第8話

「……どういうこと?」

 僕はブルーと少女を交互に見た。


「………」

 ブルーは何も答えない。


「青は気づいているみたいね。震えて上半身は動いているけど、下半身は全く動いてないものね。それに私が来たというのに起き上がろうともしない。いいえ、起き上がろうにも脚が動かないんでしょう? 足に感覚がないんでしょ? あなたは無線で内臓をやられたって言っていたけど、その時に背骨と脊椎もやられたみたいね。つまりあなたはもう戦うことはもちろん、下手をすれば一生歩くことも無理ね」


 僕はブルーを監察するように凝視する。今は両足を伸ばし地面に座っていた。その足は――微動だにしていなかった。

 震える上半身とは異なり、美術館に飾られたブロンズ製のオブジェのように固まっていた。


 いや、そんな分けない。本当に脊髄がやられていたのだとしたら……ブルーは立てるはずなかった。けれどブルーは立ち上がり怪人にダメージを与えた。


「ブルーはやられた後も動いていたよ! そうだよねブルー?」


「………」

 ブルーはやはり何も答えない。


「動いていたのは光学式化したからよ。脊椎は電気信号によって筋肉を動かすけど、光学式化することによってスーツ自体が全身に電気信号を送る役目を持ち、筋肉を補ってくれるから動けたのよ。要するにスーツを着て光学式化すれば、寝たきりの人でも動けるようになるの。まあ痛み事体は引くわけじゃないから、一度立って戦っただけでも奇跡みたいな物だけどね」


「でも、その前にブルーは立ち上がったよ! その光学式とか言うやつの前に立ち上がって動いたんだよ!」


「それがダメだったのよ。致命傷に近い一撃で内臓と脊髄がやられた体で、超スピードで動いたらどうなると思う? 負担がかからないわけないでしょ」


「……ッ!」

 少女の話に反論出来なかった。僕がその通りだと思ってしまったからだ。けれど僕は認める事は出来なかった。いや、認めたくなかったからブルーに聞くことにした。


「足が……動かないって……本当なの?」

 質問する声が震える。


「………ああ動かない。どうやら俺のヒーロー生活も終わりのようだね」


 僕のせいで彼のヒーローとしての生活は終ってしまった。僕の表情はみるみる曇っていった。

 何か言わなければならないと思い、言葉を発しようとしたが舌が上手く回らず、喋ることが出来なかった。


 ただ辛かった。


 だってブルーが……私ではなく、俺と言ったのだから。


 ヒーロー口調の私ではなく、ただの人のように俺と。もうヒーローになる事が出来ない事を自覚し、普通の人として生きる事を決意したかのように……俺と言った。


「少年、俺がこうなったのは自分自身のせいだよ。君が責任を感じることではないよ。初めは君ごと怪人を撃とうとしていた、けれど出来なかった。誤解しないでもらいたいのだが、それは俺が優しいからではないよ。ただその勇気がなかったからだよ。だから俺はMの指示を無視し武器を捨てたんだ。もし怪人が君を解放しなかったとしても、光学式化して戦えば倒せるという自信があった。その時君が怪人の犠牲になったとしても、それは怪人がやったこと、俺が撃った訳でも殺した訳でもない。そんな打算が合ったからこそ、武器を放棄したんだ。しかし怪人は君を解放した。俺は嬉しかったよ。君を犠牲にせず戦う事が出来るからね。けれど、そこで欲を出してしまった。Mの指示に従わなかったが、光学式化もせずに素手で怪人を倒せたのなら、Mも俺の行動を咎めずに、認めてくれるのではないかと思ってしまった。何よりも多くの金が手に入る。そう思ってしまった。この顛末を生んだのは欲に目が眩み、敵の力量をも見誤った俺の責任だよ」


 金が手に入る、その言葉が胸を切り裂く。僕の命を助けようとしたブルーから聞きたくはなかった。


「何でだよ、何でみんなそんなにお金が欲しいんだよ。お金なんかよりも命のほうが大事だろ。もっと命を大切にしろよ!」


「お金よりも命が大事? 当たり前のこと言わないでくれる。青もそんなことわかっているわ。だからこそ彼にはお金が必要だったのよ。彼は――」


 その言葉の続きは、「Mッ」と言うブルーの怒声と、その後続いた激しい咳きと呻き声によって遮られた。


「黙りなさい。内臓も背骨もやられているのよ。大声出したら死ぬわよ。死んで良いのかしら? 嫌よね。だって、もう直ぐ子供が生まれるんだからね。母親一人で子供を育てるのは大変よ。まあ、その怪我だし、今後の治療費も相当かかるでしょうね。そして約三百万の借金。当の本人はもう戦うことはできなさそうですし、子育てはさらに大変になりそうね」


「………」

 ブルーは何も言わない。


 彼女は、「ふぅ」と一息つくと話を続けた。

「まあ良いわ。治療の手続きと返済計画は私が立てておくわ。今後は裏方で頑張りなさい。私が車椅子でも働けそうな経理に推薦してあげるから」


「……わかった。M……ありがとう」


 辛辣な言葉を言ったはずの少女にブルーは礼を言った。


 どうして? どうして礼の言葉なんか出るんだ? あんなに嫌味な事を言われれば、怒るんじゃないのか?


「ヒーローのヘマをカバーするのもマネージャーである私の仕事よ。礼を言われるような事は何もしていないわ」


「それでも礼を言わせてくれ。今度は君の助けになるなんて言って脚を引っ張ることしか出来なかった俺だけれど、今日まで戦って来られた。それは全て君のお陰だ。ありがとう」


 ブルーはまた礼を言った。優しい言葉一つかけない彼女に。今の怒りの気持ちではなく、今までの感謝の気持を込めた暖かな言葉で。


「……まぁいいわ。もうすぐ救護班が迎えに来ると思うから青はそのまま待っていなさい。私は先に戻るから。もうあなたとは会うことはないと思うわね……さよなら……青」


 そう言うと、彼女はくるりと向き直り、ブルーの返事も待たずに颯爽と歩き出した。


 結局彼女は傷ついたブルーに、慰めの言葉を言わなかった。それが彼女なりの優しさなんだろうか?


 僕は傷ついたブルーを労う言葉を口にしようと必死に頭で考えてみた。『あなたのお陰で僕は助かった』『これからは僕がブルーの看病をするよ』等、何個か言葉は考え付いたが、どの口でそんな言葉を言えというんだ。


 怪人の人質に取られ、自分勝手に銃を乱射してブルーに多額の負担を負わせ、二度と戦う事のできない体にしてしまったこの僕の。


 もしかしたらブルーは生まれてくる子供と一緒に歩く事も出来ないかも知れない。僕のせいで。彼は今絶望の渦の中にいるのかもしれない。僕のせいで。


 ブルーの体を壊したのも、家庭をめちゃくちゃにさせてしまったのも、僕が原因だ。本当なら僕を怒鳴りつけたいだろうし、僕に全ての責任を擦り付けたいだろう。

 けれど彼はそんなことは言わなかった。


「ブルー……原因は僕にあるんだよ。何で僕を責めないの?」


「初めに言っただろう。必ず助けると。俺はその言葉に従って戦った。ただそれだけだよ。君に責められる所なんてどこにもないよ」


 その声はとても優しく、怒りの念は全く感じれなかった。


「………ブルーはホントにかっこいいヒーローだよ。僕を助けてくれてありがとう」


 頭で考えた言葉ではなく、素直な気持ちが口から零れ落ちた。


「その言葉だけで救われるよ。少年……ありがとう……」


 ブルーの声は少し震えていた。泣いているんだろう。


 ああそうか。彼女が優しい言葉を言わなかった訳が分かった。


 きっとブルーのこんな姿見たくなかったんだ。最後までヒーローとして話しかけ、ヒーローとして扱った。


 けれどヒーローとしての最後の言葉を聞かなかった。これが彼女の優しさなんだ。


 彼女がブルーに優しくしたように、僕にも何かブルーにしてあげられないだろうか……。こんな僕でも……償うことは出来るんだろうか?


「ねえブルー……僕を助けたことを後悔していない?」


「助けた事に後悔はないよ。もし後悔があるとすれば、力が足りなく、君に引き金を引かせてしまった事……それだけだよ」


「銃の?」


「ああ……辛い思いをさせてしまって悪かった」


 その言葉を聞き、僕の心は決った。ブルーは優しかった。最後の最後まで僕の身も心も守ってくれた。


「……ううん。そんな事ないよ……それじゃあ、僕行くね。ブルー……ブルーは最高にカッコいいヒーローだよ」


 『だったよ』ではなく、『だよ』と言い、僕は彼女――Mを追い走り出した。


 Mにどうしても確認したいことが出来たからだ。

 もう道の端にも影一つ見えなかったが、歩いていった方向を頼りに僕はがむしゃらに探し回った。


 程なくして公園が見えたので僕は中を覗いた。

 するとベンチに座っているMを見つけた。

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