第10話

二日目。


 名刺の住所を頼りに、僕は言われた時間の十分前の八時五十分に、書かれていた場所を訪れた。名刺には地図は書かれてなく、幸島市飯泉町十三番地の五と住所のみ記載されていたが、携帯のナビを使う事によって無事に辿り着くことが出来た。


 そこは五階建てのマンションで、外観は少し古めかしく、外壁の色は、元々は白だったのだろうが、汚れが目立ち所々薄いクリーム色のようになっていた。


 僕はもう一度名刺を見てみる。


 マンションに辿り着いたは良いが名刺には部屋番号は書かれていなかった。もしや透かしてみれば浮き出るのではないかと思い、太陽に向けかざして見るが何も浮き出る事はなかった。炙り出しならどうだと思ったが、そんな馬鹿な話あるはずもないし、優等生である僕はタバコなど吸わないので、ライターを持ってなどいなかった。


 まあ、優等生と自分で言ったが、今日は学校をサボってきているので、果たしてその発言は正しいのか正しくないのかは分からなかったが……。ちなみに家族には学校をサボるなんて言えなかったので、怪しまれないように制服で家を出てきた。


 このままここで途方にくれていても意味がないと思い、意を決して中に入ってみる。マンションの玄関はオートロックじゃなかった。

 最悪、しらみつぶしに各部屋を訪ねる覚悟をしていたが、意外にもMの部屋番号はあっけなく知る事が出来た。入ってすぐの所に郵便受けがあり、505号室に「織江」と書かれていた。


 僕はエレベーターを使い五階まで登り、505号室の前に立ち、深呼吸した。

 女性の部屋になんか入った事がないので酷く緊張していた。


 ドキドキするな。


 いや、分かっているんだよ。これからヒーローになる上でMさんは協力者の同僚でしかない。恋愛漫画のようなトキメキ的なことが起きる事など皆無だと。


 けれど、女性の部屋に入る事には違いはない。僕はもう一度深呼吸し、手櫛で乱れた髪をならした後チャイムを押した。


 暫くするとインターホンからは、「はい、どちら様ですか~」と言う応答があった。その声はMとは違い、もっと甘ったるい猫なで声のような女性の声だった。


 M以外の声が返ってきて僕は戸惑ったが、きっとヒーローの関係者だろうと考え返答した。


「今日、Mさんあっ、織江さんからこちらに来るように言われた駒野ですが」


「駒野、駒野、駒野~? あっMちゃんから聞いてるよ~。英雄っちね。Mちゃん今お出かけ中だから中で待ってて~」


 応答があるとガチャッと鍵の開く音がした。僕はしばし扉の開くのを待ったが、扉は開かなかった。自分で開けて入れと言う事かと思い、「失礼します」と、扉を開けた。


 室内は、玄関の奥に直ぐ部屋がある少し広めの1Kと言う感じだった。十畳程の室内にはキッチンスペースと小さめの冷蔵庫にパイプベッドと姿見、白い絨毯とテーブル、その上にパソコンが一台乗っているくらいで、女性らしいぬいぐるみや雑貨は何一つなく、テレビすら置いてなかった。

 なんと言うか、生活観がない部屋だった。


 僕が部屋を見回していると、ふと可笑しなことに気づいた。先程応対してくれた女性の姿がなかった。


 もう一度キョロキョロと中を覗き込むと、姿見に扉が映し出されているのが見えた。丁度僕の位置からは死角になる位置に扉があるようだ。扉の先に別室でもあり、女性はそこにいるのだろうか?


 インターホンでの会話では、「中で待っていて」とは言われたが、玄関から先に入っていいのかどうか迷っていると、「にゃあ」と、絨毯が鳴いた。


 僕は突然の泣き声にビクッと体を震わせ、絨毯が鳴くはずないだろと思い凝視した。

 そこには絨毯と同じ雪のように真っ白な毛色の猫が座っていた。猫は白い三毛猫と言う見た目で右目が金色、左目が銀色のオッドアイだった。


 僕が見つめると猫は又、「にゃあ」と鳴いた。


「君はMの飼い猫かな? それともさっきの女の人の飼い猫かな?」

 答えるはずもない猫に僕は質問をした。

「ねえ君は中に入っていいと思うかな?」


 僕は玄関に膝を着き、白猫と目線を合わせ語りかけた。


「にゃ~」

 白猫は前足で顔を掻きながら鳴いた。


「猫ちゃん、にゃ~じゃわからないよ」

 僕が白猫に笑いかけると、白猫は招き入れるような仕草をした。

「頭のいい猫ちゃんだね」


 猫の行動は無視するとして、鍵を開けてくれたという事は、入って良いと言うことだろうと考え、靴を脱ぎ中に入る。フローリングの冷たさを靴下越しに感じながら、恐る恐る歩を進め、僕は絨毯に上がり白猫の横に座った。

 高級な素材なのだろうか、絨毯は柔らかく、座り心地が良かった。


「猫ちゃんお邪魔します」

 先住者の白猫に挨拶する。

「Mはまだ帰ってこないのかな?」


 気だるそうに顔を掻いている白猫に聞いてみる。もちろん返事を求めての質問ではく、他人の部屋に一人いるという、心ともない気持ちを紛らわせるために口に出した独り言のようなものだ。


 白猫は、話しかける僕に興味を持ったのか、「にゃ~」と鳴き、膝の上に乗ってきた。白猫は僕の膝に甘えるように頬を摺り寄せてくる。


「君は甘えん坊なんだね。Mにも君の半分でも可愛らしさがあればいいのにね。見た目は可愛いいんだけど、性格がドSであんなに怖かったら、男なんて寄り付かいでしょ」


 僕は白猫を撫でながら話しかけた。ペットは飼い主に似るというけれど、愛くるしい雰囲気を醸し出すこの白猫と飼い主Mは大違いだったので愚痴も込めながら言うと、白猫は、「にゃはははっ」とお腹を押さえ笑い転げた。


 えっ? 

 その様子を見て僕は驚きを顔に出した。

 猫が笑う時ってこんな人間みたいに笑い転げるものだったのだろうか? 飼い猫ってそんなものなのか?


「面白かったかな? 君は手で招いたり、笑ったりって、人みたいな仕草をするんだね。飼い主に教えてもらったのかな?」


 僕の質問に白猫は、「にゃ~」と言う、鳴き声を返した。その愛らしい様子に、僕は笑みを浮かべたまま白猫を撫で続けた。


 撫でられるのが好きなのか、白猫は瞳を閉じまどろんでいったが、玄関から聞えたガチャッという扉の開く音を聞き、目を見開いた。


 僕が音の方を振り返ると、そこにはコンビニの袋を手にかけたMが立っていた。


 彼女は昨日同様にセーラー服に、茶色のローファーを履いていた。幼さの残る顔つきに、その服装は良く似合っていたが、その容姿、服装にだまされてはいけない。彼女はセーラー服を着ているが、僕よりも五つ年上の二十歳。多分ではあるが学生ではないだろう。


「あら、英雄君おはよう。約束の時間の五分前には来ているなんて、優秀ね。なかなか辿り着けないように、マンション名も部屋番号も書いていない名刺を渡したのに、よく来られたわね。まあ、名刺を炙り出せば、マンション名も浮き出るようになっていたから気づいて同然かしら。それに部屋番号はヒントとして、郵便受けに苗字を乗せていたから、英雄君みたいな猿並みの知能でも簡単にだったかしら?」


 彼女は靴を脱ぎながら、再開五秒で毒づいてきた。


 本当に炙り出しだったのか……頂いた名刺を炙るなんて普通しないぞ。


 彼女は丁寧に靴を揃え部屋に入ってくると、持っていた袋をテーブルに置き、スカートを器用に折りたたみ、僕の向い側に座った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る