視線の先に

@MonochroKB

視線

 最近何かの視線を感じる。


 外にいるとき、ずっと何かに見られている嫌な感じがする。それが原因で高校にも行けなくなってしまった。


 ストーカー? 警察? 心当たりがない。ストーカーに追いかけられるような魅力的なものは何一つ持ち合わせていないし、警察に目をつけられるほどの事件を起こした覚えもない。



 もしかして、まだあいつらのいじめが続いているのだろうか……。



 もともと中学から友人の少なかった私は、父の転勤でそのわずかな友人たちとも離れた高校に行くことになり、全く知らない土地で一人っきりの高校生活を始めることになってしまった。


 高校2年に上がったとき、大きいグループのいじめの意識が自分に向いた。


 最初は机にゴミを入れられたり、携帯電話を捨てられたりと、小さなものだった。だが徐々にいじめは痛みを伴うものへと変わっていった。今も私の服の下には痛む傷や火傷の跡が大量に残っている。


 同じ時期に父親が失踪して、母親と私だけが残された。二人きりになってしまった母を心配させることはできない、といじめられていることは黙ってることにした。


 母はまだ自分の夫のことを信じ、いつか戻ってくると願っている。「またきっと3人で暮らせる日が来るわよ」と。だが私には絶対に叶わない夢に思えた。


 視線を感じるようになったのは、ちょうどその時くらいからだ。あいつらが面白がって、私が高校に行かなくなっても嫌がらせをしているに違いない。



 原因がわかってしまえば、問題を解消するのは簡単ではないか――。




 黒のパーカーとジーンズに着替え、家を出たとき、外は陰鬱な曇り空だった。例の視線は……ない。時刻は18時前。辺りは少し暗くなっている。


 あいつらは高校が終わると、それぞれに部活や街へ行って時間をつぶし、家に帰る。実に単純な行動パターンだ。いじめの主犯格だった男子生徒は、いつも学校が終わると何人かで近くのファミリーレストランにいる。


 私がそのファミリーレストランに30分ほどかけて着いた頃には、もうすっかり夜のとばりが下りていた。その店は外から中を見渡せる大きな窓があり、その男子生徒を見つけるのはとても容易だった。彼の姿を確認しメール画面を開く。


 履歴は彼が私を呼び出す内容のものばかりだったが、だからこそ今から送るメールの異常さに胸が高揚した。



「いつもの廃ビルの屋上に一人で来い」



 学校から少し歩いた場所にあるその廃ビルは、学生が放課後いじめをするにはうってつけの場所だった。入り口には鍵がかかっておらず、内装も少し荒れてはいるものの、きれいなまま残っている。


 ここへ足を運ぶと、この場所で受けた屈辱と痛みが記憶を逆流してくるようだ。


 屋上へは中央階段を4階分上がり、ドアを開けるとたどり着ける。そのドアにも鍵はかかっていない。ふと携帯電話を取り出してメールを見る。返信はなかったが、彼は必ず現れるという確信があった。


 私は彼の傲慢さとプライドの高さを知っている。自分がいじめていた相手に挑発されて黙っていられるわけがない。


 廃ビル近くは夜の人気が少なく、耳をすませば、自分の心臓の音が聞こえてくるようだ。私は腰を下ろし、心地よい夜風を感じていた。


 そのとき、カツンという小さな音が聞こえて体が凍り付いた。誰かが階段を上ってくる。出てきたときに気づかれないように息を殺して角に移動する。音は段々と大きくなって近づいてくる。ノブが荒々しく回り、乱暴にドアが開いた。私の予想通り、不機嫌そうな彼が出てきた。


 懐から刃渡り20センチほどの包丁を取り出す。


 ドアが閉まると同時に彼の背後に素早く近づき、喉元に一気に切りかかる。肉を切る感覚とともに血が噴き出す。


 「ぐああっ!?」


 声にならない声を上げ、仰向けに倒れる彼の腹に包丁を突き立て横に引き裂く。返り血を浴びながら胸の部分を何度も何度もえぐる。なぜだか笑いがこみ上げてきた。


 思っていたよりあっさりと彼は動かなくなってしまった。それでも何度も包丁を振り下ろす――。





 どれぐらいの時間がたっただろうか。包丁の切っ先は骨とコンクリートが当たり、ぼろぼろになっている。


 真っ赤になった手を見て、ふと思い出した。



 ――そうだ、いつか父親を殺した時もこんな感じだったか。



 手に残る筋を断つ感触、臓器を破る音、初めての体験ではなかった。あの時と違うのは手がそれほど震えてないことくらいか、と自分を俯瞰する。


 なぜ忘れてしまっていたのだろうか。忘れて、楽になるため? それとも……。


 ふと、上を見上げるとさっきまで曇っていた空が晴れ、星が出ていた。そこではっとして息をのむ。


 自分の感じていた視線はこれだったのか。


 私は逃げるように廃ビルの中へ入ってドアを閉めた。

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