「04話 『特等席で見学する不幸』」

 左腕がフィルムになった。

 だが、それ以外は無事だ。

 つまり、剣を持った右腕をふることぐらいはできる。

「くそっ……」

「おおっと!」

 スパッ、と。

 しゃがみこんだカンツの頭上にあった木々を豆腐みたいに斬る。

 だが、標的には当たらなかった。

「その剣、危険過ぎですねぇ」

 パシャッといっそ滑稽に思えるほどのシャッター音。

「くそっ!」

 今度は避けることができた。だが――


 パシャパシャパシャパシャッ!! と連写される。


 機械の機能じゃない。

 カンツ自身の指の速さが尋常ない。

 とられる前に飛び退くが、写真が撮れる範囲が広すぎる。

 こんなの、どうしたって写ってしまう。

「さーて、なにが撮れたかなあ?」

 複数の写真を見せられた瞬間――


 右腕と、それから右足がフィルムになる。


「くっ――右腕と右足まで――」

 剣を取りこぼす。

 足までフィルムにされてしまった。

 もう、素早い動きで翻弄することもできない。

「あっしの『スペシャリテ』で全身を写された時、完全なるフィルムが完成する。そうすれば、あんさんの記憶は写真として現像することができる。どれだけ隠そうとしても、真実は顕わになる。――五年前のように」

「あれが真実……? 五年前のあの事件を、あんたはあることないこと書き連ねていただけですよね?」

「ん? リアルタイムで新聞を読んでいたんですか? それとも、図書館で当時の新聞でもごらんになりましたか? よくかけていたでしょ? 当時、あの新聞はあっしが書いてきたもので最高部数を記録しているんですよお。そして、それは真実として当時の人間達は盛り上がってくれた。あの時が、あっしの人生のピークでしたねぇ……」

「お前が捻じ曲げた情報のどこが真実なんだ」

「事実が真実なんじゃない。大勢の人間に認知されたものは、たとえそれが誤った情報であろうと、真実になる。それがこの世の真実です」

 犯罪者が犯罪者として新聞に大きく取り上げられる。

 そのせいで犯罪者本人とその家族が、必要以上に責め立てられる。

 という、そんな単純な話ではなかった。

 こいつがやらかしたのは、ある意味ではもっと最悪なことだった。

「ふざけるな。あなたが面白おかしく書いたもののせいで、残された遺族であるミライや、その母親までバッシングを受けたんですよ……?」

「ああ、あれですか」

 ミライの父親であるフリシキは――


「殺された父親が、犯罪者を見逃していた疑いがあると新聞に書いたことですか?」


 死後――こんな奴に貶められた。

「一つの可能性を提示しただけですよ。ミライの父親は五年前に起きた『連続焼殺事件』の担当憲兵だった。深く関わっていたことには違いねぇーんですよ」

「だけど、だからといって、憲兵が犯罪者に加担するなんて……」

「それがそんなにも突拍子もないことでもないんですよ。内通者がいなければ、あれほど人を殺していて、通り魔一人捕まえられないなんてありえない。それに、犯人の証拠品となるものが、事件現場に残されていたという情報を入っています」

「なっ……そんなもの……」

「揉み消されました。当時、憲兵団は世間からバッシングを受けていました。犯人を早く断定し、憲兵団の威光を取り戻す必要があったんですよ」

 そんなの、憲兵団側の勝手な都合だ。

 身内の恥が曝されるのを恐れたのか。

 それとも、結果を早く出して世論を味方につけようとしたのか。

 そのせいで、犯罪者をもしかしたら見逃すことになったとしても構わない。

 その判断を、憲兵団の上層部がしたなんて信じたくない。

「少なくとも、権力のある奴が後ろで糸を引いているっていうのはあっしの憶測じゃあありませんよ。あっしも上からの圧力を受けましてね。今ではこうして立派な無職。だから必要なんですよ、スキャンダルが。あっしがまた成り上がるためにね」

 道理で、恰好や見た目が酷過ぎると思った。

 ということはつまり、こいつ単独で家を見張っていたのか。

「あっしが想像した筋書では、協力関係にあった通り魔に裏切られ、ミライの父親であるフリシキは殺された。そういうことじゃあ、ないんですかねぇ。まあ、これが事実だろうが、なかろうが世間は食いついくんだろうから、あっしにはどうでもいいことですが」

「あなたは金儲けのことしか考えていないんですか?」

「金儲け? 確かにあっしは金が欲しい。成り上がりたい。だけど、それ以上に欲しいものが、見てみたいものがある」

 金や権力。

 それ以上に欲しいもの。

 それは――


「醜悪な人間があっしの手のひらの上で踊り狂うことです」


 こいつにとっての自己満足か。

「なんだと?」

「あっしの流した情報で世間の人間は右往左往する。自分の目で確かめもせず、勝手に被害者に同情し、加害者を正義の名のもとに断罪しようとする。全くの赤の他人だというのに、勝手に関わろうとする。そんな滑稽な姿、特等席で見学したいと思いませんかねぇ? そもそもそれを操る人間の側に回りたいと思いませんか?」

「……思わないですよ」

「それは嘘ですよ。どうして不幸なことばかり新聞で取り上げられるか分かりますよね? 誰もがみんな、他人の不幸を見たがっているからですよ。自分より下の人間を見つけて微笑みたいんですよっ! ……それこそが、醜い人間の本質であって、本性で、それから真実です!」

 話はこれで終わりとばかりに、シャッターを押す。

 両腕、それから片足の自由がきかない今。

 抗う術などなかった。

「ぎゃはははははは! これで、全身を撮り終えた! もう、終わりだあああ!」

 撮られてしまった。

 これでもう、全身がフィルムになってしまう。

「あなたの言う通りですよ。人間は他人の不幸をみるのが好き。それは真実だ」

「……へぇ。ようやく素直になりましたか。まあ、そうでしょう、そうでしょう。そんな姿になれば誰だって――」

 はっ、と鼻で笑う。


「お前が不幸になる姿をみたい。そう俺は思っているからな」


 ギリッ、とカンツは歯軋りする。

「その減らず口――今すぐ聞けなくしてあげますよっ!!」

 撮った写真を手に取って、そしてこちらに見せようとしたその瞬間――


 カンツの左腕を斬り落とす。


「ぐげぇっっ!? ぎゃあああああああああああっ!! 腕がああああああああ!」

 剣は自在に異次元空間から出し入れ可能。

 まず、最初に剣を異次元空間に取り入れ、そして瞬時に口元へ出現させた。

 剣を口にくわえ、回転させながら投擲した剣は、カンツの左腕に直撃。

 斬るのに力はいらない。

 ただ当てるだけで、剣はその個所を喰らうことができる。

「どうしたんですか? 俺の全身を写したから完全なフィルムにできるんじゃなかったんですか? どうしてやらないんですか?」

「この……」

 悪態をつくカンツに、片足で近づいていく。

「それとも、やりたくてもやれない理由でもあるんじゃないんですか?」

「くっ――」

 右腕を上げようとするカンツの腕を――


 身体ごと斬り落とす。


「ぐあああああああああああああっ!」

 身体を斜めに斬られたカンツは写真をとり落とす。

 口でくわえた剣で振り切った。

「あなたの『スペシャリテ』……確かに強力だが、その反面――発動条件が複数あるみたいですね。もしも写真を撮るだけが発動条件だったなら、撮られた瞬間、僕の身体はフィルムになっていたはず……。そうじゃないとしたら、いったい何なのか。それは恐らく『僕がその写真を見て、僕自身がフィルムになってしまう』……そう認識してしまった時に、あんたの『スペシャリテ』は発動するって」

「ぐっ……」

「認識したら、どんな情報も真実になる。それがあんたの言い分だった。そこにヒントがあったんです。少し、喋りすぎましたね」

 それに、写真に写されていたのは自分だけじゃない。

 地面や、木々、それに、剣も写っていた。

 他のは武器にならないにしても、剣をフィルムにせずにそのまま放置するのはあまりに危険すぎる。

 それなのに、剣はフィルムになっていなかった。

 物体はフィルムにできない。

 何故なら、自分自身が写真に撮られたと認識できないから。

 だからこそ、仮説は確信に変わった。

「うるせぇええええええええええ! 青臭い餓鬼がああああああああ!! 黙ってろおおおお!」

 まだまだ元気があるカンツの身体を細かく斬り刻む。

「うぎゃああああああああああああああ!!」

 いくら斬っても、カンツは喋ることができるが、いい加減うるさくなってきた。

 聴きたいことは山ほどあるが、これ以上余計なお喋りをするようだったら、この口をも斬ってしまいたいところだ。

「あなたの四散した肉体、治してやれるのは僕だけですよ。だから、お前も僕の身体を元に戻してくれませんか? 断れば――あなたの肉体を本当に切り刻みますよ」

「く、くそっ! わ、わかった! わかりました! ごめんなさい! もう絶対にこんなことはやりませぇん! なおします!」

 そうカンツが宣言すると、フィルムになっていた肉体が元通りになる。

 やはり、自分と同じで自在に治せるタイプの『スペシャリテ』のようだ。

「さ、さあなおしたから、もういいでしょう。早くあっしの身体を――」

「まだです。あんたが知っている情報を全部僕に教えてくれるまでは治さない」

「そ、そんな……」

「いいから言え!」

「は、はいっ! ……ですが、あっしの知っていることはほとんど……。それに、どうせこのことだって知っているだろうし……」

「……このこと?」

 思わせぶりに……一体なんのことだ。


「あっし以外にもあの小娘の家を監視していた奴がいるってことですよお」


 心臓が跳ねあがる。

「な、なにっ!?」

「あれ? その反応。もしかして知らなかったんですかねぇ」

「誰だっ! 一体誰が!?」

「あっしも分かりませんよ。ですが、気配は常に感じてました。ああ、そういえば、あなたとそれから娘さんがいなくなって、母親があの花屋に一人でいるのは、ここ何日かでは初めてじゃないですかねぇ」

「ま、まさか――」

 ミライの身に危険が……。

 最悪だ。

 こんなことならば、深追いせずにカンツの相手などしなければよかった。

「ぐっ――ぎゃははははは。どうやら、不幸な場面を見られることになるかもしれないですねぇ。今日もあっしと同じように監視者の眼を感じていましたから! 楽しみ――」

「少し、黙ってろ!」

 倒れ伏しているカンツの顔を、思い切り切り刻む。

 ぎゃっ! と悲鳴を上げたカンツはショックのあまり気絶する。

 バラバラになった身体を、一瞬で斬り戻し、そして、花屋へと走って向かった。

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