第16話 要らない嫁の屋根の下

彼にはかつて恋人がいた。

新しい命が宿り、彼は彼女に産んでくれと頼んだが、彼女は勝手に堕ろして、一方的に別れを切り出し、去って行ったそうだ。


彼は彼女と一緒に住もうと、マンションの購入を検討していた。

手付金も払っていた。

振られたことでキャンセルしたが、手付金は戻ってこない。

彼女も、彼の子供もだ。


彼は自棄を起こして、結果、娘が生まれた。

仕方なく結婚した。

娘は可愛いが、だがどうしても嫁は気に入らないときた。

昔の恋人と比べてしまって、何もかもが目劣りする嫁に、嫌気がさしているのだと。

ずいぶん身勝手な話だ。


ベビー用品を売っている店で、幸せそうなカップルばかりの中、嫁だけが泣いていたと。

それを「いやになっちゃうよ」と笑いながら話していたのを覚えている。


娘は可愛いので、親権は欲しい。

だが、嫁はいらない。

だから相手の有責で離婚したい、浮気でもすればいいのにあの女。

彼は常々そう言っていた。


娘には彼と嫁、2人ともに愛情を注いでいるようなのだが、歪な家庭だ。

そんな環境で、娘はどう育つのだろう。


もう十何年も前の話だ。

件の娘は、そろそろ成人するくらいの年ごろではなかろうか。


件の家が、どのようになっているのか、彼と交流が切れてしまったから、知る由もないが。

最初から破綻していた彼とその嫁の関係が、今更修復されているとも思えないので、せめて娘さんが幸せであればいいな、と願っている。

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