お好きなように.3

「さて……」

 口火を切ったのは語尾上げ男のほうで、

「私、こういう者です」

 と私たち各々に名刺を差し出した。名刺には『最所法律事務所 代表 最所見喜雄』とある。

 では私も――、と銀縁メガネが配った名刺には『京念税理会計事務所 代表 京念忠一』とあった。

 うーん、なんと読む? と言いたげに名刺をじっと見つめるひなこを横目に、とりあえず曖昧に微笑んで相手が名乗るまで間を作る私。


「えー!? これ何て読むんですかぁ!?」

 そのとき、ふたばが陽気に聞いた。

「むっずかしぃ~! 初めて見た!」

 目の前に座る二人の男性はこういうストレートな女性に弱いらしく、

「そうなんですよぉ、実は『さいしょ』ってね。まあそのまんまなんですけどね、『さいしょ みきお』です。弁護士です」

 と名乗り、もう一方も

「きょうねんです。きょうねん ただかず、税理士です」

 そう言って軽く一礼した。


 弁護士と税理士。たかだかパートの面接及び就労規則等の説明と雇用契約にこれ程の面々の立ち会いが必要なのだろうか。どうにもこうにも謎が多く、どうなっているのかさっぱりわからない。この展開は私のキャパシティを軽々越えているとしか思えない。

「まずは履歴書を拝見しましょうかぁ」

 そう言った語尾上げ男、もとい最所弁護士の言葉はこの展開において初めてと言っていいほど至極まともな台詞だったので内心ほっとした。

 二人は私たちから受け取った三通の履歴書を広げ、顔を寄せて目を細めた。

 ほう、何とねぇ、と最所。こんなことってあるんですねぇ、と京念。そして二人同時に再び、ふーんと呻いていた。

 一体全体なんだと言うのだ。卒業した大学は中のやや下、以前勤務していたのは中堅どころの教育関連の会社、配偶者なし、扶養者なし、ちなみに賞罰もなし。それがそんなにお珍しいか。


 イラッとしたのはひなこも同じだったようで冷ややかに

「何かご不審な点がございましたか?」

 と皮肉たっぷりに言っているし、ふたばはと言うと

「何ですか? 何が『こんなことってあるんですねぇ』なんですか?」

「いやだなぁ、気味が悪いですよぉ」

 と誠に正直な感想を笑いながら述べていた。


「では皆さん」

 京念がいたずらっぽく笑った。どうやら笑うといくつか若く見えるようだ。

「生まれた日を言ってください。いえ、何年かはいりません。何月何日か、だけで結構です」

 なんだと言うのだ。ようやく世間並みの会話に近付いたというのに、また世間並みの会話から離れていってしまう気がした。

 いいですかぁ? どうぞ!――と最所が調子づいた。

「二月二十九日」

「二月二十九日」

「二月二十九日」

 三種類の声が重なり、部屋に響いた。

 マジですかぁ……と、私は心のなかで思いっきり語尾を伸ばして呻いていた。

「と、なるとみいこさんは十歳、ひなこさんが八歳、ふたばさんは七歳。いやいや、皆さんお若いお若い!」

 そう嬉しそうに語る京念に、殴られても文句は言えまい、と心のなかで毒づきながら

「さすがですね、先生。数字に関しては殊のほかお強いこと」

 と皮肉を言ったつもりだったのだが理数系男子にはこの辺りの機微は全く通用しないようで、やあ珍しい珍しい、と最所と二人でまるで珍獣でも眺めるかのごとく私たち三人を見てキャッキャと喜んでいた。

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