#-03[Dissonance - Ⅰ]

●焔月/四日

 プリオール:???


 暑い。


 俺の感情はその一言で染まり切っていた。あのパネルに映し出された人間は確か「本日の気温は二十八度です」とか言ったか?現実は実気温と体感温度は全く違うことを立証してくれる。

 気付くと吸っていたタバコの灰が重力に負け零れ落ちて行った。空中分離しながら落ちて行く灰は足元を這っていたアリたちにぶつかり完全に砕け散った。未だ熱がくすぶる人や妖や動物などの大型生物でも軽い火傷をするほどの熱が篭った核がぶつかったのだ。重量が殆ど無いので落ちた時の衝撃などは小さいモノだつたとしてもアリにとっては高温すぎだったかもしれない。俺たちで例えるといきなり強酸をぶっかけられたのに近いだろう。小さな体のアリでは焼けてしまったか、それとも蒸発してしまったか?灰の後ろにあせあせと慌て蠢くアリたちを見つめながらそんなことを思う。後続のアリたちはどう事後処理をどう済まそうか悩んでいるのだろうか。俺はせめてもの慈悲だと慌てるアリの集団に火種が残ったタバコを擦り付ける。

 「ジュッ」と小さく何かが焼ける音がした。


「全く、オレとしたことがぼーっとしすぎたぜ。それともこの炎天下に脳みそがヤラレたか?」


 笑えない冗談を一人で呟き、思わず失笑してしまう。後ろに手をつき天を仰ぐ。アスファルトが熱すぎて手が焼けそうだ。さっきのアリの気持ちが少しわかる気もする。あぁ……どうしてこう天気が良いのに気温はこんなに高いのか。

 口の中に残っていた煙草の煙を空に吹き出す。


「いや、天気が良いから気温が高いのか。……お前さんたちもそう思わないか?」


 目の前に現れたガタイの良いサングラスをかけたスーツ姿のの男たちにそう問いかける。


「…………」


 答えは返ってこない。

 しかし、この猛暑に黒服で長袖とか正気の沙汰とは思えない。こいつらも暑さで脳天イかれたか?


 オレは「やれやれ」と呆れ交じりのため息をつきながら右手の親指と人差し指を弾く。その指を弾いた音に反応するかのように目の前の煙草の吸殻を押し付けた地点を中心に地面が割れる。割れた地面の芯からは白い土煙が立ち昇り、煙の中にはひとつの棒きれ、というには太すぎるか。槍だし。俺様愛用の《ハンドピース(※武器の総称。 人側の言葉)》・《ニコル・スティラム》が突き刺さっている。まぁ、ちょっとした手品だ。俺は相棒の持ち手を掴み立ち上がる。


「さぁさぁ、兄さんがた、ちょいと俺と遊んでいきましょうや」



●焔月/四日

 プリオール:ラースペント国境門前


 ここ【プリオール】は住民から全部で三つの区域に区分されて呼ばれている。


 まず一つ目はボク等の住んでいる『住宅街』。

 『住宅街』と言っても家を持てるほど裕福な者が少ないためそんなに家は立ち並んでおらず、中心地ではバザールと取り囲むように殺風景なアパート群が波立てられている。バザールに置かれている物は貧乏街にお似合いの値段の物や通常市場では見かけない違法な物、盗品、趣味で作った折り紙などピンからキリまであり、だいたいが物々交換か《ロッタ》という通貨で取引される。

 《ロッタ》とは【ラースペント】管轄国内でのみ使用できる通貨で、《一ロッタ硬貨》・《一〇ロッタ銀貨》・《一〇〇ロッタ金貨》の三種類の硬貨がある。他の国では一〇ロッタ銀貨と一〇〇ロッタ金貨なら、その重量に似合った額で各地の通貨と交換できるらしい。つまり金・銀としての価値のみが生き残るだけで通貨としての価値はゼロになってしまう。

 先程も少しラインナップを述べたものの割合的には闇物が扱われている可能性が高い。しかも裏路地でひっそり隠れてではなく、普通に弁当屋の横とかに店を展開していることからこの街の闇の深さが少しでも理解できるだろう。更にそれを注意する者は愚か後ろめたく思う者すらいない。だがこの手のものは厄介な事件に巻き込まれる可能性があることを取り扱っている商人も知っているのか、比較的破格な値段を設定されていることが多く、販売開始からそう時間を経たないうちに取引されることが多い。もちろん、そういうマニアな物を集めている奴が運良く通れば、の話だが。

 逆にあまり怪しくないものと言えばどんなルートを通ったか判らない魚類以外の食材や各店オリジナルの弁当などか。この情勢下、【プリオール】で野菜を育てている所などなく、近くの海も【ラースペント】の敷地内だ。まともに食材が手に入らないのにまともな値段で売っている。ではこの使われている食材はなんだ?考えるだけで胃の中の物が逆流しそうになる。しかし「まともな値段」なだけであってお世辞にも決して安いと言えず、正直ここで買うより【ラースペント】のデパートに行って買った方が質も良いし安上がりだ。食材の産地なども明確に表記されているのでそちらの意味でも安全だ。もちろん【プリオール】の者はボクみたいな変わり者を除けば誰も【ラースペント】近づこうとはしない。【アラドスティア】の連中も含めだ。

 ちなみにオヤッサンの店は【ラースペント】の知り合いから食材を流してもらっているらしく、安全性は確保できている。だがこのバザールのモノと比べれば安い方ではあるのだが、【ラースペント】のデパートと比べた場合は品質も値段も当然劣る。そればかりは仕方ない。

 バザールと住宅街以外には特に目立つモノがなく、なんとも寂しい印象を受ける区域でもある。まぁ他の区域も変わったもんではないが。


 次に【アラドスティア】の拠点がある南区こと『ガレキ街』。

 なぜ『ガレキ街』と呼ばれているかというと過去に【革命委員会】が推し進めていたテーマパークの建設予定跡地があるからという理由で、なぜ跡地かというのは言わずもがな。【アラドスティア】が施設の建設に対し武力介入を行ったからだ。死者も双方ともに少ない数は出たんだっけ。その結果から【革命委員会】はこれ以上人命を危険に晒すことは出来ないと考え、争いがこれ以上激化しないうちに撤退命令を出し、そこまで表立った抗戦にはならなかったというわけだ。

 『ガレキ街』の見た目こそは廃材がたくさん積まれた空き地に近い。だがなんせテーマパーク予定地だったからか面積がとてつもなく広く、中にはすでに完成していたアトラクションの制御用の小屋などが存在し、【アラドスティア】のメンバーたちは主にそこでたむろをしているとの噂である。

 ここには暗黙の了解で【アラドスティア】のメンバー以外は誰一人として近づこうとしない。たとえやることが無く、どんなに暇でも面倒事に巻き込まれたくないのだろう。

 ここはこれ以上詳しく語らないでいいだろう。実のところ、ここは兄の去った後、ミストがリーダーになってから移動した拠点だ。なのでボクもそこまで詳しく知らないのだ。


 そしてもう一つ、区分されているのがココ、『街境門がいきょうもん前広場』。

 【プリオール】から【ラースペント】に通常通行するにはここを通るしかなく、場所的にはボクが住んでいるアパートの裏手に当たる。

 現在、ココにはボク一人しかいないが、元々【ラースペント】に良いイメージを持たない住民がその【ラースペント】に赴くわけがなく、普段からこんな感じで人通りは少ない。

 国境門の前にはコンクリートの階段がそびえているが、老若男女に優しくをモットーに作ってあるのか階段の段数はそこまで多くない。また門と言っても必要最低限に設置されているだけで扉もなく、間所などもない。もちろん特になにか書面を書いたり、身分証明書の提示する必要もないので普通なら何の問題も無く【ラースペント】に入ることが出来る。門の横にはビルが立ち並び、広場の後ろにはボクの住む全十フロアある大きなアパートが覆いかぶさっているので広場は常にビルの影に覆われており、昼でも少しばかり薄暗い。夜になると街灯の明かりが必要不可欠だ。


 そんな静かな広場。今日もいつも通り人気ひとけがなく、ホッとしていたかった。だがその当ては外れた。どうやら今日は運が悪かったようだ。


「そびえ立つ白いの髪に血の様に赤い瞳。お前がレキ・ルーン・エッジだな?」


 どうやら血に飢えたハイエナ達がうろついていたようだ。後ろから知らない声がボクの名を呼ぶ。ボクはその声に応じるように後ろを振り向く。


「へへっ、こんな人気ひとけのないところでなにしてんだ?」

(……うわぁ)


 「見ない方がよかった」と後悔してしまう。思わず悲痛な声が出そうになった。咄嗟に口を塞ぐ。いやいや、あんなもの見たら誰でも同じ感情になるだろう。

 振り向き、目に写った声をかけて来たと思われる見知らぬ男。その男はなんと肌着を付けず、素肌の上から肩に鉄製のトゲがついている中々イカしたジャケットを羽織り、それ以上に派手に大きな丸形サングラスを装着している。肌の色はこんがり茶色く焼け、頭は金のモヒカンが天を突いている。どこを取っても派手すぎる。何の影響を受けたのかは知らないし知りたくないが、ただただ気持ち悪い。もう一度言う。気持ち悪い。

 後ろにはヘラヘラとした側近と思われる男が二人。一人はサイズの大きすぎる服を着ている長身のひょろい男。もう一人は先程とは違う意味でサイズが合ってない、いますぐにでも弾け飛びそうな服を着ている巨漢な男。兄貴分と服装と髪型を合わせているみたいだ。だが申し訳ないが、こいつらも恐ろしく似合ってない。まぁ彼らの悲惨な見た目に対しての評価はそれぐらいにしておこう。


 さて、先程も述べたようにボクの記憶上ではこんな奴らと顔を合わせた覚えはない。だがどういうわけか彼らはボクの名前はおろか、特徴まで知っている。別に自分のパーソナルデータに重要な機密情報があるとは思ってないが、そんなに簡単に個人情報が漏えいするのはなんとも頂けない。しかし、自分の情報が流れると言うことは自分の知人か近辺の者が流しているということになる。だが近日そんなことをするような者と交流した覚えはない。そもそも普段からオヤッサンと雷恵以外とはあんまり言葉を交わしてない。

 なので以上のことから導き出される答えは一つ。こいつらは【アラドスティア】が、いやミストがボクに仕向けた刺客なのだろう。なんで今更ボクを狙いつけているのかは不明だがそれぐらいしか思いつかない。

 しかし、それでもおかしな疑問が残る。それはボクとミストは直接会ったことがない。なのになぜボクの情報を持っているのだろう?少し考えたが恐らくまだ残留しているメンバーがばらしたのだろうと自己解決した。思わず呆れてしまう。

 だがそれ以上に呆れてしまうことが目の前にある。今の【アラドスティア】はこんなん奴でも迎え入れているとは……。昔は兄が割と堅物だったこともあり、こんなチャラチャラした奴は少なかった。慈悲の目をむけるわけではないが【アラドスティア】も落ちたものだ。

 ため息をつき、ボクは階段の方に向きなおす。


「別に」


 ボクは短く答え、ヒラヒラと手を振りながら階段に足をかける。


「おいおい待てよ、俺はただ話がしたいだけなんだよ」

「近づくな」


 笑いながら兄貴分が近づいてくる。だがボクはドスを利かした声で奴らに釘を刺し、構わず階段を昇る。


「ちっ。なんだよ、つれねーな」

「おいおい、仲良くやろうぜ~」


 周りの側近も兄貴分に合わせるように煽り立ててくる。だがどうでもいい。ボクは足を止めない。


「人が下手に出てりゃあナメやがって……。おい、待てって言ってるだろうがぁ!!」


 先程までの飄々とした態度はどこへやら。

 本性を露わにした男は途端怒鳴りあげ、早足でボクの所まで階段を駆け昇る。二段ほど下から男の薄汚い茶色い無駄に太い右腕ががっちりと力強くボクの左肩を掴んできた。左肩が軋み痛む。


「華奢な腕してるな……、肌の色も白いし髪も長い、もしかして女か?」


 男の舌がペロッと自分の唇を舐める。気持ち悪い。なにはともあれ忠告はした、容赦はしない。

 ボクは何も言わず、振り向くと同時にベルトポーチから長年愛用している《相棒ナイフ》を素早く取出し、ボクの肩を掴んでいる男の右腕を切り上げていた。ナイフは簡単に右腕を貫通する。血飛沫は刺した瞬間のみ吹き出し、ナイフが刺さった状態だと傷口から血が込み上げると言えばいいのか、血は宙を仰がなかった。僅かに空を飛んだ血は雨の様に降り注ぐ。その血を少し顔に浴びてしまった。真っ白なボクの髪の一部が赤く染まる。ボクは無表情のまま刺さったナイフをそのまま自分に寄せるように、腕が真っ二つになるように引き切る。


「ぐああああああぁぁぁぁ!!」

「兄貴ッ!!」


 男は大声で叫び、とても片手では有り余る傷口を押さえ後方へと後退り、階段から足を外してしまい転び落ちる。切られた痛みと転げ落ちた痛みが相乗して男は声を殺しながら地を転がり悶えている。先程まで笑っていた側近二人も血相を変え男の元に駆け寄っていた。


「もう一度だけ言う。ボクに近寄るな、関わるな」


 危害を加えられないなら別に殺そうとは思わない。降りかかる火の粉は払い除けるのみ、これは正当防衛だ。ボクは肩のホコリを払いながら彼らに二度目の警告した。


「待てってんだろうが!!」


 側近の二人は腰のベルトポーチからナイフを取り出しこちらに駆けてくる。まぁ、これでも【アラドスティア】の一員なんだ。それなりに戦闘経験積んでいることだろう。ただの雑兵相手なのに。こいつらが自分の足元にも及ばないことなど重々承知のはずなのに。久々に血が騒ぐ。

 忠告はした。手加減をする気はない。


 気付けば――――笑っていた。


 「待て」と言われてから間髪入れずにボクは階段から跳び、ガリガリの側近の顔面に蹴りを入れる。うまくかかとが男の鼻柱にめり込み、男は鼻を折る音と共に鼻血を噴く。身体は後ろに飛んでいき、そのまま転がり壮大に大地を駆ける。

 ちっ、あれぐらいの攻撃すら防げないとはなんとも拍子抜けだ。だがもうこの興奮した感情を抑えることが出来ない。


「ダリー!!」


 吹き飛んだ奴の名前なのか、それともめんどくさいのか分からないがデブの方の側近が叫ぶ。だが相手にしないでいいはずのお前らの相手するこっちの方がだるいのだが……。ではご希望通り、さっさと終わらせることにしよう。

 ボクは足が地に着いたのを確認したらつま先に力を籠め、すぐさまデブの方を目掛けて駆けた。


「なろぉう!!」


 デブの側近は走って来るボクに対し、タイミングよくナイフを縦に振り下ろす。だがあまりにも動きが遅すぎる。


「遅い」


 ボクは振り下ろされる敵のナイフより早く、下からナイフを持っている側近の腕を切断する。人の肉を切るときは既に皮をはがされた動物の肉に刃を入れる時とは少し感触が違い、最初は皮を切るためか少し硬い。だが刃が肉に入ったら骨ごとなぞる様に切れる。例えるならバターをバターナイフでカットするときの触感に似ている。

 赤いペンキをまき散らしながら宙を舞う男の腕。あからさまに間はあった。デブの側近は痛みより何が起きたか理解できていない。


 なぜ振り下ろしてきているのに下から刺したのか?理由は簡単、単に奴の技量が限りなく低いのだ。あの時、振り下ろさず振り回していたのなら、今の結末も少しは変わっただろう。だがナイフで縦や横に振りかざすなど、軌道や間合いが容易く理解できてしまうし、なにより腕を後ろに回すと言うタイムラグが致命的すぎる。小回りが利くナイフでそんなことしてしまっては本末転倒だ。牽制するだけなら軽く振るうだけでいい。勝負は一瞬だ。行動一つで全てが決まる。


 ボクは側近が空中に浮かぶ自分の腕に見とれているうちに、必要以上に豊満な腹部にナイフを突き刺し、クルッと円を描く。描いた円はあっという間に赤い液体が溢れ出て来てその一色に着色される。


「《―The endエンド―》」


 ボクが小さく呟くと、先程描いた円を軸に男の腹部にゆっくりと黒いヒビが入り出す。ヒビからは止めどなく血が溢れ出す。ぷちぷちと肉を破る音が耳障りだ。


「あ、あぁ……あぁあああぁぁ!!」


 そのまま全身にひび割れを起こし男の身体を細切れにする予定だったが、男がうるさい声を上げようとしていたので、その前に腹部に刺さっているナイフを躊躇なく斬り上げる。

 男の体は腹部から上は綺麗に真っ二つに裂けて、数秒後には男だった肉塊は音を立てて崩れ落ちた。腹部から下部はブロック状に細切れに切れ、服もそれに応じた形になっている。お粗末な股間も見え隠れしている。ここだけはミンチ状にした方が良かったか。

 頭を冷やせと言わんばかりのデブの腕から溢れ出た血が時間差で赤い豪雨として降り注ぐ。先程の兄貴分の腕を突き刺した時とは比べ物にならないほど血が全身が真っ赤に染まめあげ、鉄の臭いを醸し出す。

 あぁ、殺すつもりはなかったんだけど……少し熱くなり過ぎていた。まぁ、いっか。虫を殺したところで誰も咎めることは無い。ボクはナイフをもう一人の悶えている側近に突き示す。


「おい、そこのガリガリ。もう一回だけ忠告するよ。こんな風に死にたくなかったら今すぐに去れ。今回は見逃すから」

「ふぉ…ふぉめんみゃはい!!!」


 ボクは鼻を抑えて痛みもがいていた側近が何を言ったのかは理解できなかったが、側近は素直にボクの言うことを聞き入れたらしい。立ち上がるとすぐに身を翻し、逃げ出していってくれた。

 全く、こんな雑兵を送り込んできて……手の込んだイジメだ。


「はぁ……」


 ボクは一息吐く。さて、あと一人。どうせ大したことないんだろうけど。


 パンッ


 振り向くより先になった発砲音は音とほぼ同時に何かがボクの頬に引っかかる。頬には熱と傷跡を残る。かすれたところはそれほど時間を置かず血が流れ出て来た。そして前方では逃げ去った側近が地に身を投げる音だけを残して倒れ、ボクは何が起きたのか一瞬で理解できた。


「舐めるなよ……このクソガキがぁ!!」


 男は整わない息を吐きながら怒鳴る。男の健全な左腕にはどこから取り出したのか、見慣れた拳銃が握られていた。



 ベネットMC34――

 装填できる弾は小さく、殺傷能力はそこまで高くないが、複数弾倉を持ち無改造モデルですら十五発まで仕込むことが出来る。また弾が小さい故に弾倉拡張も容易である。射撃後の反動が小さいのという特徴もあり女性でも扱いやすく、コンパクトで携帯性に優れ総パーツ数が少ないことでメンテナンスが容易なことが特徴なダブルアクション式の自動拳銃。

 値段はそれなりだが、それ相応に普及しているモノでもあり、【アラドスティア】のメンバーが【ラースペント】の者から強奪する代表的な代物だ。



 わざと逸らしたのか、利き腕じゃないから反動が大きくあまり上手く撃てなかったのか、それとも震える体でうまく標準を定められなかったのか。理由はどうあれただ狙いは全く定まっていなかったのは明確だ。


「そっか、お前は死にたいんだ」


 ボクは頬の傷口を拳で拭いながら男に一歩一歩近づいて行く。頬の傷からはまた血がにじみ、溢れ出す。


「来るなぁぁ!!」


 男ががむしゃらに発砲する。今度は真っ直ぐと一直線に。


 生憎、ボクはこんなナイフで発砲された弾丸を切るという芸当は出来ない。真正面まで来ている弾をいまさら避けるなどということも残念ながら難しい。この窮地を回避するにはどうすればいいか。そんな出切った答えを求め、目を閉じ改めて考える。

 しっかし、さっきも《力》を使ってしまったし、正直こんな雑兵に何度も見せる力ではないんだけどな~。強力な力を振りかざすほどボクは傲慢ではないのだが……。

 そうボヤキながらもボクは足元の《影》を力強く踏む。


「なにっ!?」


 ガシャン――と鏡を割るような音が辺りに響く。ボクの目の前には黒い壁のようなモノが足元から飛び出しており、弾丸はその壁に突き刺さっている。無論、ボクは無傷だ。



 この世界、【インモラル界】に存在する人、全生物、いや万物には必ず《属性色ぞくせいしょく》と呼称される色を宿し生まれる。


 《属性色》は《赤》、《青》、《緑》、《白》、《黒》の五色ある。色と呼称されているが体のどこかが染まったりするわけでは無い。

 《属性色》は《魔力》及び《妖力》の源であり、この《属性色》は身体の成長と時間の経過と共に《属性》へと形を変える。

 この《属性色》及び《属性》は個に付き一つが原則であり、いくら人造物でも二つ以上の《属性色》を持たせることは出来ない。二つ以上の《属性色》を身に宿していると各《属性色》が互いに混じり合わないようにと反発しあい、所有者の意思に関係なく《属性色》自身が勝手に体内で暴発して身体機能をことごとく破壊してしまうからだ。


 《属性》は過ごしてきた生活環境や《属性》所有者の性格が著しく影響し、例え同じ《属性色》を持ち同環境で育った兄弟でも性格が違えば《属性》も違う。例え似通った性格でも異なることが多い。

 また偶然同じ《属性色》で《属性》までも同じだとしても、能力の使い方まで同じとは限らない。使い方もまた《属性》を持つ者の数だけあると言える。必ず己に合った《属性》に変化するということはないので、いくら優秀な《属性》やトリッキーな《属性》を引き当ててしまっても、最終的には使いこなせるかは所有者の技量によると言うことだ。


 《魔術》及び《妖術》はこの《属性》を具現化したものを示す。

 その際に消費されるのが《魔力/妖力》であり、《魔力/妖力》はつまるところ体力である。過度に使いすぎると眩暈や疲労、行使の方法によっては気を失うことも珍しくなく、最悪の場合、命を落とすケースもある。消費量も使い方によって違うので慣れないうちは過多は禁物である。

 ちなみに《魔術/魔力》と《妖術/妖力》と何故呼び分けられているのかというと、【人】の言葉か【妖】の言葉かという、ほんの些細なことで方言みたいなものと感じて頂いて構わない。



 各《属性色》の特徴や覚醒しやすい《属性》は以下の通り。

 ただし下記のモノはあくまで一例であり、イレギュラーが殆どだと考えてもらった方がいいかもしれない。



●《属性色:赤》


 連想されやすいイメージ:《火》、《情熱》、《血》 etc…


 熱に関することに対して連想されやすい色で主に妖の龍系統の者が持つことが多い《属性色》。

 もっとも覚醒が容易く、それ相応に能力に伸びしろがあまり見られない《属性色》である。

 ただし使いこなせば他を寄せ付けない、唯一無人の力を手に入れることが出来るとされている。

 消費《魔力/妖力》が《属性》によってまちまちで大技を使っても消費量があまりかからないものも多々ある。

 龍系統の体力が化け物扱いされるのもこの辺りが起因している。


●《属性色:青》


 連想されやすいイメージ:《水》、《冷静》、《機械》 etc…


 水に関することに対して連想されやすい色であり、主に水辺の生物が所有する。

 妖や野生生物だけでなく水辺の近隣に住む一部の人にも表れることがあり、唯一人が自然に普通に手に入れることが出来る貴重な《属性色》である。

 覚醒する《属性》が大雑把で扱うのに時間がかかることが特徴的。なので使い方が何通りもある者が多い。

 付加能力以外の能力殆どが《魔力/妖力》を大幅に消費する《魔術/妖術》が多い。

 なのであまり使用しようとしないが、使われると厄介この上ない能力が多い。

 また《属性:火》や《属性:闇》など《亜種属性》がもっとも見受けられる《属性色》でもある。


●《属性色:緑》


 連想されやすいイメージ:《木》、《成長》、《毒》 etc…


 自然のモノが連想されやすい色であり、妖の五割ほどがこの《属性色》を所有しているとされている。

 能力差が激しい《属性色》であり、例えば同じ《毒》でも『体内で毒を生産してタイプ』や『地面を毒に置き換えるタイプ』、『触れた部分を腐敗させるタイプ』など、《属性》の能力の分岐点が他の色と比べて多種である。

 また複数の《属性》や能力タイプを所有する者が多い《属性色》であり、二つないし三つ以上の《属性》を持つ者も珍しくない。

 コントロールタイプの能力が多い《属性色》でもあり、消費《魔力/妖力》は初動では少ないものの徐々に消費量がかさむものが多い。


●《属性色:白》


 連想されやすいイメージ:《純潔》、《光》、《優しみ》 etc…


 あまり所有している例が少なく謎な部分が多い《属性色》。

 聖なるイメージが強い反面、能力を生かしきれない《属性》に変化することが多いという。

 消費魔力/妖力量も不明。


●《属性色:黒》


 連想されやすいイメージ:《夜》、《妬み》、《恐怖》 etc…


 人の大半が所有する《属性色》であり、《属性色》の根底に《恐怖》が根付いている理由からもっとも覚醒が難しい《属性色》でもある。

 己の抱えている《恐怖》心やそれを克服する方法は所有者によって違うが、属性と違い明確な覚醒条件があることも特徴のひとつと言える。

 《恐怖》を克服出来れば属性色をも受け付けないほどの心強い力を手に出来るが、再び《恐怖》に負けてしまうと二度と《魔術》を使うことが出来なくなってしまう。

 精神に干渉する能力が多く、消費《魔力/妖力》はそれなりに多い。

 また《属性色:緑》のように多種多彩な能力を習得するわけでは無いが、属性で物理系統と精神系統の能力がセットとなっていることが多い。 




 レキはこの《属性色:黒》に属される《属性:影》を所有している。

 能力は『影に質量を与える』という物理系統の能力を所有する。

 精神系統の能力はまだ覚醒していない。


 先も説明したように《魔力/妖力》は体力であり、この能力は『対象の影に接触している』が能力を行使する条件で、更に『直接触れること無く、何かをつたい影に接触していても行使することが出来る』ので、現在いる広場など全体が影に覆われているところなど好きに使うことが出来る。

 だが《魔力/妖力》を与える対象を絞らないと、全ての影に《魔力/妖力》を吸われてしまうので精密なコントロールが必要。《魔力/妖力》を吸われ過ぎて気を失う程度ならまだましだが、暴発してしまったら辺りを圧し潰してしまうことになってしまう。

 レキは通常、ナイフの鏡面に出来る影に僅かな《魔力》を込め、厚さ一ミリほどの刃をナイフを振るう際に形成してそのまま飛ばしたり、相手の傷口に出来た僅かな影で糸状のトゲを形成して傷口から体内に侵入し影を一気に膨張させて肉を炸裂させたりする。

 また影に少し多めの《魔力》を込めて飛ばすと遠隔で影のサイズの肥大化や影をコントロールすることが出来るようになる。なので飛ばした鏡面の影で対象の衣類だけ切り裂いたりする芸当なども可能。

 どんなに影がかかった場所が多くてもこのようにいつものペース配分が出来れば体に負担にならない程度の少量の《魔力》でもいつも以上の戦果をあげることができる。


 だが例えば夜など視界が安定しないところで使うと闇と影がイマイチ判断できなくなってしまう。状況を例えるなら砂の中にある砂鉄を肉眼で分別する程度か。

 このような状態だとコントロールに必要以上に莫大な《魔力》を浪費してしまったり、『影がコントロールが出来ない=イメージの許容範囲を超える=《魔力》が暴走してしまう』とイメージが繋がってしまうと、最悪の場合『影に飲み込まれてしまう』というイメージに辿り着いてしまい、再び《恐怖》に打ち負けてしまう可能性もあると言える。

 また影は《魔力/妖力》により、質量を持たしている。

 言ってしまえば空気の入った風船みたいなものだ。

 風船と違い許容限界量は無いが、膨らんでいるところを針で刺すと割れるように、影は光に少しでも当たってしまうと即座に霧散して消えてしまったりなど、決して便利だけではない。


 少し話はずれるが、人の世界では《魔力》の行使=《魔術》を扱う者のことを《魔術師》と呼称し、崇められる。

 これは先述で語ったように《属性色:黒》が《属性》に覚醒するは《恐怖》を克服する必要があり、《恐怖》に打ち勝つと言うことは並大抵のことではない。

 《魔力》を行使する、《属性色:黒》を《属性》に変化できたということは《恐怖》を克服したということ。

 《魔術師》には『現実という恐怖に打ち勝つ希望』という意味が込められており、それこそ人々の《勇者》そのものである。

 だが、現実はそんなに綺麗なモノでは無く、この《魔術師》と呼ばれる者の大半は《属性色:黒》ではなく違う《属性色》を所有しているイレギュラーの者が殆どだったりする。




「ここがビル群の影になっててよかった……」


 白々しくボクは男に言う。影の盾はまた鏡の様に砕け散り、受け止めた弾丸を地に落とし何事もなかったかのように影に溶け消える。ボクはナイフを振るい、ナイフに付着した血を払いながら男に近づく。


「なんだよ、それ……まるで俺たちがここで襲って来ることを予見していたかのように……!!」


 なにいってんだ、コイツ。

 この【プリオール】での日常は常に死と隣り合わせだ。いついかなるときも気を抜いてはいけない。まさかこいつ、【アラドスティア】に加入したから安全だとでも思っていたのか?

 思わず呆れ、ため息が漏れる。


「じゃあもういいよね、ボク帰ってシャワー浴びたいし」


 ボクは指を鳴らすと男の構えていた銃の銃頭に詰まった影を膨張させて炸裂、爆発させる。これで完全にこいつはボクを倒す術は無くなった。銃の突然の爆発に男は驚き、短く悲鳴を上げ後方に飛ぶ。見てて飽きない男だ。芸人になればよかったのに。ボクは数歩歩き、ナイフの先を震える男の鼻先に突きつける。


「何か言い残すことある?ミストに会ったら伝えといてやるよ」


 せめてもの慈悲だ。

 もっともボクはミストの顔を覚えてないし、そもそも会いたいと思わないから遺言が伝わることは定かではないが。

 男は身震いし、口も震わすだけで何も語らない。このまま立ち呆けてるのも時間の無駄だ。あと十秒数えるうちに何も言わなかったら片付けてしまおう。

 ――――そう思ったときだった。

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