第5話 また偽り
「失礼致します」
軽くノックをしてからそう告げると、どうぞ、という声が聞こえる。
静かにドアを開くと、少し不機嫌そうな千春くん。
しかし、その顔は一瞬驚いた表情に変わり、そしてそっぽを向く。
気付かれたか、と思ったがそうでもないようだ。
「......遅い」
「申し訳ありません。少々着替えに苦労しまして」
これは嘘。
着替えなどさっさと済ませた。
ああ、さっきから嘘ばっかりだ。
でも、これは仕事のため、自分のため。
もう、戻れないところまで来ているような気がする。
「呼ばれたらすぐ来ること。分かったか? 」
「承知致しました」
「......で、話がある」
千春くん少しかしこまる。
何を言われるか分からなかったが、少し嫌な予感はする。
「再来週、パーティーがある。そこで、俺は婚約者なるものを連れていく」
ズキン。
心臓を針で刺されたように苦しくなった。
婚約者......いてもおかしくはない。
これほどの財力があり、学業も優秀。
そういう類の話が来るのは当然のこと。
「だが、俺は連れて行きたくない」
「なぜ、とお伺いしても? 」
「俺は、ずっと前から好きな人がいる」
また、苦しい。
きっと、私ではない。
千春くんは私と仲良くしてくれたけれど、私だけではない。
「だが、その子はまだ見つからない」
「それで......私に探してほしい、と? 」
「そうしてもらえるならありがたいが、今回は......」
”その子はまだ見つからない”
なら、私でないことは明らかになった。
初恋が、失恋に終わる。
それもそれでいい。
「......き......い......って、おい、聞いてるのか? 」
「も、申し訳ありません......」
「だから、再来週のパーティーに俺の婚約者として出席しろ」
「え? 」
よりにもよって、どうして私が。
でも、千春くんと、少しだけ一緒に居られるかもしれない。
これは、喜んでいいのだろうか。
「いちいち聞き返すな。分かったな? 」
「......はい」
この先事がどう転ぶかは、神様も知らない。
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