1-9.予兆

 二つの刃が競り合い、鋭い鳴き声が木霊する。

 レッドフォードは力比べに乗らず、得物を引き戻して闖入者と距離を取った。その際、《黒い剣のアリア》を視界から外さないあたりは、さすがに戦い慣れている。


「――なんのつもりだ、レヴァンス。釈放早々、また檻にぶち込まれてぇか」

「言いがかりはよしてくれ。仲裁を買って出ているだけさ。善意だよ」


 カレヴァンにおいて異質な力を持つ二人の間に割って入った男は、友人をからかうような調子で言う。磨かれた白鎧、灼熱の魔剣、麗しい面に棚引く黄金の髪。その佇まいは物語に現れる勇者をすら思わせた。


 困惑を隠せないのは、アリアだ。

 冒険者としては珍しく姓のある名、そして騎士然とした出で立ちを見て、アリアは男の素性を思い出していた。リューク・レヴァンス――スバルと共に街を訪れ、そして諍いを起こした挙句に逃げ損ねて、治安維持部隊に捕らわれた男だ。

 わからないのは、自由の身となったらしい彼が再び治安維持部隊に逆らおうとしている理由だ。彼にはアリアを庇う理由などない。意図不明の善意は、場合によっては明確な悪意よりも警戒すべきものだった。


「窃盗の現行犯を問答無用で切り捨てた時点でやりすぎなのに、私利私欲のために人殺しかい? さすがにそれはどうかと思うよ、人間としてね」


 あまりにも露骨な挑発は、むしろレッドフォードを冷静にさせる。そして、それこそがリュークの狙いだった。

 レッドフォードはカレヴァンでの活躍という実績を引っ提げ、多くの街を巡って名を売ることを目的としている。その功名心を利用すれば、強いだけの男を御するのは至極容易かった。


「……黙れ、異常者め。貴様に道徳を説かれるなんざ、虫唾が走る」


 苦虫を噛み潰したような呻き。それを真正面から受け、リュークは涼しげな表情で小さく笑った。


「――アリアさん、こっちです」


 アリアは、その呼びかけに身体を跳ねさせる。二人の鬼気に圧倒されていたとはいえ、あまりに近い距離からの声だった。

 振り返れば、そこには珍妙な服を着た女が、抜き足差し足という風情の格好で震えている。ふざけた姿勢だが、アリアどころかレッドフォードにすら悟られずにこの場へ侵入していた事実は不気味だった。


「貴様は……」

「に、逃げましょう。ついてきてくださ……ひっ」

「てめぇ、逃がすか!」


 すさまじい怒号に女の体が強張る。

 だが、レッドフォードが二人に到達することはなかった。意識が他所へ向いたその瞬間に、リュークが動いたからだ。

 まさに白い閃光、その軌跡に赤刃の熱が尾を引いた。突進の勢いのまま叩きつけられた魔剣は、レッドフォードの巨躯を近くの店舗に吹き飛ばす。厚い扉は蝶番ちょうつがいごと外れて店内に倒れ込み、中から悲鳴が響いてきた。

 容姿や体格からは想像できない膂力だ。唖然とするアリアを尻目に、リュークは半月の形にした口でぶつぶつと呟いた。


「さすがに防ぐか。もうちょっと足止めしなきゃいけないかなぁ。仕方ないなぁ」

「馬鹿なこと言ってないで、あなたもついてきてください。すぐに増援がきますよ」


 呆れ果てて呼びかけながら、女はアリアの手を引いた。

 この二人の素性も目的も定かではないが、一対一でレッドフォードと対峙するより安全なのは確かだ。アリアは導かれるまま、その女と共に裏路地へと飛び込んでいった。



 ◇ ◆ ◇ 



 女は迷いなくアリアとリュークを先導していく。幾重にも布を重ね合わせた、ローブにも似た服装は大層動きづらそうに思えたが、意外にも動きは素早い。

 路地から路地へ、建物の隙間に潜り込んだり出たりを繰り返し、アリアはすぐに自らの位置を見失った。気がつけば、活気など微塵も見当たらない区画へと踏み入れている。あるいは似た建物が多かったり、方向感覚を失いやすいルートを選んでいるのかもしれなかった。


「へぇ、こんな街にもスラムじみた場所はあるんだ」

「カレヴァンも一応は冒険者の街ですからね。こういうところは潰しても別の場所に移るだけですから、行政も手を出せないのが実情です」


 いかに緊張感を失いつつある街とはいえ、もとより冒険者など荒事を生業とする者達は常に危険に晒されている。突然に怪我や病気などで戦う能力を失ったとき、彼らが行き着く先は限られていた。伝手つてがある者は、まだいい。そうでない者達が流れ着く先は、こうした闇だけだ。


「追っ手は……いませんよね?」

「おそらくね。それに、あれだけ派手にやらかしたんだ。治安維持部隊は俺達を追うよりレッドフォードを諌める方を優先するんじゃないか?」

「それならいいでしょう。さぁ、ここです」


 やがて女は一軒家の前で立ち止まる。周囲にある廃屋などと同じに見えるが、扉には鍵がついているし、割れた窓には板が打ち付けられていた。

 女について中へ入れば、意外なほど清潔な屋内に案内される。とはいえ生活の跡は見当たらず、頻繁に利用されているわけではなさそうだった。緊急時の隠れ家か、とアリアは推測する。その建物の内部は万が一攻め込まれたときを仮定してか、入り口付近には障害物が多く配置されていた。逆に奥へ行くほどに移動しやすくなっており、逃げ道が用意されているか、迎え撃つための罠があると思われた。


「申し遅れましたが、私は……そうですね、ノーラといいます。探索者です」


 その言葉はアリアを混乱させる。探索者――情報を扱う者達。時には殺人鬼や暗殺者よりも恐れられる人種だ。この柔和な面と間延びした話し方、今も自分で設置しただろう障害物に足を引っかけてよろけている女が、そんな存在だとは思えなかった。


「信じられないかい?」

「にわかにはな」


 思わず本音で答えれば、リュークはおかしそうに声を上げて笑う。そして、ふと表情を消すと、真面目腐った口調で呟いた。


「俺もだ」

「えー……」


 二人の会話に、ノーラと名乗った女は垂れ目を精一杯吊り上げ、廊下の壁を叩く。その直後、なにか仕掛けの動く音が鳴り、リュークのそばの壁が割れて隠し部屋が現れた。


「失礼ですね、もう。ほら、早く入ってください」


 ぎょっとした顔で固まる二人に、ノーラは憤然と言い放つ。

 狭い部屋にはテーブルといくつかの椅子、そして少しの武器が備えつけられていた。火薬が湿気る銃火器類はなく、矢を番えてあるクロスボウや革袋に砂利などを詰めた鈍器ブラックジャックなど、力がなくても扱えるものが多い。さすがに探索者かと、アリアは彼女への警戒を一段階引き上げた。


「ここなら冒険者ギルドの情報網では見つけられないでしょう。少しの間、身を隠しましょう」


 ぐらつく椅子に座り、ノーラは吐息と共に言った。

 少し逡巡した後、アリアもその対面に腰を下ろす。警戒は怠れないが、そもそも害するつもりならば身を挺してまでレッドフォードから逃がしてはくれないはずだった。


「ここは《からすの巣》か。俺達みたいなのを招いていいのかい?」


 立ったままで壁に背を預け、リュークが言う。

 由来は不明だが、慣例的に探索者は鴉に例えられた。彼らが自らの所属するギルドにすら所在を明かさないという隠れ家も巣と呼ばれている。


「構いませんよ。当然、ここだけじゃないですから」

「貴様ら、知己ちきではなかったのか?」


 二人の会話に、アリアは戸惑っていた。結託してレッドフォードと相対したからには、彼らにはなんらかの結びつきがあるのだろうと思っていたが、それにしては様子がおかしい。


「えぇと……ちょっとした顔見知りというところです。再会したのは、ほんのついさっき、ただの偶然なんです」

「その偶然再会したちょっとした顔見知りに、いきなり《陽炎の金獅子》に喧嘩を売れって言うんだからびっくりだよ。おかげで、また治安維持部隊に目を付けられた」


 リュークの物言いに、彼女はさすがにバツの悪そうな顔で俯いた。しょぼくれた口元から、言い訳がましい声が漏れ出している。


「しょうがないじゃないですか、私に二つ名付きの冒険者なんて止められるわけないし。第一、嬉々として引き受けたのは誰ですか、この真面目系戦闘狂……」

「御託はいい。どういうつもりだ。なぜ私を庇う? なにが目的だ」


 アリアが鋭い視線で睨みつけると、ノーラは姿勢を正し、簡潔に言った。


「開拓者、スバル――あなたが組んだ冒険者。そうですよね?」


 その言葉が発せられた瞬間、空気が変質したような感覚に襲われる。

 アリアは反射的にリュークを振り返っていた。微動だにしないまま腕を組んでいるが、しかしその碧眼は得体の知れない激情に炯々けいけいと輝いている。


「そうか、開拓者だったか。只者じゃないとは思ったけど……面白いね」

「あの男が、どうした。仲介しろとでも言うつもりか?」

「あ、いえ、そこまで積極的に関わる気はないんです。それに、彼とは面識がありますからね。一度ギルドで会っただけですけど」


 ノーラはアリアの猜疑の視線を受けながら、珍妙な服の懐から巻物を取り出した。テーブルに積もった埃を軽く払って巻物を広げれば、そこに記されていたのは地図だった。

 魔領域に侵された世界において、地図は非常に重要なものだ。特に現在における街の正確な位置や地形などが書き込まれていれば、その価値は天井知らずに上がっていく。


「頭から説明していきましょうか。本当は無料で開示できる情報じゃないんですが、今回は特別です。これはカレヴァンで購入できる地図に書き足した程度ですが……」

「あれ、アンテロは遂に攻め落とされたか。国力落ちてたからなぁ」

「ちょっと、関係ないところ覗かないでくださいよ。そっちは有料です」


 リュークの視線を遮り、彼女は地図の一部を畳んでしまった。残されたのはカレヴァン近辺のみになる。


「さて、見てほしいのは魔領域のことです。カレヴァンに近いのは《空の森》、《腐肉迷宮アビス》、《熱砂の谷》、《氷壁の古城》、《荒野》といったところですね。ご存知かとは思いますが」

「いくつかは、行ったことがある」


 苦い思い出を噛み潰してアリアは言った。それぞれの魔領域には、それぞれの拠点となる街がある。そのいずれでも長居することが許されず、アリアはカレヴァンに流れてきたのだ。


「さすがですね。しかし、既に状況はアリアさんの知っている情報から剥離しつつあります」

「なに……?」

「《熱砂の谷》は、死にました」


 伸びた手に握られたペンが、地図の一角にバツ印を付けた。インクの黒が、じわりと地図の上に滲んでいく。

 あっさりと告げられた事実は、二人の冒険者から言葉を失わせた。

 魔領域とは、人知を超えた過酷な環境と、尋常ならざる魔獣の闊歩する魔境だ。数世紀にわたり、数多の冒険者の命を喰らってきた。それがなんの前触れもなく攻略されるというのは考えにくい。


「死んだ……ということは、《悪魔の心臓》を抜かれたということか?」


 さすがに冷静さを欠いたリュークに、ノーラは頷くことで答えた。

 魔領域には、核が存在する。

 《悪魔の心臓》と呼称されるそれは、目撃例があまりにも少ないために、どういう存在かも詳細は知られていない。情報源すら今となっては不明だが、確かなのは心臓が存在することと、それを奪うことで魔領域が死ぬということだ。

 そして空の森は心臓を抜かれた魔境だった。死した魔領域はその過酷な環境を失い、時に気候や地形にすら変化を及ぼすが、空の森は心臓を失ってなお存在し続けている稀有な例だ。


「攻略した者は、不明。心臓も行方知れずという話です。谷があった場所は砂漠に変わったそうですが、地形の変動はまだ続くとの見通し――それが谷に関する情報のすべてです」

「攻略者が不明というのは、不可解だね。谷は、確かどこぞの貴族が攻略隊を出して心臓を手に入れようとしていたはずだ。彼らじゃないのかい?」

「違うらしい、としか言えないですね。いずれにせよ攻略拠点は既に朽ち果てた廃墟……一体そこでなにが起きたのか、真相は失われてしまいました」


 淡々と語りながら、ノーラは次々と地図に新たな情報を書き加えていく。


「それだけでも驚くべきことですが、事は《熱砂の谷》だけではありません。古城と荒野は、最近になって未踏破区域が開拓されたそうです。それとは逆に、アビスに関しては、攻略拠点のアルバートの街が攻め落とされてしまったと報せが届きました。数百年も停滞していた情勢が急激に変わりつつあるんです」

「……古城は大国の管理下だ。資源の保護を理由に、無闇な開拓は禁じられているのではないのか」

「そのとおりです。ですから、開拓の際には警備に当たっていた騎士などが蹴散らされていて、大問題になっています」


 再び絶句するアリアだが、その理由は驚愕ではない。脳裏に閃いた一つの考えが、身体を凍らせたのだ。

 《切り拓く剣》。

 なにもかもを滅ぼし、無に帰す。

 その実例が目前に現れ、アリアは身体に震えが走るのを感じた。


「まさか……開拓者が?」

「えぇ。熱砂の谷では《魔王アークエネミー》が目撃されたという噂があります。確証はありませんが、魔王が心臓を奪取したと見て間違いないでしょう。開拓者がパーティを組んだという話は聞きませんから――――おそらくは、単独で」


 魔王――それは、ある一人の冒険者を示す二つ名だ。開拓者であるという噂は別として、功績と悪行のすさまじさで名を知られている。

 開拓者と同様に、魔王自体も存在が疑問視されることは多い。あまりに荒唐無稽な噂が多く、現実味が感じられないからだ。今回のことで、魔領域を独りで攻略したという逸話がそこに加わることだろう。

 アリアは嫉妬と羨望、不条理への憤りで胸を詰まらせた。これほど人間社会で苦しみ、魔領域で自らの無力に喘いできたのに、同じ人間がただの一人ですべてを破壊できてしまうのだ。


「この一連の大変動に開拓者が関わっているとするなら……仕組まれたものだとするなら……」


 ノーラは顔を上げ、揺れる黒い瞳を視線で射抜いた。


「開拓者は個人であり、規格外のはみ出し者イレギュラーを指す言葉だと思われてきましたが、それは誤り。彼らは一つの組織で、なにかの目的のために動いている可能性があります。推測が正しければ、カレヴァンも無関係ではいられません」

「……そうか、彼もまた、その目的のためにカレヴァンを訪れたかもしれないのか」


 反射的にアリアは首から提げた《切り拓く剣》に触れていた。

 スバルも不条理を体現した者の一人だ。寝惚けた黒獅子亭ではレッドフォードに不覚を取っていたが、あのまま戦いが続けば、次に戦うことがあれば、どう転ぶかは未知数だった。


「話を聞いていれば、彼らの目的は魔領域を殺すことに思えるけど……それならスバルが空の森を訪れる理由はないはずだね。でも、なにもないと考える方が不自然か?」

「えぇ。そしてカレヴァンも、アリアさんとスバルさん、治安維持部隊を中心として情勢が動きつつあります。事態の先が見えない以上、今はスバルさんとの繋がりをなくすわけには行かないんですよ。その繋がりが貸しという形なら言うことなし……ってところですね」

「つまり、私を助けることで奴に貸しを作るのが目的だったと?」

「あわよくば、彼のことでなにか情報を貰えないかという打算もあります」


 アリアは目を閉じ、吐息をついた。

 なるほど、納得できる理由だった。開拓者の逸話が実際に起こりうることなのだとしたら、この街になんらかの事件が起きる可能性は否定できないし、あるいは既に起こりつつあるのかもしれない。

 破滅が免れないのだとすれば、採るべき方策は二つだ。

 街を逃げ出すか。

 または、破滅の波に自ら飛び込んで、道を切り拓くかだ。

 少なくともノーラとリュークが選んだのは後者だった。そして、アリアもまた。


「――《霊樹》。そこに向かうのが最初の目的だとスバルは言っていた」


 やがて、アリアは言った。

 組んだ相手の情報を漏らすのは、本来ならばご法度だ。ゆえに、これは彼女らと一つのとがを共有するという宣言でもあった。

 アリアの信用を得られたことに喜びを示しつつも、ノーラは怪訝な面持ちで首を傾げた。形のいい唇が単語を反芻する。


「霊樹……随分、古い呼び名ですね。今では《森の天空》と呼ばれています」

「へぇ。案外、俗な目的なんだな」


 《森の天空》――それは空の森で最も高い位置にある場所を指す。かつて、魔領域の核である悪魔の心臓が座していた場所だ。

 森の深部へ分け入っても特別に収穫できるものなどなく、そこをあえて訪れる理由はない。冒険者養成学校の生徒が卒業記念に目指すことが恒例行事となっているが、その程度だ。魔領域の深部である以上命の危機は当然あっても、ある意味では観光だ。リュークの呟きも的外れではない。


「それ以上のことは聞いていない。大した情報じゃなくて、すまない」

「いいえ、十分です。ありがとうございます」


 アリアはノーラの礼を聞きながら、得られた情報を吟味していた。

 当然、スバルから聞いたことのすべてを、アリアは話していない。スバルは《霊樹の根元》を目指すと言っていたのだ。

 それは空の森を知るものならば不可解に思うだろう、盲点ともいえる場所だった。その情報だけは相手が誰であろうと話すわけにはいかない。


 内心を隠し、アリアはおもむろに席を立つ。まだ二日後に控えたスバルとの探索の準備も完了していないし、なによりこの二人に探られすぎるのはまずい。

 特に、リュークだ。

 レッドフォードが彼のことを異常者呼ばわりしていたのは気にかかる。魔剣を所持していることもあり、正面から相対しては危険だと本能が警鐘を鳴らしている。


「そろそろ、行く。世話になった」

「そうですね。今なら、あのレッドフォードと出くわすこともありません。きっと」


 予測、というには確信に満ちた調子には困惑したが、アリアも同感だった。あれだけのことをやったなら、今頃はジャスティンに絞られていることだろう。


「ちょっと待ってくれないか?」


 傍らを通りがかり瞬間、リュークがアリアを引き止める。

 その碧眼は透き通っているようでいて、魚の澄めない毒の清流を思わせる。そして、そこに瞬いているのは紛れもない猜疑の光だ。アリアがなにかを隠していると、確信しているのだ。

 しかし、彼が口にしたのは、それとはまったく関係のないことだった。


「スバルに伝えておいてくれ。俺を囮にした借り、いつか絶対返してもらうってね」

「……わかった。まともな返事があるとは思えないがな」


 アリアはリュークが肩を竦めて答えるのを一瞥し、仕掛け扉に手をかける。

 そして、少しの間、迷いから動きを止めた。数秒の躊躇いを経て、アリアは囁くほどの声で言う。


「先程の情報……開拓者が絡んでいると思われる一連の出来事だが、《腐肉迷宮アビス》の探索拠点が壊滅したのは、無関係だ」

「そう、なんですか。なにかご存知なんですか?」


 困惑に押し黙るノーラを振り返り、アリアは笑う。自嘲と悔恨、慙愧。暗い感情を笑みの形に押し固めたような、痛々しい表情だった。


「それをやったのは、私だ」


 その言葉がどういう反応を引き出すのか、それを視認することなく、アリアは隠れ家を後にした。


 陽は落ち始め、ただでさえくすんで見えたスラムの風景は闇に呑まれ始めている。太陽の位置から大体の方角を知り、適当に歩いていけば、意外にもすぐに人通りのある区画へと出ることが出来た。

 振り返ってみれば、奇妙に入り組んだ路地がぽっかりと口を空けている。同じ道を通ろうとしても、地力であの隠れ家へ向かうのは難しいと悟った。

 ただ、あの二人組み。

 異常事態の予兆を捉えている数少ない強者とは、またまみえることになる。アリアには、そんな気がしてならなかった。

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