3-5.剣と鉈の導き

 《千剣のギル》――――。

 それがカレヴァンの街が生んだ英傑の名だ。


 彼が表舞台に現れたのは、かつてカレヴァンで勃発していたギルド間の抗争の最中だった。

 ギルの率いるパーティ《斬り裂く刃ツェアライセン》を中心とした冒険者は文字通り刃の鋭さで戦場を切り崩し、長きに渡って続いてきた対立を瞬く間に終わらせてしまった。

 まだ若造だった彼らは功績を挙げて地位と発言力を手に入れると、疲弊した街の復興に取りかかる。

 森の資源を研究して活用する術を見つけ、商人ギルドなどと連携して莫大な利益を上げた。ただの攻略拠点だったカレヴァンの街が大都市の形を得たのは、この頃だ。

 稼いだ資金を元に抗争で壊滅した傭兵ギルドなどを再建し、街の運営を正常に戻すと、次に空の森攻略の道筋を切り拓いた。

 地形の複雑さが危険性の大半を占めていた森は、空中庭園の整備を始めとした対策で急激に攻略が進められていく。そして最後にはギル本人の手で心臓を奪われ、死んだのだ。


 政治的手腕、智謀のみならず、ギルは武勇にも優れた。

 《斬り裂く刃》の同士にして最強の剣士と名高い《剣聖ソードマスターリゲル》と比肩できたのは、唯一彼だけだったと言われている。


 一歩進むたび、まるで周囲の空間を引きずってくるようだった。強者特有の威圧感がびりびりと肌を震わせる。

 全身に帯びた無数の刀剣はかすかな音すら立てなかった。冒険者として気配を発する装備は厳禁だ。老いから一線を退いたとはいえ、彼が変わらず冒険者であり続けていることが端的に現れている。


 バートランド・ギルは、治安維持部隊が作る包囲の円の中に進み出て、その中央で身構えるスバルに向かい合った。

 目を開けていることすら困難なほどのスコールを受けながら、灰色の鋭い視線を投げかける。


「お前が……スバル。開拓者か」


 いわおのような声だ。それでいて刃の鋭利を備えている。


「俺の街で好き放題やってくれたようだな」

「よく言う。あんたが好き放題やった結果が、カレヴァンなんだろ」


 スバルの皮肉に、ギルは白の混じる髭の生えた口元を笑みに歪めた。

 カレヴァンの抗争を治めた彼だが、その手段は当然ながら武力だ。圧倒的な実力で数え切れないほどの屍を築き、それをいしずえにして彼は支配者の椅子に座っている。


「否定はせん。だが、だからこそ俺が責任を持って護らなければならんのだ。たとえ、どんな手を使ってでも」

「俺とアリアにレッドフォードを差し向けたのも、あんただな」

「開拓者の逸話が確かならば、こうなるとわかっていたからな……」


 痛恨の極み、という表情でギルはかぶりを振った。


「だが《虫寄せ》まで使った罠をお前は切り抜けた。あの有望な若者を失ったのは俺の失態だ。だからこそ、俺が自分自身の手で始末をつけるのだ」


 ギルは腰に差していた双剣を抜く。常人では一振りを扱うのがやっとというそれを、彼は両手に携えて構えた。

 その後ろで、治安維持部隊の面々が得物を持ち上げた。もしスバルが逃げ出そうものなら、いくつもの穂先で突き殺す、その意気に溢れている。


「あんた一人でやる気か? せっかく数を揃えたんだ、全員でかかってくればいいものを」


 決闘を見守ろうとしていた隊員らが挑発に色めき立つ。よほどギルに心酔しているのか、彼への侮辱を看過できなかったのだ。

 しかし、ギルは右手の剣を掲げることで制止した。

 ただそれだけで、頭に血を昇らせていた部下達が落ち着きを取り戻す。


「見た目に似合わず、狡猾な男だ」

「見た目のことは余計だろ」


 苦笑するギルと対照的に、スバルは苦々しい顔だ。

 絶望的な窮地に見えるが、スバルにとっては違う。どれほど数を並べても、それが有象無象ならば脅威ではなかった。

 むしろ、乱戦になった方が動きやすいとさえいえる。いかに多勢がいたとしても、一人の敵と切り結べる人数は限られているのだ。

 それにギルは自分の部下が斬り殺されるのを許さない。彼らを守るために動きが鈍るはずだった。


 だが、ギルはその狙いを看破かんぱしている。

 この中でスバルと拮抗できる戦力が自分だけだと知っているのだ。

 逃走を防ぎ、集中力を散らし、決定的な好機が訪れれば建物の二階に潜む連中が狙撃も試みるだろう。スバルにとって、最悪と言っていい戦場が構築されていた。


「さぁ、行くぞ。ここがお前の拓いた道の終末だ」


 高らかに宣言し、ギルは滝のような雨の中を踏み出した。

 その大柄な身体が、一気に躍動する。

 まるで飛ぶような疾走は、外見の年齢に騙されていれば度肝を抜かれていただろう。

 スバルもまったく同時に地を蹴り、二人は彼我ひがの間合いを瞬時に消滅させた。

 治安維持部隊の面々は、その動きを目で追うことすらできない。彼らが戦況を視認できたのは、おそるべき戦士達が最初の剣を交わしたときだ。


 大剣は重い刀身を振り回して敵を叩き切る得物だ。どれほどの怪力の持ち主でも、それを片手でどうにかすることはできない。

 だが、高い技量があれば話は別だ。

 ギルは右の長剣で、大木をもし折るスバルの一撃を鮮やかに受け流す。

 接触の衝撃が雨粒すら吹き飛ばし、刹那のなぎが二人を包んだ。

 その凪の中、ギルは左の剣で敵対者の首を狙う。


 銀光の横薙ぎが裂いたのはスバルの残影だ。

 実像の気配は足元にある。

 弾かれた剣を力でねじ伏せ、そのまま懐に飛び込んだのだ。そして次の瞬間には、大剣の尖端をギルの顎目がけて突き上げている。


 雨と逆の軌道で上昇する鈍い煌めきと、豪風の唸りが交差した。

 ギルの靴裏が、視界一杯に広がる。

 時間の概念すら曖昧になる瞬間、スバルは自分の剣が彼を殺害する前に、その打撃が自らを叩きのめすことを悟った。

 決断は、思考と同時だ。

 神速の刺突を同じ速度で引き戻すと、身をさばきながら勢いのまま旋回する。

 頬を撫でる風でギルの蹴りを感じながら、スバルは地を這う一閃を繰り出した。唯一地面と接している軸足を狙ったのだ。


 片足では進むことも退くこともできない。

 ギルは、跳んだ。

 羽根が舞うような軽やかな跳躍で、低い姿勢のスバルを飛び越えてゆく。


 その気配を頭上に感じながら、スバルは雨の溜まった石畳の地面に身を投げ出した。

 直前まで自分の身体があった場所に、空中から鋭い光刃が降り注ぐ。

 更に転がっていくあとを、次々と重い斬撃が突き刺さった。一瞬でも留まっていたら、その瞬間になます斬りだ。


 驟雨しゅううの如き連撃を掻い潜り、スバルは膝立ちの状態から大剣を振り抜いた。

 斜めに弧を描く苛烈な剣撃は、その途中でぷっつりと途切れる。

 鈍い残響は、吹き飛ぶ鉄塊の形をしていた。それは治安維持部隊隊員の足元に飛び込み、彼らに悲鳴を上げさせる。

 スバルが鍛冶屋から借り受けた剣は、決してなまくらではなかった。しかし使い手を選ばない量産品では二人の達人についていくことができなかったのだ。


 スバルは怯まず、大剣の残骸を振り上げながら飛び出す。

 ギルは後退を選んだ。剣を叩き折った迎撃は、しかしその重さで彼の両手を痺れさせている。


「水盾」


 詠唱は、水の膜を生み出す。

 

「むっ……」


 ギルは困惑に唸った。背に軽い抵抗を感じたのだ。

 スバルの魔法は攻撃のためではなく、ギルの視界の外、その後退を阻むように水の膜を作り出していた。

 膜に衝突したギルは一瞬だけ移動を阻害される。そして、その一瞬はスバルに十分なものだ。


 黒い影が疾風と化して、歴戦の老兵と交差する。

 武器同士が激しく接触する耳障りな音が木霊し、辺りを再び雨の音だけが支配した。


 その攻防を見ていた隊員達は、もはや得物さえ下ろして立ち尽くしている。

 機会があれば援護を――と意気込んでいたが、敵を威嚇することすらできなかった。なにもするべきことはなく、ただ壁であるしかないと悟ってしまっている。


「なるほどな」


 ギルは静かに呟いた。

 その頬には浅い傷が残っている。スバルの剣が刻んだものだ。

 あるいは、その大剣が折られていなければ、掠り傷ではすまなかったかもしれない。


「さすが、というべきか」

怖気おじけづいたか?」


 挑発するスバルにも、言葉ほどの余裕はない。

 双剣の連撃は衣服のところどころを裂き、いくつかは肉体にまで達して黒い血を流させていた。

 路地裏で出会った黒装束の刺客もおそるべき使い手だったが、この男はそれすらも凌駕している。

 そして、その強さは決して腕っ節だけのことではない。


「理解した。お前を仕留めるなら、この機を逃すわけにはいかないということをな」


 そう言ってギルが左手の剣を掲げると、それが合図だったのか、周囲の建物に身を潜めていた傭兵や賞金稼ぎが姿を現した。

 彼らの手には銃やクロスボウが構えられ、一度隙を見つければ即座に標的を射抜くだろう。

 普段のスバルならまだしも、今は消耗しきっている上に、この雨だ。矢や銃弾の気配を隠すには最適といえる。


「上等だ」


 スバルは猛獣の笑みを浮かべ、大剣を捨ててロングソードを引き抜いた。

 圧倒的な不利――だが、まだ生きている。

 剣を振れる。

 それなら、戦うだけだ。

 血に酔った獣だけがまとう鬼気に当てられ、数人の隊員が顔面を蒼白にしてへたり込んだ。


「お前ら一人残らず、血溜まりに沈めてやる」

「流れるのはお前の黒い血だけで十分だ」


 スバルに負けず劣らずの闘志を放ち、ギルが再び剣を構えた。

 糸のように張り巡らされた緊張感。

 それが切れたとき、雨の戦場は惨劇に染まる、そのはずだった。


「歌えよ水精――」


 妖精のように可憐な声だ。

 それは不思議と雨音のとばりを貫いて凛と響き渡る。

 異変はすぐに現れた。

 足元に溜まった雨水は、新たな雨水を受けて飛沫を上げ続けている。その飛沫が、妙だった。水自体が意思を持っているような動きだ。

 周囲に満ちる、異様な気配。

 ギルの判断は早い。だが、それでも遅すぎた。


「皆、下がれ!」

「――踊れよ風精」


 その瞬間、カレヴァンに白い渦が出現した。

 まるで豪雨を逆回しにしたように、すべての水が暴風に乗って宙を飛び始めたのだ。

 虚空に生まれた水流は治安維持部隊の包囲を薙ぎ倒し、傭兵達の射線を遮ってしまう。


 風の水の轟音が世界を支配した。その正体が魔法であることに、誰もが気づいている。

 魔法とは古来より、長大で神秘的な詠唱こそが崇高であり、規模と破壊力の高いものこそとうとばれた。それがかつて存在した《カルラ教団》、魔法ギルドを兼ねた組織の教義だ。簡潔な詠唱、局所的な現象を起こすスバルの魔法は異端とされている。

 そういう意味で、これは模範的な魔法然とした魔法といえた。


 そして、その中心でスバルは立ち尽くしている。

 白い渦は彼を囲むように発現していたのだ。だが、その術者はスバル自身ではない。


「こっちだ、スバル」


 ぱん、と手拍子を打つ音。

 すると渦の一角が割れ、一筋の道を示した。

 その先には細い脇道が口を空けている。そこを守っていただろう隊員達は打ち倒されて意識を失っていた。

 そして、暗がりに立つ小さな人影。


「あんた……」

「逃がすものか!」


 困惑するスバルを、濃密な殺気が振り向かせる。

 バートランド・ギルだ。

 自らの肉体だけを頼りに魔法を突き抜け、姿を現していた。


 スバルは舌打ちと共に、右手にロングソードを構え、左手で短剣を引き抜く。

 得物の長さを活かしたギルの剣撃が最高速度に乗る前に、その懐へ飛び込んだ。

 二振りの刃でそれぞれの剣を逸らすと、身体を一陣の旋風に変える。小振りな刃はギルの反撃を上回る速度で閃いた。


 たまらず飛び退るギルを前に、スバルは更に回転する。

 全体重と遠心力を乗せた回し蹴りは、ギルの防御をすり抜けて腹腔に突き刺さると、その威力を解放した。

 苦鳴を残して吹き飛ぶギルは白い渦の外へ消え、すぐに戻ってくることはない。


「おぼえてやがれ!」


 小悪党のような台詞を吐き捨て、スバルは身を翻した。


 脇道に入り込む直前、スバルは顔の横をなにかが飛んでいったのに気づく。

 赤々と光る鉱物のような塊だ。


「急げ、巻き込まれたくはあるまい?」


 スバルに道を示した何者かは、中性的な声を楽しげに弾ませる。

 そして二人が数歩を走り抜けた直後、すさまじい爆発音が轟いた。

 衝撃に押され、スバルと小柄な人物は地面に投げ出される。腹這いになった背中を、爆風の余波が撫でていった。


 二人の背後では灼熱の光が明滅し、粉塵が立ち込めている。轟音はいくつもの建物が瓦解する響きだ。

 続いて、隊員達の切迫した叫びが聞こえてくる。少なくない人数が爆発に巻き込まれ、辛うじて生き延びた者の救護に追われることだろう。

 その様を聞きながら、スバルを導いた人物は無邪気な声で豪快に笑った。


「さすが、サラマンドラの火石だ! 大枚をはたいて手に入れた価値はあった!」

「危ないだろ! この野郎、殺す気か!?」


 スバルは立ち上がって、その人物の胸倉を掴んだ。

 雨具のフードが後ろに落ち、彼の顔を明らかにする。

 柔らかな蜂蜜色の髪と、国宝級の宝石でも敵わないだろう翡翠の双眸。濡れた白皙はくせきの面は傾国の美姫すら凍りつくほどに麗しく、淫靡だ。

 寒気がするほど可憐な少年、その胸元で曇天の薄明かりを受けて光るのは、剣と鉈の装飾――開拓者の証、《切り拓く剣》。


 スバルは、その少年を知っている。

 激昂の勢いは鳴りを潜め、彼を壁に押しつけていた手を引っ込めた。

 彼はスバルの凶行を意に介した様子もなく、儚げな美貌を微笑みで彩る。


「久しいな、スバル。大きくなった。それに眼が憂いを帯びたな? 多くの経験をしたようだ」


 少年らしからぬ台詞だ。スバルはその不自然さを疑問に思う素振りも見せずに言う。


「テオ、あんたは……変わらないな。昔のままだ」

「たかだか十数年のことを昔とは言わんよ。まぁいい、積もる話はあとだ。についてきたまえ」


 見た目に似合わない尊大な物言いを残し、テオという名の少年は小走りで駆け始めた。



 ◇ ◆ ◇ 



 追っ手の気配を避けながら、二人は暗がりを走り続けた。

 その終点は意外な場所だ。スバルは目を瞬かせ、その建物を見上げる。《寝惚けた黒獅子亭》――この街にきた当初、ねぐらにしていた宿だった。


「おい、ちょっと待て。ここが拠点なのか?」


 スバルは指名手配中の身だ。カレヴァン随一の高級宿は冒険者に便宜を図ってくれることもあるが、犯罪者に対してはその限りではない。


「テオドリクス様」


 真正面から入ろうとしていた二人は、ふと密やかな声に呼び止められる。

 見れば、物陰から男が手招きをしていた。近づくと、彼がコンシェルジュであることに気づく。


「どうした、このようなところで?」

「ロビーでは傭兵と治安維持部隊が見張りをしております。裏口からご案内いたしましょう。さぁ、スバル様も」


 案内されながら、スバルは思考が追いつかずに目を丸くしている。


「どうなってるんだ?」

「色々と渡して、手を貸してもらっているのだ。貴殿を連れてくることも話を通してある」


 にやり、と笑う少年をスバルは忌々しげに睨みつけた。

 テオが途方もない資産家であることは知っている。一国を丸々買い取れるほどの額を溜め込んでいると聞いたときには、あまりのスケールの大きさに眩暈めまいがしたものだった。


「相変わらず、世渡りが下手だな。もう少し小狡こずるくなりたまえ。指名手配などされない程度にはな」


 スバルは不機嫌な顔で黙り込み、足音高く宿に踏み入れた。



 コンシェルジュに導かれて辿り着いたのは最上階、最高ランクの部屋だ。

 泡銭あぶくぜにでは数泊しただけで消し飛ぶが、快適さでは他の追随を許さない。顧客の秘密も守られ、安全さでも突出している。


 もっとも、異常な監視網を持っているカレヴァンの治安維持部隊には、それほどの意味を持たないはずだった。

 スバルが見たのは、部屋中に描かれた奇妙な紋様だ。


「無理を言って描かせてもらった。最近《孤狼ロンリィ・ウルフ》に結界を教わってね」

「その呼び方、そろそろやめてやれよ……」


 スバルは気の毒そうに呟く。

 《孤狼》は遠い地で暮らす開拓者の一人だ。勇壮な二つ名だが、実体は人付き合いが壊滅的に苦手な妙齢の女性だった。異能を駆使して孤独に暮らすウルフ家の淑女は、色々な誤解を経て人々に畏怖されている。世間の評判に頭を痛めている苦労人だ。

 彼女の異能は結界であり、この世のエネルギーでは破壊できない不可侵の壁を生み出すことに長けていた。

 テオの紋様は彼女の異能を再現する術の一つと思われる。本来の異能には遥かに及ばないものだが、人知の及ばない監視を退けるには最適だ。


 スバルは濡れた外套を脱ぎ捨てて放り投げながら、既に着替えを終えてくつろいでいるテオを睨みつけた。


「いい加減、聞かせてもらおうか。どうしてこんなところにいる? あんたの目的を考えれば、ここにくる意味はなかっただろ」

くな」


 もったいぶった態度のテオに詰め寄ろうとすると、遠慮がちなノックが鳴る。

 許可を得て入ってきたのは、給仕だった。カートには高級宿の豪華絢爛な料理が並び、暖かな湯気を立てている。

 ここ数日間、ほぼ絶食状態にあったスバルは目を血走らせて唾を飲み込んだ。


「まずは休みたまえ。指名手配されてからろくに食事していないのだろう?」


 テオはからかうような表情を、ふと真面目なものに変えた。

 そこには呆れと共に、少しの尊敬と感心が垣間見える。


「どうせ滅ぶ街だ、食料など略奪すればよいものを……損な性分しょうぶんだな」

「そんなことできるか。ばれたら殺される」


 誰に――とは言わなかった。それでも、それが誰のことを指しているのか、二人には共通の認識がある。


「今、シャルが《黒い剣のアリア》を迎えに行っている。彼女らが到着次第、話をしよう」


 早速食器を手に取っていたスバルは硬直した。かと思えば、その面を小さな笑みの形に変える。

 懐かしむような優しげな表情は、アリアも見たことのないものだ。


「そうか……あんたがいるってことは、あいつもきてるのか。元気にしてたか?」

「あぁ。再会を楽しみにしているといい。腕も上げたし、それに見違えるほど美しくなったぞ」


 テオがそう言った瞬間、周囲の空間が澱んだように重くなる。

 尋常ならざる殺気の出処でどころは、スバルだ。

 瞳を濁らせながら、地獄からの怨嗟を思わせる声音で恫喝した。


「手、出してないだろうな」

「おいおい、精通もしていないのに手を出すもなにもあるまい! 第一、余は妻一筋だ」

「だったらいいんだがな」


 スバルは何事もなかったかのように食事を再開する。

 そして、香の街に集った類稀な戦士達が集結するのは、それから数時間後のことだった。

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