4-12.朽ちた刃

 こつ、こつ、と暗闇に靴音が響く。

 鼻をつく悪臭。肌にまとわりつく不快な湿気に、終わりのない石壁の景色。どこまでも続く水路は悪夢の光景に似ていた。

 ランプの灯りを頼りにカレヴァン地下水路の迷宮を進むノーラは、気が狂いそうな環境の中、しかし正気な眼で闇の向こうを見すえている。


「スバルさんは、無事でしょうか」


 鼓膜に触れる単調な足音にいて、独り言が零れる。

 数時間前、地下を巨大な衝撃が襲った。治安維持部隊のジャスティンがスバル殺害の作戦を展開したものだ。ノーラはカレヴァンに寝返った立場として立案に関わらざるをえず、十分に強者を殺しうる策を彼らに与えてしまった。

 だが、無駄な心配か、とかぶりを振る。

 スバルという男が命を落とす状況が現実のものになると考えられなかった。《からすの眼》の異能を持ってしてもだ。


「私は私のやりたいことをやるだけ……」


 自分に言い聞かせるように呟いた直後、ノーラの視界に飛び込んできたのは、水路に空いた大穴だ。

 石材の破片が足元に転がり、崩れた壁の向こうには土や岩が剥き出しの道が続いていた。人口的なものには思えないが自然発生したものにしては整いすぎている。


 破壊の跡を指でなぞり、ノーラは目を細めた。最近の痕跡ではない。数十年前に勃発した紛争の最中か、その後に壊されたのだろう。

 穴の中は緩やかな下り坂だ。忘れられた地下水路の、更なる地底。なにかがあると考えるには十分すぎた。

 ローブの裾に気をつけて、壁の残骸を乗り越える。地面に足をつけた瞬間、全身が総毛立った。

 同時に戸惑いを覚える。

 それは、心地よさだった。

 人間に備わった五感ではない、なにか別の感覚に染み込むもの。身体が安らぐほどに、ノーラの理性が警鐘を鳴らす。

 この奥だ。直感が確信に変わる。


 ノーラは深く、深く潜っていった。

 細くのたうつ穴の道が、開けた場所に辿り着く。

 広間には岩の柱が点在して天井を支えていた。偶然の産物か、意図的な空間なのかは不明だ。

 ただ一つわかっているのは、そこがなんらかの目的に使われているということだった。


 ノーラは屈んで、壁面や床を這う繊維質のものに触れる。粘つく糸は手に貼り付き、軽く振り払えばひらひらと頼りなげに宙を漂った。

 壁際に、なにかがある。

 ランプに照らされたものの正体を、探索者の知識を持ってしても一目で理解することはできなかった。


 白い糸状のものが集合した物体。たとえるならば、虫の一種が休眠状態を保護するために作り出すまゆだ。

 見渡せば、同じ繭が無数にある。それらには細い管が生えており、どこか別の場所へ続いていた。

 ノーラは愕然とする。

 街の地下に、こんなものが存在するおぞましさ。これらを管理しているのが、支配者たるバートランド・ギルだという事実。

 なにより、

 その中のなにかは、既に解き放たれているのだ。


 繭は巨大だ。人が目にする虫のそれは大きさなど指先ほどに過ぎないが、眼前にあるものはその比ではない。

 人間一人を丸々包んでしまえそうだ――――ノーラは怖気立った。


「まさか……この中身は」


 呼吸すら忘れて凍りついたノーラは、はっ、と我に返る。

 そして、横っ飛びに身体を投げ出した。

 土の汚れや繭の糸が全身にまとわりつくが、お構いなしだ。

 音も、衝撃もない。

 だが彼女の褐色の瞳は、足元に細く鋭い跡が刻まれる瞬間を捉えた。ローブの裾がひらりとなびき、切り取られた一部が地面に落ちる。


「避けたか」


 淡々とした呟き。ノーラのものではない。

 気配はなかった。今なお、この場に存在を確認できているというのに、その人物は空気のように存在感が希薄だ。


 誰何すいかの暇もなく、ノーラは更に大きく跳び退る。

 そしてランプを放り投げると同時に、近くの石柱に身を寄せた。放物線を描く光源は落下すると脆くも砕け、中の光も消えて失せる。

 残されたのは完全な暗闇と静寂だ。まともな人間ならば、立って歩くことすら困難だろう。


 ノーラは緊張から口の端を歪めた。

 まともに戦って勝ち目がないことには既に気づいている。ならば視界を放棄して、同じ条件に持ち込んだ方がまだ可能性があった。

 だが、相手の気配に焦りは欠片もない。まるで闇を見通すことなど造作もないとでも言いたげな、余裕だ。


「入り口などないはずの地下に入り、誰も知らない秘密の場所へ辿り着くとはな」


 やがて、男は再び言葉を放った。

 低くかすれた声。無感情で無機質、機械的ですらある、長き戦いの年月で磨耗した響きだ。


「一体、どうやった?」


 敵は世間話をするように話し続けた。そのことに違和感を覚えながらも、ノーラは荒い息を抑えて答える。


「潜入など、どうとでもなります。ここになにかがあると思ったのは、単に街の中心であり、冒険者ギルドの真下に位置するからに過ぎません。バートランド・ギルが秘密を隠すならば、自らの根城に最も近い地下を選ぶでしょうから」

「地図もない迷宮を、一直線に最短距離でか?」

「地図など。自分の歩幅を把握し、歩数を数えれば距離がわかります。羅針盤がなくとも、曲がる方向を忘れなければ方角もわかります。暗闇で時間を計る訓練もしているので、今が夜半であることもわかります。この程度、誰でもできることですよ」

「……おそろしいものだな、探索者という人種は。私の知る最近の探索者とは少し違うようだが」


 苦笑いが地を這うように低く響いた。

 余裕綽々といった態度が腹立たしく、ノーラは思わず、挑戦的な口調で言い放つ。


「暗殺が本分のあなたには、理解できないでしょうね。ギルド長」


 感嘆の吐息が、闇の向こうでまろび出る。実質的な肯定だった。

 ギルド、とはギルの率いる冒険者ギルドではない。ノーラ自身も所属していた探索者ギルド、その長だ。

 探索者ギルドのカレヴァン支部を統べる男が、冒険者パーティ《斬り裂く刃ツェアライセン》の《風斬のアランアラン・ザ・ウィンドブレード》であること。そしてアランがかつて《カレヴァンの死神》と呼ばれた暗殺者であることを知らない者などいない。


「今の一瞬で看破かんぱしたか。死角からの初撃を仕損じたのも久方振りだ。それが《鴉の眼》というものか?」


 ノーラは、アランの口上を最後まで聞かない。相手がじりじりと移動していることには感づいていた。

 石柱の影を飛び出して、別の柱へ駆ける。

 ほぼ同時に、空気の裂ける気配がした。

 なにかが飛来したのではない。アランは二つ名に語られるとおり、風を斬るように剣撃を飛ばす異能を持っていた。物を切るエネルギーのみを自らの望む位置に送り込むのだ。

 手の届かない場所を斬る力は、空間を転移するジャスティンや、物理法則を無視するライアン・レッドフォードと比較すれば、決して強力な異能ではない。だが彼が技の精度を極限まで高めたとき、その能力は比類なき暗殺術となった。

 ノーラは無我夢中で走り、別の柱の影に隠れる。激しく波打つ心臓の音すらわずらわしく、呼吸も忘れて五感を研ぎ澄ました。


「まるで見えているように動く。それは眼の力か、探索者の技能か……どちらだろうな」


 答える余裕もノーラにはない。一寸先も見えない場所で逃げ続けていられるのは、広間にある石柱の位置を覚えていたからだ。ほんの少しでも記憶が誤っていれば、動きにずれがあれば、一巻の終わりだ。

 今の攻撃で、理解できたことがある。

 アランは確実に闇を見通していた。そして足を優先的に狙っているのは、殺害ではなく捕縛を命じられているからだろう。

 ならば、やりようはある。


 ノーラは懐に手を忍ばせ、ごつごつとした感触に指を這わせた。

 ごくりと唾を飲んで覚悟を決めると、油紙に包まれた塊を取り出す。城壁の部屋からの脱出にも用いた、強力な爆薬だ。

 震える身体を押さえて火打石を鳴らし、導火線に火を灯す。暗黒の中にぽつんと光点が浮かび上がった。


 石柱から上半身を乗り出して腕を振りかぶる。

 アランに反応はない。彼らにとってノーラの身柄は、公国とのパイプを繋ぐために必要なものだ。下手に攻撃しては致命傷を与えるか、落とした爆弾にノーラ自身が巻き込まれる可能性もある。

 紅の火は尾を引いて放物線を描いた。狙いは曖昧だが、効果範囲を考えれば誤差の内だ。


さかしいな」


 彼の声に焦りはない。

 投擲と同時に走っていたノーラは、それを背で聞く。広間には入ってきた道とは別に、あの繭から伸びた管が向かう通路があったのだ。


「だが、無駄だ」


 アランの異能が風の悲鳴を生んだ。

 空中だ。

 精緻せいちを極めた不可視の剣撃は、激しく回転しながら飛んでいた爆弾の導火線を正確に切断する。火を失った塊が、重い音を立ててむなしく落下した。


「抵抗をやめろ。そうすれば――」


 あまりに熱のない警句は、途中で消える。

 代わりに零れたのは、かすかな笑みだ。


「さすがの風斬りですが……音速の鉛弾は、斬れますか?」


 ノーラは絶望など微塵もせず、大きなローブの中に隠し持っていた銃を構える。

 時すら忘れるような集中。爆弾が落ちた位置、勢いのまま転がる距離、地形による影響――そのすべてを計算する。

 そして、引き金を引き絞る。

 暗黒を一筋の閃光が切り裂いた。火薬の破裂音が狭隘きょうあいな地下を反響し、肌にびりびりと痺れが走る。


 音は、しかし銃声だけではなかった。

 ひゅん、と風斬音、同時に鳴ったのは硬質の金属音だ。


「これで満足か」


 銃弾をも斬って捨てたアランは、酷薄に言い放った。

 対峙する相手の目論見を阻止した達成感もない。暗殺者として無数の依頼をこなしてきた男の矜持きょうじが滲み出ていた。


「いいえ」


 ノーラは、間髪入れずに答える。

 神業を成してなお、鋭い刀身のように揺らがなかったアランは、遂に息を呑んだ。反射的に構え直す剣も、ほんのわずか、遅い。

 再び、ノーラは引き金を引く。

 同時に身をひるがえし、耳を抑えて腹這いに倒れ込んだ。


 銃声など比較にならない轟音が広間を突き抜ける。

 砕けた石柱が砲弾のように飛散し、粉塵が舞い上がった。焦げた空気の独特な臭気が鼻をつく。


 伏せてダメージを最小限にしたとはいえ、全身が酷く痛んだ。だが立ち止まるわけにはいかない。ノーラは震える足を叱咤して、なんとか身体を起こす。

 地面に伸ばした手が、硬いものに触れた。

 歪む顔が、ほんのわずかだけ安らぎを得る。今まさに爆弾を撃ち抜いた、愛用の銃だ。


 遠い大国では高性能な銃が生産されているというが、カレヴァン周辺の地域で出回っているのはほとんどが単発式のもので、それすらも流通しだしたのはつい最近だ。この街から出ない者には備えも心構えもなかった。

 ノーラの銃は帝国式よりは劣るが、公国が技術のすいを集めて開発した逸品だ。複数の銃弾を装填でき、威力や精度も粗悪品の比ではない。


 爆弾の衝撃で手放してしまい、ここで失う覚悟もしていた。偶然にも回収できたのは僥倖ぎょうこうだ。ノーラは銃を拾って胴体に巻いたベルトに差すと、今度こそ立ち上がって駆け出した。

 足元に嫌な振動が伝わっている。今はまだ無事のようだが、広間の支えとなる石柱を破壊したために崩落の危険が高い。

 なにより、アランだ。

 あの爆発を近距離でまともに受ければ即死か再起不能の重傷はまぬかれない。だが、彼には得体の知れないなにかがあると《鴉の眼》が告げていた。


 耳鳴りと頭痛、暗闇で見えないが眩暈めまいもある。平衡感覚が揺らいで、広間の出口に向かうはずが壁にぶつかった。ざらつく土に手を這わせ、勘を頼りに走り続ける。

 灯りもないまま敵地の最深部まで進むのは、ただの無謀だ。ノーラには自覚があった。

 そもそも、始めからだ。

 《鴉の眼》が警鐘を鳴らす、最悪の選択肢を選び始めたのは、彼に対面してからだ。


 スバル、赤い剣と鉈の装飾を持つ男。

 かつてカレヴァンを切り崩した伝説の剣士《凶刃のリゲルリゲル・ザ・ブルーティッシュ・エッジ》の息子。


 探索者ギルドで彼と出会ったとき、まだ素性も知らなかったというのに、ノーラは戦慄した。死をまとったように濃密な破滅の気配――あれほどの恐怖を覚えたことはない。

 関わってはいけない。勘が叫んでいた。

 同時に込み上げてきたのは、歓喜だ。

 既に一度、誤った道を歩んでしまった自分に相応しい、飛びきりのバッドエンドをもたらしてくれるのは、彼を置いて他にはいない。その予感があった。


 もうすぐだ、とノーラは口の端を吊り上げる。

 悪手の果てに垣間見えた魔族の影。バートランド・ギルが直隠ひたかくしにしたなにかが、今目の前にある。


 壁に沿って進み続けたノーラは、ふと気づいて眉根を寄せた。

 段々と、景色が見えてくる。強い光ではないが、光源があるのだ。

 不思議な灯りだった。日光とは異なるが、火の色とも違う。かといって、公国で使われている電灯には似ても似つかない。だがどこかで見覚えるのある淡い輝き。

 その正体に思い至る。まるで、空の森下層にある苔の一種が放つ明かりだ。

 《鴉の眼》の警鐘は、もはや絶叫じみていた。牙の生え揃った怪物の口に自ら向かうような感覚だ。無惨にも噛み砕かれて胃の腑に収まる光景が見えながらも、ノーラは立ち止まらない。


 やがて、また広い空間に行き当たる。

 先程と違うのは、淡い緑の光が満ちていることと、ここが終点だということだ。


 壁面どころか天井にまでびっしりと繭が張り付き、時折思い出したように蠢いた。

 あまりに不気味な世界に迷い込んだノーラは、驚愕や戦慄すらもできず、ただ立ち尽くしている。


 数えられないほどの繭の中心に、それはあった。

 彫像のように微動だにしないが、今にも動きそうに血の通った気配。

 人間の女性だ。

 四肢を繭の糸に呑まれ、磔刑たっけいのように縫い止められている。裸の腹部が切り開かれ、露わになっている鮮やかな色の内臓が、まだ彼女が生きている証に蠕動ぜんどうを続けていた。臓器の一つ、子宮から管が伸び上がり、無数に枝分かれして部屋中に広がっている。

 あまりに残酷で、あわれで、おぞましく――そして美しい姿だった。


 その瞬間、ノーラはすべてを理解する。

 ここは、繁殖場だ。

 あの女を苗床に、魔族の力を植えつけたなにかを生産する工場なのだ。

 創られた存在は強大な戦力になるだろう。異能を秘めた人間か、それ以上の。


「……《飛刀のエマ》」


 眠る女性の顔を見つめ、ノーラは彼女の名を口にした。

 《斬り裂く刃》の紅一点、ギルに投剣術の手解きをしたという投げナイフの達人だ。《空の森》攻略後も精力的に活動していたが、ある時期を境に行方知れずとなっていた。

 カレヴァンの随所に飾られた英雄の肖像画と比べて、やや年齢を重ねている。だが現在の彼女は齢五十を越えていたはずだ。あるいは、この状態になった瞬間から老化が止まっているのかもしれなかった。


わらうがいい。真なる探索者の末裔」


 不意にかけられた声が、ノーラの身体を震わせる。

 背後を振り向き、彼女の瞳は揺れた。突然の襲撃を受けたときよりも大きな動揺だ。


「これが、我々の……《斬り裂く刃》の末路だ」


 《風斬りのアラン》は、焦げて破れた服を引き千切りながら言う。

 そこにあったのは老人の衰えた肉体ではなく、昆虫のものに酷似した甲殻だ。近距離での爆発でひび割れているが、致命的な損傷には程遠い。わずかに残された人間の肌は若者の張りを保っており、年齢相応の皺を重ねた顔面との間に違和感を生んでいた。


 だがノーラを絶句させたのは、異形の姿が原因ではない。

 彼の、目だ。

 赤光しゃっこうを宿し闇を見通す、魔族の眷属けんぞくの象徴――そこにあるのは使命感でも、敵愾心てきがいしんでも、憎悪ですらない。

 どこまでも沈み込んでいく諦観だ。

 彼はもはや、自身の戦いに欠片ほどの意味も見出していない。自らの勝利にも、敗北にも、関心をなくしている。ただ過去に選択した道を歩き続けるだけの亡霊だ。

 暗殺者の彼が、無意味な問答を仕掛けてきた背景をノーラは知る。彼は生きてはいない。死んでいないだけだ。残りの生は末期に見る走馬灯に過ぎないのだろう。

 かつて冒険者の望むすべてを手に入れた者達の無残な姿は、ノーラに憐憫れんびんの情を抱かせることもない。ただただ、呆然とさせるだけだった。


「ウォードもリゲルの息子の手にかかって死んだ。とうにエマも失われ、あとはバートと俺だけだ。……もう、どうでもいいことだがな」

「それでも、バートランド・ギルに従うのですね」

「今更、降りることなどできまい。資格もなく、その意義もない」


 アランはり返った刀身を持つ片刃の剣を構えた。

 虚無的に無気力ながら、秘められた殺意は本物だ。ノーラの首筋を冷たいものが流れた。


「あのとき俺達は、リゲルに殺されるべきだったのだろうな……」


 ノーラは静かな述懐じゅっかいを聞きながらじりじりと後退するが、彼の前に距離など無意味だ。今の間合いでは、異能を使われるまでもなく一足飛びに接近されて斬り捨てられるだろう。

 ローブに潜ませたこんにそっと触れる。果たして初撃を受けられるか。仮に防げたとしても、反撃の手はない。


「悪いが、ここを知られた相手は殺せとバートに命じられている。それが大国との交渉材料であってもな。潔く死を受け入れろ」

「お断りですね」


 絶体絶命の状況にありながら、ノーラの面に浮かぶのは不敵な笑みだった。

 貴族の令嬢にあるまじき獰猛な表情で、脳裏には無数の選択が生まれては消える。たとえすべての分かれ道が同じ終焉を目指していても、模索することをやめるわけにはいかなかった。


「死に場所を探していたのだろう。わかるぞ……その眼は、見るべきでないものを見続けて狂った者の眼だ。なにもかもをき回して、誰よりも残酷に死にたがっている。違うか?」


 褐色の瞳に理解の色を見せながら、ノーラは黙って首を横に振る。

 肯定であり、否定だ。

 白い鴉は目を剥いて、掠れた声で言い放つ。


「私の最期が、あなたでは、つまらない」


 唯一、伝説の暗殺者をすら凌駕しうる銃を抜き、銃身の上に備えた照準器でアランを捉えた。

 彼は、既に剣を振り下ろし始めている。

 到底間に合うタイミングではない。

 無限に引き伸ばされた時間の中で、ノーラは終わりを悟る。


 すさまじい轟音と衝撃――――そして魂までくような焦熱が地下を席巻したのは、その瞬間だった。

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