お好きなように.4
こほん、と咳払いをしたのはひなこだった。笑顔を保ちながらも
「申し訳ありませんが、お話を進めていただけませんか。私たち……こほん、私そんなに時間の余裕があるわけでもございませんので」
と鋭く話を軌道修正した。
「で、私たち……えっと、私は結局どうすればいいんですかね?」
すかさずふたばが同じく笑顔でたたみかけた。遅ればせながら私も満面の笑みを浮かべた。
「詳しいことはお二人から伺えとご主人が仰っておいででした。私、いえ私たち、この事態に正直戸惑っております。大変申し訳ありませんがどうぞご説明願えませんでしょうか?」
クッション用語と依頼形を駆使してはいるが、裏を返すと「さっさと話を進めんかい」ということだ。
「おお、素晴らしい連携プレー。早くもチームワークは抜群ですなぁ」
「さすがです、さすがです」
私たちは微笑みながら眼力のランクを二つほど上げた。
いつしか外はすっかり日が暮れきっている。商談は一時間以内、主導権を握ったもの勝ち。ダベリはその後。
各々の二ランクアップした眼力は合計して六も上がったわけで、さすがの最所と京念も話題を元に戻さなければまずいと感じたようだ。
口火を切ったのは年上の税理士の方で、
「失礼いたしました。簡単に申し上げますと皆さんは面接に全員合格され、明日から早速勤務していただきたいと思います。勤務時間ですが開店は十時、閉店は十八時であとは任意。給料は時給一〇〇〇円です。ちなみに手当は同じですが便宜上店長を決めさせていただきます。みいこさん、よろしくお願いします」
「ちょ、ちょっと待って下さい! なんで私なんですか!? 便宜上と言っても『長』が付くからには責任が伴いますよね? そんな簡単に言われても困ります!」
今や私はすっかり「みいこさん」に慣れてしまって、そのあたりを尋ねることさえ忘れていた。
「あ! 年功序列ってやつですかぁ!?」
言い難いことをあっけらかんと言ってのけたのは左隣のふたばだ。
「私、全く構いません。みいこさんよろしくお願いします。ぴったりですわ」
右隣のひなこは全くそつがない。
「いえ、これは逢摩堂一さんの意志なのです」
最所が初めて語尾を上げずに語った。
「実はこの求人募集はたった一日しか掲載しておりません。そして受付時間もこちらで勝手に午後四時から五時までと決めさせていただいておりました。すなわちそれ以外の時間は電話に出ていないということです」
最所は手元に置かれたコーヒーを一口啜り、なおもこう続けた。
「その一時間にこちらへ電話をくださったのはあなた方三人だけでした。記録が残っています。ひなこさんが四時二四分、ふたばさんは同じく三四分、みいこさんは四時四四分でした。おや、きっちり十分刻み。これは今気が付いた」
全く記憶にはないのだが、たった一時間だけだったとは。なんという話だろう。今や私は反論する気も失せ、最所の次の言葉を待った。
「そして今日約束をしていた五時には、ひなこさんは五分前、ふたばさんは二分前、そしてみいこさん――あなたはジャスト五時に到着されました。結論から申し上げますと、逢摩氏は時間丁度に来た人を店長にすると決めてらしたんですなぁ。そして時間の誤差はきっちり五分。それ以上だとこの話は無かったことに……と」
向かいに座る二人はそこでまた頷きあった。
私は自分の姿勢が前のめりになりつつあるのに気が付いた。あとの二人も同様で、今や話の主導権は完全に弁護士と税理士に移っていた。
「ですからみいこさん。あなたが店長になることはもう決まっているのです」
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