第7話
セミロングの亜麻色の髪。前髪は真っ直ぐ切り揃えられていて、小柄な体躯で白磁器のように白い肌をしている少女。
口も鼻も整っているので美人だと思うのだが、フレームの大きなブラウンのサングラスをかけていて目元が見えず、確証は持てなかった。
「Mッ! これはその……あの……」
ブルーは口を開いたが、「黙りなさい」と、少女に一喝されすぐさま口を閉ざした。
何者なのだろうか、このMと呼ばれている少女は。呼び名からすると、先程無線で話していた人物らしいが、こんな少女がヒーローの関係者なのか?
制服姿からするに、僕とそう歳は離れていないだろう。
Mと呼ばれた少女は颯爽と歩いてくると、僕の前で立ち止まる。近づくと微かにだがレンズの奥の瞳が見えた。その瞳は僕を観察するかのように爪先から頭の天辺まで上下に動いた。
「初めまして、私Mと申します。あなたのお名前を教えていただけますか?」
そう言った少女の声は無感情のような抑揚の少ない声だが、どこか幼さが残っていた。
「えっ、あっ、駒野英雄です」
「……駒野英雄さんですか。いいお名前ですね」
彼女は口元に笑みを浮かべ言うと、僕に手を伸ばしてきた。
「あっ、はいっ、ありがとうございます」
返事をし僕は恐る恐る出された左手を握った。
思春期真っ盛りの男子高校生なら美人っぽい女子と手を握るチャンスがあれば、小躍りして喜ぶ場面なのだろうが、僕はなぜか嫌な予感がしていた。
悪い予感は当たるものだ。
手を握った瞬間、ぶんと振りほどかれ、頬に衝撃が走ると同時に、パシンと乾いた音が鳴った。ビンタされた。
「ちょっと、汚い手で触れないでくれる? 砂が付いたじゃない」
握手を求められ、それに答えて、なぜこんな目に合うんだ……理不尽にも程がある!
彼女はポケットからハンカチを取り出し、手を拭く。
「私は銃をよこしなさいと言っているの」
そう言い、僕の手から無理やり銃を奪い取ると、銃身をじろじろと眺めた。
「どうやら本当に弾切れのようね。ホントなんて事をしてくれたのかしら」
僕に一瞥をくれると、深いため息をついた。
「あっ、あいつを倒すためにはしょうがなかったんだ。僕は何も間違っていない。悪いことなんか何もしていない!」
僕は俯き拳を固く握り締める。
自分では悪いことはしていないと言ったが、そんな事はないと分かっていた。怪人は立ち上がる事もできないほどダメージを負っていた。ブルーの言った通りに逃げればそれで済んでいたかもしれない。
けれど、僕は恐怖に負けアイツを銃で撃ち、命を奪った。
奪っても何度も何度も、撃って、撃って、撃ち続けた。原型が残らないほど、撃ち続けた。
それは命を奪っただけではない、虐殺といってもいい行為だ。たとえ相手が怪人であったとしても。僕のやった事は許されざる……悪いことだ。
「はぁ~」
彼女は額に手を当て、深いため息をつく。
「悪いに決まっているでしょ」
吐き捨てるように否定する。
「いいえ正しく言うと、頭の悪いことをしてくれたね」
「……えっ?」
「たかだか、あの程度の怪人に銃を装弾数いっぱいの百発打ち込むなんて、馬鹿のすることよ。一匹十万程度の怪人に一発三万もするライフルを何発も撃つなんて信じられないわね。差し引き二百九十万、赤字もいいとこ」
赤字? どういうことだろう? けれどその時の僕はそんなことよりも確認したいことがあった。
「じゃあ僕が怪人を……殺した事は……悪くはないんですか?」
何よりもその答えが気になった。
「怪人を殺すに良いも悪いもないでしょ。あいつらを殺した所でそれを裁く法律なんてないんだから。そんなのどうでもいい事よ」
「でも、僕はきっと、死んだ後も何発も銃で撃ったんですよ。酷いことじゃないんですか?」
「本当に頭が悪いわね。怪人を殺しても捌く法がないのならば、死体損傷を裁く法があるはずないでしょ。良いも悪いもあなたがやった事はほんとうにどうでもいい事なのよ」
どうでもいい事。僕がこんなにも気にしていた事が彼女にとってはどうでもいい事。その答えに僕は救われたんだろうか……。
「それよりも青、あなたはこんな雑魚に、なにやられちゃっているの? あなたがやられたせいで、こんな損失が出たのよ。何か弁明の言葉はあるのかしら」
腕を組んだままヒーローに近づいていく。
「………」
ブルーは何も答えない。
マスクで顔を見ることはできないが、きっと顔面蒼白になっているんだろう。肩が小刻みに震えていることからも、それが分かる。
怪人に倒された時でさえ、余裕を見せていたブルーが確実に怯えていた。このヒーローを怯えさせる、少女は何者なんだろうか。
「何も弁明の言葉はないのかしら? あっそうだった、あなたにさっき黙りなさいって命令を出していたわね。良いわよ、もう喋って」
ブルーは堰を切ったように語り始めた。
「そッ、それは、肉弾戦で倒せると思ったのだが、予想よりも手強くてダメージを負ってしまって……光学式化して倒すことはできたのだが……とどめを刺しきれていなくて……それで……私のダメージも予想以上で……起き上がろうとする怪人を撃退することができず……この結果を生んでしまった……です」
後半はしどろもどろと言う感じだった。
「そうね、原因はあなたがやられたせいね。つまりあなたが全て悪いのよ」
彼女は吐き捨てるように言った。
僕はブルーが責められていることに耐えられず、会話に割り込んだ。
「ちょっと待ってくれよ。あの怪人は強かったよ。武器も何も持ってない状態じゃ、やられるのもしょうがなかったよ!」
「あの怪人が強かった? あの怪人は最弱クラスの敵よ」
あの怪人が最弱? あんなに強かったのに?
「それに武器も何も持って無いってあなた言ったけど、武器を捨てたから持っていなかったのよ。捨てて戦ったこいつが悪いのよ」
「でも僕を人質にとられて、ブルーは武器を捨てるしかなかったんだよ。だから悪いのは僕で、ブルーは悪くないよ」
「だから武器を捨てた事が悪いのよ。私は彼に、人質ごと怪人を撃ちなさいって言ったの。それを青が勝手に武器を捨てた。これだから計算ができないやつは嫌いなのよ」
「えっ……僕ごと撃つってどういうこと……」
僕は恐る恐るブルーを見る。
「………」
ブルーは何も答えなかった。
「青は何も言いたくないみたいだから、私が変わりに説明してあげる。それはね、あなたごと怪人を撃った方が、人質を解放後戦うよりも利益率が高いからよ」
利益率? もちろん利益率という言葉の意味を知らないわけではない。僕が分からなかったのは、なぜここでそんな言葉が出てくるのかだ。
「あんたは僕ごと撃たせようとしたのか!」
「そうよ。仕事なんだから当たり前でしょう」
「仕事って……」
「あなた、私たちが正義のためにボランティアで戦っていると思った? そんなことのために命を懸けていると思った?」
ヒーローが正義のために戦うのは当たり前の事じゃないのか。
「ふんっ、正義のために戦うとか馬鹿じゃないの。これは仕事なのよ。いい、よく聞きなさい。あのクラスの怪人を一体倒せば十万、怪人一体あたりの出撃料五千。合わせて十万五千の報酬が入るのよ。そして支出はあなたごと怪人を撃った場合、ライフルの銃弾一発三万。収支七万五千入る予定だったの。もし人質解放のため、武器を捨てた場合光学式化換装代十万。収支五千。全然利益率が違うでしょ。まあ今回の支出は、ライフルの銃弾三万×百発で三百万。光学式化十万。収支マイナス二百九十九万五千。大赤字ね」
少女は淡々と語った。
「お金の為に人の命を諦めるなんて、僕は間違っていると思います!」
「あなたの言っていることは正論よ。けれどね私たちの世界での法律では、怪人に捕まった時点であなたの生死は絶望的とみなし、死んだものとして行動していい事になっているのよ。一人の命よりも大勢の命を守る。私はその法律も踏まえ利益率も高くかつ、任務達成率の高い方法を彼に指示したのよ」
「生きているのに死んだものとするなんて僕には理解できません。そんなものが正義なんですか?」
「正義かどうかなんて関係ないわ。そう決まっているのだから、私達は法に従うだけよ。それにあなた、今回青が武器を捨てた後、怪人があなたを解放したからいいけれど、もし開放しなかったらどうしていたの?」
「……ッ!」
僕は解放されたけれど、相手は怪人だ。口約束を守る確証などどこにもなかった。
「怪人が約束を守るなんて考える方がおかしいのよ。本当なら、あなたが生き残る未来なんて存在していなかった。あなたが生き残ったのは奇跡以外の何者でもないないのよ。まあその代わり――」
急に話を止めるとブルーに顔を向けた。
「……その代わり?」
言葉を促すように聞くと、少女が答えた。
「青が二度と戦える状態ではなくなったようだけれどね」
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