表初恋さくら通り.5
「やっぱり夢じゃなかったんです」
そう言うひなこの次の言葉は私たちをさらに驚かせた。
「私、来てます。昔、この通りに。この通りのこんな夜市に」
「おばあちゃんが連れて来てくれたんです。でも先日この通り歩いた時は、その時と全然違ってたから別の記憶だって思ってた。でもそうです、ここです。間違いないです。この通りなんです」
一体全体何を言っているのかわからない。最所と京念は、と見れば二人とも呆気にとられて声も出ない様子だった。だがその時、
「ちょっとちょっと、はいはい、通して!」
という声とともに、眩しいほどの銀髪の小柄な男がこちらに向かって走ってくる。
「お姉さんたち、そこのお姉さんたち!」
どうも私たちのことを指しているらしいとわかり、私たちは一歩後ずさりしたが、最所と京念が棒立ちになっているのでそのまま二人にぶつかった。
男は一メートル先あたりでぴょん、と飛び上がり、そのまま私たちの前にすとんと着地したかのような軽やかな動きを見せ、そしていきなり私たちの手を掴むと
「あんたたち、ありがとう、ありがとう。本当に、本当になんとお礼を言ったらいいのか……」
と鼻をすすり始めた。
「あんた方のおかげでやっとやっと大祓いができる。随分長い間穢れっぱなしだった私らが、やっと祓いができる。しかも大つごもりの大祓いに間に合わせてくれて……なんとお礼を言ったらいいんか……」
いつの間にか男の周りには人だかりができており、私たちに向かって「ありがとう、ありがとう」と口々に声を掛け、中には拝む人さえいるではないか。
「ちょっと――ちょっと待ってください! 私たちが一体なにを? 私たちのことご存知なんですか?」
「知っとるとも。ひいふうみいこさんじゃろ、あんたがたは。そして……」
「あの封印を解いてくれたんじゃろ?」
小声になった。
私たちは顔を見合わせた。先程から一体なにがなにやらわからない。
「まあまあ会長、この寒空に立ち話もなんじゃろから」
とニット帽を被った親父さんが出てきて、こっちこっち――と手招きをした。
「そうそう、こっちへこっちへ」
ほぼ強引に、赤い毛せんが敷かれた桟敷に通され、すぐ熱々の甘酒が振る舞われた。
「いきなり名乗りもせんと失礼じゃった。わし、こういうもんです」
と名刺を手渡された。かなり年季が入った代物である。
そこには『初恋さくら通り 商栄会会長 棈木伝助(あべき でんすけ)』とあった。
「え? 初恋さくら通りって、あの逢摩堂のある、あの通りですよね」
「あの寂れたシャッター通り……」
と言いかけたふたばは慌てて口を押さえた。
棈木会長はそんなふたばににやりと笑ってみせ、
「そう、お嬢ちゃん。その通りだが、あこは初恋さくら通りではないんじゃよ。いわば裏通り。本当はこの通りこそ表側なんじゃ。それが、あの逢摩堂めが――あ、すまん、逢摩堂さんがじゃ」
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