「03話 『世界を切り取るフィルム』」
手に持っている二本の花。
これをある場所に持っていかなければならない。
だが、その場所を誰かに目撃されるわけにはいかない。
絶対に秘密にしなければならない。
なのに、こそこそと先ほどから尾行している奴がいる。
最近、ずっと監視されているような視線を感じていた気がしていた。勘違いかと思っていたが、どうやら今日、ようやく尻尾を見せたようだ。
曲がり角を曲がると、即座に立ち止る。
林が両横に屹立する坂道。
ここをあがっていけば、目的の場所は近い。
ここらへんで待つのが限界だ。
すると。
様子見のために壁から半ば追跡者が顔を出す。そいつは――
「ミライ。お前だったのか」
「……せ、先輩……っ!」
あたふたと手をばたつかせる。
「どうした? 何か忘れ物でも届けに来てくれたのか?」
「いえ、その、違うんです……」
「違うって?」
「それは、その……実は……気になって……。誰に会うのかなって……」
目を伏せながら、罪悪感ありありの声色。
どうやら、悪気があったわけではないらしい。
にこり、と安心させるために、笑顔を貼りつける。
「誰にも会いませんよ。友人はいないし、仲がいいのはあなた達家族ぐらいなものです」
「誰にもって、こっちは先輩の家の方向じゃないですよね」
「……ただのお供えものです。僕にとって大切な人のためと、大切なことのためにね」
「お供えもの……?」
ここまでついてきたのなら仕方ない。
適当にはぐらかしても納得しないだろうし。
少しなら明かしてもいいだろう。
「ええ、死んだ人のための花です。――これは」
どうせ、これ以上のことはあまり教えるつもりはないのだから。
「す、すいませんっ! 私、そんなつもりじゃ……」
「いいんです。もう、何年も前のことですから……」
ミライは無言だったが、意を決したように語りだす。
「……私も父を亡くしたって知ってますよね?」
「ええ。いつか聞きましたね」
仏壇に写真もある。
眼に入らない訳がない。
父親の死後も、自室は開かずの部屋としてそのままだった。
「そのせいなんですか? グレイスさんが他人のことを避けてるのって?」
「避けてるように思えますか? ミライちゃんとは喋っているような気がしますけど」
「私と、母親とは話してくれています! だけど、他の人とは話してくれないですよね。私の中等部の女子からも人気があって、たくさん話しかけられているはずです。それなのに、ほとんど相手しないらしいですね……。まあ、そんなつれない態度なところがまたクールでかっこいいって私の友達が言ってましたけど」
「ああ、中等部の子だからからかっているのかなって思ったんですよね。ごめんね、ちゃんと相手しなくて。今度からは気を付けますよ」
「気をつけないでください! 人気が出たら困ります」
「……僕はどうすればいいのかな」
このぐらいの年頃の女の子は、みんなこんな風に情緒不安定なんだろうか。
理解しがたい。
「中学生だけじゃなくて、同級生の人もそういう態度だって風の噂で聞きました。どうしてですか? グレイスさんみたいに気遣いができて、優しくて、強くて、カッコいい人だったら友人はいくらでも――!」
「ははは。そんな褒めてもらうとむず痒いよ。ミライと歳は二つしか違わないし、僕はこれでも人見知りでね。バイトみたいに仕事の関係ならお客さんとも店長ともある程度は話せるけど、プライベートでも無理して話したくないんだ……」
「そ、それって……。私達と話す時は無理して話しているってことですか? 演技しているってことですか?」
「演技していない人間なんて、この世にいないよ」
「そんなこと訊いているじゃありません……。やっぱり、グレイスさん、ちっとも心を開いてくれませんね……」
「ごめん、苦手なんだ。人付き合いってやつが」
少し意地悪な言い方になってしまうが、やむを得ない。
「話したくないことだってあるのに、それを無理に聞き出す権利は誰にもない。どんな仲であっても、ね。そういう考えなんだ、僕は……」
「……ごめんなさい、また私……そういうつもりじゃなくて、私もっと仲よくなりたくて……」
心苦しいが、こう言っておけばまた一定の距離をとってくれるだろう。
「ありがとう、僕も人付き合いは苦手だけど、嫌いって訳じゃない。僕も、ミライちゃんのことは興味があるんだ。だから、さっきの失言は許して欲しい。この通りだ」
腰を曲げて、深く頭を垂れる。
「い、いいですよ。ほんとに。やめてください」
こちらのことをもっと知りたい。
なるほどね。尾行されていた理由はそれか。
「そっか、それで僕のことを最近尾行してたんだ……」
「最近? どういう意味ですかそれ?」
カクン、と首を傾ける。
「私、今日初めてグレイスさんの後をつけたんですけど……」
動揺を隠すために、微苦笑をする。
「ああ、ごめん。勘違いだったみたいだ……。最近、誰かに見られている気がしてね……。ミライちゃんは何か気がついたことはない?」
「えっ、特に誰かにつけられてるとかは……。でも……」
何か気になることがあるのか、視線を中空に彷徨わせる。
「最近、夢で昔のことばかり見えてしまうんです」
「夢? そうか、ミライちゃんの『スペシャリテ』は……」
「はい。私の『スペシャリテ』は夢の中でも無意識に発現してしまう類のものなので、ちょっと気になって……。ただの夢ならいいんですけど、でも……見えてしまうんです。父が死んでしまった五年前の時のことが、最近頻発して……」
気。
異能力。
超能力。
第七感。
特異魔法。
他に言い方はたくさんあるが、それらを統合して『スペシャリテ』と呼称している。
人知を超え、時には物理法則を無視する力のことだ。
この世界のほとんどの人間は『スペシャリテ』を使える。
「気にしない方がいいよ。ちょっと疲れてるみたいだから、今日は早く帰った方がいい」
「えっ、でも……」
「送っていきたいところだけど、まだ用事を終えてないから……ごめんね。明日バイト休みだけど、お店には立ち寄るつもりだから」
わざと冷たい言い方で突き放す。
ここは危険だ。
この会話をどこかで聴いている者がいるはずだから。
「は、はい。また、明日っ……」
そう言って立ち去ったミライの足音が聴こえなくなってから、数分。
何者の気配を感じない。
誰もいないのか、それともこちらが動くのを待っているのか。
そのどちらかだ。
「一人になってみたけど、出てくる気はない……か……。だったら――」
周りを見渡して、隠れられる場所は前方の林の中だけ。
ならば、やることは一つ。
力強く踏み込み、そして――
「『
目の前にある林を一気に消し去った。
それも、剣のたった一振りだけでだ。
さっきまで、手には何も持っていなかった。
一瞬で顕現させた剣。
そこからカマイタチでも発生させたかのように、林を一閃した。
とんでもない切れ味の剣。
それこそが、グレイスの『スペシャリテ』だ。
どんなものであろうとも、一瞬で喰らうことができる。
そして、潜伏していた奴も転がるように林から出てきた。
「あぶねぇええええええじゃねぇですか。あんさん、いきなり斬りつけるなんて。しかも斬撃を空中に走らせるなんて、調査していた以上に危険な『スペシャリテ』をお持ちのようですねぇ」
随分とみすぼらしい恰好だ。
つぎはぎだらけの服を着こんでいて、物乞いの類の人間なのか。
ぼさぼさの髪の毛で瞳のほとんどは隠れている。
それだけじゃなく。
髭の毛と顎髭がつながっていて、毛むくじゃらな人間とは違う別な生き物といった感じだ。
手には古い型のカメラを持っていて、持ち物はそれぐらいか。
「ああ、安心していいですよ」
不審者を睨みつけながら、また同じように剣を振るう。
今度は切り倒すためじゃない。
「すぐに元通りになるから」
元の林に戻すために剣を振るった。
すると、まるで時間が巻き戻ったかのように、元の位置になおった。
「……こいつは驚いたあ。剣豪というより、あっしにとっちゃあ、あんさんは魔術師に近いですねぇ。『戻し切り』なんて芸当、初めて見ましたよ……」
この飄々とした話し方。
伸びきった髭で顔が観られなかったので、すぐに判断できなかった。
だが、やはりそうだ。
どうして、こいつにストーキングされていたのか分かった気がする。
「……あんた、新聞記者のカンツだな」
「んんっ? どうしてあっしのことを?」
さて、どういったものか。
少しばかり考えると、
「あなたが僕を調べていたみたいに、僕もあなたを調べていましたよ。正確には、五年前の事件についてね」
とりあえず、カンツが納得しそうな言葉を並べてみる。
「……へぇ。やっぱりあんさん何か五年前の事件について何か並々ならぬ関心をお持ちのようですねぇ。キリアが死んだ事件の時に何か彼に色々訊かれましたか?」
炎上する護送車の光景が蘇る。
あの時のことは、誰にも目撃されていないはず。
だからこれはただの推測の話だ。
「どうやら……。あなた色々詳しいみたいですね。僕のことを調べて、何が目的ですか?」
「なーに、ちょっと記事をかかせてもらいたいだけですよ」
「記事……?」
虚実織り交ぜ、都合のいい部分だけを切り取った、彼が書いた過去の記事が頭に過る。
「あんさんも耳にぐらいしてるんでしょう? 最近、エリヨカリで行方不明者が異常に多いってことに……」
「子どもの家出とか聴いていますけどね」
「そうじゃないんですよ。最近、行方不明者の死体が発見されたんです。その遺体の状態がどんなだったか分かりますか?」
にやり、と下卑た笑い。
嫌な予感は――
「焼身死体に刀の刺し傷があったそうですよ」
最悪なことに、的中してしまった。
「……まさか……」
ありえない。
何故、今になって。
「そうですよ! 五年前と同じ手口を使う人間が現れたんです! 模倣犯なのか、それとも亡霊なのか……。こいつはどちらにしても面白い記事が書けると思いましてね。だから、張ってたんですよ、花屋を。そしてその従業員であるあんさんのことも調べたわけです」
あんさんのことも、ということは、花屋全員のことについて調べたということか。
そして、まず白羽の矢が刺さったのは、自分というわけだ。
「……なるほど。僕のことを疑っている訳ですか?」
ただの一般人ではないことは調べがついているということか。
「察しが早くて助かります。あんさんの素性は分かりました。過去に犯した罪のことも……。……あんさん、一体何を企んでるんですか?」
「僕は秘密主義なんですよ。何か企んでいたとしても、あんたに教えること何もない」
この答え方など、カンツは予測の範疇のように笑みを崩さない。
「そうでしょう、そうでしょう。ですから、あっしはあんさんの記憶を勝手に解放させてやろうと思ったんです」
「な――に」
スチャ、とカメラを構える。
なにかが、やばい。
直感が告げている。
何か攻撃が飛んでくる? 避けなければ――
「『
一瞬で横にとんだ。
だが、何もない。
通常よりフラッシュの光が強いと感じたぐらいで、何の変化もない。
自分の身体も、周りの地面や木々もそのままだ。
「な、んだ……?」
勘違いだったのか。
「避けられちまいましたか。まあ、いいでしょう」
カンツの手元のカメラから、写真がでてくる。
現像された写真をピラッとひっくり返すと、見せびらかす。
「これ、見えますかねぇ。あんさんの左腕です。ぶれてますが、写ってるでしょう? これは確かにあんさんの左腕だあ」
「それが、どうしたんですか?」
「なーに。ただ写真ってやつは面白いってぇだけのお話ですよ。一瞬一瞬の場面を切り取ることができる。世界の一部を掌中の収めることができる。こんなにも面白いことってありますか?」
「何が言いたい?」
「だからあっしはこう言っているんですよ」
ピシッ、と自分の左腕から異音が聴こえる。
この音。
まるで、左手に割れ目が入ったみたいな音。
そして――
「あんさんの左腕はもう、あっしのものだ」
皮むきされた果実みたいに、皮膚がめくれる。
それどころか、中身の肉までもが切り裂かれる。
だが、血はでない。
肉体が、肉体ではなくなる。
自分の制御を離れたその左腕は、別の物体へと変異する。
「なっ、手がフィルムにっっっ!!」
カメラのフィルムとなった左腕になっている。
信じられない。
もう、動かすことはできない。
これは。
写真で写したものを、フィルムにする『スペシャリテ』なのか。
「ぎゃははははははは! これがあっしの『スペシャリテ』です。どうですぅ、面白いでしょう?」
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