第2話 内霊
学生服姿の内刃俊介が走っている。
「やばーっ!大遅刻だ!」
地下街への階段を駆け降りていく。
勢いのまま小さなアンティークショップに飛び込む。
(遅いぞ、俊介!)
接客中の背広姿の中年がにらむ。口髭をはやした渋い紳士だ。
(穂村さん、ごめん)
そのまま奥のドアに消える俊介。
「超特急!」
俊介は暗い螺旋階段の手すりを滑り降りた。
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国会議事堂の赤い絨毯の上を連れ立ってあるく二人の男。
一人は小さな老人の宮田前総理。一人は壮年のスリムな紳士、細村新総理大臣。宮田のほうが先導している。
「まさか政敵だったきみを案内することになるとは……」
宮田はぼやいた。薄暗い階段をくだる二人。
宮田の顔には苦悩の色が濃い。
「細村くん、これから行く場所については他言無用。それが歴代総理たちからの申し送りだ」
「宮田総理、いや前総理。わたしは隠しごとは嫌いだ。真民党は国民にひらかれた政治をめざしている」
傲慢な態度といっていい。
「どんな秘密かは知らないが、判断はわたしがする」
「細村くん、きみはまだ若い。この国、いや
世界にうごめく闇について知らなさすぎる」
猫背ぎみの宮田は壁に手をあずけ足元をたしかめながらくだる。
「闇ですと?」
「たとえば今回の選挙、わが党が勝利したかもしれないのだよ」
「ほう……」
「わたしが故大沼首相のように急死すれば、国民の同情票があつまったはずだ」
「たしかにあのときは、劣勢から圧倒的勝利へと大逆転でしたな」
「そこでわたしを呪い殺そうと、たくらんだ者がいたらしい」
宮田は自嘲した。
「呪い殺す?はは、平安時代の昔でもあるまいし……」
「喜ぶべきか悲しむべきか、内霊にたすけられ、わが党は歴史的大敗をきっしたがね」
「ないれい?はて、そんな名前のSPがいましたか」
「人の名前ではない」
階段をくだりおえると湿っぽく、薄暗い、カマボコ型の通路がつづいていた。
(戦時中の防空壕……いや、抜け穴か?)
細村はみまわして見当をつけた。
「内霊とは内閣霊査室の略だよ」
宮田は前方を指さした。行き止まりに黒塗りの扉が出現していた。『内閣霊査室』というプレートが掛かっている。
扉の隙間からあきらかに異質の空気が染みだしているのがわかった。
「わたしの仕事はこれで終わりだ。日本の未来をたのむよ」
心なしか青ざめている細村を残し、宮田はきびすをかえす。
細村は鼻孔をひろげて深呼吸し、ノブに手をかけた。
「ああ、そうそう細村くん、ここの室長は天禅老師といって……」
振り返った宮田は愕然として息を呑んだ。扉も細村の姿もそこにはなかったのだ。
果てしなく続く地下通路の奥に、よどんだ闇があるだけだ。
「もはやその任にあらず……か」
宮田は首をふって溜め息をついた。
肩を落とし、とぼとぼと通路をひきかえす後ろ姿は、敗軍の将のそれだった。
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