第5話 光呪

細村の前に立ちはだかる化け物。

「な、なんだこれは」

 扉を出たところでいきなり遭遇したのだ。


「物質化した霊体、てところかな」

 俊介が進み出た。忍び装束に早変わりしていたが、隈取りはない。


「おおかた、成仏しきれない死霊の集合体だろうが、内霊の結界に迷いこんでくるとは、運の悪いやつめ」


 化け物はいきなり俊介に襲いかかってきた。

「ウキャッ!」

 足を踏まれてジーンと痺れる俊介。

 化け物にはじき飛ばされてしまう。


「しっかりしなさいよ、俊介!」

 瞳がしかりつける。

「まだ足がしびれて……」

化け物が邪悪な気を発した。

「この波動は……」

 俊介の記憶にある邪悪な波動だった。

ビルの屋上で遭遇したのと同質だ。


 球形の結界に守られている細村ら。

 化け物は細村の前をうろついている。細村は顔色を失っていた。

「こいつ、細村総理をさがしてるわ」

「ご安心を、わたしたちの姿は見えないはずです」

瞳が告げ、姉の由香里がフォローする。


「と、特撮だ!まやかしだっ!」

 細村は叫んだ。

「わたしをたぶらかすつもりだろうが、そうはいかんぞ」

 球から飛び出す細村。

「あっ、結界から出ては!」


「ふん、こんなキグルミにだまされて……」

 制止する由香里をしりめに、化け物に手を触れようとし、ぎょっとする。

 コールタールに手を突っ込んだ感触だ。

「うわああぁっ」


「見つけた!」

 左鏡が叫び、女が両腕をひろげた。


 化け物は腕をひろげて細村を捕まえようとした。

「させるか!」

 印を結んだ俊介。


「光呪っ!」

 俊介の口から光の束が放たれた。

光呪とは光のレベルにまで押し上げられた呪文のことである。高僧の読経中にときおり口腔が光を発する現象と同じだ。

 光の矢は化け物の頭を貫いた。

「オオーン」

 苦悶し光の炎に包まれる化け物。


やがて光とともに化け物は消滅した。

「き、消えた……」

 腰をぬかす細村。




「なんだと!?」

 左鏡が叫んだ。

「ひぃー!」

護摩壇から火焔が吹き出し、女の仮面を焼いていた。



俊介に支えられよろけながら去っていく細村。

「公約違反だ」

「え?」

「機密費を廃するという公約は反古にする」

細村総理は俊介に宣言した。


「総理にはなんとか理解していただけたみたいですね」

「穂村くん、地下道の結界が消えているようだが」

 口髭の中年が現れ、天禅が注意した。

「うっかりしていたということでヨロシク」

 とぼけて髭をかく穂村。





白装束姿の若者たちが女と火の始末をしていた。

「おのれ、あのガキめ、何者だ。宮田につづき、またしても邪魔を……」

「まさか内霊では……」

「いま、なんと?」

 幹事長がふと漏らし、左鏡がたずねた。

「いや、永田町のくだらない伝説だ」

腕組みする幹事長。


「むかし、徳川家康は江戸をまもるため、土御門家つちみかどけという陰陽道宗家を復活させ、利用したとか」

「ええ、天海僧正の進言でね。もっとも時すでにおそく、文献はほとんど失われていたそうですが」


「さらに明治維新。こんどは日本をまもるため、江戸幕府から明治政府に陰陽道組織はうけつがれ、現在も内閣霊査局と名をかえ、魔物を退治しているという……」


「バカな!それほどの陰陽師がいるなら、わたしが知らないはずが……」

 そこで一拍おいて、息をのんだ。

「はっ!」

 左鏡は重大な事を思い出したのだ。


(まてよ、陰陽道宗家はたしか二つあったはず。土御門家が復活し、勘解由小路家かげゆこうじけは同じころ滅んだとされていたが……もしわざと歴史の表舞台から、すがたを消したのだとすると……)

 ぶつぶつとひとり言に沈む左鏡。

「左鏡、どうした?」

「くくく」

 顔を上げた左鏡は凶悪な表情だった。


「幹事長どの。細村の命、かならず奪ってみせましょう」

 幹事長に宣言した。


「そして内閣霊査局とやらをつぶして、あなたは表、わたしは裏から日本を支配するというのは、いかがですか」

「支配か。よい響きの言葉だ」

幹事長は陰湿な笑いをうかべた。


「幹事長、これをお持ちください」

 左鏡は祭壇から猫目石のはまった、タイピンをさしだした。

「ネクタイピン?」

「わたしの目玉がわりですよ」


「ふむ、そちら壺は?」

 左鏡のもう一方の手には、封印のされた小さな壺があった。

「くっくっ、これこそわが呪術、最高の秘儀というべきものです」

 壺からは『ギッ!』というわずかな声が漏れていた。

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