Ⅲ:魔王城での生活
花びらの舞う道を抜けるとその先にヴェルドロッドが立っていた。
「どこに行っておったのだ」
「アンタが案内放棄するから一人で歩いてたよ」
そう言ってやるとうぐっ、と図星を刺されたようにうろたえた。
「ォオホン、では何か見て回りたい所はあるか」
「楽しそうな所は多分大方見回ったと思うし……そうだ」
ずっと歩き回っていたが一つまだ見てなかった物があった。
「外が見える場所に行きたい」
この世界にきて大分時間がたったが空というものを見ていなかった。
そもそも時間すら忘れていた。
ここに来た時、元の世界では夜中の八時を越えていたのだ。
そういえば今は何時なんだろうか? 自分の携帯を取り出そうとするが。
(そういや荷物は全部リアの部屋だったな)
置いてきた事をすっかり忘れていた。
「外ならこっちだ、荷物を貸せ、部屋に置いてきてやる」
ヴェルドロッドに持っていた籠を渡し後に続くとやがて階段を登り風が通っていく。
階段を登りきると外に出た。
出た所で見えたのは城、中世の石造りの城で大きさ的には夢の国にあるシンデレラ城くらいに感じる。
城の外はだだっ広い平原が続いていて地平線の向こうに太陽が沈みかけていた。
爽やかな風が栄光の肌をすり抜けていく。
空を見上げると望遠鏡で見たような月が浮かんでいる。
「今にも落ちてきそうだな」
そう思えるほど月が近くに感じた。
「そんなことはない」
ヴェルドロッドが否定する。
「ワシが生まれてこの方ずっとだ、落ちるならとっくの昔に落ちておる」
自称二千歳が言うと妙に納得が行った。
風に打たれ、落ちる夕日の光を浴びる。
ここが異世界なんだと、知らない世界に来たのだと改めて認識する。
「ヴェルドロッドはさ」
「何だ」
「人間は好きか?」
ふと、そんな言葉を口にしていた。
「…………どうかな、ワシは初代の頃から生きておる、未だに忘れぬ初代の言葉にしがらみがあるのかもしれん」
「好きってことか?」
「さぁな」
ヴェルドロッドは夕日を前に黄昏る。
「ただ、見果てぬ夢として人と魔族、光と闇が混ざるのを未だ夢見てるのかもしれん」
「光と闇が混ざる……?」
どこか聞いた事のある言葉、アレは確か…………。
「主が帰ってきた」
そうヴェルドロッドが呟き北の方角を見る、遠くに黒い点のようなものが二つ見えた。
「俺には見えないな……」
「だろうな」
どうやら常人の視力じゃまだ見えない距離のようだ。
黒い点を見つめながらしばし待つとやがて人の形がわかってくる。
「ホント翼とかいらねぇんだな」
「飛行魔法だ、自身にかかる重力を魔力で操作して飛行する……説明はいらなかったか?」
「いや、解説はありがたい、といっても使えるわけじゃないけど」
使えたらいいのになと思うが魔力が無いんじゃ仕方ない。
「魔力があったとしても扱うのは難しいがな、高速飛行から自由落下の緩和、全て個別の魔法から使用しなければならん、下手に使うと落ちる」
「世の中都合は良くないのね」
そうこうしてる間に二つの影、リアとライラと呼ばれていた女性が降り立とうとしている。
リアは少し離れた所に降り立とうしていたので近くに歩み寄る。
「戻りましたヴェル、それに栄光さ――」
リアが言い終えようとする瞬間、バランスを崩したかのように体勢が崩れ落下しようとする。
「っとっと……ッとぉぉぉ!!」
慌ててリアの元へ走りよって、ボスッ、と両手で受け止める。
「おいおい大丈夫か?」
「えぇ、ありがとうございます、少しバランスを崩してしまいました」
両手でリアを受け止めた時自然とお姫様抱っこという膝と背中に手を回した状態になっていた。
きゅっと服の裾を掴みながら笑顔で微笑む。
そっと降ろそうとすると…………。
「あ、あの、できればこのまま部屋まで送っていただけないでしょうか…………」
「へ?」
「い、嫌ならいいんです、降ります」
「別にいいけど…………」
幸いにして重量を感じるほど重くは無かった。
「あらあら」
ライラが離れたところでヴェルドロッドにヘッドロックをかましながら微笑ましそうに笑う。
「…………いいのか?」
一応ライラと呼ばれていた女性に聞いてみる。
「どうぞどうぞ、コレのことは御気になさらずに」
「キサッ…………離っ…………」
先ほどより強くヘッドロックが決まっているのがわかる。
「じゃ、じゃぁ」
リアを抱えたまま階段を下りてリアの部屋へと向かう。
◇
部屋に到着し静かにリアを下ろすとなぜか物惜しげな表情をした。
正直女の子ってこんなに良い香りがするんだとかかなり危ない思想が頭の中ではびこっていたので理性的に危なかった。
「すいません、我侭を聞いてもらって」
「いや、いいけどさ、理由聞いてもいいの?」
そう聞くと顔を背けて手を口に当てたまま黙り込んでしまう。
「その…………少し憧れてたと言いますか…………えぇ、言わないといけませんか?」
「つまり落ちたのもわざと」
「っ!?」
ビクンと体を跳ね上がらせて顔を赤くする、どうやら図星らしい。
「えっと……その、はい…………ごめんなさい」
「いや謝る必要はないよ、そういう憧れくらい持っててもおかしくないさ」
「そ、そうですか?」
リアと栄光の身長差で目を合わせると自然にリアは上目遣いになる。
これがまた目を合わせるのが辛いほどの破壊力。
「どうかしましたか……?」
「いや、何でもない、大丈夫」
雑念を流しさらっと空気を入れ替える。
「そうですか」
「うん」
「………………」
「………………」
しまった、話題が尽きてしまった。
リアはリアで何とか話題を作ろうとおろおろしている。
「そ、そういえば着替えました?」
「あぁ、ちょっと汚れちゃってな、クラナに服を借りたんだ」
「そ、そうですか、クラナに借りたんですか」
「………………」
「………………」
(会話が止まったッーー!)
仕方ない、ここは栄光が会話を繋げるしかない。
「とりあえずアレだな、帰る方法を探したい、何か本とかないのか?」
「そ、そうですね! でしたらこちらです」
そう言ってリアが歩み寄ったのは栄光が初めてこの部屋に来たとき本を手に取った本棚だった、本棚自体はそれほど大きくなくて栄光と同じくらいの高さに幅は栄光二人分程度の大きさだ。
「これで全部?」
「はい」
少ない、というのが率直な感想だ。
実際もっとあるものだと栄光は思っていた。
「その、ですね、文官というんでしたっけ、そういう者は魔族には中々いなくて……」
「記録自体はあまり無いのか……」
魔族だからこそここまで続いたのだろう、これが人間の国なら存続はおかしいレベルかもしれない。
これでは手がかりというものは期待できそうに無い。
「すいません……」
「いや、リアが謝ることじゃないさ、というか悪くないことまで謝ることはないよ」
「そうですね、はい」
謝ることが多いのはどこか日本人と通ずるところがありそうだ。
だがリアにとってそういうわけではないだろう、ただ、ただ栄光に嫌われたくないだけだ、その為にできるだけ下手に出ようとしている。
(だからと言って気に負うなって言っても逆効果だろうしなぁ)
となるとここはこちらが気を使うしかあるまい。
「そうだ、リア達ってさ、食べるものって同じ……だよねアイス食べてたし」
「はい、基本的には同じですが人ほど食べる必要は無いですね」
「そっか、じゃぁいけるんだな、なら飯にしよう、うん」
「えっ?」
世界共通、飯の時間というのは癒しの時間だ。
「では私が――」
「いや、俺が用意しよう、俺の世界の料理を見せてやる……!!」
食材ならば持ち合わせていた袋に入っている、ついでに調味料も万全の状態だ。
そうとなれば冷蔵室へ駆け出す、必要な食材を取り出した後すぐに戻ってきた。
「コンロ……は無いよな、火とかってどこだ?」
「でしたらそちらの……えっと魔力が無いと火が……」
「………………」
なんと不条理なことか。
「手伝います、よ」
「うん、ごめんね」
「ふふ、いいですよ」
アクシデントはあったがリアが上機嫌なので良しとしよう。
コンロのようなくぼみにリアが手をかざすとボッと火が噴出す。
鍋に水と出汁の元を入れて煮立つのを待つ、煮えたら味噌を溶かし豆腐とワカメを投入、日本伝統のお手軽料理味噌汁の出来上がりだ。
卵を溶いてそこに砂糖と牛乳を少し混ぜる、熱したフライパンに混ぜた卵をぶち込む、流石に四角いフライパンはなかったので卵焼きは諦めてオムレツにした。
最後に捌き済みの鰤に塩を塗りこんで塩焼きに、三品もできれば十分だろう。
「完成だァ!!」
終始火だけを操作していたリアも驚きを見せている。
「こんなに簡単に作れるものなんですか……?」
「おうとも、お手軽が売りの日本食だぜぇ! 魚は捌くのに練習はいるが」
だが重要な見落としを、重大なミスを栄光は犯していた。
「……………………」
それに気付いた栄光が固まる。
「ど、どうかされました……?」
「――を…………」
「栄光?」
「米を忘れていた…………」
まるで奈落の底に落とされるような感覚。
こんなことならばレトルトご飯も買っておけばよかったのだ。
(代用する? 何で? パンは論外だぞ! パンと魚と味噌汁と卵焼きなんざミスマッチ過ぎる!! だからといって米抜きの和食等……!! なんたる不覚ッ!!)
「あ、あのぉ……栄光、どうしたんですか……」
「すまねぇ……すまねぇ……俺はとんでもねぇ失敗を……」
「えっと、大丈夫ですよ! とっても美味しそうじゃないですか」
「違う……違うんだ……足りないんだ……」
「何が足りないんです?」
「米が…………米が足りない…………」
「米……?」
希望が絶たれた、この世界に米は無かったのだ…………。
膝からガクリと崩れ落ち両手を地面につけた。
「あの……冷めちゃいますよ?」
「あ、あぁ…………」
食と娯楽の追及は日本人の拘り、譲れない……譲れないんだ……。
「あの…………」
ハッ、と栄光は気付く、やってしまったと。
負の感情がリアに伝播してしまった、これでは本末転倒だ。
「いやっ、うん、大丈夫だ!! なっ!」
「本当ですか?」
「本当だとも! 飯にしよう!」
「はいっ」
何とか持ち直した、卓上に作った料理を並べて二人座る。
なんとか割り箸は入ってあったのでそれを使うことにする。
「栄光、なんですかそれは?」
「割り箸、使ってみるか?」
「えぇ、…………どうやって使うんです?」
「人差し指と中指と薬指の間に挟んで親指で蓋をする、そしたらこうやって動かす」
「こ、こうですか?」
実演含めて教えるがやはり使い慣れていない者にはかなり難しいようだ。
「…………難しいですね」
「無理はしなくていいぞ?」
箸でオムレツを摘む栄光に対し刺してしまうリア。
「うぐぐ」
悪戦苦闘しながらもオムレツを口に運び味を噛み締める。
「…………美味しいです……!!」
次に焼き魚に手を出す、塩が程よく染み込み表面に焼けた塩がパリっと割れる。
魚としては比較的食べやすく骨も無い背の部分、一口サイズにちぎってこれもまた口の中へと運ぶ。
「…………美味しいです!!」
リアは普段どんな食生活なのだろうか、自炊する身としては少し心配である。
次に味噌汁の入った椀を両手で持って啜る、途中豆腐やワカメが口の中へ侵入する。
ズズズ、ズー、啜る音が長く続く、ぷはっと椀を置いたときにはもう中身は無かった。
「不思議な味です……どれも初めてです……」
「そうだろ?」
ただここに米が、米があればと本当に後悔する。
リアの食事の様子を見守っていたがどうやら安心の行く結果だったので栄光も食べ始める、いつもと同じ味付け、栄光が自炊する時と同じ味。
だけども今食べるご飯は普段よりも美味しく感じる。
「うん、美味い」
「えぇ、ありがとうございます栄光」
ちゃんと箸を置いてから頭を下げるリア。
「こちらこそ、美味しく食ってくれてどうも」
二人談笑しながら食卓を囲む、そういえば栄光にとっても久しぶりであった。
他人と一緒にとる食事という事は一人暮らしを始めて以来なかったのだから。
◇
食事を終え、後片付けを終えた頃。
「それでは、栄光の部屋はヴェルが案内してくれると思います」
寝巻きに着替えたリアが外にいるであろうヴェルドロッドの方に向かって言葉を投げる。
「あの爺さん嫉妬しまくって外にやらないだろうな」
「そんなことしたら本気で嫌いますのでご安心を」
ということで身の安全は確保した。
「魔族も睡眠は取るんだな」
「睡眠は取らなくても活動できますけどやっぱり疲れは蓄積しますので、毎日睡眠をとるのが適度に疲労がとれていいんです」
「そこまで無敵ってワケじゃないのか」
「えぇ、人も魔族も変わりませんよ」
人も魔族も同じ生物である、そこに差はあれど根本は同じなのだろう。
「それじゃ、おやすみリア」
「えぇ、おやすみなさい…………」
そう言って栄光が部屋を後にしようとすると裾を引っ張られる。
「どうした?」
「栄光、今日のことは夢ではないのですよね」
「夢でも見てるような気分だったけどな」
異世界に飛ばされるなんて現実では考えれなかったことだ。
栄光にとってまさに夢のような出来事。
だがそれはリアにとっても当てはまる事。
「一緒にお話をして、料理して、ご飯を食べて……本当に幸せな時間でした、これは夢なのではないかと何度も思いました、今こうしている時だって眠った後目が覚めたら夢で貴方はいないのかと思うと少し怖いです」
栄光の背後で震えるような声でゆっくりと言葉を吐き出している。
この娘は、リアは幼すぎる。
幼く、純粋で、しかしどこか怯えている。
孤独を招きよせる力を持ちながら、孤独を嫌い誰かとの繋がりを求めている。
今彼女にとって栄光とは拠り所になっている。
「夢じゃないさ、今ここにいるのは現実、たとえそれが受け入れがたい現象によるものだとしても俺はここにいる、君の傍にいるよ」
「そう、ですね、ありがとう」
裾を引っ張る力はなくなり背後の気配が離れていく。
惚れた男の弱み、とはよく言ったものだと栄光は思う。
(男はチョロイよな、ちょっと泣かれるだけでコロッと落ちちまう)
栄光は喋らず、静かに部屋を後にする。
「お待ちしておりました」
部屋を出た栄光に話しかけてきたのはアオザイを纏った女性、ライラだった。
◇
ライラに連れられて彼女の部屋に案内された。
白を基調とし、窓周りやベッド周りがレース模様で飾られているのが目立つ。
角の無い部屋で円形になっているのが特徴のようだ。
中心に円状の机とティーセットが綺麗に並んである、傍にある椅子に腰掛けるよう促されたので腰掛ける。
「お口に合うかわかりませんけど、よければどうぞ」
差し出されたカップに入った飲み物を一口飲むと喉越しの好い酸味が口に広がる。
この酸味は果物だろうか、オレンジに似た味がほのかに喉を通り過ぎる。
「どうでしょう? 普段私が飲んでいるものを薄めたものですが」
「すっきりしてて美味しいですよ、何かの果物ですかね」
「えぇ、パチアの実を少し茶葉に混ぜて溶いていますので」
パチアの実というのがどういうものかは知らないが問題なくいただける。
「で、何かお話でも?」
「えぇ、明日のほうがよろしかったでしょうか?」
「まだまだ眠くは無いんで大丈夫ですよ、それに今貰ったこれを飲んだお陰で大分目が覚めましたから」
「ふふ、それでしたら上手くいきましたわ」
狙ってやったというわけですな。
「私から自己紹介しますね、魔王様から名前で呼ばれてますのでもしかしたら聞き及んでいるかもしれませんがライラといいます」
「こっちこそ、もう聞いてるだろうけど希望栄光、呼びやすいようにどうぞ」
「ではみっちゃんで」
「やっぱ普通に呼んでください」
「残念です」
人をからかうように微笑むライラ。
「ふふ、ごめんなさい、気に障ったかしら?」
「いや、別にいいけどさ…………」
「あら、みっちゃんで良いと?」
「そっちじゃない」
ライラがペロッと舌先を出してウィンクする、見た目に反して以外にお茶目だな。
大人の女性という煌びやかな印象は一転した。
「まぁ、それはそれとして、貴方のお話を聞かせてもらえますか?」
「俺?」
「はい、個人的に興味があるので」
「いいけど……何が聞きたいんだ?」
「そうですねぇ……では――」
ライラが尋ねて来たことは元の世界での俺の生活や環境。
人の関係や人の生きていく姿、どれだけの人が生きているのか、どれだけの人が暮らし関係を持っているのか、そういった人に関する事を多く聞かれた。
話をしている最中のライラは終始笑顔のまま聞いていたがどこか羨ましそうな視線とも受け取れた。
「ふぅ……お話ありがとうございます、栄光さん」
「いや、俺の話でよかったのか? 大分わからないことだらけだと思うんだが」
話した内容は大概自分と自分のいた元の世界の話、この世界の住人であるライラにとって栄光の話は夢物語のようなもの。
「いいんですよ、…………ではお話のお礼に一つ、こちらからもお話というのはどうでしょうか」
「そりゃぁ、是非とも」
「それでは…………あぁ! 美しい、そして哀しい話をしましょう!」
突如ライラは立ち上がり舞台役者のように腕を振り上げ高らかに語りだす。
「普通にできない?」
「テンションの関係で難しいです」
「そうか…………うん、なら続けてどうぞ」
「では! 続けさせていただきます!」
(すごく楽しそうだなぁ……)
『むかーしむかし、ある山脈に山の神様がいました、まぁそれは神様とかではなくてただの竜だったんですけれども……とにかく竜が住んでいました、竜は山の麓に住む人々を見下ろしては人々の笑顔を糧に生きていたのです』
「聞き様によっては悪霊だな……」
笑顔を糧に、つまり人の喜の感情を食らっていると聞き取ればそれは祟り神か悪霊か、どちらにしても良いものではなさそうだ。
頭の中でイメージした画が悪竜へと変更される。
「…………良い方でお願いします」
「あ、すまん、つい口を挟んじまって」
急いでイメージを良い方向へと修正する。
『オホン…………竜は人々の幸せな生活を見守っていたのです、しかしある時竜が見守る村で疫病が流行ってしまったのです、人々からは笑顔が消え、数を減らしました。 竜は悲しみました、けれどどうすることもできません、あぁなんたることや……』
「雰囲気出てたのに最後で消えたよ……」
「…………最後のは無かった方がよかったです?」
「だなぁ、変に演出入れるよりそのままの方が雰囲気が出るときもある」
「参考にしましょう」
どこからか取り出したメモ帳にライラが何やら書き留めている。
『やがて竜が見守る村からは人は消えました、竜は孤独になり人を求めて他の村へ、しかし竜は人から迫害されました、竜の知らぬところで災いの悪竜だと人々に噂されてしまったからです、竜は人から離れ、やがてどこかへ消えてしまいました。 けれど竜は今もどこかで人々を見守っていることでしょう、たとえ見えなくとも』
語り終えたライラはペコリとおじぎをした、栄光は静かに拍手する。
「とまぁ、身の上話なのですが」
「あぁ、そんな感じはしてたけどやっぱりか」
「なんと、バレていましたか」
「竜が主観の話だからな、人が作った話なら人間が主観になるんじゃないか?」
「そうですか? 人の書く物語は今のような感じでしたが」
「途中までは、最後の部分が今の自分を言っているような感じだったから……まぁ結局は受け取り様だな」
誰がどう受け取るかで物語りは良くも悪くも常に変化する。
それを思うように受け取らせるのも物語を書く者の技術だ。
「それで、身の上話ってワケらしいがどうして俺に?」
「あら、自分を知って貰うことで相手と親しくなるというのは常套手段では?」
「そうだが……ってことは竜なのか」
「えぇ、しがない竜でございます」
そうライラは言うが今の姿はどう見ても人の姿、戦士百人の価値を持つ鱗も嵐を起こす翼も岩を砕く爪も牙も見当たらない。
「……その姿なら普通に人に溶け込めるんじゃないか?」
魔族にとって人の姿を取るのは趣味であるとリアは言っていた、ならばライラも趣味か、または何か理由があるのか、どちらかは知らないが姿を変えれるのだろう。
「人と魔族はすぐに見分けられてしまいます、そして我が身は竜、畏怖されるのが常で溶け込むなど遠き夢です」
静かに哀しげな表情でそうライラは語る。
「ですがいずれは人と共に生きてみたい、たとえどれほどの時が経とうとも、いつかきっと、だって私は人が大好きだから」
「畏怖されし存在、か」
物語において竜というのは基本的に絶対悪、倒されるべき存在だ。
ジークフリートの伝説やヨハネの黙示録など竜は災いとして描かれる。
逆に例外とするならアーサー王伝説、アーサー王伝説での竜は守護神として書かれている。
「えぇ、私が竜だと知られれば人は皆避けていきます、竜というのを隠してもいずれは見付かってしまい、結果は同じです」
「だろうなぁ」
「ですがみっちゃん、貴方なら大丈夫、そう思ったのですが……怖いですか?」
「割と話すの上手いだろ、みっちゃんはやめてくれって」
こうして話の途中で茶化してくるのもカミングアウトした内容を薄めるようにしているんだと栄光は思う。
「ま、俺の住んでた国じゃ竜も悪魔も全部ひっくるめて美少女化して愛でる国だ、今の貴方が綺麗な人の姿で仲良くしたいっていうならその国に住んでいた俺としては大歓迎だ」
ポルノに見境の無いJAPANが織り成す博愛主義。
但し美少女及び美女、又はイケメンに限る。
「みっちゃんのいた世界というのは本当に羨ましいわ、叶うことなら是非行ってみたい」
「おう、みっちゃん言うのやめなされ」
「いやです♪」
はぁ、と栄光の口からため息が漏れる。
「じゃぁこっちもらっちゃんでいくぞ」
「まぁ、渾名をつけてくださるのね」
栄光の反撃は全く効果が現れなかった。
「語呂が悪いから無しで」
「では別の名を?」
「普通に呼ぶよ」
「名前を呼んでくれるなんて嬉しいわ」
少しさめてしまったお茶を栄光はくいっとカップを傾けて飲み干す。
「お代わり、いりますか?」
「いただくよ」
コポポポポと栄光のカップにお茶が注がれる。
その後にライラは自分の分もカップへと注いでいく。
「そういえば、今日リアとどこかへ行ったみたいだがどこへ?」
そう聞くとライラは注いだばかりのお茶を少し飲んでから口を開く。
「この世界の人が、魔族とは良い関係ではないとは聞いてますか?」
「あぁ、リアから聞いた」
「この世界の人々は度々領土を越えて、魔族を虐げて土地を拡大させようとします、今この城にいるクラナとシェムはこの魔族領土を分けて統括しています」
王がいれど王とて自身の領土全てをいつも見るには広すぎる、つまり昔の日本でいう大名と例えれば簡単に認識できるだろうか。
「今日この城に赴いたのも領土を越えてきた人間たちを追い返すために魔王様の手をお借りに着たんです」
「ライラも竜なら追い返すくらいはできるんじゃないか?」
「…………私は人が好きです、できるなら傷付けたくはありません、私自身が追い返すこともできます、竜の姿を見せれば怯え逃げ帰ることもありますでしょう、ですが竜の力というのは不便でして…………加減ができません」
「つまり……殺してしまうと」
「はい、ですから魔王様のお力をお借りしてます」
リアであっても近付けば魔力を持つ人間、この世界の人間なら死に絶える、しかしそのことは人間に知られているのだろう、知っているならリアが現れたら人は大人しく逃げるしかない、倒そうにも近付けば死んでしまうから。
「私も今の身は魔族と共に有る身、魔族を守るのが仕事です、それでも私は人に希望を持ちたい、そう信じています」
「まぁ信じるのはいいが信じて受けているだけじゃいつか身を滅ぼすぜ」
「えぇ、私は人を知っていますから、暴虐に耐えるだけでは変わらぬことも、自身の優先順位は心得ています」
「なら、あとは信じて待つのみだな、何もどうすることはできない」
「はい」
ライラは人が好きで、でも今ある身を弁えている。
故に天秤の傾きは常に魔族へと傾いている、だから最悪の事態において彼女が判断を誤ることはないだろう。
「……少し話が長くなりましたね、夜遅くまでありがとうございます、みっちゃん」
「確かにそろそろ眠くなってきたな……」
「あら、もう反応していただけないんですか?」
「構って欲しいだけだろ?」
「正解です」
時間を忘れて話し込んだ後に時間を思い出すと急に眠気に襲われる。
ふぁあ……と欠伸が漏れてしまうほどに。
「部屋まで付き添いましょう、なんなら一緒に寝ますか?」
「そういうのはもっと親しくなってからだな」
「ほう、もっと親しくなれば一緒に寝ていただけると」
「なったら、な」
この人……この竜は本当に人が好きなようだ、きっと人の汚いところも見てきたんだろう、それでも人が好きだというのだから筋金入りだ。
「こちらです、お手をお借りしますね」
そっと手を握られる、遠慮しようとしたが急な睡魔に足元がおぼつかない。
何とか意識だけは保とうと目を見開いて必死に耐える。
「あぁ……」
やわらかく暖かい手が栄光の右手を包み込む、まるで崩れやすい砂でできた城を持つかのように優しい手だ。
ライラは人間ではないというが差異を感じ取る事は出来ない。
手の温もり、優しい心、肌の柔らかさ、どれをとっても異種族とは思えない。
たとえその姿が仮初であったとしても人間と何ら変わらないと思える。
ライラだけではない、この城で出会ったリアやヴェルドロッド、シロとクロやシェムと呼ばれる男、クラナにミルゼンも、中にはちょっと怪しい者もいるが殆どが栄光にとって人との差異が感じ取れるほどではなかった。
何故この世界の人間は彼らに歩み寄れないのだろうか。
つい最近やってきた栄光が過去のことを知る由も無いが、それでも互いに共存は可能ではないのか?
それほどまでに人は魔族を憎んでいるのだろうか。
それほどまでに人が魔族を憎む事になる事体があったのだろうか?
睡魔に襲われる頭で思考を巡らせる。
明日はそのことについて聞いてみようかと候補として記憶する。
目を擦りやっと部屋につくとライラと別れた。
そのままベッドの元へとふらふらとした足取りで歩み寄って倒れる。
今頃になって今日の疲れがどっと押し寄せる。
瞼がどんどん重くなっていく、ベッドは少し硬いがそんなことを気に留める間もなく深い眠りへと落ちていった。
頭の中で、コロコロ、コロコロと白い六面ダイスが転がり続ける。
止まることなくころころと……。
◇
日の光が差し込むように窓が開けられた聖堂に一人の老人と若い三人の男女が立っている。
老人と三人の青年は向かい合っており、老人の手には銀に輝く三つの球が握られていていた。
「大司教、それが例の?」
長いマントで身を覆いトンガリ帽子から金色の髪が流れるように飛び出ている、目は目隠し布で覆われている女性が老人の持つ銀色の球について聞いた。
「うむ、魔を打ち払う神聖な宝具、悪しき魔を滅するためのものだ」
「で、それはどれくらい使えるんだ爺ィ」
「言葉に気をつけなさい」
黒いスーツを身に纏った男の言葉遣いに対しトンガリ帽子の女は注意を促す。
「あァ? 誰に舐めた口聞いてンのかわかってるのかよ目無し」
「貴方以外にいるの? それに私は貴方より見えているから」
一触即発の空気がその場に張り詰められる。
「まぁまぁ、二人とも仲間なんだから喧嘩しないでください」
「すッ込んでろガキ」
「貴方は下がっててください」
二人の口喧嘩の仲裁に入った背の低い男は二人に簡単に撥ね退けられてしまう。
「全くお前たちはチームワークがないのか」
老人が呆れ切った表情でため息をつく。
「昨日今日で組んで仲良しこよしなンざできるわけねェだろ」
「この男は信用できない」
「はぁ…………まぁいい、話を続けるぞ、この球は起動すれば一帯の魔力を吹き飛ばす、魔族の持つ魔力全てとはいかんが肉体活動にも魔力を活用している奴らには効果絶大だ」
「そりゃァイイな、だが使った俺たちも喰らったりしねェよな」
「起動者の魔力を感知して起動する、そしてこれは起動した者の魔力には反応しない、故に使った者に影響は出ぬ」
「起動方法は?」
「魔力を込めて唱えればいい、但しこいつ範囲も効果時間も知れておる、再使用に時間がかかる故使うタイミングには気をつけろ」
「よく考えて使わないといけないってことですね……」
スーツの男、トンガリ帽子の女、背の低い男達は老人の持つ宝具の詳細を聞いて思考する、これをどう扱うのか、どう戦略に組み込むのか。
「うむ、だが今の魔法学とある者のおかげによって完成した宝具だ」
「ある者?」
トンガリ帽子の女が尋ねる。
「我らの神、魔族から人の世界を取り戻した者――」
老人がそう呟くと聖堂の奥、巨大な十字架が立てられたその奥。
カシャンカシャンと重厚な鎧の擦れる音と共に、一人の男が十字架の裏から姿を現す。
「今この時、魔族を今一度討つ為我等の呼びかけに応じてくださった」
老人の背後から真っ白な鎧に聖剣を携えた好青年が現れる。
「勇者王、人々を救うため今一度この世に戻った」
凜と聖堂内に響き渡る綺麗な声、あまりにも澄み渡る声に三人は喋る事を止める。
「さぁ――」
勇者王と名乗る男が剣をスラリと抜く。
「剣を取れ、今一度人の世界を人の手に」
◇
あれから暴睡していた栄光。
目を覚ましたときにはもう太陽は高く上っていた。
寝ぼけた目を擦って意識を覚醒させる、だんだん目が覚めてくるとある音に気付く。
すぅすぅと寝息が、大変近いところから聞こえてくる。
隣を見やると少女が幸せそうな顔で寝息を立てて眠っている。
「……………………」
この現場があの爺さんに見付からないことを祈る、もう一つ言うと誰にも見付からないことも祈る、寝るときは一人だったはずなのにいつのまにリアは来たのだろうか。
とりあえず面倒になる前に離れようとしたら腕をガッチリホールドされていることに気付いた。
振りほどいてもいいのだが何だか悪い気がするしそもそも寝ている相手を起こすこと自体あまり良い気持ちではない。
だけれども離してくれなければどうしようもないので少女の頬をぺちぺちと叩き。。
「おーい起きてくれー」
普段の声より少し大きく呼びかける。
「ん…………ふっ…………」
叩き方が弱かったのかこしょばい程度にしか反応されなかった。
「おーい」
今度は肩を持ってゆさゆさと揺り動かす。
「ん……ふぁぁ…………ぁぁ…………」
少女が体を起こして目を覚まそうとするが目はボーっとしていてこのままだとまた寝るのではないだろうか。
「起きてくれー、アレが来る前に」
最後にこつんとおでこを一押しする。
「あうっ…………」
ポスンと背中から布団へ倒れた少女は目を開いた、どうやら起きたらしい。
「えっと…………」
「おはよう」
「はい……おはようございます」
完全に目を覚ましてリアは体を起こす。
「…………すいません、朝に起こしにきたのですが……その、気持ちよさそうに寝ていたので起こすのは悪いかなと思って起きるのを待っていたんですけれど…………」
「釣られて寝ちゃったと」
「…………………………はい」
リアが顔を赤らめて恥ずかしそうにうつむく。
「別に起こしても構わなかったのに、というか何故起こしに?」
「それはっ、その、お話がしたいから……です」
「…………そっか、んじゃ準備するか」
あれだ、待ちに待ちきれなかったと。
腕が解放され行動が自由になったところで顔を洗おうとする。
蛇口っぽいのがあるので多分これが水道みたいなものだろう、そう思って捻りをキュッと回す、…………回す。
キュッ、キッュッ、捻りを全開に回すが回る音だけが響き水は出ない。
「あの、それも魔力がないと……」
「こ、れ、も、か、よ、ぉー!!」
何でもかんでも魔力で動きよって……魔力無しになんとも辛い環境…………まぁあちらからすれば何でもかんでも電気で動く物の方が不可思議なのだろうが……。
「ちなみにこれってどういう原理なわけ?」
「単純に水を管理している方がいるので魔力でその人に合図を出して水を送って貰うと――」
リアが蛇口に触れる、あれそれっさき全開に回したような――。
バシャァァァァァアアアアア!!
蛇口から物凄い勢いで水が噴出する、噴出した水が思いっきり跳ね返ってリアへ直撃した。
「止めろッ止めろっ!!」
止める際は魔力がなくても問題ないのか蛇口を閉めると水が止まった。
水は止まったが……リアにかかった水はどうにもならない、逆に栄光は全く濡れないという事態。
さらには今リアが着ている服は昨日と打って変わって白、外向けのものではなく私服というべきか肩周りの布がなかったり色々と仇になっている。
「折角ライラに選んで貰った服が…………」
衣服の選択はライラか、今はその衣服が水で張り付いて肌が透けて見えたりする。
「とりあえず着替えてらっしゃい」
「そうします……」
トボトボと自室に着替えに戻るリアを見送ると背後からガタンという音が鳴る。
「貴様ァ…………主になにをォしィ――」
いつのまにか侵入していたヴェルドロッドが怒りを顕にして栄光に飛び掛ろうとする所をライラが片手でヴェルドロッドの顔面を掴む。
そのまま腕をヴェルドロッドの首へ回して脇で挟むように固めた、ボグッという何か鈍い音が聞えるとヴェルドロッドの手足が電池の切れたロボットのようにだれる。
「よし」
「よしじゃないが」
ライラが成し遂げたような表情を決める。
明らかに首をへし折ったとかそういう風にしか見えなかったので栄光がツッコミを入れる。
「大丈夫大丈夫、この程度じゃ死なないわ」
ホホホホとにこやかに微笑む。
「いや、そうじゃなくて何故ここに、というか見てたか?」
「や、やぁねぇ見てるわけないじゃなぁい?」
明らかに動揺した口ぶりと少々の冷や汗が見て取れる。
「………………」
「しょ、証拠が無いじゃないの」
「………………」
「ほ、ほら、ね? 私が選んであげたんだもの、気になるじゃない」
無言で圧力をかけるとあっさり自白した。
「あんたがけしかけたのか……」
「やぁねぇ、私は手伝っただけよ、そういう無粋なことはしないもの」
動揺した様子からうってかわって真剣な顔つきになる。
「それに見てたって言っても部屋の外で、急に魔王様がびしょびしょで出てくるんだもの一発済ませたのかとおもって気になったのよ」
「あんたは俺をどう思ってるんだ!!」
俺を飢えた獣か何かに見られているんだろうか、だとしたら憤慨物だ。
「男の子ならおかしくないじゃないかしら、ほら、魔王様かわいいでしょ?」
「男で人括りにしないでくれよ……」
「でも魔王様かわいいでしょ?」
「………………」
反応をうかがうライラに対し素直にかわいいと言うのは地雷を踏むようなものだ、かと言って否定すると言われることも予想できる。
ならばここは相手が予想する答えでなく、予想外の切り返しを行うべきだ。
「俺はライラのほうが綺麗で好みだけどな」
ここで敢えてリアのことではなくライラ本人に振ってみる。
栄光の判断は的中しライラは「えっ」と言ったまま固まる。
「まぁ冗談だ――」
冗談だ、そう告げようとするとライラが割ってはいる。
「そ、それは困るわよ、魔王様がいるんだから、でも嬉しくないわけじゃないわ、えぇ、嬉しいわ、でも……そうよ、愛人ならノーカンよね!」
「冗談だ」
聞えてなかった言葉をもう一度、はっきりと伝える。
「……ひどぉい」
「まぁ後者だけだよ、綺麗だと思っているのは本当」
「むー、まぁいいわ……とっと、そろそろ帰ってくるわね」
そう言うとそそくさとライラはヴェルドロッドを引きずって部屋の外へと退散する。
「上手くやってね、みっちゃん」
そう言ってどこかへいくと入れ替わるようにリアが戻ってくる。
服は初めて出会ったときと同じような黒い衣装だ。
「ライラがいましたけれど……何かありました?」
「爺を回収していった」
「把握しました」
一言で把握されるヴェルドロッドは普段どおりということだろうか。
「さて、今日はどうするかね……」
「なら外を見て回りますか?」
「外?」
「はい、この世界を見て回ってみませんか? 人間の領には行けませんが私たち魔族の領地であれば案内できますよ」
「そりゃ願ってもないことだけれどさ、徒歩だと少し厳しいな、一回城周りは見たけど近くには何もなかったし」
「飛んでいけばいいんですよ」
「あぁ、そういやリア達は飛べるんだったな、俺は飛べないけど」
「大丈夫ですよ」
そういうとリアはこちらへ手を差し伸ばす、栄光は疑問に思いながら差し出された腕を握る。
「《星の縛鎖よ、我に応じ解放せよ グラヴィー》」
リアが呟くと体にかかる重さが無くなったかのように軽い……というか浮き始める。
「っと、ととっ、うぉっ!?」
必死に片足で地面を蹴ってバランスをとろうとするが逆に浮いてしまう。
リアが手を離すと体の重さが元に戻って地面に足がつく。
「これなら問題ないでしょう?」
「あぁ、手繋いでたら相手にも効果があるのか」
「飛行魔法は実は皆重力操作なのでそうなりますね」
ということは先ほどの状況はゼログラビティ、無重力だったわけか。
「成程なぁ、でもだいぶ難しいんだろ? 一緒で大丈夫か?」
「普通に飛んで移動するなら問題ないですよ、任せてください」
「それだけ自信があるなら大丈夫だな」
事故は怖いがそれを言っても仕方ない、事故が怖いから車に乗らないと決めようが事故に巻き込まれるときは巻き込まれる、逆にどれだけ危険にあっても事故にあわない人間もいる、ようは運だと栄光は思う。
「そうと決まれば……コースはどうしましょうか……」
顎に手をあてて考え始める、特に決めていないならこういうときは――
「こいつで決めよう」
荷物から六面ダイスではなく十面ダイスを取り出す。
一から十の数字で構成されるサイコロ、たまにこれが必要なゲームもあるので持ち合わせている。
「何でしょうかそれは」
「ま、ちょっとしたおまじないみたいなもんだ」
一を北にして九以上は振りなおし、四方とその間を割り振って振る。
ころころと転がり二の出目で止まる、二に割り振られた方角は北東。
「よし、北東の方へ行こう」
「えっ」
今しがた栄光が行った行為に理解が追いつかないリア。
「えっと、今のは何か関係があるんでしょうか?」
「ルート決めてないんだろ? 悩んでる時間がもったいないから運で決めてさっさと行こうぜ」
栄光の言葉を聞いて暫く考え、気づく。
「つまり……適当に選んだと」
「そういうこと」
「まぁ栄光がそれでいいなら構いませんが」
「ぜんぜん良いぜ、なんせ空飛べるんなら今から楽しみだ」
「私も楽しみです、外で待ってますから準備ができたら来てくださいね」
そう言ってリアは部屋から出る、そこでやっと気づいたが栄光は顔を洗うのを逃したり着替えてなかったりと色々気づいた。
水はリアが濡れたときの水を受け止めていた分が多少あるからいいとして着替えはどうしたものだろうか、ふと元々着てきた私服を思い出すがあれはまだ洗っていないから着れない、そんなことを考えて籠見ると新しい服がメモ書きと共に入っていた。
『着替え、いるかな? byライラ』
後方支援が非常にありがたいが同時に外堀を埋められているような気がする。
入っていた服はカッターシャツにスーツ袖のないチョッキのような服、スーツのような綺麗な布で前の部分がボタンで取り外せる。
ズボンは至って普通の物だった、それにしても男が着る様な服を何故持っているのか疑問である。
用意された服に腕を通して着替えていく、この世界の気候はそれほど気温が高くないのはありがたい、長袖でも割と快適に活動できる。
そして脱いだクラナから借りた服を綺麗に折り畳む、和服ってどうやって洗うのだろうか……? 下手に自分でやらずこれはクラナに返した方がよさそうだ。
ズボンにポケットが復活したことでそこにダイスを何個か入れる。
必要は無いように思われるだろうが栄光的にはいるのだ。
普段からの癖というか既に日常動作として染み付いてしまっているから。
例えるなら四六時中スマホを手放せない人間と同じなのだ。
扉を出てリアの元へと向う、外に出る道筋は昨日ヴェルドロッドが教えてくれた。
多少迷いそうになるがなんとか外への階段を見つけて登る。
風が吹き込み太陽が真上から差し込んでいる。
「待たせたか」
そこにいるリアに喋りかける、くるっとこちらに振り向いて笑顔になる様子は待ちに待ったみたいな心境を察せられる。
「そんなに待ってないですよ、もう少しかかると思っていたくらいですから」
「そうか? それならいいんだけど」
「それじゃぁ早速」
そう言うとリアは栄光の左手を握り詠唱を始める。
「《星の縛鎖よ、我に応じ開放せよ、グラヴィー》」
二人の足元に魔方陣が展開し、二人にかかる重力が消え去る。
トンッと地面を蹴るとその勢いだけで上空へと飛行する。
「おぉ……で、こっからどうするんだ?」
「《風を纏て空を巡る、シルフィー》」
リアが二つ目の魔法を起動するとあたりに自然の風とは違い持続のある風が栄光とリアを押していくように吹き抜ける。
「こうして風の力で飛べば丁度いい速度なんです」
原理的には帆船と同じで風を受けて進むもののようだ、ただその受ける風を意図的に流すことで方角や速度を制御できるのだろう。
速さは体感的には自転車だが地面と離れているから計りにくい、たださっきいた城が見る見るうちに離れていくから結構な速度は出ているに違いない。
「どうでしょうか」
リアが突然尋ねてくる。
「この世界、この景色、私は大好きです」
髪を風に靡かせて、前に続く地平線を見つめている。
「栄光にとってこの世界は、どうでしょうか?」
栄光はこの星に生まれたわけではない、だけど今生きているのはこの星だ。
だが栄光にとってこの世界はまだ一日過ごしただけ、それだけでこの世界を測ることはできない、だが栄光は――。
「嫌いじゃないよ」
そう一言告げる。
「この世界に来て色々な人……まぁ人間には一人も会ってないけどさ、皆良いやつばっかだ、ヴェルドロットもシロとクロもクラナもライラも、それにリアだってさ、ほかに話してないやつとか会ってないやつもいるけれど、こんなに良くしてくれるやつがたくさんいて嫌う理由がないよ」
けれど、とリアの顔を見て言葉をつなげる。
「好きになるにはまだ時間が足りないかな、色々なことがあったけどまだ一日しか経っていないんだ、だから好きになるのはもうすこ時間がほしいかな」
そう答えるとリアにとって望む答えではなかったのか少し残念そうな表情をした後にこりと笑った、望む答えではなかったが良い答えだったのだろう。
「どうして聞いたんだ?」
今度はこちらから聞いてみる。
「…………少し、我侭な理由ですから、その、幻滅されるかと……」
「しないよ」
リアの目をまっすぐ見て、そう言い切る。
「…………」
「しないさ」
もう一度、はっきりと、そう伝える。
「栄光がこの世界を好きになったら、この世界にずっといてくれるかなって……思ったんです」
静かにゆっくりとリアはそう言った。
「…………やっぱり幻滅したのでは? その……思ったことが傲慢すぎて……」
「いいや? というか魔王っぽくていいんじゃないか?」
リアの疑念をはははと笑い飛ばしてやる。
「魔王っぽいって……私は一応これでも魔王ですっ」
ぷくっと頬を膨らませ怒りのアピール。
「ははは、そうだったそうだった」
そんなアピールを介さずもっと大きな声で笑い飛ばす。
「もう…………」
握っている手の力が少し強くなった。
「……ありがとうございます、栄光」
栄光は笑顔で返す、そして視線を前に戻すと集落のような建物が見えてきた。
森と川に隣接したその集落には数人、外に出ている者が確認できる。
「あれは?」
「見てのとおり魔族の集落です、降りますか?」
「あぁ、お願い」
集落の少し離れた場所に降り立った。
それに気づいた集落の魔族がこちらに近寄ろうとしたがリアの姿を見て立ち止まる。
「あ、あー……そういやだめなんだっけか……」
「栄光、話してきてもいいですよ」
「いや、それだとリアに悪いだろ」
「私は栄光にこの世界を、私たちを知ってほしいですから」
くすっと笑顔になる、そう言われたら断るわけにはいかないのだが。
「よければダイス……でしたっけ、あれを貸してくれますか?」
「ぜんぜん構わないが」
ポケットから六面ダイスを二つ取り出すとリアの手に乗せる。
「まぁ何個もあるからついでにあげるよ」
「いいんですか?」
「あぁ」
そう言って集落の魔族のほうへと歩み寄る、狼の耳をつけた魔族が対応するように栄光に歩み寄った。
「この近くで何かあったのか? 魔王様がくるなんて珍しい」
「いや、俺が頼んだんだ、ちょっと見て回りたくてさ、んでたまたまここに寄った」
「人間が……? まぁいい、皆! 特に何もないそうだ」
若い魔族がそう言うと後ろに控えていた魔族たちがまたそれぞれの生活へと戻る。
「俺はウーフェン、あんた人間なのによく魔王様と一緒にいれるな」
悪い意味ではない、純粋に驚いているのだろうが栄光は少しむっとする。
「ま、深い事情でね、俺はこの世界のことを知りたいから手伝ってもらってる栄光っていうんだけど聞いてもいいか?」
「答えれることなら」
推測だが、リアがいなかったら答えてくれなかったな、リアという魔王と一緒にいたからこそ対応してくれるんだろう。
「それでいいよ、集落って聞いた割には少ないけど全部か?」
「元々人間と違って数自体少ないぞ、後は静かに生活したいから必要以上に多くしないのさ」
寿命が無い魔族は繁殖能力を抑えることで増えすぎることを抑制しているのか……。
人間みたいに寿命が長い上に増えすぎる、自然界だと増えすぎた生物はさらに上の生物に捕食されることでバランスを保っている。
だが栄光がいた世界だと増えすぎたうえ天敵のいない人間はやがて自らの数を減らすように自分たちで争うことになる、自浄作用というものだ。
「なるほどなぁ、まだまだ知るべき事が多いみたいだ」
「お前こそ人間なのに魔王様の隣に居れるのはどういうわけなんだ?」
「ちょっと特別なんだよ」
そう栄光がはぐらかすとウーフェンは少し苦笑いする。
「あんたらってさ、魔王のことはどう思ってるんだ?」
「そりゃぁ感謝してるさ、最近じゃもう目と鼻の先まで人間が来るようになった、魔王様がいなけりゃ争いになるしそうなると怪我する奴が出てくる、そういう奴がいないのは魔王様のおかげさ」
「だったらさ、近寄れないのはわかるけど手くらい振ってやってくれ」
リアのほうを指差して栄光は手を振る、それに答えるようにリアは手を首の辺りまであげて手を振った。
「あんたが何者かは知らないけどよ、俺たちがやると失礼にならないか?」
「何、あぁ見えてというか見た目そのまんまで優しいから大丈夫」
栄光が諭すとウーフェンは少し躊躇いながらも手を振った。
もちろんリアもそれに応えるように笑って手を振る。
「ん…………照れくさいな」
ウーフェンは恥ずかしそうに口を手で覆った。
「ありがとよ、他に集落とか何かこう……目立つ所とかる?」
「ここから東に行けばまた集落があるぞ、それ以外だと……もう無いことが多い」
そう言ってウーフェンが俯く。
「北にあった集落なんかは全滅だ、こっちは手も出さずに争わないよう降伏したって聞いたのにあいつらは…………」
人に対する憎しみが積もっているのが目でわかった、それを顕わにしている最中栄光を見てはっとして喋るのを止める。
「別に気を使わなくていいよ」
「あぁ、そうか……」
「よく、耐えるな、俺はあんたらがすごいと思うよ」
「魔王様やクラナ様が耐えてるんだ、俺たちも見習わないといけねぇってもんさ」
ハハハと気丈を装う、それが辛い事だとわかっていながらも彼らはそれを選択している。
「それじゃぁ話をありがとうな」
「こちらこそ、魔王様に伝えてくれ、貴女にいつも助けて頂いて本当にありがとうと」
「了解、伝えとくよ」
互いに握手を交わして別れる。
短い時間だが有意義な会話ができたしリアを放っておけない。
リアの元に戻るとダイス相手に不可思議な表情で見つめている。
「どうしたんだリア」
「いえ…………先程から同じ目しかでないんです、何か悪いんでしょうか……」
手のひらの上に落ちないようにダイスを転がすが一と二以外が出ない。
「おかしいな、別に仕込みダイスってわけじゃないし……ちょっと借りるよ」
ダイスの中に錘を入れることで出目を固定化するイカサマダイスというものがあるが栄光の手持ちにそう言ったものは無い、試しにリアから受け取ったダイスを振るが出目は五と六、リアの出目に対して数字は大きいが普通に他の目も出る。
「普通に出るな……逆に運がいいんじゃないか? 同じ目が出続けるなんてそうそうないし」
「そうですか?」
「あぁ、それとあの集落の人たちがいつも助けてくれてありがとうってさ」
ウーフェンの言伝を伝えるとリアは驚いた。
「ほ、本当ですか?」
「あぁ、嘘を言うわけが無いだろ」
「それなら……良かったです、嫌われてるのか好かれているのかわからなかったので……もし嫌われていたらどうしようと思っていました」
リアはほっとした表情で胸をなでおろした。
「そりゃないだろ、さっきだって手を振ってくれてたじゃないか」
「あれだって……その、嫌がってませんでした?」
「照れくさかっただけだよ」
「そうだったんですか?」
確かに事情を知らず遠目であの様子なら嫌々やっていたと受け取ってしまうかもしれない。
「この様子じゃぁリアを嫌っている魔族なんていないんじゃないか?」
「そうだったら嬉しいですけれど……私の力は魔族にとっても害ですから……きっと恐れられています」
「力にはな、けれどリア自身を嫌ってる奴はいないよ」
「そう……ですね、栄光にそう言われるとそういう気がしてきました」
ふふっと軽く微笑んだ。
「それじゃ、次行くかぁ――」
リアの手を取ろうとした時、背後からゾワっと嫌な予感がした。
リアも何かを感じ取ったのか栄光の背後、集落の方へと視線が釘付けになっている。
集落から一つ、大きな影が弧を描いてこちらへ飛んでくる。
その影が視認できる距離になると人間大の大きさという事とそれがまだ生きていて手足をばたつかせ何かにすがるように腕を動かしていた。
その影の正体はウーフェンだった、何故彼がこんなに飛んでいるかは知らない、だが落ちてきている、栄光は助けようとして両手を広げて受け止める構えをした。
だが、栄光の両腕に落ちる前に、パン! と弾ける音がする。
ウーフェンの姿を捉えていた目の前に赤いカーテンが広がる。
弾けた四肢や頭が栄光とリアの周りにボトボトと落下し、血液はまるでシャワーのようにリアと栄光に降り注ぐ。
栄光がウーフェンの体が水風船のように割れたと認識したのは数秒後だった。
「わた……私が……? そんな…………」
「っ……違う! リアのせいじゃない!」
隣で今起こった出来事に対し呆然とするリアに栄光は叫び上げる。
「でも……私のせいで……私がいたから……」
「だとしたらリアと一緒に来た俺に責任がある、外を見たいなんて言わなければこんなことは起きなかった」
「栄光は……悪くないです……私が……」
膝を落として崩れるリア、栄光の言葉を耳に入れる様子はなかった。
「くっ…………」
自身の言葉を聞いてくれないリアに対して栄光はやさしく抱きしめた。
「違う、リアのせいじゃない」
「だって……でも……私がいたから……!」
「落ち着け、な」
栄光の胸の中で涙を流し始めた、その間栄光は考える。
(ウーフェン達はリアの力を知っていた、だとしたら自分から飛び込んでくるのはありえない、なら投げ飛ばされたとしか考えられない)
栄光は集落の方へと目をやる、そこには血塗られた剣を携えた一人の男がこちらに向かって歩いてきている。
(だとしたら、アレがやった以外に考えられない、それに魔族に攻撃する奴と言えば……)
この世界において、魔族と人間は険悪な関係にある、踏まえてライラやウーフェンの話によると人間の侵攻はこの近くにまで及んでいると言っていた。
集落を襲った犯人を特定するのは簡単だった。
血塗られた剣を携え、白銀の鎧を真っ赤に染め、殺意の瞳でこちらを見据えるのは人間だった。
その人間は声の届く距離まで近づくと足を止めた。
「あァ……? なァんで魔王がここにいるのかわからねェが……まァいいか、殺す予定が早まっただけだ」
「何故殺そうとするんだよ……お前らは」
栄光は剣を持った男がリアを殺そうとしているということを聞き取ると間に入るように立ち上がり男を睨む。
「あぁ? 魔族かと思ったら人間かよ、しかも何も無しで近づけるたぁ…………あ?」
男が栄光の顔を見るやいなや何かに気付くように表情を変え。
「おい……おい、おい、おいおいおいおい!! 栄光じゃねェか!! 何だってお前がここにいンだぁ? 神様にでもなりましたってかァ!?」
「名乗った覚えは無いんだが……」
「つれねぇこと言うなよ、お前とは何回も会ってるじゃねぇか」
「はぁ……?」
相手の顔をよく見るが心当たりは無い。
「あー……こっちじゃ変わってるんだっけか? まぁいいや」
男は身長ほどの長さのある白い剣を掲げる、その切っ先は完全でなく少し欠けていた。
「魔を祓え、アルデバラン」
男が剣の名を口にしたと同時に剣から眩い光が眼を眩ませる。
辺りに輝く閃光よりも驚いたことが栄光にはある。
アルデバラン、その剣の名には聞き覚えがある、いや、それよりも心当たりのあるものがある。
アルデバランとは、史実や伝記にあるものではなく、栄光自身が自分で作ったオリジナルの聖剣の名だ。
(なぜこの世界にその剣が……? それに俺の思い当たる通りなら……)
「さぁ、死ねよ」
剣を持った男が栄光たちに向かって駆け出す。
「思い当たるとおりなら…………!! リアァッ!!」
男の突撃に対して真横に避けるようにリアを抱いて飛び込む。
「えっ…………」
突如のことにリアは呆気に取られたまま驚く、間一髪初撃を避けることに成功した。
「どうして?」
リアは驚愕のまま固まっている、それもそうだろう、栄光という例外を除いて近付く者全てを死へ追いやる力、ヴェルドロッドでさえ耐えるのが限界というもの。
だが今襲ってきた男は平然どリアを切り殺しにかかってきた。
「はぁ、やっぱテメェはそっち側かよ」
「お前は一体……誰なんだ!」
「しかたねぇなぁ? 知らないままっていうのも可哀想だから教えてやろうかぁ?」
男はこちらを見下し、嘲笑する。
「プレイヤーナンバー一、アルデント、よろしくなぁ? ゲームマスター?」
「おまえが……、アルデントのプレイヤー……?」
「リアルネームはGM以外伏せてたからなぁ、まぁ言わなくていいだろ、俺はなァ……あんたの最後のロール、気に入らなかったんだわ」
剣を地面に突き立て寄りかかって語りだす。
「悪ってのはなァ、惨たらしく傲慢振りまいて死にゃぁいいんだよ、それがなんだ? あの反吐が出そうなロールはよぉ、そん時は空気読んでやったが後でイライラしたんだよ、こんなシナリオぶち壊してぇってな」
「それだけのためにか……?」
「あぁそうだ、まさかそのチャンスが来るなんざ思ってなかったがそれはどうでもいい」
「お前の意志でこの世界に来たわけじゃないっていうことか」
「知るかよ、まぁおしゃべりはこの辺でいいよなァ」
アルデントは地面に刺した剣を抜き構えなおす。
栄光は立ってせめて逃げようとするが栄光のすそを握ったまま離さないリア、腰を抜かしたまま立てないようだ。
「今の魔王がんなガキってのは気に食わねぇがまぁいい、魔王を殺してこのシナリオをぶち殺してやる」
ゆっくりと、一歩、二歩、と歩いた後地面を思いっきり蹴って駆け出すアルデント。
栄光はリアを抱き上げて振り向き思いっきり走って逃げる。
「ハハハ!! お前の足で逃げれるかよ!!」
全力で逃げ出したのも束の間、既にアルデントは栄光のすぐ背後まで追いついている。
「おらよっとォ!!」
横からの気配、栄光は身をかがめて攻撃を回避する。
だが今のは栄光自身が避けれたのではない、明らかにアルデントは手を抜いていた。
だからこそ寸でのところで避けられたのだ。
ブオン!! と左に動いて剣が頬を掠める。
獲物で遊ぶ鯱のように寸でのところを振り遊んでいる。
「そろそろお別れいっとくかァ!?」
真横から腹辺りの高さの斬撃、避けきれるかギリギリの距離。
「くっ……お……おぉっ……!!」
剣を振るう動きに合わせて思いっきり体を捻って回転させる。
歯車がが合わさって回るように斬撃を避けることに成功するが完全に避けることはできず、栄光の左ポケットを掠め、中から切れたダイスや無事だったダイスが転がる。
そのまま体勢を崩した栄光はリアを上側にしたまま倒れこんだ。
「ジ・エンドだな」
栄光の喉元に剣を突き立ててアルデントは宣言する。
振り下ろされる剣から眼を逸らすために栄光は地面へと視線を移す。
移した先にあったものは栄光がポケットに入れていたダイス二つ、そのダイスは二つとも六の目が空へと向いていた。
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