「02話 『妖精のドレスにお着替え』」
ここは、エリヨカリ。
その一角に構えるのは、一軒の花屋。
色鮮やかな花々が店先に並んでいて、微風と共にいい香りが匂ってくる。
人通りが決して多い通りではないが、それでも日々の売り上げは上々だ。
母と娘二人が生活していくには十分、稼いでいる。
父親がいないことで、国からの援助金が出ている。それに、遺産もほとんど手を付けていないみたいで、金銭面では特に問題ないようだ。
「バイトくん? 何店の前でボーとしているの? 口の中に虫でも入ってきそうだったよ?」
そんな風にからかってくる女性はこの花屋の店主。
名は、コミット。
十五歳の娘をもっている母親とは思えないほど、容姿は若い。
姉といっても差し支えないほど。
化粧すらしていない。
髪の艶やかさや、すらりとした体型。
彼女は、どんな迷惑行為をする客にも満面の笑顔で対応する。
それから、他人に軽口は叩いても、不快にさせるような悪口は決して口にしない。
それでいて未亡人。
これで男から声をかけられないわけがない。
引く手あまただろうに、どんな男の誘いも器用にかわしている。
それだけ、あの人のことを愛していたのだろう。
「すいません。お客さんが少なくて……つい……」
彼女に比べて、どこか暗そうな雰囲気を持っている男。
ファッションというものに興味などなく、手頃な私服がなく、アカデミアの制服を着こんでいる。
その上に花柄のエプロンなど掛けているが、まるで似合っていない。
プププ、と女性のお客さんには笑われてしまうこともしばしば。
かっこいい、と褒められることより、可愛いとからかわれることの方が多い。シャープな顔の輪郭で、どこか中性的な顔つき。
名前は、グレイス。
この店のアルバイトで、店長の命令には絶対遵守だ。
「うーん。最近行方不明になる人が多いって物騒なこと聴くから家にみんないるのかもね。もしくは単純にお昼時だから、お昼ごはん食べているのかも? でも、もう少ししたらお客さんも増えるだろうから、ちょっとミライを呼んでもらっていい?」
「はい」
店の中にコミットの娘の部屋がある。
コンコン、とノックして入ると、
パンツを下ろそうとしている、下着姿のミライがいた。
着替えの最中だったのか。
それにしても、あの母にしてこの娘ありだ。
本当に、母親に似て美人だ。
顔の造形が似ているだけでなく、スタイルまでそのままだ。
大きな胸も、しっかりと遺伝されている。
長髪がくっきり鎖骨の上に乗りながら、豊満な胸と華奢な腕を挟んでいる。パンツの色と同じく、肌はどこまでも白い色をしている。
「……………え?」
――と、現実逃避をしていたが、どうしよう。
あほのように当惑することしかできない。
「ちょ、ちょ、えっ……?」
いつもは糊づけされているかのように半眼の瞳を見開きながら、後ずさる。
唖然としている彼女の半裸をまじまじと眺めてしまった。
羞恥に顔を真っ赤にさせる。
異性に半裸を見られて平静でいられるはずがない。
深く傷ついただろう。
どうすれば、慰めることができるだろうか。
とにかく、音を立てて扉を閉める。
速く、謝らないと。
「ご、ごめん、その僕は……」
「…………」
小さく衣擦れの音が響く。
服を着ているようだ。
「――分かってる。どうせお母さんに騙されたんでしょ?」
「それは、その……」
もしも、ここで真実を話せば角が立ってしまう。
それに、覗いてしまったのは事実。
コミットだけを今悪く言うのは、自分の罪の意識を軽くすためみたいな気がして言葉がつっかえてしまう。
そんな葛藤をしている間に、
「おかあさん!!」
ヒラヒラの服に着替えたミライが、ドアをぶち壊さんばかりに開いて駆けだす。
沸騰した蒸気が頭から出そうなぐらい怒り狂っているというのに、その娘の母親はどこ吹く風。
「あら、似合ってるじゃない。これなら大半の男子のハートはわしづかみよ」
「え、ほんと……? ――って、今は私の服装なんてどうでもいいの!」
「いいじゃない。これで責任とってもらって、うちの家にお婿さんとして来てくれるかもよ?」
「なっ――先輩が、わ、私のことなんて相手にするわけ――って、そういうことじゃなくてっ! いい加減にしてよね! お母さん!!」
いいように手のひらの上で転がされている。
「だってぇ、グレイスくん、いい子だから、うちの子に欲しいもの。二人ともせっかくの夏休みでアカデミアの授業がないんだから、今が急接近する絶好のチャンスなんだよ! このチャンス、ものにしなきゃ!」
「確かにそれは……って、私にはそんな気全然ないんだから! やめてよね! いつもそうやって私達を無理やりくっつけようとするの……。お母さんがそうやっていつもからかうから私も素直に――」
「あの、すいません。そろそろあがってもいいですか?」
このままじゃ、いつまで経っても終わりそうにないので横から口を出す。
漫才をしている二人には悪いが、今日は大事な用事がある。
「ああ、今日は早めにあがりたいって言ってたわよね。いいわよ。……でも、うちの娘の服装の感想の一つや二つ言ってからね」
感想……。
とりあえず、当たり前の疑問を最初にぶつけてみる。
「え、と、なんでメイド服なんですか?」
カチューシャから、ドレスまでフリルのついたデザイン。
まるで妖精がそこにいるかのように似合いすぎている。
だけど。
どうしてだろう。
さっきのような半裸状態ではないのに、こっちの方がエロく感じてしまう。
超ミニのスカートと、はだけた胸元のせいだろうか。
「私の趣味よ」
そう言い切るコミットが、まだ感想をご所望している表情をしている。
なので、素直にみたままのことを言おうと思う。
「えっ、と可愛いいと思います」
「そ、そうですかあ! やだなあ、もう、先輩っ! 最高に可愛くて惚れ直すだなんて、そこまで褒めなくたって……。恥ずかしいです!」
「……そこまでは言っていない」
やだなあ、もう! といった時に、バシンと肩を叩かれたが割と痛い。
ひりひりする箇所をさすりながら、売り物の花を見渡す。
「また、買っていくの?」
コミットが即座に準備してくれる。
いつものことなので、こちらが何の花を欲しいのか分かりきっている動きだ。
「はい。いつものようにモススとマリワヒを一本ずつお願いします」
「わざわざお金出さなくたっていいのに。そのぐらいだったら、従業員権限で無料配布ぐらいしてあげるわよ」
「いいえ、ちゃんと自分のお金で払いたいんです」
「もう、生活費だって稼ぐの大変でしょうに。毎週欠かさず花を買うだなんて……もしかして、女の子にプレゼントとか?」
「…………えっ?」
ミライが顔を歪めながら小さく声を出す。
そんなに女性と交友関係にあるのが意外なのか。
地味にショックだ。
「そんなんじゃないですよ。花が好きなだけです」
微苦笑しながら、まとめられた花の代金を手渡す。
エプロンは外す。
明日はバイト休みなので持って帰って洗濯をしよう。
「ミライ、さっきは本当にごめん」
着替えを覗いてしまったのは不可抗力とはいえ、責任の一端はある。
次回からはノックの後に声掛けしよう。
「それじゃあ、お疲れ様です」
「うん、お疲れ様―」
可愛らしく手を振るコミット。
だが、その娘であるミライは、
「………………」
睨み付けるように無言でこちらをずっと見ていた。
ちょっと、どころではない。
めちゃくちゃ怖い。
やはり、簡単には許してくれないようだ。
明日、彼女の好きなイチゴのショートケーキでもおみやげに持ってきて、ご機嫌を取っておかないとな。
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