第6話 ギャグパート Gの一番長い日
壁に黒い固まりがあった。
瞳は息をのみ身じろぎもできず凝視していた。
ゴキブリである。
よりによって自分の部屋の、しかもベッドの枕元に奴は張りついていた。
ようやく我に返りスマホを取り出す。
ゴキブリとスマホの画面をせわしなく視線が行き来する。一瞬たりとも目をはなすわけにはいかない。どこかに隠れられたらもうこの部屋で寝ることは一生できなくなってしまう。
「俊介お願い早く来て!」
瞳はスマホに叫んでいた。
俊介がバイクを駆って現れた。
「遅い!」
瞳は理不尽にも怒鳴りつけていた。
「おっ、あれか」
叱られ慣れている俊介は意にも介さずゴキブリに近づく。やにわに履いていたスリッパを脱ぐと壁のゴキブリをひっぱたいた。
「ちょっと!」
瞳はあせった。スリッパはもう使い物にならない。壁に染みもできる。ベッドや枕にゴキブリの残骸が飛び散る。
がしかしゴキブリは健在だった。
俊介はおのが目を疑った。
「おりゃおりゃおりゃー!」
さらにスリッパを乱打するがゴキブリはびくともしない。
目の錯覚かとよく見るがゴキブリは不敵にもゆうゆうと触覚をそよがせていた。
と、ふいにゴキブリは羽ばたき瞳にむかって飛翔しその首筋に強行着陸した。
「いやー!」
人のものとは思えない悲鳴があがった。
さらに胸元の隙間から服の中に侵入するにいたりパニック状態となる。
「ヒィーッッ……!」
着ていたワンピースを脱ぎ捨てブラジャーとパンティの下着姿となった。
「駄目ダメダメッ!」
(超絶ラッキー!)
俊介はあやうくガッツポーズをとりそうになったが、気をとりなおして床を逃げまわるゴキブリを踏み潰しにかかる。
「こいつおとなしくしろ!」
瞳はベッドの上に避難した。
すると今度はあろうことか俊介の足元からズボンのすそに中に這い上がってきた。
あわただしくズボンを脱ぐ俊介。
太ももにいたゴキブリはさらにトランクスの中へと突撃してきた。
おぞましい皮膚感覚に俊介はためらわずトランクスをずり下げた。
瞳の姉、由香里が帰宅したのはちょうどそのタイミングだった。
「いやー!」という悲鳴に続いて「こいつおとなしくしろ!」という俊介の怒声、そしてドスンバタンと床に響く争いの音。
「瞳ちゃん!」
妹の名を叫び飛びこんだ由香里が見た光景。
ベッドの上で半泣き状態しかも下着姿の瞳と、今まさにズボンとトランクスをまとめておろし下半身をあらわにした俊介という構図だった。
由香里の頭が怒りに沸騰した。
「このエロガキ!」
右手にベレッタが魔法のように現れた。
アポートすなわち物品引き寄せで拳銃を呼んだのだ。
乾いた銃声が数発、俊介はかろうじて避けたがズボンがからまり転倒してしまう。
「ち、違う!由香里さん違うんです!」
必死に弁解する俊介の額に焼けた銃口が押しつけられた。
「言い訳は閻魔様にしろ」
ちびりそうな最後通告をして引き金をひいた。
ガチッと嫌な音をさせて撃鉄が落ちる。
不発だった。
「はい、そこまで」
冷静な声がした。
入り口から穂村が左手をこちら向けていた。
火炎使いの穂村は発火も消火も自在なのだ。
「穂村さん、今、いま引き金、ひいた!」
穂村に訴える俊介だった。
「こりゃ珍しい、ゴキブリの幽霊だ」
壁のゴキブリをしげしげと眺める穂村。
「今日は由香里さんを送ってきて正解だったな。面白いものをいっぱい見られた」
右手をかざすとゴキブリは燃え上がり消滅した。
「ま、若いときはいろいろあるさ」
俊介の肩をたたくとなぐさめにもならない言葉をかけて立ち去るのであった。
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