2-12.来訪者達

 香の街カレヴァン――――。

 かつて空の森攻略のために築かれて、その役割を終えた街。そして心臓を失ってなお生き続ける魔領域を利用し、冒険者育成の事業を打ち立てて二度目の隆盛を極めている街だ。

 平常より人の出入りが激しい都市ではあるが、それにしてもここ数日の動向は異常といえた。

 大通りには馬車を引き連れた商人や冒険者、傭兵から賞金稼ぎ、行き場を失った乞食さえもが溢れ返っている。街の特徴である、木材が出す臭気もかき消されるほどだ。


 その混雑の中を、ノーラが歩いていた。

 足取りは軽く、ローブを幾重いくえにも着込んだような動きづらい服装をものともしない。人混みの濁流を泳いでいるかのようだった。


 これからの予定を組み立てながら歩いていた彼女は、ふとなにかを感じて振り返る。

 視線の先にあるのは馬車だ。豪奢ごうしゃな造りで、闇のような黒毛の強靭な馬がいている。貴族か豪商のものに見えるが、荷は少なく、護衛も見られない。そのアンバランスさに違和感を覚えたのだ。

 強い衝撃を受けたのは、その直後だった。余所見をした一瞬は、しかし場所が悪すぎた。


「大丈夫かい?」


 なにかにぶつかって転倒する直前、腕を取られて支えられる。

 見上げたところにあるのは知った顔だ。失態に顔を歪めている間に、人波を避けて路地に引っ張られていく。

 大通りの脇にある薄暗い隙間にノーラと共に入り込み、その男は呆れ交じりに言った。


「まったく、エリーの迂闊うかつは昔から変わらないな」

「その呼び方はやめてください。今はノーラです」


 ノーラは憤然と言い、白い鎧をまとった騎士然とした男、リュークを睨みつけた。

 彼はライアン・レッドフォードとの対峙をきっかけに同盟を組んだ相手だ。使いっ走りとして扱う代わりに、情報を提供することを確約しているが、基本的には別行動を取っていた。


「自分の足で情報収集とは、今時は誰もやらないだろう? 他の連中と同じく、ギルドに任せればいいのに。言ってくれれば、俺がやってもいい」

「私には私のやり方があります。それに情報は自分で集めるものだっておじいちゃんが言ってました」


 リュークは頭痛を感じたように額を押さえ、溜息をついた。


「まったく、あの御仁は……晩年は大人しくしていらっしゃると思っていたら、まさか後継者を育てていたとは」

「そんなことより、あなたこそ、まだ街で油を売ってたんですか? 冒険者に河岸かしを変えたんでしょう。空の森にでも稼ぎに行ったらどうです」

「つれないなぁ」


 辛辣な文句を気にした風もなく、リュークは透き通るような碧眼を大通りの混雑へと向ける。


「魔領域へ出向きたいのは山々なんだけど、気になってね。なにか情報を掴んでいるんだろう? なにが起きてるのか教えてくれないか」

「いいでしょう。少し待ってください」


 契約を履行すべく、ノーラは懐に手を差し入れる。

 そして、しばらくもぞもぞと蠢いたまま沈黙が続いた。


「整理整頓が苦手なのも昔のままか」

「うるさいです」


 四苦八苦したのちに目当ての手帳を取り出し、ノーラはそのページに目を通す。


「この間、アリアさんと話したことをおぼえていますか? カレヴァン周辺で連続して起きている事件についてです」

「あぁ。魔領域《熱砂の谷》の死、都市アルバートの壊滅、ついでに小国アンテロの滅亡……だったか」


 リュークはこめかみに指を当てて記憶の箱をひっくり返した。


 《熱砂の谷》は過酷な環境の魔領域として知られ、空の森と同じく資源の宝庫として重宝されていたが、とある冒険者に滅ぼされている。

 それに伴って谷の攻略拠点都市が加速度的に衰退しつつあるのは、この数日で広まった情報だ。


 都市アルバートは、魔領域《腐肉迷宮アビス》の攻略拠点だが、魔物の襲撃を受けて壊滅している。

 この事件に関しては、《黒い剣のアリア》が関与をほのめかしていた。彼女が事件当時、アルバートに滞在していたことはノーラが裏付けを取っている。


 そして小国アンテロは、かつて肥沃ひよくな土地と勇猛な軍隊を有する強国だった。しかし貴族層の腐敗が主な原因となって国力が低下したところを大国に狙われ、既に陥落している。

 アンテロの滅亡については、被支配層が中心となって設立された反政府組織レジスタンスの暗躍が噂されていた。しかし該当地域の混乱が大きく、正しい情報は出回っていない。


「それぞれの事件の関連は、現在のところ認められていません。ただ偶然か必然か、その影響が同時にカレヴァンで顕在化けんざいかしているんです」

「食い扶持ぶちを失った傭兵や冒険者、難民までが雪崩れ込んでいるってわけか。治安維持部隊も忙しいだろうね」

「えぇ。それにライアン・レッドフォードの活動が確認できていません。彼は多くの問題を抱えていますが紛れもなく傑物けつぶつです。その穴は大きいでしょう」


 その名に、リュークの目が光った。

 理知的で穏やかな普段からは想像もつかない、剣呑な光だ。


「森、だろう? どこでなにをしているかも、見当がつく」


 ノーラは無言で頷く。

 彼と何度かの衝突を果たしている冒険者、アリアとスバルが空の森へ入ったのは、もう何日も前の話だ。

 彼らの目的が《森の天空》、空の森最奥部にして最大の大樹であることはアリアが明かしている。ノーラの推定では、あと十日もしないうちに彼らが森から帰還するはずだ。

 何事もなければ。


 ライアン・レッドフォードがアリアの魔剣と開拓者に執着していたことはノーラも掴んでいる。

 それが彼個人の問題か、ギルドの指令か、あるいはその両方かは知られていない。いずれにせよ、彼とスバルらが森で接触していることは確実だった。


「これは楽観的な予測……あるいは悲観的な予測です。開拓者スバルは、カレヴァンへ戻るでしょう。《切り拓く剣》が本物なのであれば」


 開拓者――赤い剣となたの装飾を身に着けた謎の存在。

 彼らを調べるうち、ノーラは迷宮に突き落とされたような感覚に陥った。

 広い地域で起きた主要な事件、歴史の転換点を記した書物に、その存在を確認できる。だが実際に彼らがなにを起こしたのかは不明のままだ。

 中には、彼らの関与が疑わしいものもある。

 逆に、彼らが積極的に活動した形跡もある。

 まるで誰かが情報を操作しているかのようだった。開拓者、その存在を誇示しているようにも見える。だが、本当にそれが目的だとするのなら、もっとうまいやり方があるはずだった。彼らは今、存在が疑わしい伝説や逸話としか思われていないのだ。


「ここを離れるのが最善なのは確かです。スバルさんが現れた頃、真っ先にカレヴァンを逃げ出した人達が臆病者とそしられていましたが、彼らが最も賢明だったというわけです」

「だが、さかしい臆病者は何者にもなれない」


 リュークは不敵に笑い、腰の剣に手を触れた。


「隠れ家となる拠点、君達でいう《鴉の巣》を作るべきだ。いずれ、カレヴァンの中でなにかが起こるなら、それがいい」

「まさに、それをお願いしようと思っていました。これを持っていってください。私が確保した拠点の場所を記してあります」

「構わないけど……」


 ノーラから地図を受け取り、リュークは眉根を寄せた。

 カレヴァン全体の地図には、いくつもの黒点が描かれている。それも東西南北に満遍なく散っていた。かなりの数だ。


「これでは、まだ足りないんです。私の見立てでは、この街は……」


 難しい顔で唸っていたノーラは、ふと唐突に言葉を切った。

 気配を感じ、大通りの方を振り返る。

 そこには、一つの人影があった。


「やあ、そこな二方、少し時間を頂戴できるかね?」


 どこか古風な言葉は、妖精の歌うようなソプラノだ。

 華奢な身体に、すらりと長い手足。肌は北方で見られる雪のように白く、瞳はエメラルドグリーンに輝いている。

 服装が違えば少女かと見紛みまがうほどに可憐な少年だった。

 その背後には黒い馬と、装飾の華美な馬車が控えている。先程ノーラが目を奪われた奇妙な馬車、その中にいたのが彼のようだった。


「いかがなされました?」


 リュークは内心をひた隠して言った。

 その風貌や立ち振る舞いから、高貴な身分だというのは一目でわかる。下手な接し方をできないほどの地位にある可能性もあった。

 しかし、それだけではない、なにかがある。ただの少年ではないだろうという確信だ。

 少年はリュークの警戒を知ってか知らずか、呵々かかと笑った。


「いやなに、つい先程カレヴァンに着いたばかりで、道に迷ってしまったのだ。宿を探すには、どこへ行けばよいかな」

「宿なら中央区に集中しています。迷うようならば、ひとまず北口を目指しては? そこから通りに沿って南下すれば、すぐに見つかるでしょう」


 うんうんと頷く少年に、怪しい様子は見られない。

 なにがこれほどに自分を警戒させているのか――困惑していたリュークは、背後で小さな声が上がったことに気づく。


「ノーラ?」


 振り返り、リュークは思わず呼びかけた。

 ノーラは目を丸く見開き、手を口に当てて後ずさっている。

 引きつったような呼吸の音は、紛れもない、恐怖の発露だ。


「ほう、そこの女子おなご


 彼は気を害した様子もなく、むしろ嬉々としてノーラを覗き込んだ。翠眼は少年然とした好奇心に爛々と輝いている。


「《眼》を持っているのかね。それにその白鴉はくあ装束、まるで太古の探索者シーカーのようじゃあないか! 懐かしい……あの男、レイヴンを思い出す」

「宿を探すのなら、もう行かれては? じきに日も落ちましょう」


 さすがに言葉の棘を隠し切れず、リュークは彼の視線を遮った。

 しかしやはり少年は平然と、それもそうだ、と呟いて身を引く。


「さらば、親切な騎士とふるき探索者よ。またえにしがあれば、いずれ」

「えぇ、無事に辿り着けることを祈ります」


 少年が向かう馬車、その開いた扉の向こうに、女の姿があることにリュークは気づく。

 落ち着いた服装から、少年の従者のようにも思われたが、組んだ足に肘をついた格好は不遜を形に表したようだ。燃えるような赤毛と切れ長の目が、その印象を強調する。なにより、従者がいるのに主人が通行人に道をくなどありえないことだ。


「奇妙な連中だな。……なにがえた?」


 その問いかけには、言葉以上の意味が込められていた。

 ノーラの目には、普通の人間には見えないなにかが映る。それをリュークは知っていた。


「いえ……見えませんでした。なにも」

「見えない? 空っぽということか?」

「その、逆です。なにか黒いもやに覆われたような……あんなの、視たことない……」


 極寒の中に放り出されたように、ノーラは震えていた。

 少年が最後に言い残した言葉が、二人の脳裏にこびりついている。


 縁があれば――それが現実に起こることを、予感していた。



 ◇ ◆ ◇ 



「待たせたね、シャル」


 馬車の扉を閉め、少年は座席に腰を下ろした。

 窓の向こうでは、白鎧の騎士と探索者が厳しい目で馬車を睨んでいる。ファーストコンタクトは失敗だったかと、少年は少し反省していた。

 どことなく落ち込んだ様子の少年を、シャルと呼ばれた女が冷たく一瞥いちべつする。


「で?」

「やはり公国で見た人相書きの二人だったよ。いや、しかし、中々どうして賢い。いかな賞金稼ぎでも、こんなところまで彼らを追ってはこないだろう。それにまさか公爵令嬢が探索者をやっているとは思うまい!」

「……テオ」


 愉快そうな少年の様子に、シャルは深々と溜息をついた。

 この男、テオは、色々と抜けている。それを嫌というほど思い知っているものの、だからといって慣れるものでもなかった。


「道を訊きに行ったんじゃなかった?」

「あぁ、すまんすまん。宿なら北だ。北へ向かってくれたまえ」

「……中央区にあるから北口から南下しろって聞こえた気がするんだけど」

「そうだったかね? あ、それなら、そこの横道に行くがいい。きっと近道だろう」


 白魚のような指が落ち着きなく示すのは、いかにもさびれた薄暗い道だ。

 シャルは胡乱うろんげにそちらを眺めていたが、どうにでもなれ、と言わんばかりに頷く。すると、まるで二人の会話を聞いていたように、馬車がゆっくりと前進を再開した。



 大方の予想通り馬車はスラム街に迷い込み、荒廃した景色を進行している。

 一応方角は合っているものの、なにも起こらないとは思えず、それはすぐに現実のものとなった。

 大きな声と、突然停止する馬車。

 テオが外を覗けば、馬車の前に手を広げた男が立っている。


「何事だろう? どれ、ちょっと様子を見てこよう」


 無駄にフットワークの軽いテオが、止める間もなく扉を開く。

 そして、外へ踏み出した直後、横っ飛びに投げ出された。

 側頭部を襲った、棍棒の一撃が原因だ。


 馬車の後ろに身を潜めていた、みすぼらしい格好をした男は、うつ伏せに倒れ込んだテオを踏みつけると、刃の欠けたナイフを振り上げた。

 切れ味の劣悪なナイフは、少年の薄い肉を難なく貫く。

 それは何度も何度も振り下ろされ、その度に赤い血が噴出した。びくびくと細い身体が痙攣し、やがて微動だにしなくなる。

 同じくして、御者台の方で物音と馬のいななきがした。矢か投げナイフを受けて御者が転がり落ちたのだろう、とシャルは予想をつける。


「そのガキ、殺したのか? もったいない」

「馬鹿が。俺は男じゃたねぇんだよ、お前と違ってな」


 外で下卑げびた笑いが起きる。

 この馬車で護衛もなしにスラムへ入れば、こうなるのも自明の理だ。

 シャルは眉間を押さえ、また溜息を漏らした。

 そのうち、一人の男が馬車を覗き込み、シャルの姿を見つけて顔を醜悪に歪めた。彼女は若く、美しかった。スラムの男には美酒のようなものだ。


「おい、女がいるぜ」


 それから下劣極まりない言葉を一つ二つ交わし、男が乗り込んでくる。動かないシャルを恐怖で硬直していると思っているのか、そこに警戒は欠片も見られなかった。

 しかし、彼が伸ばした手が届くことはない。

 馬車の外から、情けない叫び声が聞こえたからだ。


「なんだ、これは! 冗談じゃねぇ!」


 振り返った男が見つけたのは、殺した少年の身ぐるみを剥ごうとしていた仲間が尻餅をついた姿だ。

 その顔は恐慌から引きつり、腰が抜けたのか座ったままで後退し始めている。


「ふざけるなよ! こんなの、聞いてねぇぞ!」

「なんだ、どうしたってんだ?」

「こいつ、を持ってやがる!」


 困惑しする男は、その音を聞く。

 りぃん――金属同士がぶつかる、甲高い響き。

 澄んだ音ではない。

 刃が血を求めて猛る咆哮のような響きだった。


っていうのは、これのこと?」


 うんざりした口調で、シャルが言う。その手は自身の赤毛をかき上げて、ほっそりとした首筋を露わにしていた。

 その耳元に輝くのは、赤い光だ。


「剣と鉈の――」


 男の呟きは、最後まで続かなかった。

 巨大な黒い影が、彼を馬車から弾き出したからだ。


 それは、漆黒の獅子だ。

 通常のものよりも二回り以上も巨大で強靭、そして美しい。

 馬車に収まる大きさではなく、扉を通ることもできないはずなのに、気がつけば音もなく地面に降り立っている。

 投げ出された男は悲鳴を上げ、もたつきながらもナイフを取り出した。多少の心得はあるのか、投げようとする動作は堂にっている。


 その瞬間、獅子が飛び出した。

 巨躯にもかかわらず、すさまじく速い。

 ナイフが振り上げられたときには、その豪腕は振り下ろされていた。


 湿った音を立てて髪の貼りついた塊が吹き飛んでいく。

 残されたのは、顔面から頭頂部までを抉り取られた男の死体だけだ。横倒しになった男から、血と脳漿のうしょうが零れていった。


 シャルは馬車から降り、身を寄せてきた獅子の頭を乱暴に撫でつける。獅子は満足げに目を細めたかと思うと、液体に変わってしまったように解け崩れて姿を消した。


「なんで……一体どうして、こんな街に開拓者が集まってきやがる!?」


 一人残された男はシャルを見上げて震えた。

 その耳に光る赤色。それはスラムにすら届いた噂を思い出させたのだ。


「それは興味深い」


 言葉は、下から這い上がってきた。

 男は唖然と、立ち上がる少年を見つめる。

 確実に殺したはずだった。殴った時点で死んでいてもおかしくはないし、刺したナイフは主要な臓器を致命的に傷つけている。地面の血溜まりからして出血も命に関わる量だ。

 しかし、テオは涼しい顔をして男を見下ろしている。

 蜂蜜はちみつ色の髪にこびりついた赤色だけが、先の出来事が幻ではないことを示していた。


らの他に開拓者がカレヴァンを訪れたと? よければ詳しく教えてくれないかね。そうすれば命までは取らんよ」


 物腰柔らかに問いかけながら、その手は自らを殴打した棍棒を拾い上げている。

 少年の非力でも、道具を使えば大の男を殴り殺すことなど容易い。それを知っているからこそ、男は狂乱しながら喚くのだ。


「し、知らねぇ! 剣を持った男だってことは聞いたが、それだけだ!」

「ふむ、男の剣士か。ありふれてはいるが、開拓者で言えば逆に珍しい。いや、ありがたい、十分だ」


 そう言って、テオは天使のように微笑んだ。

 そして、棍棒を振り下ろす。

 鈍い音は男の鼻梁びりょうが砕けた証拠だ。

 血を噴出して倒れる男に、テオは容赦なく追撃を加える。

 顔を押さえる手の上から、何度も何度も、意趣返しのように殴りつける。

 殴打の音に粘着質な響きが混じり始め、男の身体が痙攣を始めた。やがて顔の原形を失い、絶命したことを確認してから、テオは棍棒を放り捨てた。


「……うそつき」

老獪ろうかいと言ってくれたまえ」


 シャルは馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに鼻を鳴らすと、御者台の方へ足を運んだ。

 馬をぽんと叩いてねぎらった後、地面に倒れた御者を乱暴に持ち上げる。固い感触は、木材のそれだ。

 木材に服を着せただけの人形を御者台に乗せると、どこからか現れた黒い影が服の内部に潜り込み、生きた人間のように身動みじろぎをした。突き刺さっていた矢が独りでに抜け、ころりと転がり落ちる。

 馬車に戻れば、既にテオがくつろいでいた。背もたれがべったりと血で汚れることも特に気にしていない。シャルはその対面に座り、億劫おっくうな様子で口火を切る。


「男の剣士、だったっけ? 《狂戦士バカ》か、《収集家クズ》か、それとも《奇術師クソガキ》か……どいつにしたって、めんどくさそう」

「いや、そうとも限らんよ」


 愉快そうに笑う動きに呼応して、胸元で《切り拓く剣》が揺れる。


「ここはカレヴァン。すべてが始まったといっても過言ではない街だ。予想を覆すような事態が、ひょっとしたら進行しているのかもしれん」


 くつくつと笑う様は、見た目通りの少年そのものだ。しかし異常事態を子供のように楽しむ姿は、それ自体が狂気染みている。

 シャルは目を細くして思索していたが、やがて小さくかぶりを振った。


「ま、とにかく宿を見つけなきゃね」


 やがて、二つの惨殺死体を残して、ゆっくりと馬車が動き始める。


 彼らの想像したとおり、空の森では事件が起こりつつある。

 変化がカレヴァンを覆い始めるのは、この出来事から十数日後――二人の冒険者が空の森より帰還する、それからの話だ。

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