第9話 魍魎

「最近のテロについては宗教との関係、あるいは歴史的な背景を無視するわけにはいきません」

 すまし顔の司会者にからみついた蛇が、その頬を二股の舌でチロチロ舐めている。


 スタジオは動物霊、浮遊霊、不定型の雑霊、

人魂などで溢れていた。


「そこで左鏡さん、解説をおねがいします」

「はい」

 鷹揚にうなずく左鏡。


「日本の場合そもそも新興宗教と霊能力は密接な関係にありまして、どの巨大な宗教団体もはじめは、心霊治療などを売り物にして信者を……」


 ちらりと内霊の二人を一瞥した。


由香里と穂村は、融合した霊の集合体によって身動きがとれなくなっていた。


(弟子たちが送りこんでくる悪霊の群れに、手を焼いているな)

左鏡は冷たい微笑を浮かべた。


 だが細村首相の周囲は霊の空白地帯になっている。

 結界はいまだ破られてはいなかった。


「これじゃきりがないわ」

 由香里が眉間にしわを刻んだ。

「幹事長を見てみろ」

 穂村が注意をうながした。

 

 幹事長の周囲も霊が素通りしている 。

「霊が寄りつこうとしない」

「まさか?」

「あいつが黒幕だったのか」



「CMのあとは5分間の資料VTRです」

告げて司会者は魑魅魍魎入りのジュースを飲んだ。


「そのあいだに失礼してトイレに」

 細村が席を立った。

「わしも」

 続いて席を立ったのは幹事長だ。

 タイピンがぎらりと光り、左鏡の眼に重なった。


「くっ、まずい」

 穂村と由香里は魑魅魍魎に囲繞され動きがとれなかった。




国会議事堂の地下で細村を襲った化け物、魍魎獣が、さらに凶悪化してトイレの中に出現していた。


個室から便器を洗う水流の音がした。

 化け物がにやりと牙をむいた。

化け物の腕が伸び、ドアを音もなく突き抜ける。

「ううっ、ぐうっ……」

 個室から恐怖にひきつったような悲鳴が漏れた。


「便秘で苦しんでいるのかな」

 魍魎獣の背後から声がかかった。


 振り返るとそこには忍び装束の俊介がネクタイピンを手にしていた。


 スタジオで瞑目している左鏡の、片眉がピクリとはねた。


化け物の顔がドアをすり抜けて中を覗いた。

洋式便器にもたれるように幹事長が倒れている。口から泡をふいていた。

「人を呪わば穴ふたつ、てね」

 猫目石のタイピンを踏み潰す。

「中継なしのタイマンといこうか」


 化け物は挑発されて俊介に襲いかかった。

 予測していたように、俊介は天井の一角に

もうけられた、四角い作業口に飛び上がった。


幹事長の隣の個室では細村がガタガタとふるえていた。



 大道具を運ぶ二人の若者の傍らを、駆け抜ける俊介と化け物。


「おい、いま忍者と怪物がとおらなかった

か?」

「それがどうした。あっちにはお姫様や宇宙人だっているぜ」

 時間待ちのタレントたちがたむろしていた。




「こいつ、まえより強くなってやがる」

俊介の衣はいたるところがほころびていた。


 魍魎獣のむこうに左鏡の姿が浮かんだ。 

「くくく、蠱毒によって作りあげた尸虫しちゅうを呑みこんで験力をアップさせたいま」

 左鏡の腹部が、不気味に蠢動した。

「わたしに勝てるものはいない」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る