第二章
第8話 本戦開始
【霊具獲得者が千人に達したため、この通知を以て予選を終了とする。これより『Deadmans・Festival』本戦、
尾上戦の翌日、剛我に届いた通知の記載内容である。
第壱遊戯の内容を端的にいうと、プレイヤーの全体数が千人から二分の一、つまり五百人に減少するまで戦うというものだった。一見、予選と酷似しているが、プレイヤー全員が霊具を所持しているため、戦いの激化が予想される。
あれから数日が経ったが、優己がプレイヤーと遭遇した機会はない。学校、日常生活ともに目立つ行動や、他者との接触を避けるよう心がけたからだ。
エンマは、Ⅾフェスにおける優己の立場を観測者といっていた。死者の尊厳と魂を賭けたゲームの中で何を感じ、何を考え、何を行うべきか。エンマの思惑は読めないが、自衛の手段を持たない自分ができることなどたかが知れている。突如覚醒した霊能力は、優己にとって災いと呼ぶほかない。ただ一つ佳所を挙げるとするならば、剛我と再び邂逅し、改めて彼に対し思索の機会と対話の時間が与えられたことだろう。
十文字剛我。優己の兄であり、数多の不良に恐れられた惡童。身近な存在ながら、彼に対する謎は多い。もっとも気になるのは、その死の原因である。なぜ彼は、廃ビルから転落したのか。未だ聞きあぐねてしまい、疑問は深まるばかりだ。
携帯の画面に目をやる。連絡先の一つに『遠山綺吏紗』と表示がある。
恩返しと謝罪。優己に扶助した理由を訊ねられ、彼女はそう答えたが、真意は不明だ。連絡を取り、再び問いただすか迷ったが、結局やめた。やはりここでも疑問は深まる。
踏ん切りのつかない自身に苛立ちながら、パソコンの電源を立ち上げる。ゲームこそが、優己のストレス解消法だった。このストレスの根幹を辿れば、それもまたゲームなのだが。
剛我は三十分ほど前に家を出た。
「お前は外に出るな」
「言われなくても、そうする。で、剛兄は?」
「パトロール」
そう意地悪に笑んで、反対の手で握った拳を鳴らした。今頃、町内に潜むプレイヤー狩りに勤しんでいることだろう。
部屋に残った優己は、オンラインゲームで暇をつぶすことにした。といっても、それが日課だった。
ふと隣の道場から、威勢のいい掛け声が響く。
父、旺我は生前、名を馳せた武道家だった。空手、柔道、柔術――武芸百般に精通し、枠にこだわらない新たな武道を生涯追求し続けた。彼の持つ武道の理念、技術体系を広めるため、自宅に併設したのがこの道場である。幼少期の兄弟の遊び場でもあり、特に剛我の心身の強さは、こうした父の薫陶によるものが大きい。
旺我の死後は、貸し道場となっている。武道なみならず、ヨガやダンスといった多目的教室及びレンタルスペースとしてもよく利用されている。シャワー室や更衣室、冷暖房等の各種設備も充実しており、顧客も多い。
今はちびっ子空手教室に貸し出している時間だ。優己も小学生の頃、父から武道を教わっていたが、すぐに音を上げてしまった。そのため、修練に励む熱心な子どもを見ると、応援したい気持ちに駆られるのだ。
ただし、彼は目下オンラインゲームに励んでいた。あくまで応援は心の内で済ましつつ、画面上の敵の殲滅に神経を集中させる。
今日は休日。朝っぱらからゲームに勤しむのは悪いことではない。
着古した緑のパーカーは、寝間着と部屋着を兼ねている。逆立った寝癖も直さないのは、外出する予定も気力もないからだ。
なぜなら今日は休日。どれだけ出不精に過ごしても問題ではない。
「いい天気だなぁ……」
椅子に背中を預け、思い切り伸びをしながら、窓辺に顔を向ける。
「ほんとにいい天気だ……」
外への興味はあると言わんばかりの一人芝居を打ちながら、再び画面に目を移す。ゲームはイベントシーンの最中で、暗転の演出が入った。
真っ暗な画面に映る優己の顔。その背後に女性の姿が見えた。
「うわぁあーっ!?」
どこからともなく聞こえた叫び声と転倒音に、空手教室のちびっ子は怯えた。
「――いやー、驚かせちゃってごめんねぇ、優己君」
目の前に座る女性は、そう言って明るい栗色の頭髪を掻いた。うなじの辺りで短く二つにまとめており、夏用の制服と相まって、はつらつと活動的な印象を受ける。
「っていうか、大丈夫? 思いっきり、椅子から転げ落ちてたけど」
「はい、何とか……」
女性は手を伸ばし、優己の頭に触れる。
「すごーい、ほんとにさわれるんだ……。何か感動しちゃうなぁ」
優しい手つきに、優己はくすぐったい気持ちになった。
「あぁ、ごめんね。いきなりきてさ、こんな……ところで、あたしのこと覚えてる?」
「もちろんですよ。ふみかさん」
不安気だった彼女の顔は、雲が晴れたように明るくなった。と思えば姿勢を正し、真剣な眼差しで彼を見据える。
「えーと。いろいろ募る話はあるんだけどさ、剛我から話はいろいろ聞いてるんだよね? Dフェスとか、さ……」
「ええ、まぁ……ふみかさんも、フェスに参加しているプレイヤーなんですね」
「うん。ご存知のとおり、二年前に死んじゃいました。未練タラタラでーす」
小さく挙手し、舌を出すふみか。
肌の質感、息遣いから匂いに至るまで、その精彩さは生者と遜色ない。しかし彼女、
「ふみかさんが亡くなってから、剛兄のやつ、かなり塞ぎ込んでました。素行も酷くなってきて……」
「そうなんだぁ、剛我がねぇ。あいつ、悲しんでくれたんだぁ……迷惑かけちゃって、ごめんね」
伏し目がちにふみかは微笑む。
「でもさでもさ、優己君とこうしてもう一度お話できるなんて夢みたいだなぁ。今まで剛我しか話し相手いなくてね。こっちがいろいろ話振ってもさ、リアクションが薄いんだもん。話甲斐がなくってさ」
「確かに、剛兄って口下手なところありますよね」
「でしょー? あっ、そういえばさ、ここって優己君の部屋なんだよね? こんなにゲーム持ってるの? すごいなぁ。あっ、この漫画今流行ってるんだって、面白そう。いいよねぇ、男の子の部屋って感じでさ。女っ気ゼロ。彼女は? いないの? 優己君って草食系っぽいもんね」
ふみかの視線と興味関心は、部屋の隅々まで目まぐるしく移ろうが、最終的には優己に落ち着いた。
「ほんっと大きくなったよねぇ、でも童顔は変わんないね。眼鏡のサイズがちょっとおっきいからかな?」
「顔についてはよくいじられます。母似だからですかね?」
「そっかぁ。かわいかったなぁ、小さい頃の優己君。ふみかお姉ちゃーんって呼んで抱きついてきてくれて。ほんとの弟みたいでさ。あ、今でも思ってるから。ふみかお姉さまに相談したいことがあったら、なんでも言ってよ。恋愛相談とかさ、乗るよ」
幼少期ながらの不用意な発言に、優己は悪寒が走る思いだった。
一方、最初は緊張感の漂っていたふみかだったが、今は彼女の持ち味である饒舌と明朗闊達ぶりを遺憾なく発揮している。
「ところで、どうしてうちに?」
「そうそう、それなんだけどね。剛我に頼まれたんだ。『オレが留守の間、優己のお守りしてやってくれ』って」
外出を控えさせた以上、優己を退屈させまいという剛我の配慮だった。しかし、それをお守りとされては、優己としても少々納得できないところである。
また、彼はもともとインドア派なので、一人での時間つぶしは慣れたものだ。とはいえ、ふみかがきた以上は相手をしなければならない。これではまるで、ふみかのお守りではないか? そんな思いがよぎったが、深く考え込まないようにした。
「で、どうする? 何して遊ぶ?」
エネルギーを持て余しているのか、体を左右に揺らすふみか。再び室内を見回すと、漫画を指さした。
「漫画! 漫画読みたい!」
「いいですけど、ふみかさんは触れないですよね」
「あっ、そっか。だったらさ、優己君がページめくってよ。っていうか、一緒に読も」
ふみかの提案を受け、ベッドに並んで座り、漫画を読むことにした。すでに何度も読み返してきた優己と違い、初見の彼女は新鮮なのか「うっそー」や「すごーい」「えっ、何で!?」など、横から賑やかな感想を述べてくれる。
「あ、次のページめくって」
「はい。あの、ふみかさんって、普段は何をしてるんですか」
「あたし? えっとねぇ、適当な家に上がり込んでね、テレビ見たりー、ドラマ見たりー、お笑い番組見たりしてる。ほら、自分の家にいてもさ、家族がなかなか好みの番組見ないときあるから。あっ、不法侵入っていうのはなしだよ! 幽霊の特権なんだからっ」
「はぁ……」
「他にはぁ……そうだ、スポーツ観戦! 高校の運動部の試合を見て回るの好きなんだぁ。優己君って野球部なんだよね? 今度の試合、見に行くね」
「ああ、ありが……」
「それとー、やっぱり散歩が一番かな。楽しいよー」
何気ない質問に対しふみかは、こちらの予想を超える範疇で答えてくれる。剛我との会話では考えられないことだ。
「散歩……。となると他のプレイヤーにも会ったりしますよね? そのときはやっぱり戦ったりするんですか? あ、めくりますよ」
「うん、ありがと。そうだねー。出くわしたことは何度かあるかな。でも戦ったことはまだないよ。嫌いなんだよね、きっと痛いだろうし」
「でも、不意打ちとかもあるんじゃ……」
「ちっちっち。あたしは大丈夫。それに不意打ちはルール違反らしいから」
ふみかは突然ベッドの上に立ち、ふんぞり返る。
「ここでクイズです。あたしの霊具は何でしょーか?」
「えっ」
体を観察してみても、特に変わったものを身に着けている様子はない。
「えっと、髪留め?」
「ブッブー」
「あっ、右手のミサンガ!」
「ブッブー」
「うーん。あとはー、スカート?」
「やだー、エッチ。じゃあ、正解発表しまーす」
ふみかは窓へ近づくと、ガラスを通り抜け、死角から何かを持ち込んだ。それは年季が見られるものの、手入れの施されたスニーカーだった。
「正解は~……このスニーカーでした!」
「いや、身に着けてなかったじゃないですか。それに別に脱ぐ必要は……」
「人ん家に上がるんだから、脱ぐのが礼儀でしょ」
そういいつつ、ベッドの上で靴を履き始める。
「正解した優己さんには、実際にこの能力を体験してもらいましょう」
「正解してませんけど」
優己は玄関から靴を持ってこさせられると、半ば強引に窓の外へ引っ張り出された。
ちょうど玄関の真上にあたる屋根に、二人は立っている。
「ふみかさん、いいですよ別に。漫画読みましょう」
「そうはいかないよ。あたしの名誉がかかってるんだから」
どの名誉なのか問う前に、ふみかは背中を向けて屈み込んだ。
「さぁ、早く」
「何ですか?」
「おんぶするの」
冗談だろ、と優己は呟いた。
「大丈夫。あたし、こう見えて力持ちだから」
後ろ手で招かれるが、優己は頭を振って拒否した。
「いいですよ、ほんと」
「そんなこと言わずに、ねぇ」
「だからいいですよ」
「遠慮しぃなんだから」
「そんなんじゃないですって」
「ほーらー」
「いいですって」
「しつこいなぁっ!」
「どっちがですかっ!」
結局、この押し問答は優己が折れることとなった。
彼女の首に腕を回し、背中に胸を密着させるように体を預ける。これで全体重が彼女にのしかかったことになる。
「あっ、重い」
「ほら、やっぱり。もう充分ですから」
「いいから、いいから。遠慮しないで」
それは謙遜ではなく、言葉の意味そのままなのだが、彼女には伝わらない。
ふみかは不安な足取りで棟を渡り、屋根の最端部へと移動した。
「ふみかさん、いったい何を……」
「まぁ、見てて」
突然右足を上げ、彼女の体が傾いた。重心が前へ移動するのを感じ、優己は声を張り上げる。
「ふみかさん、ちょっと待ってこれはっ」
言い終わるのを待たず、ふみかは屋根から飛び降りた。
女性が人一人背負った状態で二階の高さから落下した場合、満足に着地などできるはずがない。地面への激突は免れないと直感した優己は、目を固く閉じて身構える。
一方ふみかは穏やかな笑みを崩さず、落下地点を見据える。接地する寸前、立幅を整え、両膝を曲げた。
着地した際の振動を、彼女の体越しに感じ取る優己。しかし直後に襲い来るはずの衝撃がやってこない。薄目を開けて、確認する。ふみかの両足を中心に、地面は陥没していた。というより、表面になだらかな凹みが生まれていた。
次の瞬間、すさまじい勢いでふみかの体が跳ね上がり、周囲の建物を優に超える高度にまで急上昇した。
のしかかってきた風圧を受け、優己は困惑する。
「え……っ!?」
「ふふっ、驚いた? いっくよー」
ふみかは、まるで見えない階段を駆け上がるように、空中を移動していく。
「すごいでしょー? こんなふうに空中だって水面だってどんなところだって歩けちゃうんだよ。他にはさっきの地面みたいにー、足元をバネ? みたいに変えちゃうんだぁ。多分だけどねぇ」
意外にもふみかの考察通りだった。実態はスニーカーの足裏と接した部分を、高弾性体――いわゆるバネやゴムのように、外からの圧力が加わると変形し、外力をなくすと元に戻ろうとする性質を持つ物体に変える能力である。
屋根から着地した際に起きた現象は、地面をトランポリンのように変質させ、その反発力の利用によるものだ。
「普段はこうやって空を飛び回ってるから、プレイヤーに襲われる心配がないの。どう?気持ちいいでしょー」
風を切って進む彼女の背中は、雄大な街並みを望める特等席だった。
「これがあたしの能力、〈
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