「16話 『真犯人のスペシャリテ』」
フリシキの肉体は、露となって霧散した。
その消え方には見覚えがあった。
「そうか。もしかして……死んだはずのフリシキさんは、プリズンの時みたいに自分の『スペシャリテ』が暴走して……。そして、今ようやく成仏できたのかな?」
「お父さん……」
ミライが泣き崩れる。
「ミライ……」
なんて言ってやっていいのか分からず、肩に手を置く。
その手は、振り払われなかった。
「私、私……やっぱり信じられません。お、お父さんがあんなこと言ったり、私を殺そうとするなんて……。生きていた頃は、本当に優しかったのに……」
「偽者、じゃないよな。やっぱり」
「ありえません。あの『スペシャリテ』はお父さんのものでした。それに、喋り方や見た目まで瓜二つなんて……」
「……他人に変装し、他人の『スペシャリテ』をもコピーできる『スペシャリテ』なんてそんなにはないとは思うが、死者の『スペシャリテ』をもコピーできるものなのか? それに父親の特徴をつかんでいなければ、偽者の振りなんてできない。娘を騙せるほど近しい人間はもう……」
――いない。
ミライの家族はもう全員死んでしまったのだ。
「じゃあ、どういうことなんですか? 父は……」
「考えられることはたった一つ。それは――」
偽者じゃないとしたら、あれは本物のフリシキだった。
ということは――
パァンッ! と銃声が響く。
「は、離れなさい!! そこの男!!」
鼓膜に響く甲高い声。
ブルブルと、手を震わせながら銃を構えるのはサクリ。
――熱い。
そう思っていると、頬がキレていた。
どうやら、銃がかすっていたようだ。
剣で傷跡をなぞると、簡単にくっつく。
「ミライさんから、は、は、離れないと、う、う、撃ちますッ!」
ガタガタと足を震わせているサクリ。
普通、最初の一発は威嚇射撃じゃないと法律違反。
何かしらの罰則は免れないはずだが、彼女の今のへっぴり腰ならば、威嚇射撃が思いもしないところに狙いが逸れたと言ってもおかしくない。
だが、もう少しで殺されるところだった。
「ち、違うんです! サクリさん。この人は私に危害を与えるつもりなんて――」
「そう言うように脅されているんですねっ!? 大丈夫です。すぐにその凶悪犯を殺してあげますからっ!」
どうやら、この顔を知っているようだ。
だったら、こちらの出方も限定される。
まあ、とりあえず――
ぶった斬っておくか。
三日月のような斬撃を飛ばす。
だが、
「きゃああああああああ!!」
叫び声を上げながら、サクリはダイブするみたいに避ける。
ただのヘボ憲兵に避けられるような速度ではなかった。
偶然か、それとも――。
「キ、キリアさんっ! なんてことを――」
「う、ううううう! 私は、正義を貫くんだ……悪になんか屈したりしないんだ……」
サクリは涙を流しながら、双眸を向けてくる。
弱弱しくて、だけど、正義の心に燃えている彼女にこれ以上危害など加えたくない。
そう、思ってしまった。
たとえ、それが間違いだと事前に分かっていたとしても。
「さっきの話の続きをしようか、ミライ。考えられるのはもう、たった一つしかない。フリシキさんは誰かに操られていたんだ」
「あ、操られていたって、どうやって?」
「もちろん、『スペシャリテ』だ。そしてそれは恐らく、死者を蘇らせ、そして操ることができる『スペシャリテ』だな」
「そ、そんなことできるはずないじゃないですか……」
ミライとの会話にサクリが割って入る。
「プリズンは誰かに命を握られていると言って炎に焼かれた。そして、フリシキは露となって消えた。二人とも死に方が一緒だったんだ。だから、もしかしたらプリズンの言っていた、命を握られているっていうのは、そのままの意味だったとしたら? 既にプリズンは死んでいて、誰かに従っていたとしたら?」
「それって、父さんじゃなくて、まさか……」
どうやら、ミライも気がついたようだ。
全ての事件は点ではなく、線でつながることを。
「そうだ……。全ての事件に繋がる真犯人は――」
ようやく――。
ようやくここまでたどり着いた。
「お前だ、サクリ」
確証はない。
だが、そうだと思える疑惑がたくさんある。
まずは、その点を投げかけることにしよう。
「…………な、なに言っているんですかあ!? ひ、ひどいじゃないですか! わ、私が死者を蘇らせる? 操る? そ、そんな恐ろしいことできるわけないですよ! 真犯人は、あなたなんじゃないんですか? キリアさんっ!!」
やはり、そういうことを言ってくるか。
予想通りだ。
「仲間外れ」
「…………? なんですか、いきなり?」
「五年前の被害者、フリシキ。そしてその加害者であるプリズン。事件を報道したカンツ。裁判での担当検察士であるサバキ。……お前だけ。お前だけ、五年前の事件とは無関係なんだ」
「ま、まさか私が仲間外れなだけで犯人だなんていうわけじゃないですよね?」
「それだけじゃない。プリズンが死に際に言った言葉を憶えているか? 俺が殺したはずのあいつに、と。それは誰のことか分からなかったが、恐らくフリシキさんのことだろう。もしも俺が犯人だったら、あの時指をさすぐらいのことはできたはずだ」
「あ、あの……」
黙っていたミライが口を開く。
「……だ、だとしたら、サクリさんじゃないんじゃないですか?」
「そ、そうです! ミライさんの言うとおりですよ!」
いや、そう思わせることこそがこいつの狙いだったんだ。
「違う。お前は、フリシキさんを操って、指示を出していた。お前は陰に隠れて一度もプリズンと接触しなかったんだ。だから、プリズンは勘違いしたんだ。フリシキさんが自分を操っている人間だと。そして、お前はプリズンが余計なことを言わないために、口封じをした。だが、あまりにもタイミングが良すぎたとは思わないか?」
「た、確かに。あと少しで犯人の名前を言いそうだったのに……」
「ミ、ミライさんまで何言っているんですか?」
ミライの心が傾き始め、サクリに味方がいなくなりそうになる。
ミライは揺れている。
サクリは、今まで悪い人間じゃなかったからだ。
「絶妙のタイミングで殺せたのは、あの場にいた人間しかない」
「そ、そんなのたまたまだったんじゃないですか? 遠くからでも、監視していれば声は聴けずとも、ある程度の動作でプリズンが犯人の名を告げそうだったかもしれないじゃないですか。それに、仮にあの場にいたのが犯人なら、あなただってあの場にいましたよね?」
「そう、そうやってお前は五年前の時も、プリズンが殺された時も俺に罪を着せようとした。ミライの発言を歪めて誘導したんだ。『人殺し』や『死んだはずのあの男』とさりげなく呟いていたのは、確かお前だったよな?」
「…………っ!」
サクリを犯人だと断定する証拠はそれだけじゃない。
「五年前の冤罪事件。あれは密室殺人だった。いくらプリズンが担当の事件だったとしても、密室殺人をでっちあげなんてできるわけがない。だから、密室にした犯人は別にいたんだ」
「ま、まさか。あの時の犯人はプリズンじゃなかったとかいいだすんじゃないですよね」
「そうじゃない。傷口や手口、動機、全ての証拠品がプリズンの犯行だということを指示している。だが、密室にしたのはプリズンじゃない。密室のトリックは――プリズンには不可能だったんだ。つまり、実行犯とは別に協力者がいたことになる」
協力者という言葉に、反論の糸口を見つけたように、瞳を輝かせる。
「だ、だから、あなたしかいないんですよ。あなたの『スペシャリテ』しかありえない」
「俺はただ返事がないフリシキの部屋に『スペシャリテ』で入っただけだ」
「そんな嘘、未だについているんですか? そんなの、誰が信じるんですか?」
「で、でも、サクリさん、おかしくないですか?」
「えっ?」
ミライが遠慮しながら横入りする。
その手は震えていた。
「だって、仮に先輩が父の部屋を密室にしたとして、何のメリットもない。実際、『瞬間移動』できるキリアさんは犯人に疑われた。先輩が犯罪を犯すんだったら、鍵を開けておいて、他の人にも犯罪が行えた状況を作りだしませんか?」
「そ、それは……。だ、だけど、だとしても、私がプリズンの犯罪に加担していたかなんてわかりません。密室殺人の謎だって、私にはさっぱり……そもそも、どうして、私が密室殺人なんかに手を貸したんですか?」
「そうですよ、キリアさん。どうして犯人は密室殺人なんて回りくどいことを……」
正直、証拠はない。
物的証拠は五年前なら残っていたかもしれない。
だが、今は残っていないだろうし、プリズンが証拠隠滅をしているに決まっている。
だから、ここからは推測の話になる。
「その答えを知るには、五年前の『連続焼殺魔事件』をよく振り返えらなければならない。五年前の最後の事件、あれだけ異質だった。殺し方は今までの同じだったが、何故かあの事件だけ、密室だった。……恐らく、犯人にも予想外の出来事だったんだ。だから、密室殺人にしたんだ」
「予想外?」
「犯罪者は念入りに下準備をする。何日も張り込んで、家族構成から生活パターンまで、ありとあらゆることを事前調査したうえで、家に入り込む。憲兵団に見つからないためにも、犯罪を行うためにも地道な調査を欠かさない。だから、あの日、自信を持って、犯人たちは花屋に忍び込んだ」
特に同業であるフリシキの生活パターンや行動スケジュールは把握しやすかったはずだ。
「……そうか。あの日たまたま、家族じゃない先輩が家に遊びに来たせいで……」
「そう。殺人を犯した犯人と、密室を作った犯人。……二人の計画は狂ってしまった。フリシキを殺害した後に、イレギュラーである俺が家の中に入っていった。だから、急いで密室にした。俺に罪を着せるために」
最初に現場に到着して調査するのは憲兵団。
自分たちの証拠が残っていれば隠蔽できるし、逆に偽の証拠の捏造も容易にできる。
だから、その場しのぎで、ちょっとした疑問の残る密室殺人計画でも成功したのだ。
「それじゃあ、どうやって?」
「簡単な話だ。もう一人の協力者の『スペシャリテ』が、死者を操ることだった。だから、殺したフリシキ本人に、内側から鍵をかけさせたんだ。そうすれば、密室は完成する」
死人が歩く姿を幾度と見た。
だから、その『スペシャリテ』を持つ者が存在することだけは確かなのだ。
「…………そ、そんなの憶測ですよね? サクリさんがそんな『スペシャリテ』を持っていたかって」
「ああ、だからそれを証明したい。サクリ、あんたの『スペシャリテ』を今ここでみせてくれ」
「えっ?」
「俺達は一度もあんたの『スペシャリテ』を見ていない。どんなものか見せてもらって、それが死者を操るような『スペシャリテ』じゃなかったら俺も納得する。あんたも無実を証明できるだろ?」
「そ、そんな……」
ここで断れば、認めたことになる。
これで、五年の月日をかけて、真犯人を追いつめることができた。
さあ、どうでる。
「うぅううう、さっきから私ばっかり悪者扱い……ひどいですよぉお。私達……ちゃんとキ、キリアさんの家で情報交換したじゃないですか……。それなのに、どうしてこんなことに。ひどい、ひどすぎますよぉっ!」
サクリは叫ぶように泣きじゃくる。
「……最初に裏切ったのは誰だ?」
「わ、私だっていいたいんですか? うぅうぅう。プリズン先輩のことを助けたいって言ったら、二人とも協力してくれたのに、どうしてこんないじめみたいなことをやるんですか? 私は二人のことぉ、友達だと思ってたのに、その気持ちを裏切るんですかぁ?」
「お前は常に影で誰かを操っていた。サバキと共にお前達が現れた時、お前はサバキを止めたといったな。だが、あれは本当は煽っていたんじゃないのか。今のお前が演技しているように、サバキの心の隙間を狙って思考を誘導したんじゃないのか?」
「そんな、私は、ふたりのためを思ってぇ――」
「お前しかいない。プリズンやサバキに正体を明かさず、近すぎず、遠すぎない距離をたもつことができ、事件の調査進行をしることができ、操ることができた人物は、もう、お前しかいない!」
「わ、私がそんなことできるはずないじゃないですかあああああああ、うああああんっ!!」
「いいから、さっさと『スペシャリテ』を見せろ!!」
「………………」
ピタッ、となくことをやめたサクリは、顔を下に向ける。
表情が見えない。
ブラーン、ブラーン、と身体を振り子時計のように横に揺らす。
黙したまま髪の毛を振り乱す姿は、何故か狂気を感じる。
「サクリ、さん?」
ミライが弱弱しくも声をかける。
と――
「『
顔を上げたサクリの唇からは、強く噛み過ぎて血が滴っていた。
血を吐き捨てるように言葉を発すると、瞬間――
ドバァッッッッッ!! と、地面の影が泥になったみたいに拡散する。
闇の色に染まっている影は、ヌメヌメとまるでなめくじの粘液のように粘ついている。
二人とも、危機を察知して飛びのいた。
あのまま影に触れていたら、どうなっていたか想像もしたくない。
「ああああああああああああああああっ! めんどくせええええ! はあああ! 見せればいいんでしょ? 見せればさあ……」
影の中から黒い錨が飛び出してくる。
ジャラララララララ、と闇で構築された鎖が無限に伸びて、錨は鎌のように首元まで迫ってきた。
「くっ!」
斬撃を飛ばすと、勢いを殺せた。――はずだったのに、斬撃は錨の中に吸い込まれるように消えてしまった。
錨の軌道は変わらず向かってきた。が、斬撃が衝突した分、タイミングがずれたおかげでなんとか避けられた。
「なっんだ!? 斬撃が、取り込まれたっ!?」
あちらも、異次元空間に繋がっているようなものか?
死者を操る『スペシャリテ』とは、もしや、異界と現世を繋ぐ空間を編む『スペシャリテ』でもあるのか?
「……ったくさあ。余計なことを嗅ぎまわらなければ、ここで二人とも殺されずに済んだのに。犬死にですよ? フリシキみたいにね……」
「――っ。そんな。……っていうことは」
「……意外にあっさりと白状するんだな。もう少し反論してくると思ってたんだが」
「べつにぃ。ここで二人とも殺しちゃえばいいんですよ。そうすれば、真実は闇に葬られますからー」
錨を引き戻す。
突き刺さっていた地面は、錨の形ピッタリに抉れている。
あの錨が肉体に直撃したら、終わりだと思った方がいいようだ。
「ど、どうして、私の父と母を……?」
「んー? そんなの決まってる。全部、ぜーんぶ――」
針鼠のように氷の山を創造するが、錨によって薙ぎ払われる。
二人がかりでも、防戦一方だ。
「キリアのせいですよ」
サクリが睨んでくる。
「ま、まだそんなこと言ってるんですか!?」
「本当のことですよ。そいつは私の世界で一番大切な人を殺した――人殺しなんですよ!!」
動機は恨みだったのか。
だが、彼女と五年前に直接会ったことはない。
会ったことがあるのは、きっと、彼女が世界で一番大切な人だろう。
「さっき、私は事件に無関係な仲間はずれだって言いましたね? あれは間違いです。私は関係者でぇ――そして加害者じゃなくて、あなたの被害者です」
彼女の話を聴かなければならない。
そうしなければ、かけているピースが揃わない。
一体、五年前の傷跡はどこまで広がっていたのか。
「全ての事件の元凶、真犯人。それは――キリア、あなたのことですよ」
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