の猿の惑星の方が面白いと思うんだけど、リメイク版の方が人気が高いよね~? 英雄っちはどっちの方が作品として、クオリティーが高いと思う~?」
白猫は腕組をし、真剣な表情で聞いてきた。
「どうでもいいよ! ちょっと黙ってくれない! なんで猫が喋ってるの! なんで普通に猿の惑星の感想なんて聞いてきてるの!」
声が大きくなっていく。
けれどそれも仕方ない事だろう。猫が喋ると言う事は、それだけの衝撃があった。
ほんと何なの? 何で腕組なんかしているの?
「英雄君、うるさいから黙ってくれる。それとも黙らせられたい? どっちがいいかは、自分で決められるわよね?」
黙らせる。その言葉に恐怖を感じ、Mの方に振り返った。
Mは冷笑を浮かべ、缶詰を右手に握り締め、振りかぶっていた。
「黙ります」
即答で答える。僕にはその一言を発すると言う選択肢しかなかった。
「賢明な判断ね」
そう言うとMは振り上げていた凶器……もとい缶詰を下ろし、カポッと封を開け、絨毯の上に置いた。
「音ちゃんお待たせ、ご飯だよ」
「Mちゃんありがと~。あっシーチキンだ~」
弾むような声を出すと、白猫はとことこと二足歩行で歩いてきた。
「歩けるの!」
再び衝撃を受けた。
「Mちゃん、マヨネーズとお箸とってもらっていい~?」
「シーチキンマヨネーズ! 味覚は人と同じなの! そもそもその肉球のついた手でどうやって箸持つの!」
「うるさい」
その言葉が聞えると、僕の眼前に缶詰を握り締めたMの姿が見えた。次の瞬間、側頭部に衝撃が走る。
「あがっ!」っと、声を上げ、絨毯の上に倒れこむ。
まさかの投げつけるのではなくて、殴りつけるという攻撃だった。以前読んだ小説では、砂を詰めた靴下で殴殺という物があったが、缶詰は硬度ではそれを越えるのではないだろうか? と言う事は……僕は今、殺されかけているのではないのか?
痛む頭を押さえて何とか座り直し、殺人未遂を犯した犯人の次の言葉を待った。
「さっき黙るって言ったよね? 自分の発言には責任をもって貰えない? 音ちゃんが喋ったり、歩いたりしただけで、喚かないでくれる? 音ちゃんは怪人なんだからできて当たり前よ」
キッチンと冷蔵庫を経由しマヨネーズと箸を持ってくると、白猫の前に置きMはさらっと言った。
「……怪人」
白猫を見てみる。どこから見てもこの猫が怪人だとは信じられなかった。僕の知っている怪人は、人の体に、動物や虫の部位を移植したような生き物だったし、昨日遭遇した怪人も、人の体にタコの脚を付けような感じだった。
それに比べ音ちゃんと呼ばれる白猫は、二足歩行をしているものの、見た目は猫にしか見えなかった。
「にゃっほ~」
音ちゃんは僕と目が合うと、手を振った。
「でも……なんで怪人がここにいるんですか? 怪人は倒さなきゃいけない敵じゃないんですか?」
「ええ、怪人は倒さなきゃならない敵よ。一匹残らず駆逐しなくちゃならないわ。けれど音ちゃんだけは別。他の怪人とは違い音ちゃんには、人間を襲う気も、襲う力も持っていないのよ」
僕は音ちゃんを見る。町を歩けば二、三匹は見かけそうな普通の猫にしか見えないので、確かに襲う力は無さそうだ。多少引っ掻き傷をつける位しか出来ないだろうな。
「それに音ちゃんには二つの有益な能力があるの。一つ目は他の怪人の能力・特徴を読み取る事が出来る能力よ。半径二十キロ圏内の怪人に向けX線を照射することによって、筋力、体の構造、有しているだろう能力が分かるのよ。以前から協会は怪人の大まかな情報は持っていたけど、音ちゃんの能力はそれ以上に詳しく知ることが出来るわ。もう一つは、半径二十キロ圏内に脳波を発する事により、怪人が出現した場合、その存在を感じる事が出来る能力よ。怪人の被害が発生する前に訪れて、怪人を殺す事が出来るのよ。私は音ちゃんと出会いそれが分かった時点で彼女と司法取引をして、殺さない替わりに、情報をよこすように要求したの。彼女は快く受けてくれたわ。ねっ音ちゃん」
「そうなんだよ~。私みたいな~、弱い怪人はまずいないよ~。Mちゃんと青ちゃんに出会った時は殺されちゃうって思ったけど、Mちゃんのおかげで助かったよ~」
なんだろう、緊張感のある話なのだろうけど、音ちゃんの口調のせいで、緊張感が抜けていく。
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