第6話
自動販売機に辿り着き僕は水が売っているかどうか探した。
良かった売っている。
値段を確認し財布から小銭を取り出し投入する。チャリン。小銭が自販機の中に入っていく音を耳にしながら、傍らに落ちている刀と銃に目をやった。
刀は日本刀のようで漆黒の鞘に収められていた。日本刀のようと述べたのは、僕の知っている日本刀とは少し違いがあったからだ。
その違いは鍔がついていない事だった。
銃は何といったらいいのだろうか。黒い銃身で、銃口は長めのライフル? いや、マシンガンと言う物かな?
銃のことなど何も知らない僕からしたら違いも今一分からないが、とりあえず拳銃のような小さな銃ではなく、自衛隊が使いそうな片手で持つには大変そうな大きな銃だった。
やっぱりヒーローの武器となると違うもんだなと思いながら僕は水のボタンを押した。ガタンッ。
しゃがみ込み水を拾うと、耳に予期せぬ音が飛び込んできた。ズズッと言う、何かを引きずるような音が。
「……ッ!」
悪い予感がした。僕は自分に、この音はブルーが立ち上がろうとしている音だ。そう言い聞かせながら恐る恐る音の方向を向く。
悪い予感は的中するものだ。そこには震える体を蛸足で支えながらも立ち上がろうとしている怪人の姿があった。
生きている。
僕の中の恐怖が甦ってきた。膝がガタガタと震え、手にした水も揺れ、チャポンチャポンと音を奏でる。
「少年逃げろ! やつはまだ立ち上がる事は出来ない。今なら走って逃げることもできる。速く逃げるんだ!」
怪人に気づいたブルーがガラガラの喉で大声を上げる。
逃げなきゃ。脳が警鐘を鳴らし、体に逃げる指令を必死に出すが、僕はそこから一歩も動くことが出来なかった。警鐘を鳴らす脳は同時にある言葉を思い出させたのだから。
『どこに逃げても殺しに行っちゃうよ』
その言葉により僕の足はまた地面に縫い付けられた。
恐怖と絶望が呼び起こされ、体から力が抜けていく。ペットボトルを握る力すら消え失せ、UFOキャッチャーの弱いアームに挟まれたぬいぐるみの様に、水が地面に滑り落ちる。
僕には逃げるところなんてない。僕はどこに行っても殺されてしまう。
その考えが頭の中を巡った。
殺されてしまう。殺されてしまう。殺されてしまう。殺されてしまう。殺されてしまう。殺されてします。殺されてしまう。殺されてしまう。殺されてしまう。殺されてしまう殺されてしまう殺されてしまう殺されてしまう…………………………………………………………………………いやだ………………………………………………………………………………………………………………………………なら…………………………………………殺さなきゃ。
窮鼠猫を噛む。死の足音が僕に戦う覚悟をもたらした。
僕は落ちているブルーの銃に手を伸ばす。
「なっ! 逃げろ少年! 触るな! 触るんじゃない!」
ブルーの制止の声が聞こえるが僕は構わず銃を拾い上げる。手にズシッとした重量を感じたが、グリップを両手で握りこみ、強引に腕を突き出し、銃口を怪人に向ける。プルプルと腕が震え狙いが定まらない。
この震えは重さのためなのか? 持ち方が間違っているからか?それとも怪人への恐怖のためなのか?
けれど、その答えがどれだろうが関係はない。殺らなきゃ殺られる。
今引き金を引かなければ僕は――死ぬんだ。トリガーに指をかけ荒い呼吸をしながらも僕は怪人を見つめる。
怪人は長い舌をだらりと垂らしながらも、八本も蛸足を体の支えのようにし、上体を起こし、僕を見ていた。その目は赤く血走り、怒りと殺意が溢れていた。
「なっ! 少年止めるんだ。撃つんじゃない!」
ブルーの声が聞える。
止める? どうして? ここで撃たなかったら僕は殺される。僕だけじゃない、ブルーだって殺されるんだ。
殺らなきゃ殺られる。
僕の指はもう止まらない。僕はゆっくりとトリガーを引いた。
「ターン」と甲高い銃声を発し、銃口からは銃弾ではなく青い光線が発せられた。
光線が起き上がろうとしている怪人の蛸足の一本に命中すると、爆破されたかのように蛸足が弾け飛んだ。
支えを一本失った体はまた地面に崩れ落ちる。すると怪人は痛みで呻きながら、地面をのた打ち回った。
「うがぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁあぁぁぁっ!」
怪人の絶叫が鼓膜を震わせる。
相当な痛みを味わって入るようだけれど……ダメージは与えたようだけれど……まだ生きている。腕を一本失ってなお、その目は、「殺してやる」と、呪詛の念を僕に送ってきた。
ダメだ。僕が生き残るためにはやつの息の根を止めなきゃ。僕はまたトリガーを引いた。確実にやつの息の根を止めるために何度も何度も。
「ターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターン」
「――や――も――や――ッ」
ブルーが何か叫んでいるが、銃声が大きく聞き取ることはできない。僕はかまわず撃ち続けた。
何発も何発も打ち込んでいると怪人の体が爆ぜていくのが分かった。光線が蛸足を飛び散らせ、肩をえぐり太腿を吹き飛ばす。
まだダメだ。体の中心部には一発も当たっていない。きっとまだ生きている。確実な死を与えるまではこの手を止められない。
「ターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターン」
何十発撃ったかわからないほど光線を発射すると、外れた光線が地面をえぐり、ブロック塀を砕き、コンクリートを粉砕し、土煙を上げた。
土煙は怪人の姿を覆い隠した。
どうしよう。生きているのか死んでいるのか……分からない。
見えない恐怖がまた僕を震わせた。きっとまだ生きている。今にも僕を食おうと口を開き飛び掛ってくるところかもしれない。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
絶叫を上げ僕はトリガーを引いた。何度も何度も。
「ターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンターンカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッ」
弾が切れ、銃声は止みカチッカチッという、トリガーを引く音だけが場に響くが、震える僕はそれでもトリガーを引き続けた。土煙が薄れるまで何度も何度も。
僕が銃を撃って何十秒後だろうか、やっと土煙が薄れ視界がクリアになると、そこには怪人の姿はなかった。ただそこにあるのは、四散した蛸足と無残な肉片と赤黒い血溜まりのみだった。
「……死んだ…………よね?」
自問なのかブルーに聞いたのか自分でも分からないが僕は呟いた。
ブルーの返事はないけれど、怪人は死んだのだろう。肉片と大きな血溜まりが怪人の死を告げていた。
怪人は今度こそ死んだ。
危機は去り、命は助かった。もう喰われることもない。
なのに……僕はまだ震えていた。
怪人から与えられる死の恐怖により震えている訳ではない。今僕が震えている理由、それは命を奪ってしまった罪悪感から来る恐怖だった。
殺してしまった。僕がこの手で殺した。
その思いがシャツに垂らしたオレンジジュースの染みのようにじわじわと胸の中を広がっていった。
いや、こんな風に感じるのはおかしいよ。僕は生き残るために……自分もブルーも助かるために殺したんだ。何も悪い事はしていない!
そもそも悪いのは人を喰う怪人だ。あいつらは存在が悪なんだ。僕は悪い事は何もしていない。
そう自分に言い聞かせる。血と肉片の前で。無残と言う言葉では言い表せぬほどの、肉片と言う名の死体の前で。
背筋にびっしりと汗をかいているのが分かった。自分のやったことの意味を脳が否定し始めた。
ダメだ。そんな風に考えちゃダメだ。
僕は何も悪いことなどしていない。良くやったって褒めてよブルー。
今の僕には……今の僕の心には、ブルーの助けの一言が必要だった。それがあれば僕はもう怯えないで済むのだから。
すがる思いでヒーローを見た。すると僕の視線に気づいたのかブルーが口を開いた。
「少年………君は……いや、少年、なんてことをしてくれたんだッ!」
ヒーローは僕を助けてはくれなかった。ただ否定した。この惨劇を生み出した僕を。
「……ッ。なんで……なんでダメなんだよ! あいつは僕を殺そうとした。あのまま生かしていたら僕もブルーも殺されていたよ! 殺らなければ殺られていた。だから……僕は何も悪いことなんてしてはいない!」
僕は声を張り上げ、怒鳴るように言った。
「………」
ヒーローは何も答えなかった。
答えてくれ。助けてくれよ。今の気持ちのままじゃ苦しすぎるよ。
僕は俯き唇を噛み締めると、質問の答えが返ってきた。ただ、それはブルーからではなく、背後からではあったが。
「悪いことに決まっているでしょ」
不意な背後からの声に慌てて振り返ると、そこにはセーラー服姿の少女が腕を組み、仁王立ちしていた。
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