4-10.炎神の申し子

 淡いランプの光が室内を柔らかく照らしている。空気は熱く湿り、甘ったるい香気をはらんで部屋を満たしていた。

 壁に映る二つの陰影は折り重なりながら、目まぐるしく上下を入れ替え、時々囁きと笑みを交わす。最高級品のベッドはきしみの一つも立てないが、絡み合う身体がなまめかしくうねるたび、押し殺した嗚咽おえつのような声が静寂を乱した。

 密やかで激しい戦いは、やがて大勢が決し、荒い呼吸の音だけが残された。影は分け入るように互いの隙間を埋め、低い唸りと高く掠れた嬌声きょうせいが一際大きく響き渡る。


「どうかされまして?」


 情事の最中、突然に動きを止めた一夜の相手に、シーリーンが豊かな胸を弾ませながら言う。二人の熱は冷めるどころか燃え上がりつつあることは、深く繋がる身体で理解し合っていた。

 リュークはシーリーンを組みいたまま、彼女の汗ばんだ額に這うブルネットを優しく払う。鮮やかな碧い瞳は獣欲に濡れたまま、困ったように細められた。


「どうしても、頭の中にちらつくものがあってね」


 カレヴァン一の娼館を訪れたリュークの目的は、闇社会を牛耳るボスの一角と接触し、彼らの築いている独自の情報網を利用してエレオノーラの居場所を探るためだ。最新の情報が届くまでに間があるらしいとはいえ、すべてを忘れて享楽に溺れられるほどリュークは考えなしではない。

 シーリーンの返答は沈黙と、わずかな表情の変化だ。

 泰然自若たいぜんじじゃくとした女主人の顔から、傷ついた少女のものに変わる。雄の庇護欲を掻き立て、そしてそれ以上に嗜虐心と情欲を煽るような切ない眼差しは、あらゆる思考を塗り潰してリュークを興奮させた。辛うじて残っている冷静な部分が、顔色一つで男を操る高級娼婦の手管てくだに舌を巻く。


「罪な人。これほどの女を抱きながら、別の女性を想うのですね……?」


 シーリーンはしなやかな腕をリュークの首に伸ばし、鍛え上げられた騎士の身体を強く抱き寄せた。裸の胸が触れ合って、距離は限りなくゼロになる。至近で顔を突き合わせた二人は、どちらともなく唇を重ねた。赤い舌が相手の口腔に侵入し、互いの中を淫靡いんびに這い回る。

 恍惚と目を閉じていたリュークは、突然の痛みに頬を歪め、反射的に身を引いた。二人の唾液に濡れた口元を細い血の線が滴り落ち、白磁のごときシーリーンの肌に点々と淫らな紋様を作る。


「これは、罰ですわ」


 リュークの舌を噛んだ女は、傷心の仮面を脱ぎ捨てていた。

 そこにいるのは最早、カレヴァンの頂点に立つ娼婦ですらない。《雌豹》――戦士とは違う方法で屍の山を築く、闇社会の首領だ。


 ぐらり、とリュークの頭が揺れる。

 シーツに両手をついて身体を起こそうとするが、それが限界だ。早く浅い呼吸は性交のせいではなく、噴出した脂汗が苦悶の表情を彩る。遂には腕の力すら抜けて崩れ落ち、シーリーンの肉体の上に沈んだ。


「ゆっくり眠りなさい。そして二度と醒めない夢を……」


 シーリーンは抱き留めた男を物を扱うように脇へ退かし、指を軽く打ち鳴らした。

 直後、扉が騒々しい音を立てて押し開かれる。唯一の出入り口だけではなく、なんの変哲もない壁が割れ、隠し通路からも数人の男女が現れた。娼婦や男娼の衣装を着ているが、一夜の快楽を売るだけの人間ではないことを、ひどく冷めた双眸が示している。


「這って動くこともできないよう、拘束しなさい。猿轡さるぐつわを忘れないで。炎の魔法の達人よ」


 素早く指示を飛ばしながら、シーリーンは娼婦の一人から受け取ったタオルで全身を拭う。

 彼女の発汗は尋常ではなかった。タオルはすぐに水を吸わなくなり、滴る汗が絨毯に大きな染みを付けていく。口腔内に仕込み、リュークの中へ直接流し込んだ即効性の毒は、当然ながらシーリーンの身体にも影響を与えていた。


「ボス、解毒剤を……」

「必要ない」


 憂慮の言葉を、シーリーンは一言で切り捨てる。

 雌豹と呼ばれる女は一切の毒を受けつけない特異体質だ。体内では彼女の肉体が毒素を分解し、体外へ排出している。異常な発汗は、そのせいだ。解毒剤を服用すれば治癒は早まるが、そこに含まれている、意識を混濁させる成分をシーリーンは嫌っていた。

 毒殺を無効にする能力は、闇社会では大きな武器となった。それを最大限に活用して、彼女は骨肉の戦いを勝ち抜いたのだ。


「冒険者ギルドへ使者を出しなさい。すぐにこの男を引き渡すわ。鎧と剣は極秘裏に保管庫へ」


 シーリーンはふらつく身体を支えられながら、熱で鈍る脳で思考を回転させた。

 そこで転がり、かすかに痙攣している男は、カレヴァンを根幹から揺るがす異分子の一つだ。彼の捕縛は冒険者ギルドへの大きな貸しになる。


 余裕の態度を崩さなかったシーリーンは、内心では焦っていた。

 闇社会の頂点に立つ者の一角――といえば聞こえはいいが、そもそもカレヴァンは冒険者ギルドが破壊し、再生した街だ。秩序を重んじるバートランド・ギルの元では犯罪まがいの商売を生業とする者達の力は弱い。

 そして辣腕らつわんを持つとはいえ、シーリーンは支配者としては若すぎた。色街を中心とした縄張りを牛耳っていたとしても、旗色は決して良いとはいえない。

 かつての《斬り裂く剣ツェアライセン》の再来かと思われる災厄の撃退に一役買ったという事実は、今後数十年も活用できるだろう武器になる。


 余裕さえあれば、確実に生かしたまま身柄を確保して交渉に使いたいというのがシーリーンの本音だった。

 だが実際に対面して、彼女はリスクを負うことを諦めざるを得なかった。それほどにリュークの放つ鬼気はすさまじかったのだ。


「ボス! これを見てください!」


 そのとき、切迫した響きがシーリーンを現実へと引き戻す。リュークの白鎧を回収していた男の声だ。

 リュークは公国を裏切った際、騎士団長にのみ与えられる鎧と、炎神の遺物だという伝説の宝剣を持ち出していた。当然ながらそれは驚くべき強力な装備ではあるが、部下の様子が尋常ではないことにシーリーンは気づく。

 耳に届くのは、刃物が噛み合うような耳障りな音色。


「なぜリューク・レヴァンスが、《切り拓く剣》を!?」


 白鎧の中から零れ落ちたのは、赤黒い光を放つ無骨な装飾だ。

 その男は、開拓者と組んだだけの罪人だったはず。公国の手配書にも、彼が開拓者であるという事実は記されていなかった。当然彼女らは、リュークが赤い剣を手に入れたのがほんの数時間前、開拓者という概念を作り上げたテオドリクスから直々に渡されたのだと知るよしもない。


 すべてを薙ぎ倒して無に帰すという疫病神は、この街にとって特別な意味を持っている。

 剣と鉈の証を首に下げて現れた開拓者スバルの父親こそ、実際にカレヴァンを切り崩した《凶刃のリゲルリゲル・ザ・ブルーティッシュ・エッジ》その人だ。開拓者は伝説に語られる脅威以上に、生々しい恐怖の記憶を想起させた。


「なぜか、なんて瑣末事さまつごとさ。だろう?」


 愕然とする裏社会の住民達に、場違いな軽口が投げかけられた。

 そこで横たわっていたはずのリュークが、まさに立ち上がろうとしている。頑丈な手錠はねじれて千切れ、鎖の破片がばらばらと落下した。はらり、と落ちる布切れは、彼の口を塞いでいた猿轡だ。一部が焦げて焼失している。絨毯に吐いた唾は、炭を溶かしたように黒ずんでいた。


「重要なのは、もう手遅れだということだ。なにもかもがね」


 シーリーンの側近として鍛えられた女達の反応は、早い。左右に散開すると、示し合わせたかのようなタイミングで同時に襲いかかった。

 だが、あまりに非力だ。

 そこらのゴロツキとは違う訓練された連携だが、まるで子供をあしらうように、リュークは両の手で二人の得物を持つ腕を掴み取ってしまった。

 呼気が回転の動きに流れ、二人の刺客は冗談のように宙を舞う。乾いた響きは関節が砕け、骨の折れる音だ。彼女らは半端に開いたままだった扉を蝶番ごと破壊しながら、部屋の外へと姿を消した。


「ボス、下がってください!」


 非力な主を背に庇いながら、残された二人の男は懐から複数の投擲用ナイフを抜く。

 リュークは横っ飛びに身体を投げ出して刃の雨をくぐり抜け、勢いを殺さないまま室内を疾駆した。そして壁を蹴って急激に反転すると、一息に相手へ肉薄する。突然の攻勢に男は反応できず、重い打撃をまともに受けて昏倒こんとうした。

 鮮やか――――股間で無防備に揺れるものを差し引いても、彼の戦闘技術は洗練されていた。


「聖剣を使いなさい!」


 刺客のほとんどを裸体のまま打ち倒したリュークは、シーリーンの凛とした声に感心した。腐っても支配者だ。危機にあっても、焦燥が微塵も感じられない。

 最後の部下も落ち着きを取り戻し、素早く炎の聖剣に取りついた。剣の心得があるのか、柄に手をかけた構えはどうっている。


「致死量の毒を盛ったのに……よく動けるものですね」

「いや、さすがに焦ったよ」


 飄々ひょうひょうと肩を竦める姿に、シーリーンは内心で戦慄した。

 鍛えられた騎士の身体は、白く霞んで見える。錯覚ではなく、彼の全身からかすかに漂う白煙のせいだ。肉体から発散される高温が、流れる汗を蒸発させている。


「だが浅はかだった。毒の効かない体質が、自分だけの特権だと思わないことだ」

「えぇ、肝に銘じますわ。――始末しなさい」


 柔らかな声が、そのまま無慈悲な指示を下す。最後に残された刺客は頷き、聖剣の鞘を払った。

 そして、驚愕に目をみはる。

 リュークの戦闘を目撃した者は皆、彼の剣は刀身が赤熱した魔剣だと口を揃えて証言した。しかし、現れた刃は名剣のそれではあるものの、魔法の気配を帯びていない。


「はは、当てが外れてがっかりしたかい?」

「一体、どういう――――!」


 身体を揺らして嘲笑するリュークは、ふと身を屈め、足元に落ちていた小さな投刃を拾う。先に打ち倒した刺客のものだ。


「君達が探している剣は、これかな?」


 指先に摘まれたナイフが、突如として色を変える。高温で焼けた鉄の色だ。

 驚愕する二人の前でリュークは赤熱した刃を掲げ、攻撃に転じる……と思いきや、それを脇へ無造作に放った。

 シーリーンらは呆気に取られたが、絨毯が派手に炎を上げたことに気づいて絶句する。

 刹那の隙が、命取りだった。

 その間に、リュークは踏み込んでいる。

 あまりの重さに床がたわみ、すさまじい速度で巻き込んだ風が室内を吹き抜けた。リュークは男の腕を絡め取ると、一本背負いの要領で投げ飛ばす。取り落とした剣が、からりとむなしく音を立てた。


 すべての護衛が打ち倒され、残るは己だけ。気を失った護衛達が部屋の外へ放り出されるのを目前にしながら、しかしシーリーンは恐怖以上の困惑を覚えていた。

 絨毯の火が、燃え広がらない。否、焼けたナイフに触れただけで燃え上がることがおかしかったのだ。


「幼い頃から、俺の中には炎がんでいた」


 ぞっとするような声が、耳朶じだに潜り込んでくる。騎士でも冒険者でもない、冷酷な殺人鬼の囁きだ。

 リュークが両腕を掲げると、掌に炎の塊が出現する。顕現けんげんした火焔は音もなく宙を飛び、部屋の入り口をすべて焼き尽くした。だが燃え広がることはなく、まるでそう命じられたように留まっている。

 物理法則に従わない奇妙な現象。その名前を、シーリーンは知っていた。


「炎の、異能……!」

「そうさ。苦労したよ、魔法を使えるだけの騎士を装うのはね」


 炎の轟音に紛れて、遠く叫び声が響いていた。部屋の外では客を逃がすために従業員が奔走し、ボスであるシーリーンを救出するために部下が手を尽くしているが、異能の炎は決して消えることはない。

 リュークは今や陽炎をまとっていた。裸体から迸る高温が大気を歪めている。碧眼は燐光を帯び、鍛えられた肉体は炎でくすぶるようにところどころが赤光を放ち始めていた。

 毒が通用しなかったからくりを、今になってシーリーンは理解する。リュークに飲ませた毒は空の森にいる魔物から抽出したものだ。彼らの毒は熱に弱く、調理に使う程度の火力で加熱すれば、すぐに毒性を失ってしまう。


「身体に炎を宿した剣士……炎神の申し子というのが、まさか真実だとは」

「炎神、か」


 リュークは落ちていた聖剣を拾い上げ、軽く振り回した。鏡面のごとき刀身が瞬く間に灼熱の紅を帯びる。シーリーンが部下の報告で聞いていた、白炎の騎士団長が持つという宝剣の色だ。

 粗末なナイフでは耐え切れなかったが、神話の産物はリュークの炎を受け止め、それどころか増幅している。かの聖剣が、使い手の異能を前提としたものだと知る者は、おそらくどこにも残っていないのだろう。

 自らの熱と裏腹に、彼の碧い眼は冷め切っていた。怒り、憎しみ、哀しみ――あらゆる負の感情を溶かした炎の輝きだ。


「俺は孤児だ。そんなもの、関係ないね」

「その力を、人に明かさなかったのですか? 一体、なぜ? あなたならば公国のがみにすらなれたはず」

「……どうやら話しすぎたようだ」


 リュークは口の端を歪め、目つきを変えた。

 彼が一歩を踏み出すたび、シーリーンは震える足で後退る。しかし逃げ場所はなく、ベッドにつまずいて倒れ込んでしまった。身体に巻きつけていたタオルが解け、美しい肢体が露わになる。

 裸で向かい合う構図は同じだが、二人の間で交わされるのは愛の囁きではない。冷酷な殺意と、恐怖に揺れる視線だけだ。


「殺しなさい」


 やがて、シーリーンは気丈に言い放つ。

 死を受け入れた表情――――だが、そこには狡猾な鋭さがあった。


「人をたばかった以上、相応の報復は覚悟しております。悔しいけれど、あなたは戦士としては超一流……とても敵いませんわ」


 突然の殊勝な態度と、かすかな侮蔑の混じった物言い。リュークは足を止め、不機嫌に呟いた。


「なんだか引っかかる言い方だ」

「えぇ、残念ですが……」


 値踏みするような眼差しが、リュークの顔から順に身体をなぞり始める。そして今は力を失っている逸物いちもつへ辿り着くと、目を細めて軽く鼻を鳴らした。ただそれだけで、一騎当千を誇る騎士の自尊心は粉々になる。


「あちらの方は、あと一歩というところですわね。当店のプロと比較すればなまくら以下ですわ」

「頑張ったんだけどなぁ」


 意気消沈といった様子でうなだれるリュークに、シーリーンは嫣然えんぜんと微笑んで見せる。


「もう一戦、お相手して差し上げてもよろしいのですよ?」


 ほんの少し身動みじろぎをすれば、無様に逃げようとする体勢から、男の劣情を煽る淫らなポーズへと変化する。こんな状況でなければ、どんな男でも理性を消し飛ばされるだろう。

 時間稼ぎであることは明白だ。だが黙って殺されるくらいならと最後の好機に賭けるのが、曲がりなりにも裏社会を勝ち抜いた女傑の矜持だった。


 果たしてリュークは、剣を放り投げた。

 ベッドに足をかけると、仰向けに横たわったシーリーンに覆い被さり、乱暴に両脚を掴んで開く。先程までとは違う、相手への思いやりが欠片も存在しない行為だ。

 彼の形ある熱を受け入れながら、シーリーンは耳を澄ませる。この部屋への隠し通路は一つではない。異能の炎も永遠に消えないわけではないはずだった。部下達の助けと、冒険者ギルドの援軍を待つまでに、時間を稼がなければいけない。


「情事の最中に、考え事はよくないんじゃなかったのかい?」


 間近にある殺人鬼の顔が、人好きのする柔和な笑みを浮かべる。

 そこでシーリーンは初めて、違和感に気づいた。

 体内にあるリュークの一部が、ひどく熱い。興奮すれば体温が上がるのは当然だが、およそ人体が発するような熱量ではなかった。

 戸惑っているところに、ぐっと距離を詰められる。獣の息を吐く唇が、緊張から浅く速い呼吸をするシーリーンのそれを奪った。固く閉じられた歯の間を強引に舌が割り開き、中を激しく蹂躙じゅうりんする。


「――あっ!」


 突然の強い痛みが、シーリーンに苦鳴を上げさせた。

 リュークはシーツに手をついて身体を起こすと、意趣返しのように嘲笑う。


「これは、罰だ」


 凶悪な眼光を目の前にしながら、彼女は自らの口腔を舌で探り、その正体を知った。

 熱いスープを不用意に含んだように、上顎が軽い火傷を負っている。ふやけて剥がれた粘膜が、ざらざらとした感触を伝えてきた。


 じゅう、と耳障りな音。そして肌を叩く熱気に、シーリーンは怯えた少女の悲鳴を漏らした。

 顔の両側にあるリュークの腕が高熱を発し、ベッドのシーツを焼いている。目の端に移る赤い光は、炎だ。それは意志を持つように蠢き、シーリーンの細く白い首に巻きついている。


「確かにあなたは、娼婦としては超一流だ。だが……」


 これまで崩さなかった余裕も失い、感じたことのない恐怖に震える女に、リュークは冷たく言い放つ。


「敵に回すべきでない相手を見誤った。ギャングとしては二流だな」


 慌てて逃げようとするシーリーンの肩を、燃える両手が押さえつける。

 異能の火に触れて彼女が無事でいるのは、まだリュークがそれを望んでいないからだ。一度その気になれば、豊満な身体と白皙はくせきの美貌は、ただの黒ずんだ灰と化す――おそらくは、考えうる限り最大限の苦痛を与えられながら。


「本来ならば、俺を騙そうとした悪党など痛めつけてから殺すところだが……わかるだろう?」


 歯の根も噛み合わないほど震えるシーリーンに、リュークは甘い声で囁いた。


「俺は焦ってるんだ。どうしてもノーラを見つけたい。そのためなら仕方ないが、生かしてやってもいいと思っている」

「ほ……本当に?」

「あなたの部下を殺さなかった。一人もね。それが証明になるはずだ」


 シーリーンは納得せざるを得なかった。彼は徒手空拳でも、ゴロツキの十人や二十人、無惨に殺害することができただろう。

 抱き上げたシーリーンを揺すり、自らを何度も彼女の中に送り込みながら、リュークは異能の炎を徐々に強めていく。彼の温度はいずれ人体が耐えられない段階へ到達するだろう。


「なにか知っていることがあるんだろう? さぁ、俺の気が変わらないうちに言うんだ。情事の最中に死にたくなければね……それとも娼婦としては、その方が本望かい?」


 高まる熱と真逆の冷たい声音に、シーリーンの身体は凍える。

 彼女が闇の世界の住人としての誇りをすべて投げ捨てて、命乞いをするまでに、それほどの時間はかからなかった。

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