4-11.不死の領域

 《空の森》に面した北区、そして中央区は冒険者が最もよく利用する繁華街だ。カレヴァンに根を下ろした者達は、そこから少し離れた商業区で日々の生活を営んでいる。

 伝承に語られる災害級の厄介者、開拓者の出現で多くの住民は居住区に閉じこもり、普段は賑わう商店街も雨の音だけが騒々しく響いていた。


 がらんとした通りを、小さな人影が傘も差さず上機嫌に歩んでいる。水に潜ったように服は雨水を吸い、緩く波打つ蜂蜜はちみつ色の髪も濡れそぼっていた。

 この豪雨に無頓着なようだが、腰にいた剣の柄には滑り止めが塗られている。外見の幼さに不釣合いな厳つい得物に時折手を伸ばしては、感触を確かめるように握り込んだ。


 唐突に、交差点の直前で立ち止まる。

 少年は天使のような微笑みをたたえたまま、誰もいない路上で楽しげに笑った。


れているかね? が、あと一歩だけ前に進む瞬間を?」


 尊大な声――だが子供のたわむれなどではなく、王の威厳に匹敵する迫力を備えている。

 無論、答えはない。

 彼はますます笑みを深めると、無造作に足を持ち上げ、ぱしゃ、と雨水を跳ねて前進した。


 形容しがたい耳障りな音がスコールを引き裂く。

 なにもない虚空が切り開かれ、亀裂から巨漢が飛び出した。踏み込みは長剣の斬撃を伴い、雨粒すら追い越して猛然と襲いかかる。


「雑な待ち伏せだ、バートランド・ギル。魔族の従者よ」


 鋼がぶつかり合い、火花を散らす。少年は抜いた剣を背中に添え、腕力では受けられない一撃を全身で止めていた。


「空間を隔てていれば不意を討てるとでも思ったかね? 浅はかだぞ。異能に慣れた者にとっては、目前で突っ立っているのと変わらん」


 冒険者ギルドの長、バートランド・ギルは答えない。

 その様を嘲るように、りぃん、と濁った金属の音色が響いた。少年の首に下げられたネックレスが奏でた音だ。

 赤い剣と鉈の装飾、開拓者の証を持つテオドリクスは、カレヴァンの支配者に向けて挑戦的に言い放つ。


「どうしても余を排除したいと見えるな」

「お前は、ここで消えるべき男だ」


 初めて、ギルが声を発した。緊張で張り詰めた声音だ。

 テオは不死の異能だけでも脅威としては十分すぎる。

 しかし最も恐ろしいのは、魔領域を殺すという思想、それを実現させるに足る能力があることだ。ある意味では最悪の冒険者として知られる《魔王アークエネミー》を凌駕する危険人物といえた。


 ギルは競り合う刃を力で強引に押し切る。

 膂力りょりょくで劣るテオは抗わない。器用に身体を捻り、ギルの剣を鮮やかに受け流すと、軽やかに飛び退って距離を取った。やがて真正面から対峙すると、大仰おおぎょうに腕を広げて言う。


「おそろしい男だ! 罪もない、いたいけな子供を殺すのかね?」

「そのくだりは、前にやった。それに罪もないだと? 服と剣をどこで手に入れた」


 ふむ、とテオは視線を下げる。先の戦闘で彼の衣服は細切れになっているが、今は仕立てのいい衣装を着込んでいた。

 問われたテオは、あっけらかんと告げる。


「盗んだ」

「死ね」


 ギルは突撃し、テオに向かってわずか左側に斬り込む。横殴りの斬撃はカレヴァンの象徴たる豪雨を吹き飛ばさんばかりに苛烈だ。

 テオは辛うじて防いだものの、木っ端のように軽々と宙を舞い、近くの建物の壁に背中を打ち据えた。

 体勢を立て直す暇を、ギルは与えない。

 疾走の勢いを乗せて靴裏を叩き込む。魔物の突進に匹敵する打撃は壁をぶち抜き、テオは血を吐きながら内部へ姿を消した。


 ギルは後を追わず、剣すら納めて瞑目めいもくした。

 両の腕から滲み出るのは、影のごとき暗い色のつただ。手を振るうと、それは意思を持つように蠢きながら伸び上がり、テオのいる建物を覆い始めた。魔族に連なる力で封印されれば、もはや脱出は不可能となる。

 目論見どおりのしかしギルは忌々しげな顔を隠せない。あの少年は、罠が仕掛けられていると確かに感づいていた。あえて避けなかったのだ。


「そのおごりが命取りだと、思い知るがいい」


 封印を維持のため、ギルはこの場を離れることができなくなる。

 呟いた言葉に、自らに言い聞かせるような響きがあったことを、ギルは自覚せずにはいられなかった。



 ◇ ◆ ◇ 



 暗闇の中、テオは平然と立ち上がる。潰れた内臓と折れた骨は、地面を転がる最中で既に治癒していた。

 壁には小さな明かりが灯されているが、目が慣れないうちは少し先も視認できない。かび臭さと、身体を汚した埃のべたつきで、普段使われていない倉庫であることが察せられた。


「さて、余をここに閉じ込めたかったらしいが……貴殿らが、その理由かね」


 足音はなかった。だが研ぎ澄まされたテオの感覚が、そこに三人の敵がいることを察知している。

 無遠慮に間合いを侵犯する気配は、先行する一名。


 テオは、自らも前進した。

 宙を裂く一閃は、軽い手応えを伴う。ぼんやりとした視界と勘を頼りに放った剣は、まさに得物を振り上げようとしていた襲撃者の腕を捉えた。傷は腱にまで達し、手に握っていた棍棒クラブが零れ落ちる。それが地面を叩く前に、刃が敵の首を断ち割っていた。

 噴出す血を浴びながらステップを踏み、側面から襲いかかってきたもう一人をやり過ごす。

 すれ違い様に足元へ送った斬撃は敵の足首を斬り裂いた。移動が鈍ったところへ、今度は素早く肉薄し、脇腹から切っ先を潜り込ませる。横に寝かせた刃は正確に肋骨の間を通り、内臓をずだずだにしながら心臓を貫いた。剣を捻って傷口を広げながら抜き去れば、栓の壊れた蛇口のように血液が流れ出し始める。


「子供だと侮ったか? 悪いが技には自信があるぞ。なにせ不死は時間なら腐るほどある。これぞ年の功というもの……」


 テオが最後の一人に向けて得意げに垂れた講釈は、しかし途中で断ち切られた。

 背後から頭部を襲った打撃によるものだ。

 今しがた首を裂かれたはずの巨漢が、倒れ込んだテオを冷徹な眼で見下ろす。そして、無造作に足を振り上げ、少年の華奢きゃしゃな身体を蹴り抜いた。テオは声もなく軽々と宙を舞い、木製の棚に衝突して地面に這いつくばる。


「よくもやりやがったな」


 悪態をついた男は、服の脇に小さな傷と、真っ赤な染みができている。心臓を一突きにされて息絶えたはずの痩身の男だ。

 彼はうつ伏せのテオを蹴り起こすと、意趣返しのように胴体を何度も突き刺した。鋭い尖端が肉の少ない腹を易々と貫く。ずだずだに切り裂かれた傷口から、鮮血と臓物が噴いて飛び散った。それだけでは気が治まらないのか、乱暴に足を振り下ろして踏みつければ、乾いた音と苦鳴が暗闇に弾ける。


「不死ってのがどれくらいのもんか試してやろうか」

「そんなガキにしてやられたからって、当たるなよ」


 唯一、戦闘に参加しなかった禿頭の男が、言葉に揶揄を乗せて嘲笑った。


「なんだと? そのガキ相手に怖気づいた腰抜けが」

「よせ。喧嘩なら仕事の後にしろ」


 血走った目をする痩身の男を巨漢が嗜め、禿頭の男に視線で指示する。

 促された男は肩を竦めると、そこらに放り出されていた古い棚から縄を手に取った。


「手足を縛ればいいんだろ」

「口もだ。魔法を使うぞ」


 襲撃者達はいがみ合いながらも、手際よくテオを縛り上げる。少年に対するものとしては厳重すぎる拘束だが、決してそれが過剰でないことは知らされていたし、今も目の当たりにしている。


「傷が塞がってやがる……気味が悪い」

「俺達だって同じ穴のむじなだ。化物の仲間入りだぜ」


 忌々しげにもう一度、テオを足蹴にしてから、痩身の男は血の混じった唾と一緒に悪態を吐き捨てた。そして踵を返し、倉庫の出口へと向かう。


「おい、もう終わりか? 死なないガキなんて遊ぶには最適だろ。犯し放題、殺し放題だぞ」

「勝手にしてろ。俺はギルド長に報告を……」


 もはや緊張感もなく下卑た言葉を交わす彼らを、突然の轟音が襲う。

 振り向けば、烈火の紅が網膜を焼いた。

 前触れもなく現れた火柱の発生源は、テオだ。

 業火の中から悲鳴と共に人影が転がり出てくる。邪悪な欲望を発散させようとしていた、禿頭の男だ。

 他の二人が慌てて服を脱ぎ、禿頭の男に叩きつけて鎮火を図る。火が消えた頃には彼の全身は焼けただれ、もはや虫の息ではあったが、それも時間を逆回しにするかのように治癒していった。


「余を相手に、たかだか三人を寄越すとはなにを考えているかと思えば……貴殿らも不死か! 不死の相手に不死とは、考えたものだ!」


 心底楽しげな声が、焦熱に乾いた空間に響き渡った。

 燃え盛る火炎から、悠然とテオが現れる。手足と口の縄は焼け切れていた。自らの身体も燃え、服のところどころが今も火を上げているというのにお構いなしだ。


「生まれつきの異能ではないな? さてはギルめ、魔族の力を借りて後天的に異能を植えつける手法でも確立したのか! 興味深い!」

「おい、ちゃんと縛ったのか!?」

「当然だ! このガキ、なにをしやがった!」


 激怒も露わに立ち上がった禿頭の男が、狭い屋内で取り回しやすいショートソードを抜いて怒号を上げる。

 大の男でも怯える気迫を真正面から受けて、しかしテオは得意げに微笑んだ。場面が違えば、子供が自分の手柄を自慢する可愛らしい仕草に見えるが、あまりに不気味な余裕の態度だ。


「不思議かね? だがそうおかしいことでもない。カルラ式異能再現術は発語による詠唱を基礎としているが、その奥義とはことにあるのだ。貴殿らには、少し難しいかな?」

「わけのわからないことを!」


 頭脳労働とは縁遠い荒くれでは、思い至ることができなかった。

 不死であれば拘束による無力化が効果的なのは一目瞭然であり、対処法を編み出していないわけがなかったのだ。


「ふむ、しかし学がなくとも理解できただろう? 捕らえられないならば、不死を抑えるには殺し続けるしかないぞ。これで皆、仲良く一回ずつ死んだわけだが……なに、回数など気にするな」


 テオは足元に転がっていた自らの剣を拾い、敵に見せつけるようにゆっくりと構え直した。


「これから、数えるのも馬鹿らしくなるほど死に続けるのだからな!」


 そして吼え、真正面から突撃する。

 容姿と同じく、テオの剣技は美しいほどだ。長い年月をかけて磨き上げられた業には無駄というものがまるでなく、そう定められていたかのように二人の男を斬り捨てる。

 だが身体能力は、十代の半ばに差しかかった少年でしかない。剣の腕にしても、スバルやリューク、ギルなどの達人に比肩するほどの才能はなかった。

 襲撃者達は二人でテオの足を止め、もう一人でダメージを与えることで徐々にテオを追い詰めていく。

 彼らが剣を交わすたび、足元には夥しい鮮血と肉の欠片がぶちまけられた。雨の湿気に血臭が混ざりこみ、呼吸すら苦しくなっていく。


「くそっ、いい加減にしやがれ!」


 テオに腕の動脈を断たれ、ホースから水を出すかのごとく血をき散らしながら、巨漢が力任せに蹴りつける。テオの顔ほどもある足裏が薄い胸板を直撃し、胸骨の砕ける響きと共にテオを壁に叩きつけた。

 そこに二人が距離を詰め、テオの腹と胸を串刺しにする。剣は身体を貫通して壁に食い込んだ。ごぼり、と吐いた血の塊が、もはや赤に染め上げられた服を更に濡らす。


「これ以上、痛い目に遭いたくなかったら大人しく……」


 震える怒声は、しかし続かなかった。テオの顔を、見てしまったからだ。

 テオは笑っていた。

 全身を切り刻まれ、口の端から絶え間なく血を流しながら、なお無邪気に微笑んでいたのだ。


「これ以上? つまらんことを!」


 テオは剣を投げ捨て、さっと手を振った。指先から滴る血が勢いよく散り、男達の目を塞ぐ。

 敵が反射的に怯んだ隙に、テオは前進した。ずぶずぶと剣が身体の中へ食い込んでいき、やがてつばで止まるが、無理矢理に歩を進めて剣ごと壁から解放される。


「まだまだこれからだろう!」


 喉に血を絡ませた不明瞭な歓喜の声。

 テオは目を押さえている男に飛びかかると、その顔に両手を伸ばす。

 力を込めた指先がまぶたを突き破り、柔らかな眼球を押し潰した。絶叫が弾け、男の身体が激しく痙攣する。

 たまらず仰向けに倒れるところになおもしがみつき、執拗しつよう眼窩がんかを抉り抜いた。小気味いい響きは、視神経の千切れる音だ。


「離れやがれ!」


 言葉にならない怒声と共に、テオの横っ腹が蹴り上げられる。ようやく立ち直った男が、仲間を救おうとしたのだ。

 だが、引き剥がそうとした悪夢のような少年が、今度は自分の足にしがみついてきたことで悲鳴を上げる。

 テオは捕まえた足をすくい上げて男の体勢を崩すと、小さな手を振りかぶって肉薄した。

 取るに足らない子供の拳。しかし激突音はあまりにも大きく、衝撃は鍛えられた荒くれ者の筋肉を貫いて骨にまで到達し、それを小枝のように砕いた。折れた骨が肺をも貫通すると、男は口角から血の泡を噴いてくずおれる。


「もっと、もっとだ! 恐れるな若人わこうどよ! 限界を超えるのだ、自らの身体を壊すほどに!」


 文字通りに限界を超え、半ばから妙な方向に曲がった腕をぶらぶらとさせながら、テオは哄笑する。

 その側面から、悲鳴じみた絶叫と共に一人が突進した。構えた剣の切っ先は震えながらも、正確にテオの胴体を貫いて反対側から飛び出す。そして、恐怖に凍りついた。すぐさま引き抜こうとした剣が微動だにしない。再生する肉体が、剣をくわえ込んで離さないのだ。

 柄を手放す判断は、遅すぎた。

 距離を取ろうとしたときには既に、折れた骨を接いだテオの腕が、男の身体を捕らえている。振り解こうにも、膂力は尋常のそれではなかった。生物が自らを守るために設けた出力のリミッターを、テオは鼻歌混じりに無視している。ただの人間にはありえない力を発揮しながら、体内では絶えず筋繊維が断裂し、同時にすさまじい速度で治癒していた。


「や、やめ……」


 懇願は最後まで続かない。

 彼の首に、テオが喰らいついたからだ。

 子供の顎でも、柔らかい肉など易々と食い破る。声もなくる男を無理矢理に抱き寄せ、テオは貪るように男の喉に噛みついた。頚動脈を噛み切り、気道を食い千切ると、遂には頚骨にすら到達する。それでも死ぬことを許されない男の身体は、陸揚りくあげされた魚のように跳ねた。


 血の海で溺れるように男を組み敷いていたテオは、ふと重い音を聞きつけて顔を上げる。

 視界いっぱいに、猛然と回転する車輪が映った。置き場のないゴミや道具を乱雑に積み込まれた台車のものだ。

 それを横手から掴んで引っ張っているのは、痩身の男だ。

 いかな力自慢でも、一人でこれほどの速度を出すことなどできないはずだった。

 テオは嬉々として起き上がると、血に塗れたエメラルドグリーンの瞳を輝かせる。


「素晴らしい! ようやく貴殿らも、限界を――」


 芝居がかった台詞は中途で終わる。台車が仲間の男を轢きながら、テオの柔らかい腹部を直撃したからだ。

 男は台車にテオを乗せたまま、雄叫びと共に疾走した。

 向かう先は、壁だ。

 その意図に気づかないはずはない。だがテオの表情は、至上の快楽に蕩けていた。


 激突音。

 地面が震え、足元の血溜まりに一輪の波紋が立つ。

 テオは目を見開き、形のいい唇から赤黒い血を吐き出した。台車は彼の内臓を破壊するどころか、身体をほとんど真っ二つに押し潰す。


「お、おい! お前ら、早くこい! もう一度こいつを拘束するぞ!」


 悲痛にすら聞こえる声で男が呼びかける。振り返れば、手ひどくやられた仲間達が傷を再生してようやく起き上がる頃だった。

 彼らは不死のはずだが、初めに比べて立ち直りが遅くなっていた。その理由を問う必要はない。彼自身も、身をもって知っていたからだ。


 獣じみた唸り声が耳朶じだに忍び込む。

 無意識の内に目を逸らしていたテオの姿を、もう一度直視しないわけにはいかなかった。覚悟はしていたが、それでも男は乙女のようなか細い悲鳴を喉の奥で漏らしている。


 テオは台車に積まれていた麻袋やガラクタに掴みかかっていた。どれだけの力を込めているのか、指先は削れ、爪は剥がれて血が噴出している。

 骨を砕き、内臓を千切り、皮膚を裂きながら、テオの身体が徐々に引き上げられていく。


「く、くるな!」


 叫びが聞き入れられることはない。

 テオの肉体は唐突に限界を迎え、遂に胴体から切断された。勢いのまま、その上半身が宙を舞う。臓物を撒き散らしながら、目を見開いた笑顔が飛んでくる光景は悪夢そのものだ。

 テオは空中で回転しながら両腕を伸ばし、怯えて後退することすらできない男の首を捉えた。

 恐慌に駆られて力任せに引き剥がそうとしても、テオは骨が軋むほどの膂力で男を捕らえて離さない。

 そして血を吐く口をおもむろに開くと、恋人に睦言むつごとを囁くように、密やかに言う。


「猛々しき女神の抱擁に、むせび泣くがいい」


 再び、薄暗い閉所を紅蓮の炎が照らし出す。

 不思議と火炎が燃え広がることはなく、ただ抱いた対象のみを徹底的に焼き尽くした。

 叫ぶことすらできず火に巻かれた男は、テオに取り付かれたままふらふらとうろつき回る。しかしやがて力尽き、倒れ込んでぴくりとも動かなくなった。


 助けに行くことすらできずに唖然とする他の二人の前で、火柱は突然に消失する。残されたのは、一人分と少しの炭化した肉だけだ。

 炭の塊が、脈動する。

 まるで虫が羽化するように、黒焦げの山の中から白皙はくせきの少年が現れた。その様はあまりに幻想的で、耽美たんび的ですらあった。


「ある朝のことだ」


 鈴の音より美しく、川のせせらぎより澄んだ声が流れ出る。

 テオは生まれたままの姿を惜しげなく晒しながら、歌うがごとく続けた。


「余を楽しませた小鳥のさえずりが、なぜだか退屈なものに聞こえた。緑の香りがつまらなく思えた。透き通る空の青が色褪せたように見えた……」


 蜂蜜色の髪をかき上げ、翡翠の瞳が物憂げに周囲を睥睨へいげいする。


「――――そして余は、自らが《不滅》になったことを知ったのだ」


 その双眸にぞっとするような虚無が広がっていることに今更ながら気づき、男達は震えた。

 彼らの様子から、テオは断定する。やはり彼らの異能は後天的なものだ。人類が魔素に適合することで開眼する異能を後から付与できるのだとすると、それは魔族の力を得たものにしか成しえない。

 扉の外には強い魔素の気配。あえて試さずとも、倉庫が魔族の力で封鎖されていることをテオは察していた。あるいは異能の後付けは試験的な技術であり、暴走を危惧している可能性もある。


「いずれにせよ、余がいる限り、この場を離れられんのだろう、ギルよ?」


 好都合だ、とテオは笑う。

 おそらく今頃、白鴉はくあの探索者エレオノーラは行動を開始しているはずだ。そしてリュークもまた、彼女の居場所を特定しているかもしれない。

 魔族、冒険者ギルド、開拓者――複雑に絡み合って膠着こうちゃくした状況を打開する鍵は彼らだ。

 最大の障害となるバートランド・ギルを、ただ死なないというだけで釘付けにできるならば、これ以上の働きはない。


「ならばなおのこと、暴れてやらねばな?」


 呟きを聞きつけて、三人の不死者は息を呑む。だがギルに任務を託されたからには、彼らも退くことはできなかった。


「さぁ、続けよう。血の饗宴きょうえんは、まだまだ始まったばかりだぞ……」


 テオは楽しくてしょうがないという風に身体を揺らしながら、無防備に敵の元へ歩を進めていった。

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