「17話 『敗北の未来を変えるために』」
「キリアさんが、真犯人……? どういうことですか? それ?」
ミライは、愕然としながら疑問を呈する。
そして、サクリがそれに応える。
「私は驚いたんです。護送車炎上事件の時に生き残ったのが、キリアだけだと知った時に」
「あの事件か……」
グレイスと入れ替わった時の事件のことだ。
「そうです。だけど、私にはすぐに分かりました。生き残ったのはグレイスではなくて、キリアだったということに。そして、悟りました。グレイスを殺したのは、キリアだと」
「…………なに?」
「だって、そうじゃないですか。生き残ったのがキリアだけなら、あなたが犯人以外ありえない。だから、あなたは罪を逃れるために、グレイスの皮をかぶったんですよね?」
「それは……」
確かに一理ある。
だが、これは、どういうことだ。
どうして、サクリはこんな大きな勘違いをしているんだ。
「まあ、当然ですよね。あのまま護送されていたら、あなたはさらに重い罪をかせられていた。少しでも罪を軽くするために、グレイスに成り変わった。それが、あの事件の真相なんですよね? だから、私はプリズンに協力したんです。あいつは、最低最悪の奴で、本当は死んでも組みたくなかった。だけど、あなたを殺すという共通の目的のもと、結託したんです」
サクリは真相を知らない。
知らない人間からすれば、護送車の中で生き残った人間こそが犯人だと考えるは至極当然のことだ。
「ち、ちがいますよ、サクリさん……」
ミライが悲痛そうな声を上げる。
「なにがですか? これを聴いてもまだそいつの庇い立てをするんですか?」
「違うんです。だって、護送車を襲ったのは……グレイスさんを殺したのは――」
言いたくないだろうに、ミライはしっかりとサクリを見据えたまま、
「あなたが協力したプリズンなんですから」
残酷な通知を言い渡す。
「な――なに言ってるんですか!? そ、そんなことあいつは何も言ってなかったですよ。そんなこと……」
「プリズン本人も認めていたことだ。騙されたんだよ、お前は……」
「そんな、私は――」
両手で顔を覆っていても見えてしまう。
――歪みきってしまった顔から、流れる一筋の涙が。
「自分の兄の仇を協力者に選んだんですか?」
かはっ、とまるで海で溺れそうになって、ようやく呼吸できたみたいに空気を吐き出す。
そのままこらえきれず、
「は、ははははははははははははは!!」
狂ったように笑い声を上げる。
「兄ってもしかして……サクリさんは、事故でなくなってしまった人の妹だったんですか?」
「傑作じゃないですか!! そんなの!! そうです! 私と兄は家族でした。家族ものともプリズンに焼かれたんですよ! 五年前に! ……兄も私を庇って殺されました。あの男……プリズンに……」
「やはり、あいつは既に一度死んでいたのか」
「蘇らせたんですよ。黄泉の国から死んだ者の魂を引き上げることができるこの私の『スペシャリテ』で。だけど、私の『スペシャリテ』にも限界がある。二度はだめなんです。私が生き返らせることができるのは、たったの一度だけ。だから、殺された兄を見つけても再び命を吹きこむことができないって分かった私は、復讐者になった。……そのはずなのに、私は……私がやってきたことは……無駄……だった……?」
五年間。
きっと復讐のことだけを考えて生きてきたサクリ。
彼女が生きる目的を失ってしまった今、まるで抜け殻のように佇んでいる。
立っていることすら奇跡のように、げっそりとしている。
「どうしてだ。俺への復讐のために、手を組むどころか、プリズンを支配していたんだろ? 支配していたのなら、プリズンは死んでいたんだろ? だったら、どうして生き返らせたりなんて回りくどいことを?」
「……それも復讐ですよ。私の兄を殺している時に、プリズンは錨で殺しました。私が子どもだから油断していたんですね。そして思ったんですよ。このまま殺すのはもったいないって」
「もったいない?」
「だって……。あいつは、プリズンは私の兄を殺したんですよ。世界で一番大切だった兄。両親に虐待されていた私を守ってくれた、世界で唯一の味方だった兄が殺されて、ただ殺すだけでいいはずがないでしょう。世界で一番不幸な私は、他の人間も道ずれにしたっていいんですよ」
「両親に虐待されていた……? でも、サクリさん、両親はよくしてくれたって」
確かに言っていた。
だけどそれは、
「ええ、よくしてくれましたよ。よく、殴ったり、蹴ったりしてくれましたよ」
いたぶってくれていたという意味だろう。
「どうして、私だけこんな辛い目に合わないといけないんだろうって思ったら、気がついたんです。――最高の復讐方法を。……そう。あの殺人鬼を生き返らせて、他の人間をもっと殺してもらおうって思ったんです。そうすれば、プリズンはきっと楽しむ。第二の人生を謳歌して、最高潮のところで殺しやればいい。それこそが、私にとっての復讐だった……」
「…………」
彼女は狂ってしまったのだろう。
いくら虐待されていたとはいえ、両親は両親。
それが眼の前で殺された。
そして、世界で唯一の味方の兄も。
復讐心があったとはいえ、殺人を犯してしまったことも。
それら全てが、心を歪めてしまうには十分だった。
「だから、協力したんですよ。プリズンが捕まらないために、一番邪魔な人間を殺すことにした」
それが、ミライの父親だったってわけだ。
優秀で勤勉なフリシキは、誰よりも先に真実に気がついてしまった。
それが、仇となっていた。
「だけど、グレイスさんはそのせいで……プリズンに殺されてしまった……。サクリさんがプリズンを生き返らすことなんてしなければ、私の両親も……」
「えっ、なに、ミライさん、もしかして、全部私のせいだって言いたいの? それは違いますよ。だって、フリシキは証拠を握っていた。だけど、それを公表する前に、プリズンに自首を勧めた。もしも、何も言わずに上に報告していれば、こんなことにはならなかった。それは、お人よしであるフリシキの自業自得ともいえることでしょ?」
「そ、そんなこと……」
言いよどむミライを見て、開き直ったようだ。
サクリが、表面上だけでも余裕を取り戻す。
「そうですよ。私には確かに落ち度があったかもしれない。だけど、やっぱり、私のやったことが全部悪だとは思えません! だって、そうでしょ? 仕方がなかったんですよ。私は何も知らなかったし、プリズンに騙されていただけ。……それに、私は直接誰かに手を下したことは一度もない。あるとすれば、一度だけ。殺されそうだったから、プリズンを殺したぐらい。まあ、それも、正当防衛ってやつですよね?」
鼻で笑うサクリ。
そんな姿を見て、拳を握らずにいられるわけがない。
「……お前のせいでたくさんの人が死んだんだ」
「間接的にはそうだったのかもしれないですね。だけど、あなただって自分の姿を隠さなければ、こんなことにはならなかった。キリアのせいで、私はまた事件を起こさなければならなかったんだよ?」
「………………」
何も言えなかった。
だって、苦し紛れの言葉が、実は一理あったから。
そう。
自分が余計なことをしなければ、サクリが復讐しようとも思わなかった。
殺害犯だと勘違いすることなく、彼女の執念で真犯人をつきつとめていたかもしれない。
そしたら、少なくとも、コミットは死ななかった。
そのはずなのに――
「違います」
一番糾弾しそうだったミライが、ガラスのように透明な瞳に意志の光を輝かせる。
「…………?」
サクリが道端に捨てたられているゴミを見るような顔を、ミライに向ける。
だが、ミライは全く意に介さない。
「キリアさんはむしろよくしてくれました。私達家族を守るために、ずっと見守ってくれていた。憎まれていると分かっていながらも、自分の身を犠牲にしてきた。あなたの言ったことは全部詭弁です。あなたは、自分が悪いと認めたくないから、キリアさんを悪者だと罵っているだけです。楽ですもんね、他人を批判している時は。だって、他人を批判している時は、自分を批判しなくて済むんですから」
「…………ッ」
影がざわめく。
刺激しすぎだ。
止めなければならないはずなのに、声が出せない。
口を開けてしまったら、頬が緩んでしまう。
顎に力を入れ、目蓋あたりの筋肉を持ち上げる。
そうしなければ、歓喜の欠片が瞳から零れそうだったから。
「私だってそうでした。キリアさんを一方的に悪者扱いしていた。だけど、私は被害者じゃなくて、加害者だった。きっと、無自覚にこの五年間、ずっと、キリアさんを傷つけてしまっていた。でも、だからこそ、キリアさんと共に戦う。それが私の贖罪です!!」
パキンッ!! と瞳が氷つく音がする。
その鬨の声が、戦う意思が爆ぜさせる。
即座に斬りつけられるよう『暴食の剣』を構える。
「ふふっ。そんなの……罪人同士で傷の舐めあいしているだけじゃないですか。私はあなた達を消して、真っ白で綺麗な未来を歩んでみせますよっ!!」
ドパンッッッ!! と影の津波が押し寄せてくる。
それを飛ぶ斬撃で消し飛ばそうとするが、あちらの方が質量は上。
いともたやすく呑み込まれる。
だが、そんなものは予想の範疇だ。
「消え――」
サクリの驚愕の声が搔き消える。
何故なら、異次元空間へと身を潜めたからだ。
先刻の飛ぶ斬撃は、攻撃のためではない。
狙いは斬撃によって生み出される異次元空間への突入。
まだら模様の空間からは、どこからでも瞬時に行き来できる。
その空間に、
「ここは、異次元空間!?」
ミライをも連れてきた。
今にもポキリと折れそうな、木の棒のような手首をむりやり掴んで。
ここまで連れてきたのは、彼女が危険だったから。
そして、必要だからだ。
影から派生するあの攻撃を攻略したい。
どんなものであろうとも、全てを呑み込む影。
その影よりも、錨の方が浸食速度は速かった。
錨に接触しないように気を付け、そして影を避けるために死角に回る。
この異次元空間ならば、中空から攻めることができる。それに、影を踏まなくてもいい。
「ミライ、頼みがある。俺が先にこの異次元空間からあいつを攻撃する。その何秒か後に、お前もでてきてくれないか?」
「私は、少しの間ここで待機していろってことですか?」
「そうだ」
「…………」
「説明している時間はない。――俺を信じてくれ」
「……分かりました。キリアさんんを信じます」
異次元空間から飛び出し、そして飛ぶ斬撃は中空を奔る。
だが、
「なっ――!」
その斬撃は影によって取り込まれる。
不意打ちを予見したサクリは、身体の周囲に楕円球型の影ですっぽりとその身を包んだ。
まるで卵のような影は、ピシッと罅割れると、そこから錨が飛び出してくる。
「私の影は、触れずとも、影の領空があります。領空に入り込んだ瞬間、音がなくとも物体を察知できる。気配さえ分かれば、全身をガードすればいい。そして、今度は異次元空間には逃がさないっ!!」
下から突き上げるように飛び出した錨を、飛ぶ斬撃で止めようとするが、止められない。
打ち消された斬撃では、軌跡を変えることしかできず、鎖によってあっけなく捕縛されてしまう。
「ぐっ……」
剣を振って飛ぶ斬撃を当てようとするが、拘束されているせいで、しっかりとサクリを狙えらなかった。そして、斬撃は外れてしまう。
「ふんっ!」
より強く絞めつけられ、剣を取り落してしまう。
鎖に触れている部分の服と肉体が徐々に削られていっている。
「だが――」
「おっと、あなたに剣を渡すわけにはいかないですね」
念じて剣を取り寄せようとするが、ずぶずぶと落ちた剣が影の中に取り込まれている。
「……だめだ。手元に戻ってことない。サクリの『スペシャリテ』の方が上手だということか?」
ミライが氷柱を散弾銃のように連射する。
「氷が当たりさえすれば――!」
「ふんっ」
黒いカーテンみたいに伸びた影で全てを遮断する。
どれだけの威力だろうが、数だろうが、そんなものは関係ない。
影に攻撃の全てが取り込まれてしまう。
「きゃあっ!!」
今度は、ミライが鎖に捕まってしまう。
衣服まで削られていく。
このままでは、彼女まで皮が剥がれていって、最後には肉体そのものが消滅してしまう。
「あなたが剣を振ることができなければ、異次元空間は生み出せない。そして、ミライの視界を塞げば何もできない。……これで詰みですよね」
剣は手元に引き寄せられない。
ミライの視界は影によって塞がれている。
サクリの言うとおり、今は何も反撃できない。
包丁で刺身にされるのを待つ魚の気持ちが、今なら少し分かるかもしれない。
「どうして、二人がかりで一斉にかかってこなかったんですか? そうした方がまだ勝てる可能性はあったかもしれないのに」
「それは……キリアさんが……」
弱弱しい声が響くが、
「…………」
こうやって窮地に陥ってしまったのは自分のせいだ。
言い訳の仕様がない。
「即答できないミライに代わって、どうして協力しなかったのか、あててあげましょうか?」
食虫植物が虫を消化するのを待つかのように、サクリは余裕をもって接してくる。
さきほどから身体を動かしているのだが、全然鎖が外れそうにない。
やはり、この捕縛からは逃げられない、という絶対の自信が彼女にはあるのだろう。
「キリアは、あなたのことを信頼してなかったんですよ」
「……えっ」
「当たり前ですよね。だって、あなたはキリアに復讐心を燃やして、勘違いして戦いを挑んだ。そんな危険人物、信頼できるはずがない。裏切るかもしれない。だから、自分ひとりで特攻したんですよ」
「そんなこと!」
「あるんですよ! 結局、あなたがもっと冷静に物事を見れる人間だったのなら、キリアも信頼して一緒に戦ってくれたかもしれないのに! あなたが敗因なんですよ!!」
敗因。
サクリがそう思ってしまうのも、無理はない。
だが、
「いいや、ミライは勝因だ」
そんなものは、何も知らない奴の戯言だ。
「なにを!?」
「俺はミライを信頼したんだ。信頼したからこそ、俺は独りでつっこむことができた。お前に負けたとしても、その負けた未来を見通すことができるミライに全てを賭けた。そしてその賭けに俺は勝ったんだ……」
自分が勝てば、それが一番だった。
だが、影の『スペシャリテ』を持つ、サクリの攻撃範囲は凄まじい。
だからこそ、全滅を防ぎたかった。
一斉に襲い掛かれば、二人とも一瞬でやられていたかもしれない。
もしも、その通りになっていれば、間に合わなかった。
ミライが細工をすることができなかった。
「…………? 何を、言っているんですか? 賭けも何も、あなた達にはもう、何もできない」
「ああ。今の俺達にはなにもできない。だから――」
自分達は負けてしまった。
だが、負けてしまう未来を変えてしまう『スペシャリテ』を、ミライが持っていたのだ。
「過去の俺達が――既に『止めの一撃』を完了していたんだ」
グサッッッ!! と氷柱がサクリの肩に突き刺さる。
今、現在のミライは何もしていない。
だが、ミライは既に放っていた。
ここではない、異次元空間で氷柱を発射させていたのだ。きっと。
それが、今になって飛び出してきたのは、異次元空間への扉が開け放たれていたからだ。
「これは――ミライの氷柱っっ!? そん、な……。いったいどこから……。そ、そうか。あの最後の飛ぶ斬撃は攻撃ではなく――」
「そうだ。俺が飛ぶ斬撃の目的は異次元空間の裂け目を入れること。そして、ミライが過去で既に放っていた氷柱が、今お前に届いた」
「だけど、こんなことで――」
「ああ、お前なら氷を削ぎ落とせるだろうな。だが、これならどうだ」
サクリに突き刺さった氷柱は、こちらが手を下さずとも肉体を侵食していく。
氷像になりつつあるサクリはそれを防ごうとするが、そうはさせない。
凍りついて、微かに緩んだ影の拘束を見逃せるはずがない。
隙をついて、剣を呼び戻すと、噛みついて飛ぶ斬撃を発生させる。
「ぐっ――!!」
「選べ。そのまま氷漬けになっても、飛ぶ斬撃を防ぐか。それとも、氷を削いで、飛ぶ斬撃はその身に受けるか」
「わ、私はっ……!」
どちらを選んでも地獄。
だが、何も選ばなければ、即座に真っ逆さま。
サクリが選んだのは、斬撃を錨で霧消させること。
「よしっ――これで――」
「これで終わりだ」
安堵していたサクリの顔が曇る。
凍りつきつつあるサクリには時間制限がある。
迫っていた飛ぶ斬撃にしてもそうだ。
サクリは、錨と鎖を使わなければ、凌ぐことはできなかった。
だが、二つ目の錨を出した時、明らかにこちらの錨は緩くなった。
やはり、錨や鎖を出せば出すほど、威力が弱まるようだ。
もしも無尽蔵に生成できるのなら最初からしている。
そんな推測ができたからこそ、拘束が緩んだその隙に、迷いなく駆けだしていた。
そして、暴食の剣を持って、直接斬りかかる。
「そ、そんな……」
サクリの肉体を真っ二つに分断する。
肉体の損傷がひどい。
無理やり引き千切った影の拘束が、まだ身体に泥みたいにこびりついている。
「罪を忘れて生きることなんてできない。俺は罪と共に生きていく。俺が歩いていく道が、たとえ泥だらけになっても俺は罪を背負っていくよ」
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