Ⅳ:勇者との決戦

 ブオン!! とアルデントの剣が空を切り芒を舞い上げる。

「あ?」

 栄光とリアの姿はそこになく、あるのは揺れ続ける芒だけ。

 あたりを見回すもあるのは夜の空と怪しく光る桜の樹。

「えらい物騒な客人やなぁ」

 桜の樹の根元から姿を現したのはクラナ、普段の色めかしい雰囲気は無く、ただただ殺意だけが空気を形どる。

「なんだァここは」

「ここはわての庭、わての世界、普段なら返って貰うだけでええけど、アンタはここで永夜楼の糧になるがええ」

 頭から狐の耳を生やし、腰辺りから九本の尾が現れる、その様子を栄光はクラナの背後から見ていた。

「《染め上がれや染めあげれや、汝がその血と魂を啜りて永夜を誇る血桜となりて、血鮮華》」

 クラナが唱え終わった間際、アルデントの右肩、左肩が不自然に破裂する。

 破裂した箇所から血がまるで花びらのように噴出す。

「ッ……ぁ……!! 魔を祓えアルデバラン!!」

 先刻、リアの力を全て押さえ込んだ聖剣が光を放つ。

 だがその光はリアの力を封じたときに比べて弱弱しかった。

「チッ、魔王に出力裂いてる分弱ェ……!」

「あのまま大人しゅうしとれば綺麗な華を裂かせたモノを」

「黙りやがれクソ狐、クソッ……何でこんな所に――」

 アルデントの目線の先をクラナも見る、その先には六の目を出したダイスが二つ。

「そうか、それがお前の力か……? マジで神にでもなったような力だなァ!!」

「わけのわからんこと言う暇があるんかいのう! 《散りあがれやその肉と華を舞いて、桜刃》」

 無数の桜の花びらがアルデントに向かって放たれる。

「魔を祓え、アルデバラン」

 パァン と割れるような音と光と共にクラナの魔法が打ち消される。

「分が悪くなったから退くが……てめぇら覚悟しておけよ、宣戦布告してやる」

「おうおう、喧嘩売っときながらおめおめと引き下がるんかいの? 肝っ玉の小さい男よなぁ?」

「退き時を見極められねぇバカじゃねぇ、勝手にほざけ」

 そういうとアルデントは膝を折って勢い良く跳ね上がった。

「祓え! アルデバラン!!」

 パリィーンと夜空が割れ、その間からアルデントは逃げ去った。

 割れた夜空はやがて塞がりもとの夜景へと戻る。

「空からやのうたらヘルモートのとこに繋げたったのになぁ」

 そうクラナが夜空に向って呟くとくるりと栄光達の方へと振りむく。

「どういうわけかわからんけど無事か?」

「あぁ、無事だ……ありがとうクラナ」

「そりゃよかったけぇの、ただどういうことや? 外出よった聞いたけど」

「俺にもわからねぇ、クラナが繋いでくれたんじゃないのか?」

「ここは城の中としか繋がらんよ」

 アルデントはこれがお前の力かと言っていた、アルデントがこちらの世界に来てあのような力を得ているという事は栄光も同じように何か力を得ているのか。

「すい……ません……栄光……」

 腕の中で震えるリアが途切れ途切れに言葉を紡ぐ。

「もう大丈夫だ」

 頭を撫でてやると安心したような表情を浮かべる。

「それにしたって何でそんなに……」

「そりゃ殺されかけたら怖いに決まってるわ、魔王様は殺してしまう恐怖を身に染みて知っとる、けれども殺される恐怖は初めて」

「はい……すいません…………こんなにも怖い物だとは思ってなかったです……、震えがまだ止まりません……」

 ゆっくりと背中に手を回して抱きとめてやる、リアは抵抗することなく栄光の腕に包まれると震えが収まっていった。

「さて、魔王様、栄光、ちと来てくれるか」

「どこへだ?」

「そりゃあれだけ堂々と宣戦布告されたんや、もうこっちは黙って見守ることはできんさかい、こっちも動かんといかんよ」

 現に栄光とリアが襲われた集落が犠牲になっている、大義名分としては十分だろう。

「いままでいくらも被害受け取ったけれども、死人が出なかったさかい耐えてきたが……」

 クラナの周囲の空気が淀んでいくように感じ取れる、空気が重いような殺意と悪意を凝縮したような雰囲気が濃くなっていく。

「いっぺん灸据えないかんいうことや」

 毛が逆立つようにクラナの髪がふわりと浮き上がる。

 栄光に至ってはクラナの出す威圧感に押されて口を開けない。

「お? あぁ、すまんすまん」

 栄光の様子に気づいたクラナは普段どおりに戻る。

 威圧感が消え栄光は大きく息を吸い込む。

「あ、あぁ……大丈夫」

 ゆっくり立ち上がってリアに手を差し伸べる。

 リアが手を取って立ち上がると咳払いをして向き直る。

「おほん……では行きましょうクラナ」

「落ち着いたか?」

「はい、ありがとうございます栄光」

「じゃぁついてきてな、そのまま繋げるわ」

 クラナは暗がりの廊下に足を進めながら二人に気づかれないようちらりと見る。

 手を握り合ったままの栄光とリアを見てくすりと笑うと前へ向きなおした。


         ◇


 何も無い白い空間、地平線すら見えないような広大な場所にアルデントは立つ。

「おい」

 誰かを呼ぶように呟く。

「どういうことか説明しろ」

『何を説明しろというのだね、君には伝えるべきことは伝えたはずだ』

 何も無いところから声だけが響く、声は青年のような、だが耳に残るようにねばつく言い方でアルデントに語りかけられる。

「もう一人いるなんざ聞いてない」

『聞かれていないからな』

 声の元に現れたのはを首から引きずるほどの長さのローブを纏った男。

「この世界で好き勝手できると言ったから乗ったんじゃねぇか」

『その言葉は覆されていない、現に君は何者にも縛られず己が意思で行動している、そこに障害があれど好き勝手にしていると判断するが?』

「あいつさえいなけりゃぁなぁ、知ってりゃさっさと片付けたのによぉ」

『一方的な盤上を見てもつまらないからね、バランス調整というものだよ』

「言っとくが、俺は駒じゃねぇ」

 男に剣を向けて威嚇するアルデント。

「俺はリアルの人間だ、てめぇのゲームには付き合わねぇ」

『構わんさ、そのようなことは最初から承知の上だ』

 ローブの男は嘲笑うように微笑みうなずく。

「チッ…………まぁいい、シナリオも世界も何もかもぶっ壊してやる」

 ローブの男に対して背を向けて歩き出し消える。

 何も無い白い世界に一人、ローブの男が取り残される。

『リアルというものは君の主観でしかないだろうに、誰が君の世界が盤上ではないと保障するのだろうか……だがそれを言えば私も同じなのだろう』

 ローブの男も霧のように霧散して消える。


               ◇

 クラナの後に続くと広い部屋に出た。

 明るく照らされた円卓を中央に壁が円状になっている。

 円卓にはヴェルドロッド、シェム、ライラの三人が既に席についている。

「遅うなったわ、まぁ思いがけない拾いものもあってな」

「主、外へ行かれたはずでは」

「あら、どういうことかしら」

 ヴェルドロッドとライラの二人が栄光とリアの所在に驚く。

「まぁそこらへんも含めて話するさかい」

 クラナが空いた席につくと残りは一つしか空いていなかった。

 栄光が座るのは違う気がしたのでリアに席を譲ろうとすると。

「栄光、座ってください」

「え、いやリアの席だろ?」

「構いません」

「そ、そうか?」

 促されるまま座るとひざの上にリアが飛び乗る。

「こうすれば問題ないですから」

「……………………」

 論理的に問題があると栄光は思う、ついでに右隣のヴェルドロッドが今にも殺しにかかってきてもおかしくないような気配がする、目が笑ってない。

「ハハハハ、えらく気に入られてるんだなぁ?」

 真正面に座るのはシロとクロがシェムと呼んでいた男。

「おかげで今にも首が飛びそうだがな…………」

「孫が取られて憤慨ってかぁ、過保護過ぎんだよなぁ」

「シェム、殺すぞ」

「二人とも、今は止めなさい?」

 どうもヴェルドロッドとシェムは相性が悪いようだ、ライラが二人を止める。

「話を進めよか、先刻魔王様と栄光、二人がわての庭に転移した、ついでに聖剣持ちもつれてな、ご大層に宣戦布告の置き土産もしてきたわ」

「ハッ!! ついにきやがったか」

「愚かな……何故そこまで争いを繰り返そうというのだ」

「それは……避けられないもので?」

「避けられへんなぁ、魔王様から聞いたら既に被害はでとる、こっちは死人が出てるさかいもう静観するわけにはいかん」

 クラナから魔族の被害が告げられると三人は先ほどまでとは違い無言になりただクラナの言葉の続きを待つ。

「なぁ、一つ、……いや、確認がある」

「なんや、栄光」

 この世界についての疑問、言葉が通じる事や将棋という存在、栄光が作った聖剣という設定、次の栄光の確認が肯定されればある真実に繋がる。

「初代魔王アーク、それが人間を半壊に追いやり勇者によって倒された、その過去があるから人間相手に手を出さない、そういう感じか」

「大筋としてはそうなるな、けど細かくしたら大分変わるけれども……よう初代の名前を知っとるな」

「あぁ、だから確認だ」

 この世界、グライツは。

 希望栄光が作り出したシナリオの世界。

 ヴェルドロッドが初代に仕え二千年が経っていると言っていたことからグライツというのは栄光が世界を創造した後この世界の住民達が作り上げた世界だ。

 根幹として作ったのは栄光だ、だから音声言語が日本語なのだ、この世界は栄光の知識をベースに作られたから将棋という存在もあった、栄光が作ったから聖剣がある。

 この世界において栄光はGM《ゲームマスター》だった。

 だが世界は変わった、二千年の時と人の手によって、だからこの世界に来た当初は自分が作った世界などとはわからなかった。

 大きく変わったからこそゲームマスターであれどもはや盤上シナリオを操作することはできない、だが根幹は変わっていない。

 この世界はTRPGが前提としたもの、数値と賽の目が全て。

 今まで徐に振っていたダイスを思い出す、ダイスの目が高ければ高いほど良いことがおきた、逆に低いと悪いことがおきる。

 栄光はまだ、この盤上に干渉できる。

「どうかしましたか……?」

 膝上のリアが考え込む栄光を気にかける。

「少し、納得がいった」

「?」

「あぁ、すまない、話を続けてくれ」

「ええけど丁度栄光の話や、こういう事態が起きなければ放っておいたんやけれども」

 クラナがそう言うと一呼吸間を置く。

「何者や? はっきりさせておこうか」

「俺は…………」

 今しがた自分の中で結論に至った答えを五人に伝える。

 この世界を創造したのは自分だということ、それが自身でも信じるのが難しいが

事実であること、そして――――。

「全然、全く信じられねェ話だ、正直笑い話だよオマエ、だがここでそれを言い合ってもしかたねぇ、俺たちの問題は俺たちで解決するからだ、神だのなんだのに力を借りる気はさらさら無い」

 シェムがばっさりと栄光の言うこと全てを否定した。

「ワシも信じられん、だが全て否定することもできん」

「私も同じく」

 ヴェルドロッドとライラは半信半疑だということ。

「わては信じてもええよ、そのほうが面白そうやし?」

 クラナは信じた。

「私は…………」

 リアは視線を下げて考え込む。

 リアの右手が栄光の右手を握って体を捻り栄光を見つめる。

「貴方は、栄光は、どうするんですか?」

 そう問われた栄光は一呼吸、目を閉じて大きく吸い込み吐き出す。

「アイツは、勇者は盤上をぶち壊すと言っていた、俺が生んだ世界だ、そんなことはさせるつもりはない、と言っても俺は天運に任せることしかできない」

 五人に順番に視線を移す、全員を見てから宣言する。

「俺はリアに付くよ、たとえ相手が人間でも、盤上をめちゃくちゃにさせるわけにはいかない、人と魔族が築き上げた盤上は俺とアイツは触ってはいけないんだ」

「へェ? じゃぁオマエは見物か? 触っちゃいけないんだろ?」

「あぁ、直接は、な」

 ニヤリと栄光が口元をあげて笑う。

「直接触るのはその世界のキャラクターだ、俺は一度たりともシナリオに直接触れたことはない、全てがその世界の民による意思で俺は後押ししてるに過ぎない」

 ポケットから六面ダイスを取り出す。

「いつも通り運営するだけだ」

 円卓の上にダイスを弾く、丁度中央辺りでダイスは止まり出目は一と六。

「五分五分ってな」

 良くもなく悪くも無い出目、だがその出目は魔族にとって好都合だろう。

「つまり俺たちは後押しなんていらねぇってこった」

 シェムは立ち上がって円卓から離れる。

「俺は先に行くぜ、恐らく全員出ることになる、そいつを任せた」

 シェムの背中から白い翼が現れ幾重にも魔方陣が浮き上がる。

「《往け、陽炎》」

 そう唱えると蒼い炎となり消え去る。

「…………あいつ天使だったの」

「面白いやろ?」

 ケタケタとクラナが笑う。

「では私も前線へ、クラナは城を頼みますよ」

「雑兵と流れ弾は任せるとええ、大物は抜けそうやしの」

「大物はワシがやる、小僧」

 三人が役割を決め終えヴェルドロッドが栄光を呼ぶ。

「なんだ?」

「その力、過度に使うなよ」

「ヴェルドロッドはわかるのか」

「多少はな、魔法ではない何らかの力が作用してる程度にしかな、だがお前の発言から考えればそれは信用できる力じゃないだろう」

「賽の目次第、だからな……」

「だから使うな、お前はな――」

 ヴェルドロッドは膝上のリアを優しく見つめ、そして栄光へと視線を戻す。

「主を頼む、お前が来てから主は良く笑う、笑顔を見る事等久しいほどだったのに」

「私……そんなに笑ってませんでした?」

「そうですとも、このヴェルドロッドが主に笑っていただこうと日々努力いたしているのにくすりとも笑っていただけない」

「それはヴェルに問題があると思いますが」

「何……じゃと……?」

「お主がいぬところであればな」

「えぇ、私にも見せてくれますし」

「ぬおおおおおお……何だ……何というのだ……どこに差が……」

「下心じゃねぇか?」

「人のことが言えるのか貴様は…………!!」

「俺は純粋な好意なんで」

「よくも抜けぬけと……」

 事実なのだから仕方ない。

「はいはい行きますよ、人間のことですからもうすぐそこまで来てるはずです」

「ライラ貴様毎度ワシを荷物のようにィ…………」

 ずるずるとヴェルドロッドがライラの手によって引きずられていく。

「さて、わても備えるかな」

 桜の花びらがクラナの周りを舞い始める。

「栄光や、しばらくはわての庭に入れぬからな」

「ん、おう」

 あの桜の木の立つ空間には行けないと告げられる。

「俺はどうしてればいい?」

「何も、ただ傍に、ここまでは誰一人通さないつもりではいるけども」

「わかったよ」

 そう言い残すと花びらとともに暗がりへ消えていく。

「皆リアのことが大事なんだな」

 膝上のリアにそう呟く。

「えぇ、皆家族のようなものですから」

「あぁ、良い家族だ、一人過保護すぎるがな」

「ふふっ、栄光も入りますか?」

「えっ」

 異性から家族になりませんか、という提案。

 そう言われるとそういう事として受け取っていいのだろうか。

「……………………っ!?」

 驚いた栄光の様子にリアはしばらく考え自分の言った事に気づく。

「いやっ、そのっ、あのっ、そういう意味じゃなくてですね!!」

 膝から飛び降り両腕をあたふたさせる。

「そのっ! 普通の意味でしてね、普通ってそういうのじゃなくて、えっと、とにかくそういう意味じゃないのでっ!!」

「ははははは、わかってるよ」

「ほんとにわかってるんですかー!!」

 ポカポカと栄光のおなか辺りを叩かれる。

「ま、帰れなかったときはそれでいいかもな」

「あっ…………」

 叩いてた手がふと止まる、栄光の言葉で思い出す。

 これだけ近くにいるのに栄光は別の世界の存在だということを。

「そう、でしたね…………」

 少し落ち込むリアに栄光はふうと息をついてリアの頭に手を伸ばし撫でる。

「ま、手探り状態だししばらくは世話になるからよろしくな」

「………………はいっ!」

 落ち込んだ顔を笑顔で払って微笑む、この笑顔を曇らせたくは無いと栄光は思った。


         ◇

 広大な草原を一つの影を先頭に大群の影が走破する。

 先頭を駆け抜ける影は前傾姿勢のまま低空飛行するトンガリ帽子とローブを纏い瞳は目隠し布によって隠されている女。

 その女に後方を走る騎馬隊の内の一人、部隊長役と思われる男が女に併走させる。

「レイジスティア様、あまり先行されてましては……」

「問題無い、むしろ貴様たちを通すのが私の役目だ」

 レイジスティアと呼ばれた女は併走する男を見向くことなくただ前を向く。

「それに勇者バカのせいで奴らもそろそろ来るぞ、気を引き締め――」

 そう言い終えようとした時、空からいくつもの光線が降り注ぐ。

 レイジスティアは離れていた地に足を着き蹴るように空中へと躍り出るとローブから右手を出し振りかざす。

 いくつも降り注ぐ光線の一部、自身と後方の部隊へと当たるであろう光線のみをへし曲げるように折れ曲がる。

「止まるな!!」

 レイジスティアが後方の部隊へ怒鳴りかける、光線の着弾点が爆発を起こし後方の舞台が足を止めそうになるのを防ぐ。

「初撃の流し方はよくやったなぁ、人間」

 空が陽炎のように揺らめき一人の影が姿を現す。

 ホストのような雰囲気を纏いながらも白い翼を生やした男、シェムが現れる。

「全軍進め、奴らが来たということは根城は蛻の殻だ」

「行かせると思うか?《閃光よ輝き爆ぜろ、シェルライザー》」

 シェムの翼から小さい魔法陣がいくつも展開されそこから数十という数の光線が折れ曲がりながら大群へと降り注ぐ。

「《大地の意思よ、我に集え、ロックボード》」

 レイジスティアがそう唱えると地面から無数の瓦礫が浮き上がり空中で静止する。

 折れ曲がる光線が空中で静止した瓦礫へとぶつかり爆発する。

「ほう? 俺の陣を見て着弾点を予測して置いたのか?」

「貴方のものは全て観測える」

 布で覆われ見えぬはずの目で見るようにレイズティアはシェムを睨む。

「ははははは、面白い女だ、じゃぁ俺が採点してやろう」

 シェムの頭上から一際大きい魔法陣が現れる。

「《天雷よ、有象無象を焼き尽くせ、ディバイン》」

「ッ!? 《大地よ、天を穿ち貫く槍と成れ、グランドレイド》!!」

 対してレイジスティアの遥か下方、地面に大きな魔方陣が現れると共に地面が割れ尖った岩がレイジスティアの横を掠めるようにして伸びる。

 そこへシェムが展開した魔方陣から雷が振り、伸びた大地が避雷針となった。

 避雷針と成った大地が焦げ崩れると既にシェムは次の魔方陣を生み出していた。

「《月影よ、地を覆う刃と成れ、クレセント》」

 三日月状の刃が弧を描いてレイジスティアと闘う二人の下を通り過ぎる大群を襲う。

「《障壁よ、我らを守る盾と成れ、アイギス》!!」

 レイジスティアの前に青白い魔力でできた障壁が生まれる、純粋な魔力の層を作ることによって魔法に対する障壁を生み出す、当然通常の魔法を使用するよりも魔力が消耗されるがシェムが唱えた魔法の速度、守るべき軍勢を守る壁を作る速度を求めるとこれしかなかった。

 ガキャキャキャキャン!!

 金属音と共にシェムの唱えた魔法が弾かれていく。

「及第点だな」

「果たしてそうかしら?」

「あ?」

 戦う二人の戦闘範囲に既に軍勢はなく、既に米粒以下のサイズに見えるほど遠くにいる。

「チッ……《閃光よ輝き爆ぜろ、シェルライ――」

 一瞬で三つの魔法陣を構築し詠唱するシェム、今まさに最初に放たれた光線を放とうとした瞬間、レイジスティアはあるものを掲げていた。

「魔を祓え、聖剣の因子よ!!」

 掲げた球体が輝きシェムが展開していた魔法陣を次々と破壊する。

「面倒な物を…………おぉッ!?」

 急にバランスを崩し翼ではばたく。

「それはこっちのセリフよ、素の肉体動力で飛べるなんてね」

「飾りだと思ってたか? 舐めンなよ……ぁ?」

 シェムが腕を振り魔法を発動しようとするが魔法陣が出現しない。

「攻勢一転、次は私の番だ」

 ローブとトンガリ帽子を脱ぎ捨てて隠れていた姿を現す。

「覚悟してもらおう……!!」

「お前…………」

 シェムが呆気に取られるような顔をしてレイジスティアを見上げる。

「なんだ、命乞いは遅いぞ」

「中々良い女じゃねぇか」

「……………………」

 無言で光線魔法をシェムに向けて乱雑に放つ、それを羽ばたきながら紙一重で避けるシェム。

「お前は何を考えているんだ……!! 《大地よ、天を穿ち貫く槍と成れ!! グランレイド》!!」

「おぉっとォ!?」

 高速で突き出る大地の槍がシェムを襲う、次々と現れる大地の槍に紙一重で避け続けるがついには当たる。

「ッおォっあッ!?」

 大地の槍がシェムの翼を貫き縫いとめる。

「そこッ!! 《派生》!!」

 シェムに突き刺さった大地の槍の根元から木の枝のように小さい槍が次々と生えてくる。

「はぁッ!! そういう使い方もあるのかッ!!」

 シェムは笑う、まるで新しい玩具を見つけたかのように。

「何を笑っている……!!《閃光よ輝き爆ぜろ、シェルライザー》!!」

 動けぬシェムに対し下方から無数の槍が、眼前からは光線、そんな危機に対しても――。

「ハッ――――」

 笑みを止めず、目を見開き喜ぶ。

 ドォォォォォォォォン!!

 光線は着弾し爆発する、直後にズサズサズサという音と共に無数の槍が展開する。

 爆発の煙により確認はできないがレイジスティアには確かにしとめた感触を感じ取る。

「やったか……!!」

 爆煙が晴れていく、レイジスティアの視界に写ったのは自身の魔法によって破損した大地の槍のみ。

「死体も残さなかったか…………?」

 布で覆われたその瞳では確認できず、ただ魔力の反応と気配を頼りに確認する。

「………………ッ!?」

 レイジスティアは後方からの魔力反応に気付くが……。

 ドガァッ!!

 何者かの攻撃によってレイジスティアは地面へと叩きつけられる。

「がぁっ……!?」

 地面に直撃する寸でのところで受身をとることに成功する。

「あれぇ、なんでバレたのぉ?」

「相当目がいいのかしら、いえ目は隠してるわね、じゃぁ魔力に反応してるのかしら」

「なぁるほどぉ、それだったらぁ、魔法を使って無くてもぉ、わかるわけねぇ」

「っていうかシェムにぃ、危機感もってよね」

 戦闘に割り込んだのはシロとクロ、彼女らは自身の魔力を身体強化に使うことで常識異常の肉体運動を可能としていた。

「ハッ」

 地面に足をつけ翼を折りたたんだ男が一人、地に這う女を笑っている。

「俺が? 危機感? 何故もたねばならん」

「だってぇ、今魔法っていうか魔力全部吹っ飛ばされてるんでしょぉ?」

「そんなもの危機の内に入らん」

 まるで指先に怪我を負った程度だと言うような態度で答える。

「だがッ……貴様が魔法を使えないのは未だ同じだ!!」

 シェムとシロとクロから飛びのき距離を取って仕切りなおすレイジスティア。

「ま、コイツに関しては合格点をやってもいい、もしや俺のバラ捲いた魔法を真似るしか脳の無い人間ではないと思い付き合ってやって正解だったな」

 大地から飛び出た槍をコツコツと手の甲で叩きながら喋る。

「捲いた…………付き合う…………? どういうことだ……ッ!!」

「確かぁ、シェムにぃ女の子と遊ぶために魔法の技術バラまいちゃったんだったっけぇ」

「確かそうね、本人の話の中だけだけれど、ただまぁ否定できないのよね」

 シロとクロの話にレイジスティアは呆気にとられて言葉も出なかった。

「そういう事だ、まぁコイツの礼だ……」

 二対の翼、合計四本の翼を出現させて宙に浮き上がる。

「本物を見せてやる」

 自身を中心に巨大な魔法陣を展開させる。

「《万象を成しえる根源たる力――》」

 シェムが詠唱を開始する、レイジスティアはそれに対して驚愕する。

「ッ……何これ……魔力が奔流する……不味い……これは不味い……!!」

 地面を蹴りながら手元で攻撃するための魔法陣を描こうとする。

「さっせないよぉ♪」

「その為の私達だから」

 だがそれは眼前に現れるシロとクロによって阻まれる。

「邪魔よッ!! 《障壁よ、我等を守る壁と成れ、アイギス》!!」

 障壁を展開して強引に二人を突破するレイジスティア。

「《始祖たる我が教えに従い》」

「させるかッ……!! 《深淵よ、我が魔敵を押し、磨り潰せ、グラヴィトン》!!」

 シェムの体全てを覆う黒い球体が出現する。

「シェムにぃ!!」

 シロとクロの二人が叫び上げる。

 黒い球体がその大きさを縮め始める。

「《原初の力を呼び起こせ》」

「もう遅いッ!!」

 既に黒い球体はシェムの体の半分ほどの大きさに縮んでいる。

「このまま消えてしまえ……ッ!!」

 ゆっくりと縮んでいくが、その動きを止める。

「な……んで…………」

 縮小を止めた黒い球体が逆に拡大し始める。

「《俺が支配者だ―― 万魔司る至天のエグリゴル》」

 黒い球体が元のサイズに戻り、卵の殻を内側から四翼が広がり、辺り一帯の景色が魔力の奔流によって歪む。

「なに……これ……」

「素晴らしいだろう? 視覚でなく直接魔力を観測るお前にはこの光景が理解できるはずだ」

「これは…………理解…………を超えている…………!」

 其の言葉を聞いてシェムは落胆とため息を漏らす。

「やはり人間では理解できんか」

 腕をゆるりと真っ直ぐに伸ばす。

「っ! もう一度……《深淵よ、我が魔敵を押し、磨り潰せ、グラヴィトン》!!」

 ポン!!

 魔法陣から出てきたのは一輪の花。

「は?」

「今この場を支配しているのは俺だ、俺の許可無く使えるわけがないだろう」

「そんなっ……」

 レイジスティアは何度も魔法を行使しようとするがどれも小さな煙を出すだけで一切発動しない。

「だったら――」

 懐に腕を突っ込み球体を取り出そうとする。

「はぁいそれはだぁめ」

「没収―」

 シロとに身柄を押さえられクロに奪われる。

「さぁて、これで何もできなくなったわけだ、どうしてくれようかなぁ」

「くっ、殺せ!」

 レイジスティアは屈辱を受けるくらいなら死を選ぶ、そういう覚悟を持ち合わせている。

「あ~~? ンな勿体無い事するわけねぇだろ?」

「くっ……何を……」

 抑えられたレイジスティアにゆっくりと歩み寄る。

「まずはその布を取って貰おうか、どんな目をしてるか観てみたい」

 シェムの腕がレイジスティアの顔の横に伸び後頭部にある結び目を解く。

 ハラリと目を覆っていた布が落ちる。

「っ…………」

 レイジスティアにとって永らく見ていない日の光が差し込む。

「なんだ良い目じゃねェか、隠すなんざ勿体無ェ」

「黙れよっ……きゃぁっ!?」

 シェムに対して反抗意識を示すもレイジスティアの体は突如抱えられる。

「離しなさいよっ……どうするつもり!! ちょっと!!」

「負けた奴は捕虜で勝った奴が好きにするのが戦の常だろォ? それわかってて挑んできたんだ、当然こういう覚悟もあったってワケだ」

「だったらさっさと殺せばいいでしょ!?」

「アホか、俺様に喧嘩売ったんだ、簡単には殺しやしねェ…………」

 これから自身が受けうる拷問や嗜虐を想像したレイジスティアはシェムの言葉に思わず息を呑んだ。

「たっぷり可愛がってやるよ、今日は寝れると思うな」

 ヒッヒッヒッヒと笑うシェムに対しレイジスティアはその言葉を理解できない、何故ならシェムの考えていることに知識がないからだ。

「久々にタチかぁ、楽しみぃ」

「いつもはまんまネコでしたからね、高揚するわ」

「は……? 貴方達何を言っているの……?」

 三人はレイジスティアの問いかけを無視しながら歩く。

「でもシェムにぃ、細かいのが大分通したみたいだけどいいの?」

「あの程度でくたばるような奴らじゃないだろ」

「それもそっか」

 長年の付き合いからなる信頼なのか、はたまた単にさっさと帰って楽しみたいのか。

 どちらにせよシェムは通り過ぎた軍を追おうとはしなかった。


         ◇

 シェムを抜けた軍勢が魔王の城へ向かい侵攻する。

 馬に乗り密集して駆け行く部隊の中、軍の中央部に他の兵とは違い一際若い男がいる。

「全軍!! あの賢者が作ってくれた時間だ!! 無駄にするな!!」

「おぉぉぉぉ!!」

 若い男の掛け声に周りの兵が応える。

 全軍が全速力で駆け上がる、馬の蹄が生い茂る草を掘り返しやがて芒が生い茂る地へと切り替わる。

「っ!?」

 若い男が気付いた頃には既に遅く前方を走っていた兵から最後尾の兵一人残さず夜に囚われた。

「何だっ!?」

「どうしたんだ……?」

「これは……」

 夜に囚われた兵士達が動揺の声を口々にする。

「落ち着け!!」

 若い男が叫び兵士達の動揺を鎮める。

「これは…………空間魔法…………?」

「おぉ、よう知っとるなぁ、空間魔法これを知っとるなんて、使う者なんて数える程もおらんやろうに」

 クラナの声が夜空に響き渡る、若い男が声の元に気付き振り向く。

「誰だ…………」

「名を聞くときは名乗ってからというのが人の常識ではなかったかえ?」

 夜空の中心に咲き乱れる桜の樹の根元、そこにはクラナの姿が、但し栄光やリアの前に現した姿と違い狐の耳と尾を九つ生やし、その顔には赤紅の化粧が施されている。

「…………僕の名はペディティフェール=システィール、我がインペリアに仕える大司教の座を頂く者、これでよろしいですか」

「ほうほう、ええ子やなぁ、わてはクラナいうもんやけど」

「知っています、貴方についてはこちらが保有する文献に僅かとはいえ残されていますので」

「ほー、わてはそんなに有名やったかいのう?」

「どの口が言う…………魔族の統治が完了する前、お前達でいう魔王の三代目頃か、その頃暴れて回っていた記録と傷痕があることを忘れたのか」

「若い頃は有り余る活力を持て余してたさかいな、まぁいうても老いてる程年食ってるわけでもないが」

 ケタケタケタとクラナが小ばかにするように笑う。

「記録に残っている文献だけでもお前は純然たる悪だ、よって――」

 ペディティフェールは馬から飛び降り袖から伸縮式の杖が展開される。

「我が仕えるインペリアの名の下に、貴方を討伐する!!」

 それに合わせてペディティフェールを除く兵達が抜刀し戦闘態勢へと移る。

「全員!! アレに一太刀でも浴びせればインペリアへの貢献となる!! さぁ――」

「《乱れ咲け、彼岸花》」

 夜空の下にいる兵士全てがその体を花を支える茎として、頭から血飛沫という花弁を咲かせる。

「――――――――――――は?」

 突如として出現した血飛沫の花畑の光景をペディティフェールは呑み込めなかった。

 自分についてきた兵達が全て、今の瞬間人としての生を終え一瞬を咲き誇る花となった現状を。

「雑兵はこれで仕舞いやなぁ、で、お前さんはどう楽しませてくれるんや?」

 クラナの口が裂けるように歪曲し、目は鋭く開く、嘲笑うような笑みを零しながら問い掛ける。

「な…………え…………?」

 余りにもの力量の差にペディティフェールの体は恐怖を隠せず後ずさりを始める。

「わての法に距離も障害物も関係なく、ただ生命という種を咲かせるだけ、さぁ種は明かしたった、どうくるかえ?」

 クラナは期待を込めているかのように目の前の男に問いかけるが男は怯えたまま動かず――

「っ…………はは……はははは」

 引きつった笑みでペディティフェールの口から笑いが漏れる。

 それをクラナが見ると失望したような表情に変わった。

「ハズレかえ……ま、ここで構えて雑兵を堰き止めるのが務め……つまらん仕事やけど仕方ないか」

 はぁ、と溜息をつきペディティフェールを指差す。

「《散りあがれや、その肉と華を舞いて、桜刃》」

 華の刃がペディティフェールの体を次々に小さく分けていく。

「まだまだ来とるなぁ……」

 夜の世界を解いて元の景色に戻ると遠くに更なる兵士達が見える。

「あぁの色天使、やっぱ仕事せぇへんなぁ…………」

 本来の想定ならばシェムによって大多数、上手くいけば一人もクラナへ辿りつくことはないはずだ、だがシェムは本来の役割を放棄したことによってクラナの負担が増えた。

「ほんにしばいたろうか……」

 これからの疲れを想像しシェムに対し怒りを湧き上がらせる。


         ◇

 クラナがペディティフェールと邂逅した同時刻、クラナがいる場よりもさらに離れ城が見えるほどに近い平原だった場所、既に破壊の傷痕が元の風景を壊している。

「ヒャハハハハハハハハ!! オラオラどォしたァ!!」

 黒いスーツの男が影を操りライラと戦闘している。

 黒い影を自由自在に形を変化させて攻撃を繰り返す。

「くっ…………はぁっ!!」

 腕を白銀に煌く竜の鉤爪に変化させてライラは応戦する。

 一撃一撃がおおよそ耐えうるのが致命的で影を受ける度に受け切れなかった影が大地を切り刻んだ。

「弱ェ! 弱ェぞオイ! この程度が竜だって言うのかァ!?」

 影を伸ばし、足場にして飛び回る。

「心底がっかりだぜェ? こんだけ弱ェとスァツラーの名が泣くぜ、なんなら手加減してやろォかァ?」

「そんなのはいらないわ「!!」

 足部分までも変化させて対応しようとするがスァツラーと名乗る男はそれを見切りライラの間合いには入ろうとしない。

「そォかそォか、じゃァ死ねよ」

 影を巨大な鎌の形に変形させてライラの首元へと振りぬく。

 ライラは大きく身を翻してその一撃を避ける。

「っ…………魔法も無しでよくもここまで…………!!」

「魔力をそのまま武器にすンのはてめェら魔族だけの特権じゃねェんだよ」

 静かにそう告げるスァツラーは身を翻したライラに対し影を複数の槍に変化させ突撃させる。

「ッあぁぁっ!!」

 致命傷ではないにせよ影の槍がライラの肩を貫き頬を掠める。

「オイオイ、竜の鱗一枚は戦士百人の魂だッつうのを聞いてたんだがよォ……ありゃぁ嘘だったのかァ?」

「それだけ貴方達が強くなっただけです……嬉しい限りですよ」

「あァ?」

 スァツラーの影が厚いギロチン状の刃となってライラへ撃ち放たれる。

 飛び掛る影の刃をライラは両手を使って掴みとめる。

 だが掴んだ影はギロチンの形状から溶けるように形を変えてライラの両腕に絡みつくように拘束した。

「なッ!?」

「今俺の耳がおかしくなけりゃぁよ――」

 スァツラーの両腕から影が伸び剣となる。

「嬉しいだと? 喧嘩売ってンのか」

 右と左、両方から挟み込むように影の剣を振るう。

 挟み込む影の剣の速度は速く、ライラが反応する頃には既に身に迫っていた。

 防ごうにも両腕は拘束され避けようにも後方へ下がるのは遅い。

 ライラは足を掬われるように自ら地面に倒れ込む。

 ビュオォッ!!

 ライラの頭上を二つの影の剣が通り過ぎる。

「這ったな?」

 スァツラーは右足を数センチあげ、地面を踏みつける。

 地に伏せたライラの下から複数の影が檻のように伸びライラの身体に捲きつく。

「あああぁぁっ!!」

 影が蛇のように全身に絡みつきライラを地面に固定する。

「なァ? 何で今嬉しいって言ったんだ、まるで理解できねェ、死ぬ前に教えろよ」

 完全に動けなくなったことを確認したスァツラーはライラへと近付く。

「ふふふ……私はね、貴方達人間が好きなのよ、こうして殺しあう戦場で貴方に殺されかける今でも全力を躊躇うほどにね……」

「甘ェな、涙が出らァ」

「えぇ…………自分のことは誰よりも理解してるわ」

「おう、じゃァその甘さに後悔しながら死になァ、最後にその顔を拝んでやるよ」

 スァツラーがライラの紙を鷲づかみにし自分の顔の高さまで持ち上げる。

「あとそれと――」

 ライラが呟く、顔は下を向き俯いたまま、スァツラーは影の刃を振りかざす。

おんなに気安く触ると火傷するわよ」

 顔を勢い良く上げて口元に展開された拳サイズの魔法陣をスァツラーに向ける、その魔法陣から高密度の炎が光線のように放たれた。

「チィッ!!」

 スァツラーは素早い反応で後方へと飛びよけようとするが避けきれずに左腕を犠牲にする。

「がぁッ!?」

「頭を燃やすつもりだったけど、まだ甘いわね私」

 ブレスが緩やかにに収まり青い焔が周囲を舞う、自身を拘束する影を焔が焼き消していく。

「テ……メェ…………」

「相手を舐めて慢心する人間達あなたたちも好きよ、愚かだとは思わないわ」

 ライラの背から竜の翼が出現する。

「獣や昔の私達ではあり得ない、獲物が息絶えるまで決して手を止めないのに対し、狩りに悦楽を覚えて遊ぶ、悪いとは言わない、それがあってこその人間だと思うもの」

 スァツラーは肩口から失った左腕の傷口を影で塞ぐ。

「えぇ……私は大好きよ、貴方達人間が!! この上なく!!」

 ライラは両手を広げ受け入れるようなポーズで賛歌する。

「優しいから好き、強いから好き、勇敢だから好き、不屈で折れないから好き!! 酷く残酷だからでも好き、酷く弱いから好き、怯えて悲しむから好き、脆弱で心が折れる貴方達が大好きなの」

 右手の甲の傷を舐めとり恍惚とした表情でスァツラーを見詰める。

「こんなに好きなのに、こんなにも愛しているのに、触れることはできない、だから私は見守ることしかできなかった、こうして人の姿を真似ることすら難しい」

「化け物がッ……!!」

「えぇ、私は化物、人ならざる者、だからこそ人を愛しているのよ、壊したいほどに」

 傷口を塞いだ影を義手のように変化させ腕を形成するスァツラー。

「ごちゃちゃ狂った能書き垂れてンじゃねェぞ!!」

 影で形成された左腕を突き出し爪のような刃を形成し突撃する。

「あは、あははははは、ははははははははは」

 ライラの口から嬉しそうな笑いが溢れ出す。

「勇敢な貴方が好き、恐怖に打ち勝つ心を持つ貴方達が!!」

 一撃、二撃と竜の爪と影の爪が打ち合う。

 打ち合う度に火花が散り、衝撃が大地に伝わり、空気を振動させる。

「うぜェ!! 化物ごときが知った口聞いてンじゃねェぞ!!」

 左腕の連撃に加え足元から影が複数伸びてライラに襲い掛かる。

「そうね! 私はまだまだ貴方達を知らない! だから教えて頂戴!! 貴方達のことを!!」

 飛び掛る影を次々に竜の爪で薙ぎ払う。

 影は水に溶けるようにどんどんその数を減らしていく。

 ライラの爪は大地を揺るがすように叩き付けられ砂塵を舞い上げる。

「あらぁ」

 自身が巻き上げた砂塵で視界は塞がれスァツラーを見失った。

「ふふ、どこかしら」

 背中に生やした竜の羽を大きく広げ一度羽ばたく、砂塵は瞬く間に消え去った。

 だが砂塵が消え去るその瞬間にスァツラーはライラめがけて飛び掛る。

「死ねやァァァァァァァァァ!!」

 スァツラーの左腕を形成した影が鋭く尖る。

 ライラの皮膚を容易く切り裂いて鮮血が飛び出す前に生物として重要な器官を抉る。

 身体を貫通した腕が握っていたのは未だ脈打つ心臓。

 それをスァツラーは握りつぶした。

「どうだ――」

 確実に殺したと確信したスァツラーの腕を、ライラの両腕が捉える。

「あはぁ、つかまえた」

「マジ化物だなオイ、死んどけよ」

 掴まれた腕は影でできたもの、スァツラーは腕の形成をやめてとびのく。

 水を掴んだかのように手から影が零れスァツラーを逃してしまう。

「ふふ、いいわぁ、そうこなくっちゃ、人間だものねぇ、フフフフフフ」

 左胸から赤い血をドクドクと流しながらも尚立ち上がる。

「ホンットになァ、死ねよ、どうやりゃ死ぬんだよ」

「さぁ? 試したことないからわからないわ」

「そうか、じゃァ試してやる、まずは細切れだ」

 スァツラーの操る影が二つ四つと我ながら数を増やしライラへと襲い掛かる。

 右、左、さらには眼前からも影がライラを檻のように囲い迫る。

「私を捕まえたいならもうちょっと頑丈になりなさい!」

 ライラは竜の双腕で迫りくる影をなぎ払う。

 直前、ライラに四方から襲い掛かってきた影は霧散し、その奥に視線を移す。

 そこには球体を掲げほくそ笑むスァツラーの姿があった。

「魔を祓え、聖剣の因子」

 聖剣のもたらす光がライラに降り注ぐ。

「なぁっ……!?」

 光りに押されよろめく、その瞬間をスァツラーは見逃さなかった。

「ッハァ!!」

 姿勢を低く地面を蹴って一気に距離をつめる。

「だっ……めっ……」

 ライラの周りに魔法を構成する魔法陣が次々と現れてはガラスのように割れていく。

 それを見たスァツラーは思わず勝ち誇る。

「貰ったぜェ! 竜の首ィ!!」

 スァツラーの左腕になった影が形を変え分厚い刃となる、今度は防がれぬように。

 影の刃が今にもライラの首を刈り取ろうとする、しかし――

 ガギィ!!

 影の刃は動きを止められる、ライラの体の内側から肉体を破るようにして出てきた竜の尾によって。

「なン…………?」

 グジュリ、グシャ、グチュ。

 ライラの体を食い破るように影の刃を止めた正体が姿を現し始める。

 その姿はライラの人の姿には収まるはずの無い巨躯であり、その姿は人の構造をしておらず、白銀の光を纏った竜の姿だった。

『竜はその姿を捨てられない、ほかの魔族と違って肉体の構成そのものを変えられない』

 空気を振るわせる声が響く。

『だからあの天使の作った魔法で人の姿に化けていた、でも貴方はそれを壊してしまった』

 スァツラーには目の前に突如壁が現れたかのように思えた。

 しかし実態はビル程もあろうかといえる巨大な竜が立っているだけ。

「ハ、ハハハハハ!! いいねェ! 最初からそれで来いよ!!」

『この姿は好きじゃないの、気品も何も無い、人を畏怖させるだけ……』

「ヒ、ヒヒヒヒ、それでいいんだよテメェ等は、忌み嫌われるのがテメェ等魔族だ!! 永劫に人間の敵であり続ければいいンだよォ!!」

 スァツラーの顔に影が痣の様に覆う、影が肉体を覆い飲み込むようにどんどん膨れ上がってゆく。

「ヒハハハ、ハハハハハハハハ!!」

 ブォン!!

 ライラの白銀に煌く爪が銀の軌跡を描いて哂い喚く影を切り裂く。

 しかし裂いた影はまるで水同士がくっつくように再生する。

「《我は影、偽りと真実の狭間也》」

 漆黒の影から不気味な声が響く。

「《汝影掴む事叶わず、されど影は汝を闇へと誘う》」

「《嗚呼、恐れる無かれ、影は汝也、されば恐れる事はない》」

 詠唱を食い止めようとライラは眼前の影を引き裂き、貫き、尾を振り回す。

 されど影から響く詠唱は止まらない。

「《影は常に汝に寄り添っていたのだから、影は汝にとって一番親しいモノなのだから》」

 ライラにふと疑惑の思念が思い浮かんだ。

(私は何に攻撃している?)

 今まさに命のやり取り、死を賭した戦いをしていたはずだ。

 なのに何故かライラはそんな疑問を持ち始めた。

「《嗚呼、悲しきかな、自らを傷つけ何になるというのだ、さぁ刃を置け》」

 次第にライラの動きは緩やかに止まる。

 動きを止めたライラの巨躯へ影が寄り添うように近づき、やがてはライラの体へと入り込む。

「《さすれば安らかな死を与えん》」

 直後、龍の骨を砕き肉を断ち鱗を貫いて内部から無数の影の槍が生まれる。

 ライラの巨躯から黒い槍と赤い血が盛大に吹き出る。

 白銀に輝いていた竜の姿はもはや血の色で染まりきっていた。

「ゼェー……ヒヒ、ヒヒヒハハハハハ!! 殺った! 殺ってやったぜェ!!」

 スァツラーの切り札ともいえるべき魔法、それは自身を最も安全だと認識させること、相手の影となりそれは自分の影で害の無いものと思い込ませる。

 そうすることで相手は影を受け入れてしまう、受け入れれば最後先ほどのライラのように内部から相手を殺す事が出来る。

 スァツラーはこうして竜殺しを成し遂げた――はずだった。

「ァ…………?」

 まずスァツラーが気付いた事は笑おうとして笑えなかったこと、次に視点が大きく下がったこと。

 視点が下がった理由は簡単だった、鎖骨から下にあるべき肉体がなかったからだ。

 スァツラーは確かに竜殺しを成し遂げただろう、それは人々に賞賛され英雄詩にもなりうる偉業だ。

 ただそれが生きて帰った場合と完全に仕留めきった場合に限る。

 スァツラーが竜を甘く見ていたから、いや――ライラが異常だったのだ。

「《竜姫再誕》」

 ライラは確かに一度絶命した、ただそれだけだ。

 竜は繁殖を行わない、それ故の不死性と言ってもいいだろう。

「一度殺されたのは久々だわ……」

 スァツラーが倒れる向こう、立っていたのは人よりも小さい竜の姿。

 子竜ともとれる竜は息を荒げながらやがて倒れこんだ。

「当たってよかった…………」

 子竜の姿で放った最大限のブレス、それは慢心していたスァツラーの大半の肉体を消し飛ばしたのだった。

 倒れこんで起きる事もできない様子から子竜の姿ではそれが限界の行動のようだ。

「はぁ……誰か迎えに来てくれないかしら」

 小さく着いた溜息は風と共に消えた。


         ◇


 クラナやライラが戦闘を開始した時刻、アルデントは高高度を飛行していた。

 レイジスティアやスァツラー、ペディティフェール、果ては数万の軍すらアルデントの行動から目を逸らすための囮にすぎない。

 それだけアルデントの持つ聖剣とは決戦兵器であることを示す。

 聖剣一つで魔王と相対することができる、だからこそ捨て身であろうと魔王を倒す者達はアルデントに対し不満を漏らさない。

 飛行し、魔王の居る城が目視できたとき、アルデントは衝撃を受けた。

 物理的な衝撃、それも上か下へ向うベクトル。

 不意を打たれたアルデントは叫ぶ間もなく地面へと落ちていく。

 本来なら高高度から人が落ちれば死は免れないだろう、だがアルデントはこの世界での勇者の枠組を取得している。

 勇者であるならばこの程度の事象は……。

「痛ぁ…………」

 あまり効果は無い。

「今ので死なぬとは流石というべきか小僧」

 落下しながらも着地の体勢で地面にめり込んだアルデントに対し言葉を投げた男。

 執事服を身に纏いその動きには一切の無駄が無い。

 ヴェルドロッド、なのだが何故か彼の姿は普段の初老の男のようなものでなく、栄光よりも一回り歳を食ったような男の姿だった。

「この姿は長く持たん、手短に済ませるぞ」

 ヴェルドロッドが大地を蹴りおおよそ肉眼では捉えられないであろう速度でアルデントの背後へ回り首元へと拳を飛ばす。

「ォォォッ……!!」

 だがアルデントは頭で感付く前に体を動かしその一撃を防いだ。

 ガギィ!!

 拳と剣が打ち合ったには不可思議な音が鳴り響く。

「チッ……魔を祓えアルデバラン!!」

 聖剣から魔を祓う光が辺りを照らす、聖剣の光は魔を祓い魔族が有する魔力すら祓う、そして魔族は魔力を持って己の身体や、魔法を強化している。

 故にこの光を受けた大抵の魔族は大幅に力が弱まるのだ。

 光を受けたヴェルドロッドも同様、光を受け魔力を失い力は弱まる、はずだった。

「オオオォッ!!」

 ヴェルドロッドの回し蹴りがモロにアルデントへと直撃した。

「カハッ!?」

 回し蹴りを受け城の方向へと転がるアルデント。

「なっ……聖剣の光を浴びたはず……!!」

「我らが一度負けた手段に対して対策を講じてないと思っていたのか」

 姿勢を直し、直立でアルデントにそう告げるヴェルドロッド。

「敵の強さ上げすぎだろ、バランス調整ミスってるぜェ!!」

 アルデントは物怖じ一つせずヴェルドロッドへ突撃する。

 ギャリィ!! ガギィ!! ガァン!!

 聖剣と拳脚が打ち合い火花を散らす。

(全盛期のワシの肉体についきている……? いや、これは――)

 ヴェルドロッドがアルデントに対し講じた策は単純、魔力に頼らない肉体のみによる戦闘。

 だが衰えがあったヴェルドロッドがどのようにしてその肉体を得たのか。

(予想を超えている……!! 何故ここまでついてこれる! このままでは限界が……)

 ヴェルドロッドの持つ魔法は時の逆行、対象の状態を過去のものへと戻すもの。

 枯れた木を元の生い茂る木に戻し、壊れた物体を元に戻す事が出来る。

 但し一度得た結果は覆らない、枯れた木を戻してもいずれ同じ枯れ方をする。

 ヴェルドロッドはその魔法を自身にかけ全盛期時代の肉体を再現している。

 ヴェルドロッドにとっての全盛期とは初代魔王が大陸を支配していた頃、弱肉強食の格差社会の魔族でありながら常に魔王の隣の地位を築いた男。

 それでも、それでも尚アルデントに決定的な一撃が入らない。

 まるで運命が干渉するかのように致命的攻撃は防がれ、アルデントの攻撃は次第にヴェルドロッドへ掠めるほど迫っていく。

「ハァァッ!!」

 防御に回ったアルデントを思い切り蹴り付ける、想定通り剣の腹を盾にして防いでくるが関係ない。

「オオオオッ!!」

 そのまま脚を踏み抜いた。

「うあぁっ!?」

 強引に防御の上から踏み抜かれアルデントは大きくよろめいた。

「はぁっ!!」

 踏み抜いた脚を折り曲げた勢いで回転し後ろ回し蹴りをアルデントの顔面めがけて蹴り付ける、相手はよろめき体勢を崩していて防御のしようはずがないタイミングでの一撃、ヴェルドロッドは確実に入ったと確信した。


         ◇


 時は遡りシェムとレイジスティアが邂逅する手前に戻る。

 城に残った二人、栄光とリアは玉座の間にいた。

「あの…………」

 大きな玉座に合わぬ小さな身体でちょこんと座るリアが目の前にあるこじんまりとした机を前に栄光に問い掛ける。

「ん?」

「振るなって言われませんでしたっけ、ダイス」

 リアの目に写る栄光は右手にダイスを二個持ち手の中で転ばせている。

「黙って待つのはどうかと思ってな、それに――」

「それに?」

 栄光は少し溜めて答える。

「振るなといわれると振りたくなる、まぁ悪いようにはならないだろ」

「それって何か物凄く嫌な予感がするんですが」

「大丈夫大丈夫、ここの人ら固定値高そうだし」

「固定値?」

「まぁ、元々の強さみたいなもの」

「それなら同意しますけど……」

 どこか不満そうに姿勢を取り直す。

「じゃぁまずあの天使からいってみようか」

「シェムですか」

「ちなみにあの天使ってどのくらい強いわけ?」

「シェムは魔法を使わせれば右に出る者はいないですよ、女癖が悪いのが欠点ですけど」

「あぁ…………」

 シロとクロを侍らせていた姿を思い起こすと静かに納得した。

「汎用的な魔法……昨日使った飛行魔法や、ヴェルとの喧嘩で使用していた魔法等は全て彼が作ったものですから」

「ほう、そりゃすごい」

「まぁその汎用魔法も全部流出したんですけどね…………後で魔法を材料に人間たちと対等に交渉するという方法に気付いたときは愕然としました……」

「そりゃぁ確かに惜しいカードだわ……」

 がくりと肩を落とすリアに苦笑いを零す。

「そいじゃま、ちんからほい」

 ダイスが机の上を転がり止る、出目は五と四。

「良い、ですよねこれ」

「んー……まぁ良いけどあの天使ならもうちょい低くてもよかったかな」

「あまり否定しにくい冗談はやめてください」

(否定しにくいんだ……)

 シェムへの評価は大体同じのようだ。

「そいじゃ次は……クラナか」

「クラナは一風変わった魔法を使います、実力で言うと私の次に強いですよ?」

 聞く前にリアがにこにこ微笑みながら答えてくれた。

「二番目か……二番目!?」

「えぇ、距離と障害物を無視した魔法ですので事実上防げませんので」

「え、それどうすりゃいいの」

「私の場合は魔力を大きく出して空間を荒らします、するとさすがに狙いがずれますのでその間に」

「ゴリ押しなのね」

「………………はい」

 得意気に話してくれたのに一言でしゅんと落ち込ませてしまった。

「ま、まぁそんだけ強ければどれだけ低い目が出ても大丈夫だな!」

「え、いや、それでも運任せというのは――」

「えい」

 リアの言葉を聞き終える前にダイスを投げる、コンッコンッと机を跳ねて動きを止めると――

「六ゾロ…………」

 出目が六、しかも両方という事は絶対成功クリティカルだ。

「………………」

「人間が可哀想になる結果になると思うのですがこれ」

「…………こっちに損はないからいいんじゃないかなぁ………………」

 現在事実上最強が最高の出目を引いた、つまるところオーバーキルというところか……。

「まぁ……次へ行こうか」

「出目がいい内にやめておきませんか?」

「高いうちにやったほうが良いと思うんだ」

「えぇ…………」

 リアが軽く引いてしまった。

「次はライラだ、大丈夫だろっと」

 またダイスを振る、すると出目が――

「……………………」

「だから言ったじゃないですかー!!」

 二と三、かなり低めの目が出た。

「ファンブルじゃないからセーフ」

「声震えてますよ!?」

「いやぁ、うん、ライラなら大丈夫だろ、ドラゴンだし」

「なんですかその竜に対する信頼感は」

「いや、だってドラゴンだろ? 平気平気」

「ライラのことですから信じてますけど栄光のせいで不安になるじゃないですか……!!」

「うん、信じてればなんとかなるって昔からの教訓だから」

「何の説得力もありませんよ!?」

 低い出目をたたき出してしまったせいでリアと口論になる。

 いつの間にかリアは立ち上がり栄光と軽い掴み合いへと発展する。

 といっても少女の姿をしているリアに対し栄光が本気で組み伏せようとすることはできもしないのでリアが一方的に優勢という形になっているが。

「さ、さぁて、最後にいきますか」

「話を逸らさないでください!」

 しれっとダイスを取り出す栄光の手からリアが奪い取る。

「どうしてもというなら私がやりますよ!! 栄光にはやらせません!」

 奪い取ったダイスを叩きつけるようにして机へと投げる、大きく跳ねて机から落ちたダイスと何とか机に残ったダイスがその赤い出目を見せる。

「……………………」

「……………………」

 互いに黙り込み静寂が広まる。

 そんな静寂の中、栄光が両手を合わせて。

「南無」

「殺さないでください!! まだ決まったワケじゃないですから……そうだ、振りなおせば……!」

「多分それはできない」

「何故です……?」

「一度リアが振ってその後同じ出目が続いたと言っていただろう? 恐らく同じ判定に対して振りなおしはできないから出目が続いた……」

 ためしに栄光も振ってみるが出目は変わらず赤い目が二つ、一と一のファンブルが出る。

「あからさまなイカサマもやっても効果が出ないだけだろうし…………」

「……振りなおせないということでいいんですかね」

「あぁ、そうだと思う……となるとヴェルドロッドだが……」

「大丈夫です、殺しても死なないので、多分」

「そう言われても納得できるのが怖いな」

 死んでもリアが一声かければ灰から蘇ってくるビジョンが見えないでもない。

「とりあえず……最悪を想定するしかないな、アルデントに対して何もできないのか?」

「えーと……栄光は初代のことはご存知でしたよね」

「あぁ」

「あの聖剣を使われて……今の私のように無力化されたでしょうか」

「いや、防御力を無効化されるだけで他の戦闘力はそのままだ…………俺の作った通りなら」

「だとしたら同じような方法を取れば問題ありません、幸いにもあの聖剣の効果は一時的なもので今も徐々に回復の傾向にありますので」

「ほう、あとどれくらい?」

「今は五割くらいなので……もう少し時間があれば」

「……もう半分回復しているのか」

 魔王の爵位は伊達ではないということだろう。

「えぇ、所詮聖剣の効果も魔法と同様の性質ですし……魔力そのもので押し返せば」

「…………なぁ、リアってさ」

「はい?」

「割と力押しなの?」

「…………………………」

 図星なのか黙り込んでしまった。

「何か……ごめん……」

「いえ、私が悪いんです……固有魔法の一つでも使えれるようになっておけば…………」

「いや、本当ゴメン」

「いいんです……」

 そのまま玉座に膝を抱えながらうつむいてしまう。

(しまった……!! 地雷を踏み抜いた感触が……!!)

「あー……リア――」

 そう呼びかけようとした時、轟音を上げながら頭上にあたる天井が崩れ落ちる。

 幸いながら二人に落ちはしなかったが天井から外の光が差し込む。

 天井が崩れた原因、それは何かが勢いよく天井を突き破り落下したことだ 。

 激突の衝撃で生まれた砂煙が晴れるとそこには腰から下を真っ逆さまに突き刺さった男の姿があった。

「ヴェル…………?」

 突き刺さる男のズボンには見覚えがある、おそらくヴェルドロッドだ。

 ズドォ!!

 続いてその直後、もう一度轟音が響く。

 二度目の砂煙が巻き上がり開いた天井から風が吹き込んで辺りを晴らす。

「ハァー……ハァー……ハァー……」

 息を切らしながら鎧を身にまとった男、アルデントであった。

「ったくよォ……てこずらせやがって…………」

 右手の聖剣をかつぎなおしてこちらへ振り向く。

「だがもう邪魔はいねェ……次はテメェの番だ魔王!!」

 聖剣の切っ先をリアへ向けて叫び上げる。

「リア、どのくらい回復した?」

「まだ六割…………」

「じゃぁもう少し時間を稼ごう」

「え、ですがどうやって……」

 リアの質問に答えることなく栄光はリアの前に出る。

「オイ、お前はお呼びじゃねェんだ、どけ」

「そういうなよ中ボスを倒さずにラスボスを相手にできると思うな」

「うるせェ、人類の為に戦ってンだ、人を相手にする暇はねぇ」

 アルデントの発言に栄光は疑問を抱く。

「…………何を言ってるんだお前」

「あァ?」

「お前は何を言っているんだ、お前の目的は世界シナリオをぶち壊すことだと自分で言っていただろう」

「お前こそ何を言っているんだ、魔王に取り込まれるうちに正気を失ったか――」

 まるで話がかみ合わず互いに言っていることの意味が理解できない。

「俺は、勇者として魔王を討つ、ただそれだけだ」

 アルデントの雰囲気を、栄光は何度か感じた覚えがある。

(役に溺れたか…………!!)

 栄光がTRPGのゲームマスターを勤め始めたのは高校時代から、そのころから今にかけて続けている、プレイヤー役に当たる人間は当時の仲のよかった友人からネットで募集したりして集めたメンバーもいる。

 基本的にルールやマナー、モラルを守ったプレイヤーであるが必ずしも全員がそうであるとは限らなかった。

 役に溺れる、とはその中のうちの一つである。

 TRPGにおいてキャラクターの心境を自分に当てはめてより幅広いプレイングをするのも一つの手法である、が所詮ゲームであるのだ。

 現実とゲームの境界線が無くなり他人の迷惑を省みず行動を起こしたり役を演じるのに熱中しすぎて自分の妄想を広げたままゲームマスターが用意した世界を破壊することもある。

 もちろんこれはプレイヤーに限らずゲームマスターをする人間にも存在する場合がある。

 栄光はその点においてプレイヤーとゲームマスターの協力プレイだということを重点においているため注意しているが相手は他人だ、どうすることもできない。

(それにしてもおかしい気はするが…………)

 あれだけ自分の意思を主張した人間がいまさら溺れるというのも違和感がある。

「邪魔をするというのなら仕方がない……、覚悟してもらうぜ!!」

 聖剣を構え栄光へと突撃するアルデント、まずはリアから離す為にわざと部屋の端へと移動する、その最中に自分のポケットからダイス二つを取り出して投げる。

「はぁぁぁぁッ!!」

 両手で聖剣を握り大きく振りぬく。

 栄光は後ろに倒れるように避ける、眼前を通り過ぎる刃が栄光の前髪の少しを刈り取っていき、栄光は後ろに転びながら受身を取る。

(出目は四と五、九以上でギリギリ回避は可能か)

 先ほど投げたダイスの出目を確認し確信する、出目が九であれば避けられる、だが出目が八以下ならば避けられないと。

「くっ……」

 続いてアルデントが追撃を仕掛ける、近づかれる前に二つ、四つ、六つとダイスを投げつける。

「さっきからジャラジャラと……!!」

「いくらでも替えはあるぞ――」

 先ほどの大振りの斬撃ではなく小振りで何度も刻んでくる。

 (九、十一、十――)

 出目の合計値を見ながら動く、栄光にとってそれは見て避けれるものではない、だが何かの後押しを受けるようにアルデントの剣戟を避け続ける。

「なぜ……当たらんッ……!!」

「身体能力はともかく剣は素人だろ? ペナルティでもうけてるんじゃないのか」

「………………」

 アルデントは聖剣を構え直し思考する、栄光がなぜ避けられているのか、初めは魔法

何かかと思った、しかし魔法を使った挙動もなければ魔力を使った反応もない。

 故に聖剣による魔力祓いは効果がないと判断する。

 だが明らかに栄光が放り投げるダイスに何か種があると推測する。

「ッ――オォッ!!」

 地を踏み抜いて栄光に向かって駆け出す、それに対応するように栄光はダイスを放り投げる、だが…………。

「それが種なんだろォッ!!」

 聖剣が栄光に届く前に振りあがる、ダイスを弾き飛ばし返す手で振り下ろす。

 栄光がこれまで避けられていたのは栄光に与えられた異能でありダイスの効果だ。

 だがその効果を得るにはまずダイスが出目を出さなければ成らない、故に出目が出る前に行動しようとも効果を得られず――

「これで、終わりだ――――!!」

 確実に栄光を胸から腰にかけて斬りかかれる、そう思った。

 だが、不自然に自身の身体のバランスを崩す感覚がアルデントを襲う。

「なっ――――」

 一体何が起きたのかアルデントにはわからなかった。

 バランスを崩したせいで聖剣は空を斬り栄光を斬ることはなかった。

「何故だ……!!」

 コンコンと先ほど弾き飛ばしたダイスが落ちてくる、それが栄光の足元に転がりアルデントは気付く。

「最初のダイスを蹴ったのか……!!」

 栄光の足元には弾いたダイス以外に二つサイコロが落ちていた、手で投げる動作は無かった、避けるのと同時に蹴り出目を出したのだ。

 ダイスは基本手で投げるものだが出目を出すことに方法は問わない、転がせればそれでいい。

(あー冷や冷やするぜ……、そろそろ運が尽きそうだ……)

 実際九以上の出目が続くなど見ないことはないが珍しいことだ。

「チッ……うざってェ!!」

 相手の種は割れた、だからといってアルデントには近付いて斬る、これしかやれることはない、後は出目が下回るの待つ持久戦となる。

「もうそろそろか……?」

 リアの回復時間を気にしながら足元のダイスを蹴りながら左手をポケットに手を入れダイスを取り出そうとする、ダイス二つを掴み抜こうとするが、左手が熱を持ったように熱くなった。

「ぁ…………?」

 あまりの熱さに手を見たが見れなかった、左手首から手が無かったのだから。

 痛みよりもまず熱い感覚が栄光の脳に伝わる。

「ぁぁ……くっ…………」

 手首を握り出血を止めようとするが血は蛇口のように溢れ出る。

「終わりだ」

 アルデントが聖剣を振り上げ死を宣告する。

「栄光!!」

 リアが回復しきらないまま不完全な状態で尚栄光を助けようと魔力を集中させる。

「死ね」

 無慈悲にも聖剣が振り下ろされる。

 ブオンッ!!

 何度目のことだろうか、聖剣はまたも栄光を斬ることなく空を斬る。

 だが今回は体勢を崩したわけでも栄光が避けたわけでもない、ダイスを振れない栄光が避けれるはずもないのだ。

 だが栄光の身体はまるで磁石が反発したかのように勢い良くアルデントから離れた。

「何だ……? 奴に何かする暇なぞ……」

「ただの不運だろそれは」

 栄光が腕を抑えながら呟く。

「我が神たる御霊を傷付けることなかれ」

『我が神たる御霊に無礼なかれ』

 男の重圧な声と女の不気味な声が響き渡る。

「次は何だ……!!」

 アルデントは警戒し、あたりを見回す。

 だが何も無く視線を栄光の元へ戻すとその間の空間にヒビが入る。

「我が主たる者に覇道を往かせる」

『我が主の道を汚すこと叶わず』

「『汝が身を贄とし供物と成し我が神と主の覇道に栄光あれ』」

 空間のヒビが割れそこから姿を現したのはヘルモートといわれる魔族。

「新手だとッ!? 何故――」

「お前が振ったダイスを見ればわかる」

 そう呟いた栄光の言葉を聞きちらりと自身が弾いたダイスの出目を見る、赤い点が二つ、絶対的不幸ファンブル

「三つの賭けに勝った俺の運すげぇわ…………」

 一つ目の賭けはまず栄光の投げたダイスをアルデントが弾くかどうか、ここでダイスを斬ったり弾かなかったりしたら負けだ、次にダイスを投げたのは栄光だ、だが弾いた時点で栄光が振ったものではなくアルデントが振ったものとされるかどうか、もし投げた時点で確定していたら絶対的不幸を受けるのは栄光だった。

 そして三つ目、これは単純に出目だ、アルデントが絶対的不幸以外であれば死んでいただろう。

 以上三つの幸運が重なって起きた現状、アルデントには多大な不利となる。

「クッ…………魔を祓えアルデバラン!!」

 相手は戦力不明の魔族、範囲内に魔王はいないが現状不利を取り払うには聖剣を使わざるおえない。

「消えろ化物ォォッ!!」

 ヘルモートに対し物怖じ一つ無く突撃するアルデント、先ほど栄光を相手にした時とは違いわけのわからない妨害は一切無く、いくつもの剣閃が襲う。

 対してヘルモートは聖剣によって魔力を失っている、しかし――――。

 ガァン!! ガギャァ!! ギャリリリ!!

 互いに拮抗するように防ぎあい、攻めあう。

「主より賜りし妙なる力」

『主が怨敵を打ち倒す!!』

 壁によりかかりながら栄光は戦いの様子を見る、熱い感覚は冷め左腕の痛みが全身に染み渡る。

「はぁっ…………っあ…………はぁ…………」

 呼吸が乱れ思考が乱雑になり意識が遠のこうとする。

「大丈夫ですか!?」

 リアがかけよりながら呼びかける。

「ぁ…………あとどれくらいだ」

「あと少しあれば…………それよりも栄光!!」

「そうか…………やったぜ、時間は稼げた」

「死んじゃだめです! 栄光、気をしっかり持ってください!」

 リアは自身の服の装飾の一部を切り取り栄光の左腕をきつく縛って止血する。

 だが既に栄光の身体からはかなりの血が抜けている。

「眠ってはダメです! 栄光! 栄光!!」

 リアが何度も呼びかける、しかし栄光の意識には響かない。

(やっべ…………声が聞こえない…………ここで終わりは……ねぇなぁ……)

 血を失いすぎて意識が朦朧としている。

(別に超人とかそういうふうになったわけじゃねぇからなぁ……腕斬られたら終わりだわな……)

「ッ………………」

 リアの表情は焦りに満ちる、目尻に涙を浮かばせながらなんとかできないか模索する。

「死なないでくださいね……」

 そう呟くとリアは栄光の顔に自身の顔を近づける。

 朦朧とする意識の中栄光はふと柔らかい感触を感じた気がする。

 自身の唇にリアの唇が当たる感触、その後に続いてきたのは…………。

「ヴォォッ!? おごっ、ぐふぉっ、がぁっ!!」

 突然意識が覚醒し全身の血管に血が勢いよく流れるような感覚と共に痛みが生じる。

 水に溺れるような感覚に呼吸ができず苦しい時間が長く続くような感覚、実際において数秒もたっていないが永久のように感じていた。

 リアが唇を離すと栄光は陸にあがり水を求める魚のように口をパクパクさせながら勢い良く息を吸って吐くのを繰り返す。

「ゼハァッ!! ハァッ! ハァ……」

 やがて全身から痛みが引いていき落ち着きを取り戻す。

「な、何やったんだ…………?」

「魔力を直接流し込みました……よかった生きてて…………」

「魔力…………? それでなんとかなるのか……、というか確かリアの魔力ってさ……」

 普通の魔族よりも質が高くもしリア以外がこの魔力を得ると耐え切れず死ぬと、本人からうけた説明を思い出す。

「えぇ、正直賭けでした……」

 そっと残った栄光の右手をリアは両手で覆う。

「それでも……死なせたくなかった……」

 目尻にたまった涙粒を零しながら微笑む。

「そう、か、ありがとな」

 微笑に栄光も笑みで返す。

 ズギャァァ!!

 リアの背後、ヘルモートとアルデントの攻防が激しさを増した。

 互いに拮抗しているように見えるが未だ無傷のアルデントに対しヘルモートはかなりの傷を受けていて押されている。

「で、今どれくらい?」

「栄光に渡した分と今の分で丁度全快です、だから――」

 きゅっと栄光の右手をリアの左手が強く握る。

「離さないで下さい、身体を介して栄光に入れた魔力も使います」

「それ俺の分使ったら死なない?」

「大丈夫、全部使い切るなんてことは無いですからそれと――」

「ん?」

「さっきの、私初めてです」

 そういわれて先ほど自身の唇にあった柔らかい感触を思い出すと

栄光は照れる。

「俺もだよ」

「良かった」

「じゃぁやろうぜ」

「はい……!!」

 リアは目を瞑り精神を集中させる、アルデントの戦闘によって抉れたガレキや石が魔力に呼応して浮かび上がる。

「なッ………………回復しただと!?」

 アルデントは驚愕した、なにしろ聖剣によって魔力を失った魔王が回復しているから、その事自体はアルデントは知らなかったのだ。

 それもそのはず、聖剣の因子であった球体ならともかくアルデントの持つ聖剣アルデバラン、この剣の効果は絶大であるがためだ。

 だがリアの魔王としての力はそれを上回っていただけだった。

「魔を祓え、アルデバラァン!!」

 そうはさせまいと聖剣の力を解放しリアの魔力を消し飛ばそうとする。

 だが起こったのは突風、リアは自身とアルデントの間に純粋な魔力の壁を作っただけだ。

 魔力の壁自体は聖剣の力によって消失する、だが肝心のリアにはその力は届かない。

「《第十七に継ぐ魔を統べたる称号、その名においてここに解放する》」

「さッせるかァァァァァッ!!」

 ヘルモートと対峙していたアルデントがヘルモートを無視してリアへ突っ込む、今対峙している相手に背中を見せる等危険な行為だがそれを知って尚こちらが危険であると判断したのだろう。

「《我が祖が遺せし力、ここに示し、顕現す》」

 だがヘルモートがアルデントの行動を易々と許すわけがない、すぐさま間に割り込み攻撃する。

「《一切を打ち払い、一切を滅し、一切を退ける》」

「オオオォォォッ!!」

 ヘルモートの攻撃を一切避けず防がず捨て身で聖剣を振りぬき自身にダメージを受けながらも足を切り落とし通り過ぎる。

「《全てを打ち砕く力、私はこれを暴虐の為に使うことなく、統べるためのものとすることを誓う》」

 あと一歩、その距離まで詰め寄った、聖剣を振りかぶり斬る体勢を取る、視線はリアの首一しか見ていない、ゆえに気付かなかった。

 足元のダイスを蹴ったことに。

「《魔を統べ、いつか到りし光り輝く世界のため》」

「希望と栄光を願う」

 栄光がリアの詠唱にあわせて呟く。

 アルデントが蹴ったダイスの出目は二と三、振りぬいた聖剣の切っ先はその因子を他の者が使うため短くなっている、その短くなった分のせいで首の皮一枚だけを切る結果になった。

「《我が名をここに叫ぶ、あぁ私達に栄光あれ《グローリアス・フューチャー》》」

 唱え終わり光が溢れ出す、アルデントは壁まで撥ね退けられ激突する。

「ま、だだ……!! 魔を祓え…………!!」

 未だ諦めず聖剣を掲げる、それにリアは右手をかざして横に払う。

 バキバキバキバキ!!

「なぁッ!?」

 振りかざした聖剣に次々とヒビ割れていき――――

ガシャァン!!

 音を立てて刀身が粉々に砕け散る。

「な…………ア……? 何故…………聖剣が…………!?」

「欠けた聖剣だったから、それと――」

 払った手をもう一度目の前にかざす。

「貴方は一人だったから」

 アルデントは先を急ぎすぎた、もし物語の定石どおり、こちらの戦力を各個撃破されていれば魔族にとって絶望的だろう、聖剣はそれを可能にするのだから。

 だがアルデントは先を急ぐあまり連れた仲間を囮にし、自身一人で魔王を相手取ろうとした、結果としてそれが敗因になったのだ。

 かざした右手を横に払う、アルデントの身体を大きく吹っ飛び壁を突き抜けてどこかへ飛んで行った。

「はぁ…………」

 張り詰めていた気を解き、息をついて落ち着く。

「終わった……かぁ」

 栄光も気が抜けて地面へとへたりこむ。

 その横にリアも腰を下ろして一息ついた。

「我等の神よ、その未来に幸あれ」

『我等の主よ、その未来に幸あれ』

 文字通りボロボロになったヘルモートが同時に喋りヒビ割れた空間へと帰った。

「ぅあ……やっべ……眠い……」

 疲労感が一気に襲い掛かり眠気となって栄光へ襲い掛かる。

「お疲れ様です」

 意識が途切れるなか、にこりと笑う少女の姿を最後に眠りについた。


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