#-02[Réalité immuadle]

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 目が覚めて最初に見たモノは見たこともない鮮やかで爽やかな雲一つもない青空だった。地面は青々しい草のカーペットが地平線の向こうまで広がっている。


「…………」


 ボクはゆっくりと瞬きを繰り返し、青い空を何度も何度も確認する。だが青空を見るたびにある疑問が脳内に繰り返し浮上する。


 ――――どうしてボクはこんなところで寝転がっているのだろう?


 答えが出るはずの無い自問自答に悩み明け暮れ、ボクは考え疲れ、大きく息を吐き出す。とりあえずボクはもっとも答えに近いであろう寝る前の記憶を思い出すことにした。

 ……昨日はいつも通り、いつもの時間に自室の質素なベットに転がったことは記憶している。そう、いつも通り。なにも変わりない。

 はぁ、駄目だ。ヒントの欠片も無い。そう行き詰っていた時、ふと昔読んだ本の内容を思い出した。




 ――――《夢界むかい》。

 脳内の想像や理想、妄想を映像化したモノでは無く、自己の内面を写し出した現実とは違う次元にある異世界。

 記憶もうろ覚えでこの情報があっているのかさえ不安だが、たしかこの世界に至るにはある条件が必要らしく普通は見ることさえままならない世界だ。

 本来の《夢》との相違点は大きく三つ。


 一つは「己の意思で自由に動けること」。まぁ、仮にも《夢界》はこの世では無い異世界と認識されているのだ。四肢を拘束されてない限り自由に動けることなどなんら不思議なことでは無い。逆に動けない方が不思議だ。

 次に「記憶・感覚の共有」。視覚、聴覚、触覚、味覚、感覚の五感、そして記憶を《現実》で寝ている自分とシェアすると言うモノ。要するにあちらでいる時の記憶が残ると言うことだ。簡単に言うが、《夢》を記憶として保管しておくことが難しいのは言うまでも無く。それを《現実》で体験したように記憶するのだ。不可解極まりない現象なのだが、そこは「異世界だから」で片が付いてしまう。なんとも残念な回答である。これが一般民の回答ならまぁ頷けるが専門学者の回答である。湧き出る疑問も必然と出なくなってしまう。毎回「もう少し探求心を持てよ」と心でツッコミを入れている。読む本を間違えているのか?

 さて少し脱線してしまったが最後の相違点は「夢を現実に出来る」こと。これはある男の体験談なのだが、男は心臓病を患っていて今月が山だと医師に宣告されていた。そんな矢先、男は夢の中で彷徨い、暗い洞窟に迷い込んでしまう。その奥には微かに光る何かがあり、男はその僅かな光を頼りに洞窟の奥に足を延ばす。その光の正体は宙に浮く心臓で男はその心臓を手に取ると同時に夢から覚めたと言う。その翌日の診断、驚くことに心臓の病は跡形も無く完治しており、医師は奇跡だと目を疑った。この他にも骨折や悪魔を退治したなど色々な逸話があるが専門学者曰く「《夢界》のおかげ」らしい。

 ……やっぱり三番目の話はなかったことにしたい。イマイチ信憑性が欠ける。

 以上が、《夢》と《夢界》の相違点だ。しかしまだまだ未知の部分が多く、未だ真相解明に尽力をかけていたりするのでもしかしたらこの情報も間違いなのかもしれない。



 穏やかな風が肌を撫で、雲が無いので隠れることのない太陽が僕を日照り続けるが、どこか穏やかで調度いい温度を保っている。僕は何気なく体を右に傾け、辺りを伺う。東の方には森があるのが見える。そこから様々な姿や色をした鳥が飛び去って行くのが見える。

 本当はただの夢なのかもしれない。でも、まぁこんな現象に自らがおちいっていることに思わず笑みが零れる。目を閉じ、この夢から覚めないことを願いながら体を左に寝転がす。


 ボクは《夢》から《現実》へと浮上する。その夢の中で一つの影がボクを覆ってることには気もつかずに。



●焔月/四日

 プリオール:アパート_イニティウム_103号室_



 《夢》という世界の中でも眠りについたボクは、《現実》という不条理な世界で再び目を覚ます。



 重い体を起こし相変わらず必要最低限な物しかない殺風景さっぷうけいなコンクリートの牢獄ろうごくに近い部屋を見渡し、あの青々しい草原が無いことを確認する。ボクは木の枠にはめらてたガラス製の窓を開け、外を見る。いつもと変わらぬ景色を眺めながら「あぁ、いつもの現実だ……」とぼやく。夢の中で得た鮮明な感覚を一瞬で拭い捨てられた。


 まぁこんな感情いつものことだ。身体もいつも通り、汗だらけで最悪の状態だ。下着は肌にピッタリとくっつき、ベットのマットにも汗は染み込み、マットは少し黄色く変色しており、汗のすっぱいというか独特な臭いを放っている。窓からはそよ風が入って来るが、暑さは全然拭いきれない。更に追い討ちを掛けるように、蝉の耳を刺すような鳴き声が音のない部屋に響き渡る。

 全く、現実という物はいやがおうにも自分現実を実感させたがる。

 さて。この暑さとこの身体の状況で『寝直す』という芸当は残念ながらボクには到底出来ない。ボク、《レキ・ルーン・エッジ》はベッドからゆっくりと降り、汗で濡れた下着を脱ぎ捨てながらバスルームに向かう。


 どの期月に限らず起床後、ボクはいつも通りすぐにぬるめのシャワーを浴びる。妙に温かい湯が体中の汗という名の毒素を洗い流している様な感覚がどこか気持ちよく癖になる。しかしここ最近、焔月えんげつ(四季の夏、五月~八月にあたる月)に突入した関係も有るのだろうが平年より気温が異常に高く、毎日猛暑に見舞われている。そのため、シャワーから出てもすぐに大粒の汗が体中から溢れ出る。どうせなら一日中シャワーを浴びて過ごしていたいぐらいだが、意味合いは違えどそれもまた《夢》だ。それにいくらなんでもそこまでボクも暇ではない。

 ボクは前に垂らしている鬱等しい前髪が顔にくっついているのもお構いなく蛇口に手を伸ばし、お湯を止める。


 ここは【リアサルン大陸】の――おそらく――最南端に位置する国【ラースペント】の首都、【帝国・ラースペント】の隣に位置する【旧市街・プリオール】。なぜ首都に国と冠付いているのかは知らない。そういうものなのだろう。紹介するまで気にもしなかった。元々【プリオール】は【ラースペント】の名で【ラースペント】の首都として扱われていたが、数十年前に現在の【ラースペント】が海の埋め立てることにより新しく作られ、共に改名をしたという経緯いきさつを持つ。そのこともあってか、何がそんな気持ちにするのか分からないが、【ラースペント】の者は【プリオール】の者を《古い奴ら》と呼び差別する。それに乗じて【プリオール】の者はひたすらに【ラースペント】の者を目の敵にする。もっと仲良くなればいいのに。

 ちなみにこの問題について【ラースペント】の政府は「国の抱擁する町の一つとしてないがしろにせず、友好的に接する」と回答しているものの現実は相変わらずである。まぁ自分は興味のない案件だ。どうでもいい。「夢は寝て語れ」というものだ。


「臨時ニュースです」


 聞き慣れない野太い男性と思われる声が響き渡る。このアパートの部屋の窓から見える高層ビル群の中の一柱に設置されている大型の《デスク・プラネット》にはスーツを着た男性が投影されている。



 《デスク・プラネット》――。

 電気出力の映像投影装置の名前であり、新世代メディア商品を一角を担いでいる。だが新世代と言えど最初期型、つまりのプロトタイプが発表されて七年、正規版を発売してすでに五年の歳月が経っている。常に最先端技術を取り入れ、改良と改善を加えられおり、現在は確か第七期製だったか。中のコンピューターのバージョンアップは細かいモノを含めると二〇〇回は超えていると聞く。それほど手を加えて看板商品として売り出している代物なのだが、未だ中古品でも高価な値段を誇り、家庭型を所有しない家庭は沢山あるようだ。そこで所持していない家庭や通勤中の息抜きの為に普及されたのが、あのビルに張り付けられている大型の《デスク・プラネット》だ。あのビルの他にも幾つか取り付けられている。ココ【プリオール】でも見えるように設置されているらしいが、【ラースペント】に比較的近いココでギリギリ見えるぐらいである。「【プリオール】の方々はサウンドオンリーでお楽しみください」とでも申したいのか、悪意すら感じる。


 普段は朝のバラエティとニュースを混合した番組やつまらないコメディ劇場、過去のドラマの再放送などを中心にローテンションで放映している。祝日などはローテンションを崩し、特別番組が取り入れられたりする。しかしこれは私的な意見なのだが、朝から女のビンタの音が街に響き渡るなんて、どう見ても修羅場を通り越している。そもそも通勤中の者にドラマを見せること自体間違えていると思う。興味の有無関係なしに生殺しもいいところだろう。

 だが、先程聞こえたのはそんな名ばかりの修羅場劇場やニュースキャスターやコメディアン達の楽天的な声ではなく、ニュースキャスターが慌ただしく資料をめくっている。



 ボクはいつもの薄いパンを二切れと簡単に塩・胡椒を振ったベーコンエッグと塩を振りかけたサラダと言うには質素すぎる野菜の盛り合わせというありきたりな朝食を摂りながら、どこか呆れた感じでデスク・プラネットに投影された男性を見つめる。 どうせ言うことはいつも通り、ワンパターンだ。


「先日行方不明になっていたプリオール改革委員会議員の《カーラ・セルサダニア・エンドラゴン》氏がセントラル通りのファミリーレストラン《Delicieuxデリシュ》の裏場にて何者かに殺害されていることが先程判明致しました。

 現場のレダさんよりレポートです。レダさん、聞こえますか?」


 ニュースキャスターは慌しく記事を読み続け、現場レポーターに状況説明をお願いするために画面がシフトする。


「やっぱり……またヤツらか……」


 ボクはパンの耳をかじながら、投げ捨てるように呟く。レポーターは今後、犯行者を洗いざらい徹底捜査するとか言っているが……まぁ、恐らくいつも通りに犯人は見つからないだろう。こいつらにそこまでの捜査力があると思えないし、なによりする気すら無い。口だけだろう。根拠?何日かすれば違う事件で今回の件などすぐに街の者達の記憶から抹消されてしまうからだ。根拠の裏付け程度に説明すると、ここ数日【改革委員会】の代表者がしらみ潰しに殺害されている。今回で確か五件目だ。誰が起こした犯行なのか、それは【プリオール】に住む者はだいたい理解している。だが、理解しているからと言って納得しているとは限らない。おそらく誰もが英雄の堕落に嘆いていることだろう。


 ――――あぁ、今日もどこかで誰かが殺された。




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 ぺたぺた。

 おれの顔に生暖かい何かがくっていては剥がれる。雨、にしては大きすぎる生暖かい何か。顔の一点を繰り返し触れていることから容易に何が起きているかは想像できる。


「ねぇねぇ、フェンリル~。

 起きてる~?もう朝ですよ~?」


 甘ったるい小悪魔の声に誘われ、無意識にゆっくりと目を開けてしまう。やはり想定通りだった。目の前には顔を触ってきている少女の顔がドアップで映る。


「あっ、やっぱり起きてた!」


 おれの前身の十分の一にも満たない身体を持つ少女は必死に声を張り上げて、身体全体で喜びの感情を表す。


「今から寝るところだ、大声出すな」


 おれが起きているとわかったらコイツはきっと無駄な質問を永遠と繰り返すだろう。まだ幼いからか、こいつの話は異様に長い。しかも話を無視すると強い張り手をしてくる。痛くはないものの痛覚は反応するため、気持ち悪い。いっそのこと痛い方が心地いいくらいだ。

 しかし、無視して目を再び閉じたら良かったものの、誤って口を開いてしまった。我ながらなんとも情けない。


「ねぇフェンリル、月ってなんで丸いの?」

「知るか」

「じゃあね、太陽ってなんで月と一緒に顔を出さないの?」

「言ってもまだ理解できないだろ」

「そっか~。

 じゃあね、じゃあね!」


 そう、彼女にとってはおれとの会話など暇つぶしでしかないのだ。その暇つぶしの時間もどのくらい潰しただろうか。おれの胸元辺りに座っていた彼女はいきなりおれの背中にのっかかってきた。


「あのね、フェンリル。

 私ね、いろいろあったけどこの街に来て良かったと思ってるの」


 いきなり少女はそう告白すると息継ぎもなく、まくしたてる。そう、こいつはいつもいきなりすぎる。話も脈絡もないし、近親者としていつか注意するべきか。


「でね、みんな優しいし……」


 だが生憎そろそろ本気で眠い。悪いが話はまた今度にしてくれ。


「それに……それにね!」


 その言葉を最後に少女の声が聞こえなくなる。不審に思ったおれは目を薄く開け、少女の様子を窺う。


「それに……それに……それにね」


 少女は今にでも爆発しそうなほど顔を真っ赤にして「それに」という言葉を小さく繰り返していた。まぁ……大方アイツの顔でも思い浮かべているんだろう。容易に想像がつく。


「お隣なんだからいい加減、アタックしてみればいいモノの……」


 何度この茶番に付き合ったことか。おれはポロッと本音をもらす。


「なっ!!」


 その発言に怒った少女はいきなり私の頬の辺りを叩く。痛みは無いが驚きで折角の睡魔が一気に吹き飛んだ。


「テメェ……」

「なにデリカシーのないこと言ってるのよ!フェンリルのバカ!!」

「あぁ?眠い目こすって聞いてやってるのに……いい態度じゃねぇか……」

「うるさいバカ狼!少しは乙女心ってものを解からせてやる!!」

「たかが生を受けて十年経つか経たないかの小娘に俺に説教なんて、百を越してから言えっ!」

「女歴は私の方が上よ!」

「そういうのを屁理屈と言うんだ!」

「うるさい!」


 そんなこんな罵倒ばとう口論しているうちに、おれも少女も睡魔に襲われ、気付いたら仲良く肌を寄り添って眠ってしまっていた。



 ……思わずため息が出る。何故か特別な思い出ではないが、あの時の記憶を思い出してしまった。たかが数年のことだが、あれから何年経っただろうという疑問がふと頭を過る。浜辺で海を見つめるあの彼女を見つめる。

 よくよく思えばあの頃の「おてんば」とイメージはすでに払拭されて、年相応な「女性」に成長していると思う。ただの親バカか?


「どうしたの、フェンリル」


 おれの視線に気づき、少女は振り向き語り掛けてくる。


「いや別に……。ただ昔のコトを思い出してただけだ。まだまだおてんばだった頃のお前をな」

「ふふっ、そんな時期あったっけ?」


 涼しい顔で己の過去を否定する。まぁ、思い出したくないならそれでいいんだが……。


「さて、そろそろ起きないと。親父さんに怒られちゃう」

「そうか。じゃあ、また明日な」

「うん、じゃあねフェンリル」


 天真爛漫で無邪気にはしゃいでいた昔とは違い、落ち着いた声が澄んだ空に響いた。


 ――――運命はいつでも流転する。

 我が君主の口癖だった言葉だ。彼女を見ているといつもその言葉を思い出す。

 まぁアイツと君主とは姿も性格も似ても似つかないんだがな。



●焔月/四日

 プリオール:アパート_イニティウム_103号室_



「次のニュースです。本日明朝、またも狼女を発見したとの情報が入りました。政府は現在、狼女の正体は【妖】と認定して捜査を進めています。現在のところ被害報告はありませんが過去にも似た件があり、今回の件と過去の件の狼女は同一個体かなど色んな側面から引き続き調査するもようです。みなさまも今後なにかしろ被害が出ても起きてもおかしくない状況ですので、気を抜かないように生活してください。

 次のニュースです」


 あれから一時間ほど経過したか。気付けばもう昼だ。起きてからまだ三時間ぐらいしか経過していないからか、なんとも昼と言う実感が沸かない。ボクは洗濯や洗い物などを片付け、今後の予定を考えていた。


 デスク・プラネットはまた画面が変わり、先程の殺人事件について議論している。キャッチコピーは『終わらない連続殺戮、 【プリオール】の闇に迫る!!』。……友好的とはなんなのか。ボクは朝から飽きるほど流されるつまらないニュースの幾度となく表示される現場地図を暗記し、「暇つぶしがてらに殺害現場にでも行こうかな」と物騒なことを考えていた。

 よし、善は急げだ。 早速、髪をクシで軽く梳き身支度を整えた。服は……別になんでも良いので適当に手に取った黒と白のチェックの半袖のYシャツを赤のシャツの上に着る。ボトムは数あるデニム生地のロングサイズのモノを選ぶ。暑くても足を見せるのはどうも落ち着かないのでどの季節でも基本的にロングサイズしか穿かない。それにレディースモノで少しサイズが大きいので通気性は抜群だ。『相棒』が入っているショルダーポーチも忘れれずベルトループにセットし、ガスの元栓と水道の蛇口を確認。戸締りも完璧に……と思ったがこの期月、部屋を完全に閉じきったら蒸風呂に変貌してしまう。悩んだりもしてみたが窓は締めず網戸状態で出かけることにした。どうせ泥棒なんて来ない。網戸にしておこう。

 もう一度準備に怠りが無いか確認して、全て大丈夫なことを改めて確認して玄関に向かう。最近購入した青を基本色にしたスニーカーに足を入れる。少し大きいサイズを買ってしまっただろうか。紐できつく縛ってはいるものの少し緩く感じてしまう。


 そしていざ出発しようと玄関の扉のドアノブに手をかけた瞬間、忘れていたことをひとつ思い出し、玄関の小さな下駄箱上に唯一飾ってある一枚の折りたたまれた写真を見た。そこには白と黒の正反対の髪の色の二人の少年、幼いボクと兄だ。そして、すらっと長い青白い髪の女性……母の三人で満面の笑顔で写っている。みな曇りのないすがすがしい笑顔だ。


「……いってきます」


 ボクは静かに写真にそう告げ、玄関のドアノブに手をかけ部屋を後にした。



●焔月/四日

 プリオール:アパート_イニティウム前街道


 ボクはアパートの階段を駆け降り、アパート前の大通りに足をつけた。窓ひとつしかない密室に近い自室と暑さを比べたら雲泥の差だ。やはり外はいい。

 だがそれでも暑いのは暑い。拭っても拭っても絶え間なく吹き出る額の汗を拭ってもまた吹き出てくると知りながら手で拭う。


「よう、レキ坊。今日も元気そうだな」


 声と共に横から何かの音が一緒に飛んでくる。これは何かが飛んでくる音?ボクはそれをすかさずキャッチした。飛んできたものはナイロンの袋に詰められたパン。

 ということは投げた者は一人しかいない。ボクは投げられて来た方に視線を向ける。やはりそこには想定した人がいた。


「ナイスキャッチだ、出来立てだぜ」


 アパートの目の前のパン屋の店主のオヤッサンこと《ガナード・ハウル》が気さくに声をかけてきた。



 《ガナード・ハウル》――

 ボクの家の隣でパン屋を営む男性。面倒見が良い性格から【プリオール】の相談役でもあり、日々若者たちは彼の元に相談に訪れる。物心ついた頃には親のいなかったボクら兄弟も幼い頃からよく世話になっている。「オヤッサン」、「親父さん」などの愛称で親しまれている。黒のTシャツに藍色のエプロン、デニムのパンツとオレンジの三角巾が彼の仕事着。至る所から強靭そうな筋肉が見え隠れしており、黒の短髪でもう少し痩せていればいいスポーツマンになれたであろう。だが残念ながら中年あるあるのビール腹に決して短いとは言えない赤色のボサボサの髪。うーん、実に残念。

 こんな残念な容姿の彼だが既婚者であり、間には女の子を一人儲けている。だが奥さんは昔から体が弱かったらしく、流行病で亡くなったと聞いている。ボクがまだ幼い頃に何度か顔を合わせたことがあったらしいが、写真を見てもイマイチ思い出すことができない。生前は大変可愛がってくれたそうで、それだけ思い出せないのは残念である。オヤッサン曰く「どうせあいつも「こんな死んじゃった奴の事なんてさっさと忘れてしまいなさい」って言うだろうよ」と言うことからわりとあっさりした性格だったことが伺える。

 オヤッサンの娘さんはボクの二つ上で兄と同い年にあたる。性格はここ【プリオール】では珍しくないが男勝りな部分もある年相応の女の子だった。暇を見つければ遊んでいた仲だったのだが、ある日を境に突然行方を暗ましてしまい、捜索はしているものの未だ音沙汰は無い。遺書などは残ってなく未だ事件の真相は全て闇の中にある……。



「あぁ、オヤッサン。おはよう」


 ボクの挨拶にオヤッサンは爽やかな笑顔で返してきた。うん、似合わない。


「雷恵もおはよう」


 ついでにボクは中腰になり、オヤッサンの隣で隠れているフードを深く被った少女《雷恵らいえ 琉香りゅか》にも挨拶した。


「は、はい。お、おはようございます……」


 フードの奥の真紅の目はしゅんと小さくなり、もぞもぞとオヤッサンの更に後ろに隠れようとする。フードの影に隠れてはいるものの、その白い透き通る肌がみるみる赤く染まっていくことも理解できた。

 この炎天下の猛暑日にもかかわらず、フードを被ると言うことは確かに直射日光から顔を守ることは出来るが暑いどころの話ではない。きっとものすごい熱気がいまフードの中で渦巻いているだろう。

 彼女がフードを被っているのか。理由はいくつかあるがその一つは自分にある。


「な、なんですか……ど、どうかしました?」


 雷恵は狼を連想させる尻尾を横にブンブンと音を立てて横に振っている。

 そう、どうやらボクは彼女から嫌われているようだ。理由?そんなのボクが聞きたいぐらいだ。



 《雷恵 琉香》――。

 蒼白の長い綺麗な髪が特徴的な狼の耳と尻尾を持つ、ココ【プリオール】ではイレギュラー極まりない存在である孤高の少女。ちなみに耳はボクらのように顔の横からでは無く頭の上から生えている。本来【人】の耳がある部分には何もない。

 【人】とは一風変わった容姿をしている彼女は【人】では無く、【妖】という人とは違った【種族しゅぞく】だ。【妖】は【種族】の下に【種属しゅぞく】というカテゴリーがあるらしく、彼女は《狼火ろうか》と言う狼を始祖とする【種属】に属する。

 《狼火》は狼の血を受け継いだ【妖】であるだけに、狼の耳と尻尾、個体によっては体毛が生えている者や四足歩行を得意とする者もいるらしい。生活は住居移動型の遊牧民属なので牛などの家畜を所有し季節の境目、作物を採取し終えたら住居を移動するという話を昔、彼女から聞いたことがある。


 以下はオヤッサンから聞いた話なのだが、雷恵は群れのおさの長女として生まれ育ち、【プリオール】に来る少し前に父からリーダーの座を受け継いだらしい。しかしまだ若すぎる雷恵は仲間に信用されず裏切られ、九死に一生を得てココに辿り着いたらしい。

 だが【ラースペント】は現在、完全なる【人】社会を目指しているため、【妖】の出入りを一切禁止としている。一応、同【ラースペント】管理下に置かれている【プリオール】でも同様の管理システムが機能しているので【妖】が正規ルートで侵入することは不可能だ。また【プリオール】では同管理システムの一環で周囲に無断進入対策の電流網が張られており、【妖】はおろか【人】や動物の侵入も許さない。なので、もし【プリオール】の外に出るには必ず【ラースペント】を経由しなければ出ることは出来ない。だがどういう方法を使ったのか、彼女は【ラースペント】を経由せず、【プリオール】のこの大通りに傷だらけで倒れていたという。オヤッサンが発見した時は全身が痣だらけで初心者の触診のみだが無数の打撲に骨折、複数個所からの出血と聞いただけでも酷い状態であったらしい。保護してから数日間は意識も戻らず、ずっと寝たきりでオヤッサンが付きっきり介抱したそうだ。今はなんの後遺症もなく生活しているがそれこそ奇跡だ。

 彼女がここに来て、かれこれ三年は経つというのに一向にボクには慣れてくれず、いつもこのようにフードで顔を隠したままである。 それは仲間に裏切られた時のトラウマか、それとも昔に人となにかあったからなのか、はたまたただ単純にオヤッサン以外の人が信用できないからなのかはわからない。昔はちょこちょこ話は出来たのに、最近はオヤッサンの後ろに隠れてそれすらもままならない。余計に冷たくなった気がする。一応、フードを被るのは耳を隠し、自分が【妖】ということを隠すためという理由があるのだが、そこまで深く被る必要はないと思う。ちなみに尻尾は服の中に入れ隠しており、それでも違和感があるようならリュックでも背負っておけば問題ないらしい。


 ちなみに彼女が妖だと言うことを知っているのは【プリオール】内ではボクとオヤッサンだけだ。



「レキさん……?」

「いや、単純にこんな猛暑にそのフード暑くないのかなって」


 ボクは雷恵のフードの端を掴む。柔らかい耳の感触が気持ちいい。


「ひゃっ!」


 急に触れたからか、雷恵は驚き、急にしゃがんだ。


「べ、別に、大丈夫です!」


 雷恵はそう言うとボクの手を弾き、必死に顔を隠すようにフードを更に深く被り直した。

 うぅ、こういうフレンドリーに接することが嫌いなのだろうか……。そんなボクと雷恵を見て、オヤッサンは思わず苦笑を漏らしていた。


「お、親父さん!わ、笑わないでください……」

「わりぃ、わりぃ」


 オヤッサンは笑いながら雷恵を上手く窘める。


「ところでレキ。その見慣れないベルトポーチの中身は『アレ』だろ?そんな物騒なモンぶら下げてどこ行くんだ?どっか遠出でもするのか?」


 オヤッサンはボクのベルトポーチに指さし、問いかけてくる。いつもの服装との些細の違いを瞬時で判断したようだ。今後の予定まで間接的ではあるが見抜くとはやはりこの人、一筋縄ではいかない。


「あぁうん、ちょっとそこまで」


 ボクはオヤッサンから視線を逸らし、性懲りもなく雷恵の頭の耳に手を伸ばす。「ガルル」と「グルル」が混じったような声がフードの奥からうねり聞こえる。


「ちょっとそこまで?街の外に出るんじゃねぇのか?」


 ホントに些細な言い回しだった。だがそれでも十分に怪しまれる材料にはなる。オヤッサンは目を細めボクを睨んできた。


「えっーと、その、そうだね、ちょっと隣町まで」

「お前、隣町まで行ったことねーだろ」


 なんとか誤魔化そうと必死に考えるが弁解の言葉が見つからない。それどころか墓穴ばかり掘っているようだ、オヤッサンの目がどんどんきつくなっていく。

 そして遂に……。


「普段のお前なら普通に行き先を言うのに今日はなんか歯切れが悪い言い方をする……。もしかしてお前、例の事件現場に行くつもりじゃねーだろうな?」

「うっ……」


 やはり親しい者に対し慣れないことをするものではない。すぐにばれてしまった。雷恵のうねり声はもう聞こえなくなっており、代わりにフード内で光る眼がパチクリと瞬きを何回か繰り返していた。


「はぁ、全く……」

「あはははは~」


 ボクは笑ってごまかしたがオヤッサンに笑顔はなく、深くため息をつく。


「……【アラドスティア】の奴ら、か」

「…………」



 【アラドスティア】――。

 六年前、ボクの兄・《ザキ・ルーン・エッジ》が設立した【プリオール】の自衛団と自称するグループの名称だ。オヤッサンも設立に協力しており、ボクとオヤッサンの現在の関係はこのグループ設立があって成り立ったものと言っても過言でもない。

 設立当時は【ラースペント】で市場の商品の窃盗や輸送ディドカミオン(※大型四輪車両。小さい運転席とは別に大型の貨物車をつれているのが特徴。)の略奪。美術館で強盗などを筆頭に様々な略奪行為を繰り返し行い、【プリオール】の貧民に分け与え【プリオール】に僅かながら恵みを与え、【プリオール】に住む大人たちはそれが不正な物だと知っていながら配給を受けていた。現在の【プリオール】も贅沢できるほど豊かな街ではないが、昔もっと酷く、三食食べることさえ不可能なほど貧相だったのだ。

 また兄は義賊行為を行う傍ら、独断で【ラースペント】の【改革委員会】に対談を行うなどして平和的交渉も行っていた。もちろん、一回や二回では相手にしてもらえない為、何度も話し合いに出向いた。やがて兄の親しい者はその事実に気付き、【アラドスティア】とは少し違ったグループが【アラドスティア】内部で密かに出来上がりつつあった。

 だが誰が漏らしたのか、兄が【ラースペント】と話し合いをしていることは公の物となり、【ラースペント】を嫌う【アラドスティア】の者は「無意味」「スパイ」「【ラースペント】の犬」などの陰口を叩き、【アラドスティア】を去って行く者も出るようになっていった。

 しかしその一方、【改革委員会】の中でも兄達の行動を称える者も出てきたり、中には【プリオール】移民計画を立案してくれたりする者もいた。だが、【ラースペント】は一つの国だ。一筋縄ではいかない。兄達に賛同した者はいずれも兄達に頭を下げるか、存在しなかったことにされていた。

 そして、陰口や改革派の変わらぬ態度に悲しみを募らせる兄に追い討ちをかけるように【プリオール】の存在を疎む者から命を狙われるようになる。状況はどんどん悪化し、最終的には暗殺というよりテロに近い行為で兄を亡き者にしようと血眼になって追い回していた。


 ――――時は流れ、二年前。ついに兄は行方を眩ました。その行方は弟である自分も知らない。兄の【アラドスティア】内での不名誉な肩書もありで捜索は適当にされ、適当に終わった。


「強靭な肉体だったため、拉致されて薬漬けにされた」

「追われる生活が嫌になり人知れず自殺した」

「どこかで殺されて死体は水路に流された」


 根も葉もない噂が飛び交った。そんな中、「ザキは生きている」という説は誰一人唱えなかった。


 親しい人は皆いなくなる。物心ついたころには両親は居らず、兄と二人で暮らしていた。兄の顔の広さのあり、近所の者とは比較的馴染めた。だが、友と呼べる者は栄養失調で早々に命を落としたり、兄と同じく行方不明になったり、ケンカで打ち所が悪くぽっくり逝ってしまったりなど様々だ。病死ならいつくしむことができるし、殺害されたのなら犯行者を怨めばいい、負の連鎖は止まらないが場合によっては応酬もやっていいと思う。

 だが、生死不明のうえ、行方不明とは心配していいのか、悲しんでいいのか、怒っていいのか、なんとも言えない感情になる。生きていたとしても空いた期間が短くともどういう心境で接すればいいかわからない。兄はそんなボクが一番嫌いな消え方をした。ボクの心にはその日からポッカリと大きな穴が開き、何かの感情が欠落したことを悟った。


 数日間は【アラドスティア】内も動揺した。生存説は挙がらなかったものの、兄の死(本当に死んでるか定かではないが)を嘆いてくれる者は沢山いた。その中には【革命委員会】の者の姿もあり、兄の言葉に心を打たれ、表向きは兄を嫌っていたが「若いのに芯のある奴だった」と語っていた者もいた。それは唯一の肉親として少し嬉しかった。

 だが、泣いていても【プリオール】を取り壊す計画は次々と進められていく。いや、リーダーがいなくなった今が奴らにとって最大の好機だ。だからいつまでも悲しみに暮れてる暇は無く、皆涙を拭い取った。

 だが、ボクはそんな気持ちにはなれなかった。


 まず最初の問題に次期リーダーを決めることが挙がった。まぁ、当たり前の問題だろう。人が心臓がないと動けないのと同じでグループの核がなければグループとして機能しない。今後の方針などもっての外だ。

 まず立候補されたのは当時、兄の親友であり【アラドスティア】の頭脳とも呼ばれた男・《シモン・ペレナール》。彼はグループ内では【参謀役】として働き、革命委員会への対抗策を話し合いのスタンスで貫いて行くことに誰よりも支持し、常に兄を支え続けた無口だが内では熱く燃えている男だ。

 兄とは幼馴染ということもあり信頼はとても厚く、それ故にチームの多くの者が彼を支持した。

 だが、彼は兄のいないグループに用は無いと、リーダー候補から降りるどころかチームからも抜け、やがて兄と同じく【プリオール】から行方を眩ましてしまった。

 リーダーと頭脳を失ったチーム内のわだかまりは更に大きくなった。だが、それでも解散を促す声は誰も出していなかった。

 次に立候補されたのがリーダーの弟であるボク、《レキ・ルーン・エッジ》だ。だが、元々そんな大役を背負えるほどの器では無いし、なにせよあの頃は唯一の肉親を失った悲しみに打ちひしがれておりそんな余裕など持ち合わせていなかった。そもそもあまりグループ内活動を積極的に行っていなかったため、一部の兄の側近を除けばボクの存在を知らない者は沢山いた。ボクも【プリオール】から去ることはしなかったがシモンと同じく、リーダー候補から降りると共にグループから脱退した。


 そんな中、自らを売りに出たのが《ミスト・エヴァクリア》。

 《血染めの熊ブラッド・グリズリー》の異名でチーム内だけでなく【ラースペント】、【プリオール】全域で恐れられており、兄が存命だった頃も常に話し合いではなく力でねじ伏せる考えを訴え、何度も兄と衝突を繰り返していた。そんな奴にチームの顔を任せれないことは極めて明確であり、もちろん過半数の者は反対だった。

 だが、他にリーダーへの立候補をする者がおらず、このまま時間だけが経過し、革命委員会の者たちに計画進行を許すことになり、仕方なく彼をリーダーにすることでこの件は丸く収まった。


 だが奴が最初に行ったのは亡き兄の意思の継続証明などではなく、選別という名の自分に反旗を翻す可能性を孕むチームメンバーの駆除。簡単に言えば先の新たなリーダーを決める際にミストに対し反対意見を出した者への応酬だ。この選別よりメンバーは兄存命時の半数以下となり、完全な私利私欲の犯罪集団に成り下がった。選別されたメンバーのその後はボクは知らないが、それなりの応酬を受けながらも存命している者や、想像することすら避けたいような拷問にかけられた者など態度により千差万別だったという噂が【プリオール】内で流れたことは覚えている。



「親父さん……」


 雷恵のフードの突っ張りがしなり、オヤッサンは再びため息をつくとまた口を閉ざしてしまった。

 【革命委員会】の連続殺害事件の件もヤツらが関わっているという噂が飛び交っている。恐らく間違いではないだろう。朝の件もヤツらが噛んでいるのだろう。チームの創世者と元メンバーからしてみたら心痛む話ではあるが、今のボクらの力ではひ弱すぎてどうにもすることができない。

 だが――――


「大丈夫……とは言い切れないけど、きっともうすぐこの争いは終わるはずだよ」


 ボクは歯切れは悪いが笑顔でオヤッサンにそう言った。打開策は見つからない。誰かが解決するなどと他人頼りにする気も毛頭ないが、いまは気休めの言葉ぐらいしか話す言葉が見つからなかった。

 それを聞いたオヤッサンは再びため息をつく。


「まぁ、男の子ってのは冒険して成長するもんだ。多少の危険に首を突っ込むのぐらい一度や二度やって見ねぇと良い男には成れないよな」

「男の子って、ボクもう十五なんだけどな……」

「俺から言わせるとまだまだ子供よ。

 だがな、レキ。どこに行くかはお前の自由だが、あんまり周りに心配かけんなよ」

「うん……」


 親と言う物はこういう温かみのある事を言うのだろう。オヤッサンと話をするといつも心のどこかが落ち着く感覚がする。

 隣の雷恵の表情も少し微笑んでいるように見えた。


「特に」

「特に?」

「ひゃっ!?」


 オヤッサンはそう言うといきなり雷恵の頭に手を置き、グリグリと撫でまわす。


「コイツは特に。お前に何かあったら泣き出しちまうからな」


 雷恵は「わ~う~」と悲鳴交じりの声を上げている。その目は漫画のようにグルグルになっているように見える。

 しかし、何の冗談だろう?雷恵はボクを嫌っているはずだ。冗談もいいが本人、ではなくこういう時は本匹?本妖?何と言えばいいのか……。なにはともあれ強制はいけない、気持ちの尊重は大事なことだ。だが、ボクは流されるように苦笑した。


 すぽっ

「あっ……」


 オヤッサンがなにかをしでかしてしまったという声と共にどこからか何かが抜けた音がした。何の音だろう?下を向いていたボクは顔を上げる。


「ふぇ~?」


 頭を回され判断力が鈍っていた雷恵だが、急に辺りが明かるくなったからか、ぼんやりと声を上げた。


 そう、さっきの音は髪の毛が詰め込まれていた雷恵のフードが取れた音だった。フードの中から蒼白の髪がふわりと溢れ出てくる。頭の天辺にある畳まれていた髪と同じ色をした狼の耳がフードを沿うようにピンっと立った。


「本当にその髪、いつ見ても綺麗だよね……」


 思わず素直な感想が零れる。昔はよく見慣れていたが当時の感想も同じく、いまでも感想は変わらない。氷を連想させるその髪は本当に綺麗に思う。


「雷恵、その、悪ぃ」

「………」


 どうやら雷恵は混乱で思考停止しているようだった。


「雷恵?」

「ッ~~~~~~~~!!?」


 ボクの声で我に返ったのか、雷恵は瞬く間に音に成らない悲鳴を上げ、店奥に走って逃げて行った。相当嫌われてるなボク……。思わずため息が出てくる。


「ま、まぁ気を付けて行けよ。犯行者がまだ近辺に潜んでいるかもしれないからな」


 オヤッサンは引きつり笑顔で話を戻した。


「うん、了解。じゃ、行ってきます」

「おう、いってらっしゃい!」


 チラッと店奥を見ると扉の隙間から雷恵がこちらを覗いているのが見えた。

 ボクは雷恵に向かい手を振り、事件現場へと駆けて行った。







 ――――ぼくハ何モ知ラナイ――何モ――見テイナイ――。


 ――ぼくハ――――彼ラト接シテーハーナラナイ――――。






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